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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 冬の踊り子編
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バカ息子と、私


最初に手に取るのは、私の掌よりもずっと大きい丸茄子だ。


市場で見たものも立派だったが、領主さんの館で食べられるものとなれば大振りで、しかし、軽くはなくぎっしりと肉厚な茄子はなんとも調理のし甲斐がある!


まず茄子のヘタを削ぎ落とし、縦半分に切る。これに詰め物をする予定なので、皮から一センチ程明けた所にナイフを入れて一周させる。そして、これをくり抜き、こちらはみじん切りにして除ける。


器の方は高温のオーブン……はないので、窯でじっくりと焼いていこう。


「だいたい30分くらいですかねぇ」


さて、その間にベシャメルソースを作ってしまおう。


ベシャメルソースというのは、名前はおしゃれだが、作り方はとてもシンプルだ。

系統的にはフランス料理の技法に当たる。


しかし発祥はイタリア、とも言われており、その他日本の洋食やスペイン料理でも幅広く応用されている。


一般的に思いつきやすいのはコロッケやグラタンだろう。


小鍋にバターを溶かし、小麦粉を加えて軽く炒める。そこへそのまま牛乳を少しずつ足していくのだが、火はどこまでも弱火で行く。次第にとろみがついてきたところで塩、こしょうを加える。


ベシャメルソースはこれで完成だが、料理に使用する際はこれにチーズやトマトピューレ、その他の材料を追加する。


マスタードも広い定義ではこのベシャメルソースに辛子・お酢を加えて作る一派である。


そして、今回は先ほどのくり抜いた茄子を加え、よく混ぜる。


「完成っと、それじゃあ次はソフレジッツですね」


これはトマトや玉ねぎなどを炒めたもので、付け合わせやソースとして使用できる。


一度に大量に仕込んで置き、ちょっとした料理、たとえば焼いた肉に添えたり、魚と一緒に食べたり、またはスープに溶かしたりとこちらも使用方法は様々だ。


私はトマト、玉ねぎに似た野菜、ニンニクをとにかく細かく刻み、そして油を引いたフライパンで玉ねぎを炒め、色づいてきたところでニンニクを加える。


そこへハーブとひき肉、そしてトマトと先ほどのベシャメルソースを加えて煮詰めれば完成。とても簡単だ。


そしてそうこうしていると、窯の茄子が良い具合に焼けている。

軟らかくなった茄子の器に先ほどのソースを詰めて、水切りしたヨーグルトをたっぷりとかけて、また高温の窯に入れる。


オーブンであれば設定は250度くらいだろうか。


やがて肉と乳製品の焼ける良い匂いがあたりに漂い始め、そわそわとこちらを覗いてくる視線があった。


「なんですか、ボンクラ息子」

「ボンッ……無礼者め、僕が誰だかわかっているのか」

「ワカイアの餌候補さん」


どうも、こんばんはからこんにちは、ごきげんよう、そろそろポテトサラダが食べたい、野生の転生者エルザです。


残念ながらワカイアは肉食ではなかったが、マーサさんを心から愛している彼らならがんばって肉食動物にクラスチェンジしてくれるかもしれない。


私が即答すると、グリフィス・ザークベルムは顔を引きつらせぶつぶつと不平を漏らす。


「なぜこの僕が、こんな小娘の……! マーサが、心配しているから……くそっ、なんだって僕が……!」

「マーサさんに頼まれてここにいるんですか?」

「ふん、なぜこの僕が田舎娘の頼みを聞いてやらねばならない。そんなわけないだろう」


あぁ、つまり、マーサさんが心配そうにしていたから、自主的に私の様子を見に来たのか。


「それはなんともまぁ、ありがとうございます」

「マーサもマーサだ。それほどお前が気になるのなら、あの時、さっさとここから逃げればよかったんだ」

「ははは、マーサさんが残ってくれて嬉しいくせにー」


素直じゃないというか、面倒くさい青年である。


さて、なぜ私がここで一人レッツクッキングをしているのかと言えば単純な話。


スレイマンにより、私は領主の館での飲食を禁じられている。


どうも、どうやら、スレイマンの過剰な程の魔術防御やら何かを破り私を呪おうとしたそのルートは、この土地の食べ物からではないかと、そう推測された。


なので「飲むな」「食べるな」「興味を示すな」という、あまりにも酷いお達し。


私としては、私を呪おうとしたルートはそういうわかりやすいものではなくて、私が転生者、前世の意識がある、とそういう隙からだと考えているのだけれど、スレイマンがそれで安心するのなら仕方ない。


