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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 冬の踊り子編
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領主クリストファ・ザークベルム



どうして、雪は降るのだろうか?


本来、この国の気候では雨は降っても、雪など降らない。


だから子供でも知っている。

雪が降るのは、山から冬の踊り子たちが降りてきて、歌い踊り、雪を降らせるのだ。


だが大半の人間は、なぜ踊り子たちが山から降りてくるのか、毎年どうして違う量の雪であるのか、そういうことは知らない。知らされてはいなかった。


領主・ザークベルム家は特殊な家柄だった。


まず領地。

国王より頂いた土地は広いが、地図で見ればまるで蛇のように長細い。


大きな川に面し、山から国の側面を塞ぐようなザークベルム領家の領地には霊峰と呼ばれるムイシュル山があり、その山頂には魔女が暮らしていた。


悪意の魔女の一柱であるそれは『氷の魔女』と恐れられる存在で、雪の降らぬ国に雪を降らせる、冬の踊り子たちを多く抱えていた。


冬の踊り子とは精霊種の一つで、それがなぜ魔女の元にいるのかと言えば、簡単な話。


人間種で言えばある程度の家の娘が、年頃になれば花嫁修業の一環としてどこぞの貴族の家に礼儀作法を習いに行くような、そういう習慣が精霊種にもあった。


それで、若い美しい精霊種の娘を抱えた氷の魔女は、300年前の取り決め通り己の領分であるムイシュル山から雪を降らせた。


踊り子たちの雪は太古の魔法の一つである。


降り積もり大地に染み込めば、その土地は雪の量だけの魔力を得る。魔力の豊かな土地はよく肥え、実りを多くする。


ザークベルム家には役目があった。

国王から代々命じられる大変重要なお役目である。


毎年、山で踊り雪を降らせる冬の踊り子たちを領主の館に招き入れ丁寧丁重にもてなしザークベルムの領地全てに雪を降らせて頂く、というもの。


招き入れるられる踊り子の数が多ければ多いほど、雪が多く降り、次の春の国は実り豊かになる。


踊り子たちは子供を好んだ。


あどけない少女や少年と共に遊び、歌い踊る事を求め、冬になると領主の館に己らの好みの子供がいないかと顔を覗かせる。


それであるから領主は、自身の領地から踊り子たちの気に入りそうな子供をかき集める。


踊り子たちは気まぐれで、去年どれほど気に入った子供であっても、次の年には見向きもしなかったり、見た目の美しい子が気に入る年もあれば、人に目を背けられるような醜い子供を気に入る年もある。


それであるから領主は方々から様々な理由を付けて子供を冬の間に預かり、踊り子たちに気に入られた子供は冬の間ずっと踊り子たちの相手をさせ、気に入られなかった子供には屋敷の簡単な仕事を手伝わせた。

選ばれた子供は自分が不思議な存在に関わったことを理解しない。

家に帰る頃には『領主様のお子様のお相手をさせて頂いた』と、そのように思い込む。


「わかっているな、グリフィス。あの娘、ドゥゼ村のマーサはなんとしても口説き落とせ」


大きな領主の館の中。華美な調度品は置かれず主のこだわりが伺える暖色を多く用いた書斎には、領主クリストファ・ザークベルムとその嫡男グリフィスがいた。


普段こちらの顔を見る事の稀な父がまっすぐに己の目を見て話しかけてくることに、グリフィスは内心喜びを感じていたが、告げられる内容には使命感がわくどころか、うんざりとする。


「わかっております。父上」

「わかっているというのなら、なぜマーサを怒鳴りつける? 鞭で打とうとする? あの娘の機嫌一つで国が滅びるやもしれぬということをお前はわかっていない」


それでは父上があの娘を口説けばいい。


グリフィスは出掛かった言葉を飲み込んだ。

これは己の役目であると、頭では理解しているのだ。


館に呼べる踊り子は例年では3人程度。

しかし去年、ドゥゼ村のマーサという少女は多くの踊り子たちに気に入られ、愛され、大切にされ、10人以上の踊り子が彼女と冬を越そうと訪れた。


そして普段は口を利かず意思疎通を図る気のない踊り子たちが、去り際に領主に来年もまたマーサを呼ぶように、と念を押した。


これは稀有なことである。

これは、異常な事である。


すぐさまクリストファは王都の大神官に、一体どういう事かと御伺いを立てたところ、どうも、どうやら、マーサは聖女に等しい存在であるらしかった。

そして300年前からずっと神性に守られ穢れずにいる村の生まれ。

精霊種が愛するのは当然のことだと、納得した。


彼女がいれば踊り子たちは多く雪を降らせる。

聖女の胎を使えば、ザークベルム家の魔女の呪いは解けるかもしれない。


そんな考えが、クリストファの頭に浮かんだ。


しかし魔法種ワカイアの存在により、取り込むことは難しい。ワカイアの怒りに触れればどうなるか。その実態を知る者であれば誰も試してみようなどとは思わない。


それでクリストファは、ドゥゼの村を疑い探ろうと長年無駄な苦労をしている友人クロザに、ちょっとした助言をした。


彼がクロザをドゥゼ村に送り込んだのは、いつか何かに使えるかもしれないと、そういう程度だったが、クロザは上手く動いてくれた。


一時的に結界がマーサの血によって穢され、多少の被害が出る事は覚悟した。その分マーサを手に入れ雪の恩恵を多く得られるようになればいい。結界が弱まればワカイアの力など魔女の呪いに比べればたかが知れている。


