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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 冬の踊り子編
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マーサ


信じていることがある。


彼女は、自分が山奥の無学な娘であることをわかっているし、何か御大層なことを言えるほど強い人間ではないと思っている。


けれども、マーサは、そんな自分であっても、強く信じ貫けるだけのものがあった。


人の心にあるのは他人を思いやる優しい心。


誰だって、他人に酷いことをしたいなど望むわけがなく、人に優しくしたいと、それが「正しいこと」とか、そういう難しい前提ではなくて、ただ、それが「当然」だと、誰の心にもあるものだと。


ドゥゼ村に、エルザという、幼いながら可愛らしいというよりは美しいという表現が相応しい少女と、彼女をまるで世の全ての不幸から守ろうとしながらも、自分自身が彼女の最大の不幸だと苦しんでいるような男性が現れたのは半年以上前。


これまで他所から来た人間を受け入れることは多々あったけれど、村が変わることはなかった。それなのに、奇妙な、二人組が来てから、村は変化していった。


それは良い方向へと、そのようにマーサは思い、そして村の人たちは歓迎している。


きっとこれなら、今年の冬越しは去年のようにはならないだろうと誰もの心に安堵があって、マーサも、年老いた祖父が今年の冬を無事に越せるかもしれないと、そう喜ぶ心があった。


それなのに、なぜこんなことになっているのだろう?


例年通り、領主様の館へ奉公に上がるようにと使者の方がやってきて、指名されたことは名誉だけれど、自分は次の村長として、今年の冬は村にいたいと辞退した。


それは確かに不遜なことだが、村という一つの大きなものを守る次の世代の成長は領主様にとっても大切なことと、そう思ったのはマーサの驕りなのだろうか。


そして自分は、騎士アゼルにより領主様のお屋敷に連れてこられ、訳も分からぬうちに、領主様のご子息様の花嫁になるのだと、そう教えられた。


それがマーサにはわからない。


いや、確かに、マーサは自分が雪を降らせる尊い御方たちに好まれ、そのために必要なこと、去年の大雪は自分がその方々に好かれてしまったために起きた、罪なのだと、それは聞かされた。


けれどなぜ、自分のような田舎娘が次の領主様の花嫁になることができるのか。


この館に連れてこられて、マーサは、まるでおとぎ話のお姫様にでもなったような、贅沢なのだろうと思われる生活を送らせて貰った。毎朝何もしなくても温かく豪華な食事が運ばれてきて、身支度も、掃除も、洗濯も、何もしなくていい。

ただ、やってくるグリフィス様の話し相手をすればいいと、そう。領主クリストファ様はおっしゃった。


マーサは思う。


雪を降らせるためというのなら、それならば、毎年冬の間だけ自分が館に来ればいいのではないか。


「君は素晴らしい乙女だから、ぜひ息子の花嫁にと、そう私が決めたのだよ。君は聖女のように清らかな心を持ち、誰よりも優しい最高の女性だ」


時折やってくる領主様に「何か不自由はないか」と尋ねられ、マーサはなぜ自分が? と、それを問う。領主様はじっとマーサの瞳を見つめ、それが真の理由であると言い聞かせるように答えてくださるが、なぜだろうか。他人を疑うことなど、これまでしたことのなかった、必要のなかったマーサは、なぜだろうか。


領主の言葉が嘘だと、そう感じた。


ここの人たちは、マーサには理解できぬ不思議な人たちばかりだった。


マーサに酷い言葉を投げ、暴力を振るってくるというのに、その唇からはマーサを傷付ける言葉しか話さないのに、その燃える様な瞳の奥には、マーサを抱きしめたくて仕方ないという熱を帯びているグリフィス様。


貴方は私が守ります、と恭しく跪く騎士でありながら、マーサが少しでも窓や入り口に近づき外に触れようとしようものなら、今すぐその腕と足を斬りおとし逃げられないようにする、という決意を見せるアゼル様。


マーサに不自由がないようにと、あれこれ世話をするよう言いつけられた腰元たちは口では「おめでとうございます」「お幸せに」「素敵なことでございます」と祝福しながらも、マーサを恐ろしいものとでも思うように、マーサが口を開こうとすると軽い悲鳴を上げる。


時折マーサの部屋にこっそりとやってくる双子のご姉妹は、コロコロと猫のような瞳をしていて、マーサをからかって遊んでいるのに、その唇から漏れるのは「可哀想にね」「今すぐ死ねれば楽なのにね」と同情めいた、何もかもを知る老婆のような言葉ばかりだった。


領主様の奥様、グリフィス様のお母様に至っては、マーサは本当に理解できなかった。


なぜローゼリア様は、夫であるクリストファ様と自分が生んだはずのグリフィス様を見て、あれほど憎悪の色を浮かべるのだろうか。


言ってる事と、行う事が一致しない。そういう人たちは、ドゥゼ村にはいなかった。


ここは不思議な所だ。


こういう場所に居て、段々と、マーサは自分もそういう不思議な人たちのように、思っている事と、行う事がバラバラになってしまう、そんな気がした。


「……待って、エルザちゃん」


部屋から飛び出そうとするエルザの手を、マーサは振り払う。一瞬ショックを受けたような顔をしたエルザだったが、直ぐに再び、マーサの手を掴む。


「駄目ですよ、マーサさん。マーサさん、多分ここに残るとか、また言うんでしょう。だめです。いえ、マーサさんの気持ちを尊重したくないわけじゃないんです。でも、えぇ、駄目です。だって、ここにいても、マーサさんは酷い扱いしかされません」