普段散々守って貰っている自覚もあるので、抑える時は抑えるべきだろう。


なので、仕方ないのでレッツクッキングなのだ。


食べないけど作りたい。


いや、食べれないなら、作りたい。


領主さんの晩餐会とやらはルシタリア商会を侮ったか「そこそこのものでいいだろう」と簡単な、野菜をゆでたものとか肉の入ったスープとかそういうものしか用意されていなかった。それを見た私がうずうずと「作ります!!」と立候補したので、領主さんはスレイマンの顔色を窺って答えを迷っていたけれど、溜息ひとつでスレイマンが許可した。


そういうわけで、私は晴れて、五人分の食事の用意をしているのである。


領主の館の厨房は、厨房というよりは少し大きめの台所だ。


やはり料理を専門に、重視して行うという習慣がないようで得意な使用人が持ち回りでこなしているそう。あれこれ使い勝手の良い道具もあるが、大量のお皿を並べたり、同時に複数の料理を作れる程の火口や大鍋等がない。


私が料理を申し出たことは驚かれたけれど、使う事に嫌な顔はされなかったし、とくにこだわりもないようだ。


「ところで、お姉さん二人のことなんですけど」


どうせ暇ならそこで洗い物でもしていてくれと頼めば、グリフィスは全力で拒否したが、それなら豆でも剥いてろとザルごと渡したそれを、大人しく剥き始める。マーサさんが残ると決意表明してから、このバカ息子にも何かしらの変化があったのだろうか?


それなら踏み込んだ話ができないかと質問する。


「……姉と思うなと父上には言われている」


しかしグリフィスは顔を顰め、そっぽを向いてしまう。


「お姉さんとは思えませんか? 魔女の娘だと、怖いんですか?」


私の最初の質問に、グリフィスは自分の感情を語らなかった。もし、このバカ息子がただの暴力男で傲慢なだけの屑なら、ここでの答えは違うものだっただろう。たとえば、あんな化け物、とか、家族じゃない、とか、そういう拒絶の言葉の筈だ。


だが違ったので私はあえて答えの幅を狭くし、再度問いかける。


「……そもそも、何かを感じるほど接していない」

「と、いいますと?」

「僕とあの二人は歳が近い。僕はこの冬に17になる。同じ、父上の血を引く領主の子であるのなら、それなりに交流してもおかしくはないはずだが、顔を合わせる事は年に一度、あるかないかだ」

「同じ敷地内に住んでるのに、そういうことってあるんでしょうか?」

「僕は勉強や父上についてあちこち領地を回る日々で殆ど自由はないし、あの二人……姉上たちも、やるべきことがあるのだろう」


まぁ確かに、同じ学校に通っていてもクラスが違ったら卒業まで顔を知らない、ということもないわけではない。領主ファミリーと、こう、家族と考えれば異常に見えるが、そういうこともあるのだろう。


しかし……17歳って……。


双子は18歳程。そして二人が生まれてから五年後に、先妻が亡くなったはずだが、これ、明らかに計算が合わない。


領主の野郎、先妻が生きてるうちからローデリアさんにグリフィスを産ませた、ということになる。


私はグリフィスから剥いた豆を貰い、沸かしたたっぷりの湯で茹でる。これを潰して濾して溶き卵に魚のだし汁を加えれば茶碗蒸しっぽいものが出来る。


次の作業にとグリフィスに冬キャベツをひと玉渡し、ざく切りにしてもらう。


「マーサさんと結婚したら、マーサさんが次の『魔女の娘』を産むことになるんですけど、それについてはどう考えてるんです?」


剣の訓練もしているのか、グリフィスの刃物の扱いはそれなりに手馴れていた。芋に似た野菜や干し肉、ニンニクも切って貰い、受け取った芋とキャベツを浅めの鍋で10分程茹でる。


