熱
俺は真夜中、ふと、目が、覚め、た。
…寒い。
クソ、エアコンが止まってやがる。電気毛布も…消えている?ふざけんな、停電か?
かーちゃんに文句を言おうと、起き上がると。
「恨み、はらしに・・・来たぜ?」
びゅ、びゅぉおおおおお・・・!!!
冷たい風が、部屋の中だというのに!!俺に吹き付ける!!!!
「へ?!は、何、何言ってんだ?!」
思わず、起き上がったばかりのベッドの上で、布団にくるまって、目を…凝らす。
…白っぽい、男が…いる。
「お前。今朝、雪ダルマ…潰しただろ。あれな、俺。よくも潰してくれたな?オメーも潰してやんよ。…覚悟しろ。」
ゆき・・・だるま・・・?
・・・!!!
確かに、つぶした…!!!
いつも通る通学路に、やけにすました雪だるまが作ってあって。
むしゃくしゃしていた俺は、勢いよく蹴り上げて。
飛び散る雪が妙に気持ち良くて、すっきりした気持ちで登校したんだった…!!!
「は、はは!!雪のくせにつぶされたくらいで恨んじゃうのかよ!だっせ!!」
「…雪だから、形作られた喜びを、噛みしめていたんだが?」
びゅ、びゅぉおおおおお・・・!!!
ふ、布団が!!吹っ飛んだ!!!
「ひ、ひいい!!!」
「・・・お前さあ、何勝手に人んちのもん、ぶっ壊してるわけ?」
びゅ、びゅぉおおおおお・・・!!!
風が吹いて!!俺の作りかけの、フィギュアが吹っ飛んで!!バラ、ばらばらに!!!
「ちょ!!俺の力作!!」
「人の力作ぶっ壊しといて何言ってんだよ。」
びゅ、びゅぉおおおおお・・・!!!
風が吹いて!!こ、凍え死ぬ!!!
「あ、あがががが・・・ぶるぶるぶる・・・!!!」
「だっせwwwこんな寒さで震えるとかwwwウケるな、よっわ!!!」
がちがちと歯を鳴らしながら震える俺は…!!
「俺の体を奪った対価、しっかりもらっていくぜ?」
…毛布にくるまって、縮こまる事しかっ!!!
「俺にはない、熱。…お前に有り余る、熱。」
は、早く…!!!
「どうだ、いい…取引だろ?」
で、出てってくれ!!
びゅ、びゅぉおおおおお・・・!!!
俺は、気を、失ってしまった、らしい。
朝、目が覚めると。
俺のベッドの上には。
・・・?
俺の、ベッドの、上が。
「いつまで寝てんの!!って!!は?!何それ、あんた…その年になって、おねしょ?!」
怒り狂う、母さんの怒鳴り声が、耳に、痛い。
ベッドのマットレスを剥がして、道路沿いのベランダに…干す。
おねしょをしたことを恥ずかしいと思うはずなのに。
…恥ずかしいと思う気持ちが、わいて、来ない。
俺はただ、母さんの声をスルーして、学校に、向かった。
「おい純ちゃんあのマットレス何!!まさかおねしょしたのかよ!!」
俺の家は中学校の通学路になっていて、毎朝全校生徒が通りかかるのだ。
誰もが目にする位置に、おねしょをしましたと言わんばかりのマットレスが干してあれば、話題に、昇る。
バカにされて、怒りがわいてくる、はずなのに。
…ふつふつと湧き出るような怒りが、まるで、見当たらない。
「ああ、うん・・・。」
気の無い返事を返した俺を見て、周りのやつらが変な顔をしている。
喧嘩っ早くて、しょっちゅう生傷作ってた、俺。
一言言われたら、十倍に返していた、俺。
言い返さない俺を見て、周りのやつらが、触れちゃいけない事なのかと、気を使い始めた。
ノリのいいツレが、少しづつ離れていく。
あんなに好きだった、アイドルグループのファンクラブを、やめた。
普通の友達が、少しづつ離れていく。
あんなにはまっていた、フィギュアづくりを、やめた。
休み時間に、一人でいることが、増えた。
あんなに夢中になっていた、パソコンゲームをアンインストールした。
何もしないで、ぼんやりしていることが、多くなった。
俺から、夢中になれるものが、一切、無くなってしまった。
俺の心は、冷え切ってしまった、らしい…。
ある日、雪が降り積もり、俺は何の気なしに…雪ダルマを作った。
あの日、誰かが作った、雪ダルマ。
それを、俺は破壊して。
俺が、変わった。
俺が…変わって、しまった。
冷たい雪を丸めているうちに、指先が、しびれていることに、気が付いた。
しびれる指先で、雪を、丸め続けた。
全身カンカンに冷えながら、雪ダルマを、完成、させた。
「もう!!!いい年なんだから雪だるま作って風邪ひくとかやめてよ!!来週までに治しなさいよ?!受験なんだから!!!」
次の日の朝、俺は…久しぶりに、熱を出した。
体が冷えて、熱を出したのだ。
・・・熱が、出るのか、この、俺でも。
うんうん唸りながら…病院に、向かおうと、すると。
…俺の作った雪ダルマが、壊されている。
「ちょ…ごほっ、俺の作った雪ダルマが…げほ、ごほっ。」
「なにしてんの!!早く病院行くわよ!!」
病院で点滴を受け、薬をたくさんもらって帰ってきた俺は、玄関横の雪の塊に…向かって。
「…ごめん。…ごほっ、ごほっ・・・。」
この雪ダルマは、俺の壊したものではなかったけれど。
俺が、作った、雪ダルマで。
俺以外の、誰かに、壊された、雪ダルマで。
壊れた雪ダルマを見て、本当に…悪いと、思った。
崩れた雪ダルマの、頭だった部分に、手を置くと、冷たさを、感じた。
38度5分の熱が、冷たい雪ダルマに吸収されていくような、気がした。
翌朝になると、熱はすっかり引いていて、ずいぶん、朝日が眩しく感じられた。
食欲も出て、昼過ぎには普通に動けるくらい元気になった。
外の空気を吸おうと、靴を履いて玄関を出ると。
雪ダルマの名残は、すっかりなくなっていた。
「ちょっと!!熱引いたなら勉強しなさいよ!!」
母さんのうるさい声が、聞こえてきた時、…俺は。
「・・・今からやろうと思ってたんだよ!!」
久しぶりに、怒りが、少しだけ…沸いた。