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どら焼きは…遠い、遠すぎる


スポンジケーキといえば洋菓子がまず最初に頭に浮かぶ。ホットケーキやロールケーキ、お誕生日におめでとうイチゴのショートケーキ。

フランス菓子に代表され、小麦を用いた菓子の基本的な生地の一つである。私は菓子を専門とするパティシエではなかったのでそれほど詳しいわけではないけれど、料理人にとって基礎中の基礎でありだからこそ難しく重要とされるオムレツが、パティシエにとってのスポンジケーキである、とそのように敬意を持っている。


そして菓子作りほど緊密に計算深く、いっそ惚れ惚れするほどの繊細な順序と決まりごとがあってできるものはない。何といっても科学反応のオンパレードだ。拍手喝采である。


材料はまず鶏卵、砂糖、小麦粉。この卵がとても大切だ。

想像してほしい。そもそもスポンジとは何か?

他の食材にはない。しっとりと、しかしふわふわとした…膨らんだモノ、である。


このふくらませる、という為に鶏卵は必要不可欠だ。鶏卵は溶いてかき混ぜると空気を含み気泡を作る。これに熱を加えると熱で膨張して生地が膨れる。そして卵のたんぱく質の熱変化により、膨らんだままの形で固まる。これがスポンジの簡単な原理である。

これに小麦粉をくわえグルテンを生み出し、焼き上げた時に卵のたんぱく質とでんぷんがより生地を「しっかり」とさせる。砂糖の役割はこのふっくらとふくらませるための気泡がつぶれてしまわないようにする役割がある。


……どうだろうか、この、素晴らしい協力体制。まさに調和だ。スポンジケーキ、なんとうつくしいのだろう。


すごいよ西洋菓子。

バターと小麦と卵のある国すごい。


しかし、しかし、確かにスポンジ生地と言えば西洋菓子。フランス万歳。しかし、しかし、私の愛した祖国日本にだって小麦を使ったふっくらとした菓子はある!!!


「そう、つまり、私はこの村でどら焼きを作って見せる、とそういう決意をしているのですよ!」

「エルザちゃん?どうかした?」

「あ、マーサさん。いいえ、なんでもありません」


こんばんはからこんにちは、ごきげんよう、野生の転生者エルザです。


折角名前がついたのに、付けた張本人は「馬鹿娘」とかそんな呼び方しかしないので実感が中々わかなかったけれど、こうして呼ぶ人が増えました!やったね!


村長の孫娘にして実質的な村の運営を任されている15歳の少女マーサさんのお陰で私とスレイマンはなんとか村に入れて貰うことができた。


とりあえずは一晩泊めて貰いマーサさんと村長さんが私たちの人となりを見極める、と村人たちには説明したそうだ。


私はマーサさんと一緒に夕食の支度をしよう、とまずは井戸で手を洗っている。スレイマンは何やら奥の部屋で村長さんと話をしに行っているらしい。


「……大丈夫かなぁ…」


怒鳴り声は聞こえないが、老人相手にも傲慢な態度を崩さず村長さんが「やっぱ出てけ」と判断したらどうしよう。


「お父さんが気になるの?エルザちゃん」

「はい。お父さん…その、とてもせいかくが悪いので」

「まぁ」


娘が父親を表現する言葉ではない。マーサさんがちょっと驚いたように目を開き、困ったような顔をする。


「きっととても苦労をしたのよ。戦争に巻き込まれて…こんなところまでエルザちゃんのこと守りながら来たんでしょう?優しいだけじゃ、いられなかったのね」


だからお父さんをそんな風に言ったら可哀想だわ、と言うマーサさん。


なんだこの慈愛の心…。海よりも深い他人への理解と赦しの心があるぞ…。

聖女か何かか?マーサさん。


「マーサさんはやさしいんですね」

「私の周りには優しい人ばかりだから、私も優しいままでいられるのよ」


とても柔らかい笑顔で言われるのでつい、そんなものだろうか、と頷きかけてしまう。

いや、絶対違うだろう。人間そんなきれいな生き物でいられるばかりではない。


マーサさんは運よく辛い目にあっていないだけなのだろうか。


だが「村長である祖父と二人だけで暮らしている」こと、周りの大人さえマーサさんには敬語で接し、発言力を認めている。というその状況。けして「なんにもない」わけではないだろうに。


「わかりました。それじゃあ、あの怒りっぽくてすぐ怒鳴る父さんが優しくなれるように、私は父さんに優しくします」

「えぇ、そうね。それが素敵だわ」


嬉しそうにマーサさんが笑う。なんて優しい瞳の人だろうか。15歳と言えばまだまだ子供のはず。この世界では成人は18歳だとスレイマンが教えてくれた。まだ大人に庇護されていてもいい子供だ。周りにちゃんと大人がいる筈なのに。


私はまだ外見が三歳児だが中身はしっかりとアラサー、マーサさんの倍は生きている精神年齢。


周囲に怒ることもせず微笑む少女がなんだか不憫に思え、ぎゅっと手を握るとそれを「父さんに優しくします。約束します」という覚悟の現れだと思ったか、にっこり笑ってマーサさんも手を握り返してくれる。


決めた。

私はこの村への滞在が許されたら、絶対にマーサさんに…ケーキを作る!!!!


