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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

力を与えられた子供たち

作者: 春男

それはむせ返るほど暑い夏の日の事だった。


「僕はね、物語が好きなんだ。」


セミの鳴き声で騒がしい教室の中、教卓に腰を掛けるスーツを着崩した一人の男がいた。


「小説は勿論、アニメの元となるライトノベルも、非現実的な漫画も、君たちの年頃ならごく単純な童話でさえね、僕は好きなんだ。」


男は教室内を歩き回り、30人いる生徒一人一人にある一冊の本を渡す。

その本にタイトルはない。中も全くの白紙。作者の欄すらない内容のない本。


「本は良い。この中には沢山の可能性、はたまた全人類の願望、そして人として生きるものの醜さが必ずと言っていいほど秘められている。

読み解くことも、読み解けないことも、それは娯楽で、そして人生の一つ。

飽きさせない多種多様な世界の形に、僕の満足度は年々満たされて、年々渇望させてくれるんだ。」


男は貴方達の前で、惚れたような表情で本の良さを語る。

後ろからは同級生のクスクスと小さく笑う声が聞こえてきた。


「でも大人は残酷だよね、そんな素晴らしいものを見たければ、自分の時間を仕事に当てろって言うんだ。

これじゃあ、本を見る時間が減って本末転倒、生きる目的もあって続けてるけど、本来ならいま直ぐ帰って買い貯めた本を消化したいところさ。」


後ろから「なら今日は授業無し?」と嬉しそうに提案する声を聞く。

男はそれに、唇に人差し指をあて「そうもいかない」と返答する。


「大人は理不尽でね、僕は課された仕事を絶対に終えなければならないんだ。

帰りの会は後五分程度で終わるけど、この後も僕は書類作業に追われる身。

好きな本を読むことなんて出来もしない。」


男の顔に悲しさはない。あるのは無邪気な子供のような笑みをする。

貴方はその姿を少し不気味に思うが、それは単なる個人の感想。

男の話は止まらない。


「だから僕はそこで考えた、仕事に本を読むことを付け加えられないかと。」


教卓に立とうと移動する男が道中で隠した手の下の笑みを見てしまった貴方は不信感を覚える。

それは確かな感覚、しかし同級生たちは何も感じていない様子。

男はそんなあなたの様子を気にとどめることなく、黒板にある文字を書き始めた。


「さて本題だ、明日から夏休み。君たちにはあることをしてもらう。」


男が書いたのは「君の人生は?」と言う疑問文だった。


「毎日、たった一文でもいいから、絵をかいてもいいから、夏休みの間はその本に君たちの日々を書いてもらう。」


学級院長である少女が「書き方とかあるんですか?」と手を上げる。

男は首を振り否定の意を示した。


「書き方はなんでもいい、日記風にしてもいいし、出来るなら小説風に壮大に描いてもいい。

僕は君たちが自分の日々をどう描くのか、どんな日々を生きるのかが知りたいんだ。」


後ろで「それなら簡単だ」と安心する男子の声が響く。

貴方はその男子の言葉に共感しながらも、男の表情を見て戦慄する。

誰も気づいていない、誰も怯えない、貴方だけが知った、男の本性。

男は不気味に、それはもう狂気的に、狂乱した悪魔のように笑っていた。


「そう、簡単だ、簡単なんだよ。何も難しいことはない。ただ自分の日々を文字にするだけの事。」


男は自分のカバンから貴方たちに渡したものと同じ、一冊の本を取り出す。


「そう、こんな世界で生きる君たちの日々を・・・僕に見せてくれ。」


そして、手に持ったカーターナイフで本をズタズタに切り裂いた。

途端、後ろで悲鳴が響く。振り向けば、そこは地獄絵図。

炎で燃えるもの、氷で凍り付くもの、水で溺れるもの、内側から爆発するもの、動物に食い殺されるもの、可笑しくなり自殺するもの・・・

この世のものとは思えない光景が、俺以外に降り注いでいた。


「ここは、問題児を集めた特別クラス。」


後ろで男がおかしそうに笑う。


「親や友人などの家庭環境に恵まれなかった子、人として当たり前にあるものを持ち合わせなかった子、逆に我が強すぎる子、犯罪を犯した子、逆に犯された子。」


貴方は男に顔を捕まれた。


「本は魂を写す。魂に傷が入れば中身がこぼれ出るのは必然。」


地獄絵図から目をそらせない貴方。


「君の本は・・・どう描かれるのかな?」


男は勝手にあなたの本を開く。

そこには黒文字でこう書かれていた。


『ジョブナイル』


「嫌だ・・・来るな・・・来ないでくれ・・・」


地獄に生きた子供たちが貴方のもとへと群がってくる。

あまりに恐ろしい光景に逃げ出したい貴方は、どうにか逃げ出そうときびつを返す。

しかし、下半身のない少年に足を捕まれた貴方は、まるで泥沼にはまったようにその場で崩れ落ちる。


「止めろ・・・止めてくれ・・・止めてくれェェェェェェェェェ!!!!!」


貴方はついに、子供たち全員に蝕まれ始める。


霞む視界。歪む景色。崩れ壊れゆく世界。


貴方は男の姿をとらえた。


「夏休みの最期、私は教室にて待つ。皆元気に!登校してくるようにね!」


男の笑顔に悪意は存在しなかった。

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