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馬車のなかで

感想とか評価とかありがとうございます(/・ω・)/

単純な人間なので貰うたびに小躍りしてスクショとって家族に自慢してます。


大量に余ったバナナケーキを前にして、私は首を傾げた。


何故だ。

何故……こんなはずじゃなかったのに、何故??


魔術学校には寮がある。聖女科の生徒たちも例外ではなく、元々は神殿に使われていたというとても年期の入った立派な建物を改築して、人類の未来を守る聖女候補たちが快適に過ごせるよう細心の魔術式の数々が使われているとかなんとかの素敵な寮がある。


私、入ったことないけどね!


どうも、こんばんはからこんにちは、ごきげんよう、野生の聖女エルザです。


授業を終えた私は、日が暮れる前に門を抜けて第四区まで帰らなければならない。

お世話になっている女性が私の通学のためにと用立ててくれた立派な馬車に乗りながら、向かい合った座席には一晩寝かされしっとりとしたとてもおいしいバナナケーキが、とても大量に残っている。


「おかしいですね? この数日……ジュリエッタさんと放課後、皆から見える場所でこんなにおいしそうなお菓子を広げているのに……なぜ誰も、食べに来てくれたり、作り方を聞きにきたりしてくれないんでしょう?」


普通こう、珍しい食べ物があったら興味をそそられないか?

包装にも気を使って、色紙を使っているし、取り分けた時に生クリームも絞ってミントも飾ってみた。さすがに屋外で粉砂糖を振りかけるのはやりすぎだろうと遠慮したのが敗因なのだろうか?


小国エルナを出て、聖王都の首都ペルシアの魔術学校に通い始めた私は、出だしから色々と躓いていた。


編入の為の手続きやなんかはラザレフさんがやってくれるのかと思いきや、まさかの「推薦状は書くからあとは人に聞いてね」と丸投げである。


あの人あれだろ。人間の平和とか守護とか大きなことは出来るけど細かい気配りできないタイプだろ。

などと恨み言を言っても仕方ない。


幸いにも、王都へ来たことがあるという騎士アゼルさんのお陰で、なんとか魔術学校の事務室みたいなところにたどり着いて、聖女科への編入手続きがしたいと推薦状を出して、私は文字が書けないのでアゼルさんにあれこれ書類も書いて貰って……名前のところでやらかした。


名前を「エルザ」と名乗ったのに、それは愛称だろうと言われ、正式な名前を求められた。

しかし、そんな話はスレイマンとしたこともないし、思いつく名前もない。

けれどそう言えば、以前スレイマンに何故私にエルザという名前を付けたのかと聞いた時、自分の母親の名前からきていると教えられたことがあった。


それで、確かその女性の名前はエルジュベートだったかと、姓もないと困るというのでスレイマンのイブリーズを借りると、のんびりとやりとりをしていた受付のおじいさんが椅子から転がり落ちた。


……そしてあっという間に、私は魔王の娘だという、そういう噂になったのだが、まぁ、それはいい。


私は折角、人間の文明の最も栄えているであろう王都へ来た!

やったね学園生活だ!

学園モノといったらあれだろ、自分の得意分野でうっかり人気者、とか商売のチャンス、とかそういうものだろう、と、懲りずに期待した。


それで、デザートと言えばフルーツポンチのような甘いスープや生の果実しかないと聞いたので、あれこれお菓子を作って、親しくなったジュリエッタさんと一緒に食べ、乙女の流行の最先端になろう、などと企んでいたのに……。


「まるで興味を示して貰えない」


真顔になる。


遠巻きに「あら、何か珍しい素敵なものを召し上がっているわ」「でも近づけないわ」「気にはなるけど……」などという様子もない。

完全にスルーというか、彼女達の学園生活に私のお菓子類は全くもってこれっぽっちも、必要とされていなかった。


「声をかけてきてくれるのはジュリエッタさんと、ミルカ様だけかぁ」


黒髪短髪の体育会系騎士を傍らにした、同じく黒髪の小柄で可愛い顔立ちのジュリエッタさんは、彼女が上位貴族の後ろ盾のある聖女候補たちからイビられているところに遭遇し、相手の候補生たちを「呪い落とすぞ」と脅して助けてからの仲だ。


ミルカ様は私を敵対視してくる、元聖女候補の、とても優秀な方だったらしい。ジュリエッタさんが教えてくれたが、元々は聖王国の第三皇子の婚約者だったそうだが、聖女の素質があると判明し国の判断で婚約は解消され、ミルカ様は聖女になるための道を進んできたそうだが……。

聖女候補から外されても、第三皇子には既に別の婚約者が選ばれており、魔術学園に通う第三皇子が卒業した後に結婚されるそうだ。


「だから言っただろう。お前ごときの持ってくる得体の知れないものに興味を持つなど、聖女候補という微妙な立場にいる慎重な娘はしない」


この大量のケーキは帰ったら姐さんたちの夜食してもらうか、冷凍しておくか、と私が眉間に皺を寄せて考えていると、隣に座っている男性がその黒髪をかき上げながら呆れて言った。


私はムッとして眦を上げ、長身に黒髪、髭はすっきりとそり落としてその白い肌を明らかにした、嫌味なほど整った男性の赤い目を睨み付ける。


「その言葉遣い、やめてくださいよ、ミシュレ」

「あーら、そう? だってこっちの言葉遣いの方が変でしょう?」


悪びれる様子もなくミシュレは肩を竦め、スレイマンの体である長い腕を伸ばし指先の爪を確認する。


「骨ばって男っぽい指よね。折角王都に来たんだから、綺麗な服とか宝石とか見たいのに。こんな体じゃ合わせられる服が私の趣味じゃないのよ」

「性格変わりました?」

「おかげさまでね。貴方の記憶の再生とはいえ、違う世界で過ごしたってことも大きいと思うけど」


体にぴったりとくっつく黒い服に、ブーツのような踵のある靴を自作して着こなすミシュレは、スレイマンの外見なので完全に二丁目のおねえにしか見えない。

ぼさぼさだったスレイマンの髪は今は綺麗に整えられ、額を出してきっちりと頭の後ろの高い位置で縛られている。私の下宿先の姐さんたちに貰ったらしい化粧品の数々ですっかり顔を描いているので、スレイマンの面影は……その目つきや雰囲気からミシュレのオカマモードで変わっていて……皆無だ。


