ひとめ惚れ
「ちょっと、美菜めちゃくちゃいい顔してない?」
月曜日のランチの時に里恵が目を輝かせて話をふってきた。
「え、ほんとに?、ジムに通おうと思って入会してきたの。運動不足だし時間あるしさ。ただちょっと筋肉痛。笑」
「えーそれだけじゃないんじゃないの?笑」と真由子が突っ込む。
「かっこいい人とかいた?」やっぱりそっちが気になるんだ。図星されたみたい。
「んーと、実はね。」
二人とも食い入るように聞き入っている。
「トレーナーの人に、、、いいなって思うような人がいて。」
里恵も真由子も目がまん丸になった。
「うっわ、美菜からそんなセリフが出るとは相当気に入った人みたいね!」
「マジでー!?美菜は恋愛に興味無いのかと思ってたけど、めっちゃ驚くわ!」
二人から言われるとなんだか照れくさいような恥ずかしいような気持ちになった。
「で、どんな人なの??」二人で質問が被ってる…
たぶん真由子と里恵は、30代半ばのムッキムキの男性を想像しているんだろうなと思ったらちょっと言いずらくなってきた気分だ。
「えーっと、、、年下で細身で香水が同じだったの。」
なんとなく空気が引いた気がした。
アラサーなのに年下男子に恋するなんて危なすぎる。
婚活を推していた友人にとって、こんなに心配することはないだろう。
「あ、でも心配しないで?ジムは運動不足を埋めるために行くだけだし。」
私は実らない恋の言い訳をしているみたいだ。
「そっかぁ、いい出会いだったんだね。」
「うんうん、美菜が幸せにしている顔がいい!すごくいい顔してるもん。」
そんな二人の言葉を聞いて少し嬉しくなった。
私が真由子と里恵に初めて気になる男性のことを話した。これまで興味すらなかったことを。
心の中ではきっと心配しているだろうなと思いながら「私、ほんとに今、楽しいから!」と里恵と真由子に言った。
今日はストレッチとランニングマシンの使い方を教えてもらった。
帰り支度をしてエレベーターに乗る寸前
「沢田さーん!」と声がして止まった。金崎くんだった。
「あのう、えっと、ちょっとコーヒーでも飲みませんか?えーっと、ジムメニューの話もあって、、」
かわいい!!
「あ、はい!」とすぐに返事をしてしまった。
彼は恥ずかしそうに微笑んだ。
ジムが入っているビルの1階はコーヒーショップで、アイスコーヒーを2つテイクアウトして一緒に外に出た。
歩きながら話をした。
私のメニューってなんだろうと思いながら、隣で歩いているだけでも楽しかった。
それは全くたわいもない話ばかりと、ジム初心者の私には全然分からない単語がたくさん出てきた。
しばらくして広い公園に着いてベンチに座った。
「それで、んーと、ちょっといいですか?」
と言って金崎くんは私の右耳にある長い髪をかきあげ、私の耳裏の香りを確かめた。
それは彼の鼻が私の耳にくっついて離れないような、ただその一瞬でも感じてしまう自分がいた。
「ああ、凄くいい。なんで沢田さんはこんな香りがするの?同じなのに。」
もう片方の腕は優しく私の反対側の肩をを包んでいた。
「金崎くん?…」
これはどうゆう状況なのかを頭で分析しなければいけない。
「ちょ、ちょっと待って。汗臭いしさっき香水つけたばっかりだから…」
「あ、あーごめんなさい、つい。」
つい。とはどうゆうことなのか。
「えーっと、正直に話します。」「なんてゆーか、この前初めて会った時から沢田さんのことが気になっちゃって。」
この人は気になった人に対していつもこんなことをしているのだろうか。
好意は素直に嬉しいけど、なんて言うか複数人のうちの一人になるのが無性に嫌な気持ちになった。
「俺、いろんな人に出会うけど、こんなに惹かれたのは初めてなんです。」
「フィロシコスつけてるから?」
彼のいる反対側にそっぽを向いた。
「違う、それだけじゃなくて、」
と金崎くんはちょっと焦った調子で、そして少し恥ずかしそうに呟いた。
「沢田さんの目も口も耳も全部惹かれちゃいました… 」
こんな時、大人になっていなきゃいけないのかしら?素直に喜べばいいのかしら?どうしたらいいのだろう。
心臓が飛び出るくらいギュンて音を立てているのに、自分の鼓動を抑えて、金崎くんに気づかれないように集中している。
「えっ、えっと、、」
胸の鼓動がバレないようにしないと。
恥ずかしい…
その時に金崎くんのスマホが鳴った。
「あ、やばい戻らなきゃ!」と金崎くんはスマホを見て言った。
「へ??」
「じゃぁ明日!また話しましょう。」と言って彼はジムに戻って行った。
「あー、、ふうー。」と大きなため息が出た。
ここで戻るとは慌ただしい…
とにかく、金崎くんも私の事が気になっていたんだとゆうことを知って、妙な笑顔になりそうになるのを堪えながら家路に着いた。
頭の中を整理しなきゃ。彼の言葉を全て信じるのはまだ早い。
流されるのは若い頃だけで充分だ。
傷つき過ぎる恋愛はもう散々なのに、頭の中から金崎くんが離れないでいる自分がいた。