クリストファは冷酷な復讐者クロザと、魔法種たちからマーサと聖女の結界を『保護』する。


そういう腹積もりであったのだが、そう上手くは行かなかった。

結界は変わらず、クロザは復讐を諦めたらしい。何とも情けないとクリストファは呆れ、計画を変更した。


少々手荒な真似にはなったが、マーサを館へ連れてきた。


攫ったアゼルがワカイアの呪いを受けるかと思ったが、そういうこともない。

それで、ワカイアたちが愛しい娘を取り戻そうと館に押しかける前に、マーサ自身の意思でここにいたいと、そうなるようにとマーサの心を得ろと息子に命じた。


「女など優しい言葉をかけ、贈り物をし、甘やかせば簡単に靡く。そんな簡単なことがなぜできない?」

「お言葉ですが父上、あの田舎娘は普通の娘とは違います。彼女は、もっと……特別なのです。どれほどたくさんの宝石を贈っても、美しい服を与えても、彼女が心から満足することはないでしょう」

「だから鞭打つのか? 何を与えればよいかわからないから恐怖で支配すると? 愚か者が」

「違います! それは違います、父上。ただ、どうすればいいのか、わからないのです。殴りたくなどないのに、でも、もう、どうしたら彼女に微笑んで貰えるのか」


グリフィスは整った顔を歪め、俯く。


美しい部屋に閉じ込め、与えられる限りの贅沢品を与えても、マーサの心が自分に向けられることがないと悟り絶望しているような様子だった。


もし、クリストファが心ある人間で、己の娘を娘と思わず、魔女の娘と嫌悪し離れに追いやるような人でなしでなければ、自分の子供に向き合い心を通わせる努力をする親であれば、息子のこの様子が『恋をしている』のだと驚くことができただろう。


だがザークベルム当主は、最初に生まれる子が魔女の娘である呪いを疎み、適当な女を孕ませ産ませた男は、土地を守るという貴族の義務以外に大切なものなどなかった。


「情けない」


それであるので、クリストファが息子に感じるのは失望、その一点のみだった。


男はなぜこんな心の弱い者が己の息子なのだと悲しくなる。


「アゼルを呼んで来い」

「父上……!!!」

「お前はもうマーサの部屋に通わずとも良い」


形式上は息子と婚姻を結ばせるが、マーサをこの地に留めさせる楔は別の男でも構わないのだ。ただ、その腹には次代の魔女の子を宿して貰うが。


クリストファは喚き散らす息子をもはやそこにいないものとして扱い、領主としての仕事に向かい合う。


そう言えば、ルシタリア商会とラダー商会の勝負事はどういう結果にさせようか。


元々はどちらがより優れた花嫁衣裳を揃えられるかと、そういう種類のものだった。


だがあの年若いルシタリアの小娘(・・)は、男の成りのまま己まで欺こうというのか訳知り顔で『花嫁様は慎ましい御方。華美な衣装よりも珍しい料理を喜ばれるのでは?』などと言ってきた。


なるほど、確かにルシタリア商会は、先代が急死したことで古株二人が対立し、どちらが店を盛り立てるかと荒れた。


慌てて王都から一人息子(・・・・)を呼び寄せ主人とすることで混乱のうちに潰れることを回避し、その一人息子の奮闘の甲斐があって商会は纏まった。


新たな当主の優れた手腕により街一番の商会となったが、高級品を扱うということに関しては未だにラダー商会に分がある。


操りやすかったラダー商会の三代目が、妻を迎えてからどうにも扱いづらくなった。それならばここで、ルシタリア商会の提案を飲んでやってもいいだろう。そう思い、クリストファはそれを承諾した。


さて、二週間後の勝負はどうなるか。

ルシタリアは大規模な催しにすると話していた。小賢しく立ち回ろうとしている姿はいっそ憐れである。


「ご領主様、騎士アゼルでございます」


部屋の向こうで声がした。

しっかりとした張りのある、聞いていて気分が良くなる青年の美しい声である。


クリストファは入室を許可し、アゼルの挨拶を受けた後、すぐに本題に入った。


「お前は私が最も信頼する騎士、ロビンが育てた素晴らしい騎士だ」

「恐れ入ります」

「グリフィスの前では言えぬが、私はお前を息子のように愛している。あぁ、いや、そんな顔をするな。これは私の本心だ。お前のように優れた青年が息子であればどれほど安心できたか。グリフィスは男としても卑劣だ。か弱い、守るべき女に手を挙げるなど」


側近たちに調べさせた所、アゼルはグリフィスがマーサに暴力や暴言を振るおうとするたびに身を挺して庇っているらしいではないか。


「……!! ご領主様……!」

「何も言うな。全てわかっている。だが、あの娘は我が領地に必要な聖女なのだ。グリフィスの妻になって貰わねばならぬ」

「……しかし、それではあまりにも……」


悲痛な顔をするアゼルに、クリストファは労わりの表情を浮かべ立ち上がって近づき、その肩を叩いた。


「我が息子は愛を知らぬ愚か者だ。だから、どうかお前があの娘に安らぎを与えてやって欲しい。我々の都合でこの街に留める悲劇の少女に、お前のような素晴らしい騎士の真心を与えてやることが、私の償いになるのだ」

「そのようなもったいないお言葉……! ご領主様に罪などあろうはずがございません! この騎士アゼル、全力で務めさせていただきます。あの少女を若君からお守りし、心から愛し、安らぎを与えるとお約束致します!」


冷静な第三者がここにいれば、なぜ領主が屋敷内で、息子の嫁に間男を宛がおうとしているのかと、その非道徳的な行為に顔を顰めただろうが、車輪の騎士は感極まった顔で主人に騎士の礼を取っているだけである。


そのまま退室し、マーサの元へ急ぐ足音を聞きながら、クリストファはゆっくりと息を吐いた。


この街には、もう少し賢い男はいないのだろうか。



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領主様ギルティ。


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