「手もきれいになりました!さぁ料理です!!台所はどこですか!?しょくざいはなんです!?下ごしらえから調理、さいごの片付けまでしっかりやってこその料理人!私、そのあたりにはちょっと自信がありますよ!!!」


まずはこの世界の、この村の調理技術の確認とどんな食材が主流かを知るところから始めよう。


「そんなにやる気になってくれると嬉しいわ。そうね、じゃあ、まずはラグの木を煮ましょうか。エルザちゃんのところでは木を食べる時はどうしていたの?」


……木って言った今?


マーサさんがまず私を連れて行ったのは井戸の裏。

沢山切って並べられている薪の山に、かまどに入れる分でも取りに来たのかと思ったが、「あれを煮るのよ」と指さす先のブツはどう見てもそれだった。


「……木は食べたことないですかねぇ…ははは、えぇっと…薪じゃなくて、あれ、食べ物、なんですよね?」


見た目は薪にしか見えないが、もしかしたら木の皮の中はアロエっぽい柔らかな触感の、水分の多い食物繊維かもしれない。


しかし私の希望はマーサさんのにっこりとした笑顔によって砕かれる。


「薪にも使うわ」


……うん、よし、オーケイ、オーケイ。

わかった。うん。大丈夫。世界各国、様々な食文化がある。その土地で最も多く手に入れる事が出来て食べ物に向いているもの、が主食になる。


私は人類の食文化、文明を愛し信じている。

そう、木、木だって食材にできる。

例えばパウダー状にし、それを小麦粉などに混ぜてパンを焼いても本来のパンの味やふっくら加減にさほど影響はないらしい。


まぁ、「煮る」って今マーサさん言ってたけどね!!!!!!!!!


「………きを、にる、はじめてですが…がんばります!!!」


しっかりしろ私。

ちょっと自分の知る食材に該当するものがなかったからといって、そもそもここは異世界だ!異世界であれば…いつまでも昔の価値観に頼るのは如何なものか!!


そう、私は転生した。つまりは…もはやこの世界の住人である!


前の世界を愛している、食文化を尊敬している、だがしかし、私はこの世界の食文化だって愛し取り込み、自分の糧としていくべきなのだ!!!!


自分を奮い立たせ、私は薪を一つ手にとりにおいを嗅ぐ。


「くさっ!!!!!」


嗅ぐまではそんなことなかったのに、鼻を近づけた途端強烈な臭いが鼻孔を通り思わず木を投げつけそうになるが「これは食材!!!!!投げてはならない!」と私の料理人としてのプライドがそれをなんとかとどめる。


マーサさんは私の動揺に可愛らしく首を傾げ、そして残念そうに目を伏せる。


「そう、初めて食べるのね。それなら、最初はちょっと…お腹を壊したり飲み込めなくて吐いてしまったりするかもしれないけど……これが食べられないと、他に食べれるものが手に入るのは一週間後なの。がんばってね」


ちくしょう、くじけそう!!!!!




=========




「ちょうり方法、らぐの木を皮つきのまま細かく刻み鍋でやわらかくなるまで煮る。以上」


ぐつぐつと煮えたぎる鍋を見下ろし、私は無表情でつぶやいた。

初めての…この世界で食べられている「料理」をつく……いいや認めないね!!!こんなん料理として認められるか!!!!!!


せめて調味料は!!!!!!!?


マーサさんと私がいるのは家の台所。

かまどが一つ、その上には鍋が乗せられるようになっている。


見たところ、棚にはもともと食材や調味料がおけそうなスペースがあるのに、今はガラン、と何も置かれていない。


「エルザちゃんが手伝ってくれたから刻むのがずっと早く終わったわ。ありがとうね」

「どういたしまして!!!でも私がもとめたのはこういうんじゃないですぅうう!!」


わぁあああと私は大泣きしながら、マーサさんのエプロンにしがみつく。

これが料理?これが…これ…夕飯だというのか……。


泣かずにいられるか!


私は料理が好きだ。料理することも好きだが、そもそも食べる事が大好きだ。人間一日に食べられる量は決まっている。そうなると、一生のうちに食事ができる回数だってわかってしまうもの。


そのうちの一回だって私は無駄にしたくなかった。


「教えてくださいマーサさん!!この、村…これ、ふつう!!!?」

「え?えぇ…?一か月に一度、隣の村の馬車が来てお肉や野菜を売ってくれるけど…それを食べるのは数日だけで、あとはほとんどこういうものよ?」


マーサさんは不思議そうに眉を寄せる。


だが私にはそれがどうにも信じられない。だって、マーサさんの体は粗食をしている、というようには見えないそれなりに肉がついている。もちろん豊かではないが、「少しやせている」くらいなのだ。一か月のほとんどがメイン木!であるのならもっと栄養失調ぎみな体型だろう。