「……わからない」

「わからない?」


グリフィスは一度手を止め、首を振る。


「今はただ、彼女には……好かれたい。妻にするとか、その、子を……宿して貰うといった……いや、お前のような子供には、早いか。なんでもない」


子供っていうか、中身はアラサーなのでおしべめしべ以上の知識はあるので遠慮しないでほしいが、まぁ、別にそういう話を深く聞きたいわけでもない。


「僕は姉たちと関わりがなかった。だから、父上の言うように、二人のうちのどちらかが魔女の娘なのだとも……どうとも、思えない、というのが正直なところだ」


見下すことも嫌うことも、関心がなければ始まらない。

そういうものが芽生えるほどの接触すら、これまでなかったのだとグリフィスは話す。

そして、自分の事で手一杯だった、とも。


「この屋敷に来てから、先妻殿が井戸で亡くなられてから、母上は随分と変わられた。あれほど父上と暮らすことを望んでいたのに、僕を領主にする事を願っていたのに、今は父上の財産を浪費する事しか頭にないように感じる」


いや、そりゃ、いくら魔女の娘を産みたくなかったとはいえ、自分の婚約者が他の女と結婚して子供を作ってたら、それは、まぁ、面白くなかっただろう。


そのストレスやらなにやらから解放されて豪遊生活、というのも、なんとなく理解はできる。だが息子であるグリフィスからしたら、母親の変貌に戸惑うのだ。


このバカ息子は、ローゼリアさんがマーサさんを「魔女の娘を産むための生贄」と思っていることを知っているのだろうか。


「貴方は色んなことをもっと考えるべきですよ、領主のご子息様。マーサさんと結婚して、マーサさんが魔女の娘を産んで……先代の奥さんのように気が触れてしまったらどうするんです?」


不器用な青年が思い悩むというのはいじらしいし、応援したくなる心がないわけではないが、しかし、これはニヤニヤしながらおばちゃん根性でちょっかいをかけるだけかけて放置していい問題ではない。


「以前、貴方は私に、マーサさんを連れて逃げることを許してくれました。でも、マーサさんは貴方のためにここに残ると決めた。――マーサさんの為に、協力してくれませんか?」

「……何をする気だ?」

「魔女の呪いを解くんですよ。安心してマーサさんが、お嫁に行けるように」


わかりきっていることではないか、と私はふんぞり返る。


街の人たちへのお願いは餃子パーティで行った。

マーサさんにはスレイマンという後ろ盾があることを領主も知った。


身分さとか、持参金とか、そういうあれこれは、きっとなんとでもなることだ。

けれど呪いに至っては、これはもう、解くしかない。


「六代前に何があったのか、始まりを、呪いの始まりをまずは調べたいんです。それには、領主の息子である貴方の協力が必要です」


私は応接間で出会った双子、そしてその後ろに透けて見えた黒髪の女性について考える。


十中八九、魔女の娘は××××さんの方だろう。

だが、それにしてはおかしい。奇妙だ。不気味だ。何か、おかしい。


黒髪の女性は何者だ?


彼女を「魔女の娘」だと仮定して、それで、取り付かれている××××さんが魔女の娘の生まれ変わりというのは、それは妙な話なのだ。


生まれ変わりなら、そこに、後ろにいるわけがない。


双子は私にその女性が見えていることを気付いているのかいないのか、にっこりほほ笑んだだけで、そして、スレイマンに頭を下げ「殺すなら両方を」と頼んだ。


「イレーネさんもセレーネさんも、どちらがどちらか、魔女の娘か、領主の娘か、その自覚はある筈です。それでも、18歳の今の今まで、お互いを区別させない様に、わからないようにしていたのは、どうしてだと思いますか?」