「……」


楽しそうに街並みを眺めるミシュレの横顔を見つめながら、私は一月前のことを思い出す。


私の意識の奥深くに一度閉じ込めたミシュレを開放した時、すっかり憔悴していた彼女はスレイマンの体を使えると知ってまず笑った。


『その男、死んだのね。あぁ、ざまあみろ』


と、そういう彼女の髪を掴んで引っぱたいたのは、まぁ、私の心の余裕のなさだけれど、その後ミシュレも私を引っぱたいてきたのでフィフティフィフティである。うん。


「で、どうなのエルザ。学校の勉強、ついていけてるの?」

「簡単な単語は読めるようになりましたけど、長文はまだちょっと。帰ったら仕事が来るまで勉強しますよ」

「しっかりしてよ。……約束、忘れてないでしょうね」


低い、スレイマンの地声に近い声で言われ私は「もちろん」と答えた。


「スレイマンを生き返らせたら、氷の魔女も甦らせる。ミシュレこそ、忘れないでくださいよ」

「わかってるわ。扉を開けるまで、この体を守り抜く、でしょう?」


スレイマンの魂がなくても、ラザレフさんや他の人たちにとっては価値のあるというスレイマンの体。何かに利用されて、それが世のため人の為になる、と言われても私はそれを拒みたい。


「っていうか、こうして……ミシュレが死体を使えるのを見てると、やっぱりこの世界の死って、私の知る心肺停止とか脳死とかの肉体の死とは違う気がするんですよねぇ。っていうか、ミシュレのその魂だけで存在し続けられるやつとか、ザークベルム家の長女に生まれ直せるやつの仕組みがちゃんとわかってれば少しは手掛かりになったんですけど」

「私の場合、半分以上が意地だとしか思えないものねぇ。あとほら、井戸じゃない?」

「あー、井戸は女性の膣だとか、なんかそういう……寓話的な……」


あれこれ話していると、馬車は目的地である第四区に入り、御者が到着を告げた。


「あぁ、おかえり、エルザちゃん」


ドアを開けてまず最初に見えてくるのは、恰幅の良いというか、だっぷり肥って脂ののったおじいさん。顔は皺皺なのに肉付きはとても良い。


「まだ見世は始まってないからね、メリダと一緒に夕食をとっちまいな」


つるりと禿げた頭を、少し暗くなって街中に灯された行燈のあかりに照らしながら、大見世の店主は言った。私を金貨50枚で買ったときは怖い顔をしていたが、私が魔術学校に通う聖女候補だと知ってからはとても態度が柔らかくなっている。


私ははぁい、と子供らしく明るく答えて、見世に入り、トントンと階段を上がっていった。


聖王都ペルシアは区画ごとにはっきりと目的や階級が分かれている。巨大な壁にぐるりと囲まれた第一区には王族が住み、政治が行われるための城やその他の建物がある。貴族は第二区に住み、、第三区は商人や富豪。第三区には商業施設があり、多くの買い物はそこでできる。

第四区は、平民の住む場所だが、その四分の一は、いわゆる花街のような役割を担っている。


第三区へ通じる壁にぴったりと付くように建てられた高層の建物には窓があり、その窓に着飾った美しい女性が一人立っている。窓に明かりがついて女性の体が露わになっている光景はとても美しく、良く見える場所に部屋を持つ女性は売れっ子なのだとか……。

灯りが消えて窓を布が覆っていると仕事中を表す。この仕掛けのため営業時間は夜間のみ。


ザークベルム領でスレイマンに、女性は表に出ないものと教えられたが、彼女達は国が認めた公式な娼婦だという。

私の感覚だとどうにも違和感があるのだけれど、この国は出産まで管理されているので、こういうものが必要になったとか、そういう事を少し聞いた。


「エルザです、ただいま戻りました」


私は一番良い部屋を持つ高級娼婦メリダさんの部屋で立ち止まり、軽く扉を叩く。


「あぁ、おかえり、わたしのかわいいこ。おかえり、おかえり。おなかはすいていないかい? あまいくだものがあるんだよ。さぁこっちへ。おかあさんがむいてあげようね」


扉を開けて中に入れば、絹のように艶があり長く美しい黒髪に、真珠をはめ込んだように真っ白い瞳の女性が、ぼんやりとした顔で私を迎えてくれた。


細い手首にはたくさんの宝石を散りばめた腕輪がいくつも嵌められ、その身の衣裳の一枚一枚が最高級の職人の手により最高の素材を使って贅沢に作られたものだとわかる。


メリダさんは私をそっと抱きしめる。柔らかい花の香りと、女性のやさしい匂いが混ざって、心が落ち着く。


「いいこ、いいこ。おまえはいいこねぇ。おおきくおなり、すてきなこにおなり」


虚ろな目で、虚ろな声でメリダさんは私の髪を撫でる。


国に子を産めないように施された身でありながら、想像だけで腹を膨らませ、何も宿らぬ胎を自ら潰して気が触れた女性、その手は愛情に溢れている。





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87話「聖女ってなんですか(2)をこっそりついか。

そして舞台は聖王都へ。やったね、スレイマン(の体)動いてる!!

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