「このバカ娘は何を騒いでいる」


私がわめいていると奥の部屋からスレイマンがやってきた。村長さんはいないが…まさか殴り飛ばして気絶させてたりしないだろうな…。老人同士仲良くしろよ。


「……なぜ泣いている」


やってきたスレイマンはマーサさんに引っ付いている私を乱暴に引き離し、その顔が涙でぐちゃぐちゃになっているのを見ると嫌そうに顔を顰めた。そしてマーサさんを睨み付けるので私は慌ててスレイマンの服の裾を引っ張る。


「ゆうはんが!!!木なんです!!!!」

「……ラグの木は魔法樹の一種だ。確かに口にすれば魔力を取り込めるので餓死はせずに済むな」

「驚かないんですか!!!?」

「この村の状況ではそれを食べて生き延びるのが妥当なところだろう」


ごしごしと乱暴にスレイマンが私の顔を拭き、村長さんに聞いた話をかいつまんで教えてくれた。


この村は背後は森、前方は草原という位置にある。森があるのなら狩猟や採集ができないものかと思うが、私が見たカブラやその他の魔物が多く生息しているためそんなバカな真似はできないそうだ。


そして魔物が出るので流通もほとんどなく、唯一隣村(距離はだいぶ離れているが)だけが村長の親類ということで一か月に一度だけ傭兵を雇いこの村に物資を売りに来てくれるらしい。


そんなどう考えても村に向いていない場所になんで村なんか作ったんだ、移住しろよ、と私は話を聞きながら突っ込みを入れたくて仕方なかった。


その疑問は「この村の特産」の存在によって説かれた。


「この村にしか存在しない貴重な魔法種がいる」

「……アルパカじゃん」


村の隅に囲いが作られており、その中にはどう見てもアルパカにしか見えない、白い毛に微妙な顔をした…なんか動物がいる。

大きさとか、鳴き声とか…どう見ても、私にはラマ科の羊駱駝にしか見えない。


「本来は温和な性格で警戒心が全くなかったため、たまたまこの村で保護していた以外300年前に死滅した。その良質な体毛は魔力を通す特殊な布に加工することができるため、魔術式を編み込んだマントや絨毯などを作る為高値で取引されている」


妊娠期間は十一か月で一度の出産で一頭しか生まれない。中々数を増やすことも出来ず、そしてこの村で育てられてきたこのアルパカ(仮)は、この村の人間にしか懐かず毛を刈ることを許さないのだそうだ。


結果村人たちは代々アルパカを育てることを領主より命じられ、それを誇りとして生きてきた。


だが彼らの元に入ってくる金は一か月に一度の物資を買うために消え、生きるために周囲に生えていた樹を食べるという習慣になった。


……いや、領主、支援しろよ。


この村にしかいないんでしょ?

世話する人間、村人しかいないんでしょ?

もっと大事にしろよ。


「この魔法種はこの村にしかいないが…魔力を通す体毛の魔法種は他にもいくらでもいる」

「ざんこくなせかいですね」


珍しいは珍しい。だが、唯一ではない。ということらしい。

だが、だとしても保護はされるべきではないのか。


「お前がそんな顔をしていても、この村の生き方が変わるわけではない」


納得いかないという顔でアルパカを見ているとスレイマンが頭に手を置いてくる。


「……木をたべてる、っていうのが、私には嫌なだけです」

「この村ではそれが当たり前なんだろう。そうやって生きてきたのなら、不満が出るわけもない」


余計なことをするなよ、と睨まれた。


「よけいなことって、なんです」

「ふん、愚かな小娘の考え程度わからんと思うか?この俺を利用して森で魔獣を狩らせて食材にしたり、この俺に村で栽培できそうな植物を厳選させて魔法で畑を作らせたりだ」

「よしそれ採用!!!!」


私はスレイマンに飛びつき、片足の不自由な男は突然タックルをされ受け止めきれず尻もちをつく。


「ふざけるな。誰が、」

「わかってます。私たちがいる時だけじゃいみないし、ずっと「これが当然」ってしてきた人たちに…無責任に変化をあたえるべきじゃない。でも、でも…私は、木が夕飯は絶対に嫌です!!!!」


もう私の頭の中には、前世で知りえた様々な知識が勢いよく呼び起されていた。


料理に関する知識なら自信がある。ただ調理だけじゃない。どうやって食材が出来るか、農業の基礎、食の歴史に関係する「村」の役割と発展。「村」でできた手法。

必要なもの。使えるもの。その様々な知識が私の頭の中に溢れ、そして、私はスレイマンをじっと見つめる。


「この村に住みましょう、スレイマン。私はここで、ケーキを作るってきめました!!」


食に関して、私の意見が通らなかったことはない。

絶対に譲らないし、そもそもスレイマンが許可しようがしなかろうが、私は自分一人でもこの村を……どう考えても隣町や領主に良いように使われているとしか思えない村を、なんとかするつもりだ。


スレイマンはじっと私を見つめ返し、その瞳に目も覚めるような美少女を映した。そしてあきらめたように目を閉じ、体の力を抜く。


「そんな顔をするな、バカ娘が」


溜息ひとつ、しかしぽん、と頭に手を乗せられた。





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― 新着の感想 ―
[一言] 木を煮て食べるですか。急に面白くなくなってきましたね。
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