「お前は悪い魔法使いに呪いをかけられた人間だよ」と人形に暗示をかけてみる
月明かりが眩しいと感じたのは、いつのことだったかしら。
目覚めればいつもアリスがいて、豆ひとつ無いちいさなアリスの手に抱きしめられていた。寂しがり屋のアリスは片時も離れず、一人になることなど、一夜だって無かったわ。
だから私が知ってるのはこの部屋の中だけで、そこにはアリスと私、それに私たちには大きすぎるベッドと、アリスのためだけの小さなテーブルと椅子があるだけだった。誰かを招く準備すらできないこの部屋を、遠慮のない満月の光が見ていたわ。
アリス以外のヒトの存在なんて、ずいぶんと長い夜を数えるまで、私は知らずにいたんですもの。
月明かりを招き入れた部屋は、風に揺れるカーテンレースに反射した光を壁一面に写し込んで、まるで海の水面のようにゆらゆらと光っていた。
おかしいでしょ。この部屋しか知らない私が、海のことを知ってるなんて。
海だけじゃない。山や谷や星のことだって、アリスが読み聞かせてくれた。
アリスの膝に乗せられながら、時にはブロンドの私の髪に櫛を入れながら、たくさんのお話をしてくれた。
この部屋のドアの先に広がる、さらにもっと遠くの国の、どこか知らない誰かの話。
本が正直者か、もしくはどうしようもない嘘つきなのか、私もアリスも確かめようがなかったわ。
水面で漂う海月のような夜を、何度も何度も繰り返してきた。
そして決まって最後は、ちいさな手鏡を私に向け、そこに映る赤いドレスを着たちいさな少女のビスクドールを私に見せてこう言うの。
「ドロシー、あなたは本当は人形じゃない。
悪い魔法使いに呪いをかけられた人間なのよ」
ひどい仕打ちだと思わない?
私は人形だと手鏡を向けて思い知らせ、その上で本当は人間だと言い聞かせる。
何度聞かさせたって、私は指先ひとつ動かせず、瞬きの一回すら叶わないと言うのに。
アリスの言うことは本当かしら?もしくは意地悪な嘘なのかしら?
人間に戻る方法はあるの?どうしてそんなことアリスは私に伝えるの?
頭の中いっぱいに生まれる『どうして』が、いつの間にかアリスへの憎悪にかわり、やがていくつもの夜を駆けだしたの。
考えれば考えるほどアリスが憎かった。彼女が正直者だと言うなら、残酷な真実を弄ぶ悪魔に思えた。彼女が嘘つきだと言うなら、心を持たぬ獣に思えた。やがて真偽なんてどうでもよくなり、アリスへの憎しみが、私の生きる糧になった。
アリスを傷つけたい。あの手鏡を床に落として、割れた破片で喉を引き裂いてやりたい。
動く私を前に、恐怖で歪む顔が見たい。泣きじゃくりながら許しを乞う姿が見たい。
殺してやりたい。
殺してやりたい。
殺してやりたい。
私の憎悪が深くなる分だけ、少しずつ私の体は動きだした。はじめは右手一本がやっとだったけど、満月の夜を繰り返すうちに、遂には手鏡をテーブルから突き落とすほどに。
そしてあの日、私はアリスを裁いたの。
『許さない』
だけどね、そう言い放った私に向けたアリスの表情は、私の望むそれとは違っていた。
泣きじゃくりながらもいつも通りに、いいえ、いつもよりも強く、私を抱きしめたの。
ありがとう、ありがとうと、何度も感謝の言葉を零しながら。
本当はね、気がついていたの。
アリスの言葉の理由、あの暗示は私に向けたものなんかじゃなかった。
あれはアリス自身への言葉。
アリスは顔の火傷を疎まれて、殺しもせず生かしもせず、ただただこの部屋に押し込められている。
イレモノが壊れたせいで誰にも愛されなくなったアリスの側には、イレモノだけの私しかいなかった。
寂しくて、苦しくて、悲しくて、憎悪を口にして動きだしたビスクドールを、愛おしく抱きしめてしまうほどに、彼女は孤独だった。
そう思うとなんだかバカバカしくなって、急に体に力が入らなくなったわ。
思うように動かなくなった体をどうしてか考えるのだけど、元々アリスの暗示で生まれた心に、アリスへの憎悪で育った力だもの。アリスを許してしまったならば、自由が無くなるのは当然よね。
だからね、私は世界を憎むことにした。アリスを拒絶した世界を、アリスのイレモノしか見ることが出来なかった人間たちを。
だってしょうがないでしょ?アリスには私が必要なんですもの。イレモノだけの人形に戻れば、きっとアリスは立ち直れない。
それにね、アリスを拒否した外の人間こそ、人形遊びがお似合いだと思うの。だって、あなたたちは、心になんて興味ないのでしょう?
アリスはきっと、長くは生きないでしょう。彼女自身が、望んでいないもの。
困るのはそのあと、私はどうなるのかしら?
世界を憎むことで力を得た私が、アリスと一緒に逝くとは思えないの。そのあとは、きっと憎悪に見合った対価を払わなければいけないわね。
世界にどれだけのヒトがいるかなんて知りやしないけど、世界を呪ったのだから、一人二人で済む話ではないかしら。
だからね、あなたはきっと理不尽だと言うけれども、これは正式な復讐なの。アリスを拒絶した、アリスのいない世界への復讐。
いつの日か、アリスが私を手放す時、あなたの側に私はいるわ。
そのときは、人形遊びをしましょう。
題名を試行錯誤。なろう風にしてみました。
目指せ既読三桁!無理かなー……