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香りのトリコ  作者: 佐藤琉奈
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居酒屋

まさか3日連続でジムにくるとは思っていなかった。

しかも今日は緊急会議が終業間際にあったため、珍しく残業になってしまったからだ。


いつもならそのまま帰宅するところだけど、金崎くんの「また明日」という言葉に釣られてついジムに来てしまった。

30分か少しだけでも体を動かしてから帰ってもいいかなとも思った。時計を見たらもう9時を回っている。



遅めに来たせいか人もまばらだ。

ストレッチをしてエアロバイクに乗ったが、なんだろう視線が気になる…

金崎くんがチラチラとこっちを見てる。

視線に気づいたのは今日が初めてじゃないけれど、今日はものすごく見られている感じがした。


20分走ったしここら辺でもう帰ろうとロッカーに向かおうとした時、金崎くんに声を掛けられた。

「沢田さん、俺そろそろあがるんですけど、もし良かったら1杯行きませんか?」

ああ、彼はこのタイミングを図っていたのね。かわいい。

「んー。」少し考えているフリをした。

「いいですよ。仕度するので少し時間がかかるけど。そしたらどうしますか?」

私の返事を聞いた瞬間、彼の嬉しそうな顔を見逃さなかった。

少年が大きいカブトムシを捕まえたような笑顔だ。


「やった!あの、昨日ちょっと行った公園の入口で待ち合わせでお願いします!」

「わかりました。じゃぁ着替えてきますね。」

私もつい笑顔がもろに顔に出そうになって、ここはちょっとクールにガマンした。


女の支度は時間がかかる。汗を拭き取って着替えて髪を整えてメイクを直す。仕上げにディプティックのフィロシコスを両手首に吹きかけたあと耳裏に擦り付ける。よし。

こうしている間に金崎くんが私を待っているのかと思うと自然と微笑みが湧き上がってくる。

早く彼に会いたい。



ビルを出て早足になる。スマホで時間を確認したらあれから20分以上は過ぎていた。

「ごめんなさい、待たせちゃって。」

金崎くんは暇そうにスマホの画面を見ていた。

服装は青のストライプのシャツにチノパンだった。

「いえ、そんなには待ってないですよ。むしろもっと待つかと思ってました。笑」

私が来たと同時に彼はスマホをズボンのポケットに入れた。

そんな笑顔で話されるとどんどん好きになりそう。


「友達がやってる店なんですけど、この近くなんで居酒屋でいいですか?」

一緒に居られるのなら全然どこでもいい。

「はい。もちろんいいです。」

昨日は気付かなかったけど、並んで歩くと私の身長とちょうどいい。

金崎くんは176センチぐらいかな、私が小さいのであんまり背の大きい人はなんとなく苦手だった。

「昨日はほんとごめんなさい。」「マジでやらかしちゃったなーと思ってて。」

あ、気にしていたんだ。でもなんて返事をすればいいのか?

「うん、大丈夫。」そんなセリフしか出てこなかった。

金崎くんもつけ直したであろうフィロシコスの香りがふわっと漂ってきた。

ああ、好き。

ふと、歩いている金崎くんを見上げた。

私は金崎くんが好きなのか、フィロシコスが好きなのか、どっちなんだろう?