「酷い扱いって、たとえばそれは……木のスープを毎日食べて、冬には燃やせる薪も尽きて凍えながら春が来るまで息をひそめる生活より、酷いこと?」

「村に戻りたくない、ってことですか?」


そういう意味ではなかったが、確かに今の自分の言い分では、ここの暮らしの方が村よりマシだと、そういう風に聞こえたかもしれない。


それならそれでもいいとマーサは訂正せず、エルザの青い瞳を見つめ返す。


自分でも、自分の気持ちがわからなかった。


村へ戻りたいと、それは義務で、責任で、そして、回顧のようなものだった。


このひと月ほど、村から離れてマーサは自分というものを良く、考えてみる機会を得た。


ワカイアたちに触れず、祖父の食事の支度もせず、村の人たちの相談に乗ることもなく、ただの、ただのマーサという一人の人間としての時間を得た。


村に戻って、今年の冬を無事に乗り切らなければならないとも思う。だが、エルザとスレイマンがいる村に、己は必要だろうか?


二人によって村は強化された。何か、マーサがいなければできない事などあるだろうか?


マーサは、エルザを眩しい存在だと思っている。したいこと、望み、そのためにしなければならないことをわかっている。そして進む。その瞳はキラキラと輝いている。


では己はどうだろうか。


村の為に生きて、ワカイアたちと生きる。そういう人生を送るのだろうと思っていた。


しかし、それが己の望みだったのだろうか。


どう生きるか、きっと初めて選べるようになったのだとマーサは思う。

選択できるということは、自分の望みを考えるということは、こんなに不思議なものなのか。


「グリフィス様」


マーサは部屋にいる、青年に顔を向けた。


いつだって苛立って怒った顔の人で、やさしい言葉をかけて貰ったことは一度もない。


だけれど、なぜだろうか。


なぜだろう。本当に、不思議で、奇妙で、理由をなんとか見つけたいのに、何かに操られてるんだと思い込めれば楽なのに、そんなことがなく、一切、そんな、誰かの所為なんかではなくて、マーサは、ドゥゼ村から出た娘は、湧き上がる思いを自覚した。


「貴方が、人に優しくできるように、してあげたいの」


マーサは人を信じている。


自分が他人に優しくできるのは、そう自分が人に扱って貰ってきたから。

人は、人に優しくされれば、愛されていれば、優しさを返せる。


「でも、うぅん、違うのね。きっと、私のわがままだわ。私、違うのよ。私、グリフィス様に、優しくして貰いたいんだわ」


この部屋で過ごして一か月。マーサはグリフィスに酷い扱いばかり受けて来た。けれど、それだけが彼の全てではないと、マーサは、それが見たいと思ったのだ。


暴力ばかりの人なのに、苦しみながらマーサを打ちのめすだけの人なのに、あまりにも、その、苦しみ方が気の毒に思えた。どうすれば人に優しくできるのか、きっと知らないひとなのだ。


グリフィスに、マーサは優しくしたかった。それに、ここから自分が逃げて行けば、父親に責任を問われ、もしかするとマーサが考える以上に酷い仕置きを受けるかもしれない。マーサは自分の所為でグリフィスをそのような目に合わせたくはなかった。


「私はマーサさんを村に連れ帰りたいんですが」

「それはエルザちゃんのわがままでしょう? 私は、望んでいないわ」


マーサは考える。


自分が村に戻らないと何が困るのだろう。

自分がここに残らないと何が困るのだろう。


そういう事も考えてみて、マーサは自分の知る限り、ここに残った方がたくさんの人にとっては利益があるように、そのように考えられたのだ。


「それを言われると、まぁ、そうですけど」


エルザは傷付いた顔をしなかった。

そんなことはわかっているという顔で、そして頬をかく。


ぼそり、と「やっぱりプランBか」と呟いているがその言葉の意味はマーサには解らない。


「いつか、私がマーサさんに約束したことを覚えていますか?」


そして少しの沈黙ののちに、エルザが口を開いた。


「なにかしら?」

「マーサさんの食べたいもの、望みの料理を教えてくださいって、私はそれを作ります。望まれて、えぇ、料理人ですからね、私。はい、料理人は、人が望む料理を作るものです」


確か、エルザが村に来た最初の頃にそんなことを言ってもらった覚えがあるとマーサは頷く。


そして、そう再度問うてくるエルザの顔は、やはり先ほどのマーサの言葉で傷付いたのだろう。困ったような笑い顔であった。


「皆が、幸せになる料理を、作って欲しいわ」


マーサはエルザの頬に手を伸ばし、その柔らかな肌に触れる。

エルザは長い睫毛を伏せ、一歩マーサから離れると、長いスカートを軽く持ち上げてゆっくりと頭を下げた。


「ご注文、承りました」




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私はグリフィスのち○こもげろと思ってます。

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[一言] グリフィスもげろ(祈り)
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