「……どうしてだ?」

「考えましょう、頭ついてるんですから」


きっぱり言えば、グリフィスが「不敬だぞ」と顔を顰めるが、私は取り合わず、浅い鍋で干し肉やニンニクをカリッカリになるまで焼く。


それを一度取り出して、茹でたキャベツと芋を潰して捏ね、干し肉とニンニク、塩・こしょうを加えていく。


これらを鍋の底で形を整えながら、油を加えながら焼き、底が焼けたら一度ひっくり返す。そうすると、パンケーキのような丸くふっくらとした形になる。


トリンチャツというカタルーニャ地方の料理で、このパンケーキのようなものを何等分化にして、皆で分けて食べるもの。


仲良くしようね! という私の意思表示である。


「……庇って、いるのか?」

「おそらく」

「……魔女の娘を、ではないな?」


バカ息子、と散々罵倒してきたが、頭は悪いわけではないらしい。


私は半分チートの恩恵であれこれ情報を得ているが、グリフィスにはそれがない。それであるのに「双子がバレないようにしている」その理由、突き止めた先は私の推測と同じだ。


「おそらく」


先程と同じ言葉を吐き、私は頷く。


19歳までしか生きられない「魔女の娘」が、領主やその他の人間に「自分がそうだ」というのをバレるのを恐れる理由は、ちょっと少ない。


そもそも魔女の娘だと疑われ、わからないから双方が「魔女の娘」と扱われているのだ。


双子が恐れているのは、どちらが「魔女の娘ではない娘」か、とその一点ではないだろうか。


「なぜ隠すのか、何を怖がっているのか。――呪いの始まりと、双子の恐れているもの、多分なんですけど、これは、繋がってるんじゃないかと思いまして」


双子をそのまま殺せば、魔女の娘の呪いについて何もわからないままだ。マーサさんの子供が魔女の娘として生まれてくるだけ。


それではいけない。それでは、私は嫌だ。


「マーサさんのために、協力してください。グリフィス・ザークベルム様」


頭を下げ、お願いをすると、グリフィスは焼き茄子を皿に盛り付けていた手を止めて、首を振った。


「誰がお前のような田舎娘の頼みを聞くか」

「はは、ぶん殴るぞこのガキ」


このタイミングでの拒絶とかないだろう普通。

私は笑顔のまま手頃な根菜を手に取って振り上げると、グリフィスが慌てた。


「ち、違う! そうではない! 全く、これだから教養のない娘は……最後まで話を聞け!!」

「命乞いですか」

「違うというに! そうではなく……これは、この僕が、マーサの……その、夫になる者として……お前に、命じるのだ。――我が家に巣食う、魔女の呪いを解いて欲しい」


命令と言いながら、その口調は懇願だ。

この男、よほどマーサさんに振り向いて欲しい……いや、何かしたいのか。


私はじっとその顔を見つめ、ゆっくりと頷く。


「子供が出来たら私、名付け親になりますからね!!!」


気が早い、と真っ赤になるグリフィスの若々しさよ。

私は出来た料理を大皿に並べ、運んでもらうように使用人の人たちにお願いをした。

料理の説明や取り分け方、食べ方などの説明は一番年長の、執事さんのような風体の方にしておく。


私の作った料理と、元々用意されていたもので随分な量になるはず。これなら時間が稼げるだろう。


使った調理道具やあれこれは綺麗に洗い、掃除をして自分の身も整える。


「それじゃあ、皆が料理を食べてる間に……私たちは手っ取り早く、書斎とか、何か手紙とかそういうものから漁りますよ」

「……晩餐会に、僕も同席すべきだと思うのだが」

「事情があって食事ができない私の相手のために、屋敷を案内している、ということでお願いします」


私は頭に、星屑さんから貰った花4輪で作った髪飾りを差し、グリフィスと厨房を後にした。







Next

次回、マーサさんと車輪の騎士サイド。


めっちゃ大きい殻付き牡蠣を魚屋さんで買ったんですけど、クリーミーかつぷりっぷりでございました。ネギを刻んでポン酢で頂くという至ってシンプルな食し方でしたが……こうね、こう、キュッと、喉が締まるほど美味かったです。牡蠣いいよね、生牡蠣。もっと買えばよかったです。

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