「ここだよ。」

立ち止まって私の方を見た。それはすごく自然に私と目が合った。

とても優しい目つきで私を見ていた。一瞬時が止まったような感覚があった。ほんの一瞬だけど。



そこは和風の落ち着いた雰囲気で、看板には『宴』と書いてあった。

店内はカウンターもあるが、個室のように仕切られている。隠れ家的な居酒屋だった。

奥の方の席に案内されて相向かいに座った。

メニューも豊富で一般的な居酒屋のメニュープラスご当地のグルメのような様々な種類があって、お酒の種類もいろいろな日本酒や焼酎が並んでいる。


「俺はとりあえずビールだけど、沢田さんは何飲みますか?」

「私もとりあえずビールで。」

始めは同じのがいい。

「おう、お前が来るの久しぶりじゃん。しかもこんな美人連れてさ。笑」

「おい、やめろって。」「あ、こいつが友達の飯島です。オーナー兼店長の。」

「ふふ。あ、初めまして。沢田です。」

本当に友達の店を紹介してくれるなんて、なんだかくすぐったい気持ちがした。



「俺、昨日あれからずっと考えてたんですけど、やっぱりあの、一目惚れしたみたいなんですよね。」

そんなの私だってそうだ。初めて会った時から私の頭の中にずっと金崎くんがいるもの。

「たしかにフィロシコスをつけているってのもあるけど、逆にフィロシコスが出会わせてくれたってゆうか、そんな気がして。」

彼の言葉に、うんうんと頷いていた。

私も何か言わなきゃ、私の気持ちを。


「私も金崎くんが好きだよ。なんてゆうか、惹かれちゃうの。」

私のその言葉を聞いて金崎くんは目をキラッとさせて微笑んだ。

「でも、金崎くんがフィロシコスをつけてるから惹かれるのか、ちょっと分からなくて。」

それが今の本当の気持ちだ。

「同じ香水使ってるのだけでも凄くない? 俺はなんか運命みたいなのを感じるよ。」

「香水よりも俺が魅力的になればいいってことかな。」

いや、あなたはもう充分に魅力的だよ。そんなことを言いながら向かい側から私の手を触ってくる。


ちょっとお酒に酔ったかもしれない、トロンとした目で金崎くんを見つめる。

金崎くんが身を乗り出した。その勢いで飲んでいたグラスがガシャーンと倒れて飲み物が私に向かってこぼれてしまった。

「ごめん!」と慌てておしぼりを頼んでいる。

「大丈夫、大丈夫。」と言いながら自分の衣服にこぼれたシミを拭き取っているその横に、彼も一緒に拭いていた。

「金崎くん、気にしないで大丈夫だから。」

「いや、ほんとごめん、てゆうか名前で呼んで? 悠人だから。」

その瞬間、私の手が止まった。

「美菜さん。」

私の服を拭いていたその手は、いつも間にか私の頬を優しく包んでいた。

「悠人…」

ゆっくりと顔を近づけていた手が、名前を呼んだら加速した。

優しく口と口が触れる。一旦離れた彼の顔を見た。

彼も少し酔っているのかもしれない、トロンとした瞳が私の心を鷲掴みにした。

もう一度唇が触れ、金崎くん、いや悠人の慌ただしいような性格とは一転した、ものすごく優しいキスに子宮がキュンと熱くなった。

柔らかい、けどしっかりと求めて離さない舌。

フィロシコスの香りも混ざって、確かに愛情のあるキスに酔いしれそうになった。


キスの最後に私の髪をかきあげ、耳裏の香りを堪能しているようだった。

私だって、その唇も髪もめちゃくちゃにしたい。

いや、ちょっとお酒に酔っているのかも…

お互いに鼓動が激しい。

ここで私が彼にキスをし返したら、また熱くなってしまうだろう。

お酒も入ってる事だし、年上らしく冷静にしないと…



明日も平日だし、あんまり夜遅くは不味いし終電も気になっていたら悠人がタクシーを呼んでくれた。

「ごめん、ご馳走になっちゃって。」

「いや、俺が服を汚しちゃったし、飯島の店だし全然心配しなくて大丈夫だから。」


私たちはLINEを交換したあと、ジム以外ではお互いを「悠人」と「美菜」と呼ぶように決めた。

ちゃんと見えなかったけど、都内にしては多すぎる金額をタクシーの運転手に渡していたように見えた。

ジムのトレーナーってこう言ったらなんだけど、そんなにいいお給料には思えないけどどうなんだろ?

何か他にもやっているのかな?

初めだからちょっと背伸びしているのかもしれないなと思った。


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