進捗どうですか、駄目ですね
「大変申し訳ございません」
翌朝、朝食の支度をしている私とスレイマンの部屋に訪れたラダーさんは、開口一番にそれだけ言って、床に頭を擦りつけた。
こっちにも土下座文化があるのか、などと感心している場合ではない。
「え? なんです? あの……ドレッシング混ぜてるところなので……スレイマン、どうしましょう?」
「放って置け」
私は朝食用のサラダのドレッシングを作るのに忙しいし、スレイマンもレタスに似た葉野菜の水切りで手一杯だ。
正直、食べ終わってから出直してほしいが、ラダーさんの顔は今にも倒れそうな程蒼白である。
昨日会ったばかりだが、登場時はTHE出来る男! という雰囲気だっただけに、この一晩で何があったんだと気にはなる。
とりあえず私はそこでいつまでも土下座をされていても邪魔なので、ラダーさんに立って貰い、食事用の絨毯の上まで移動してそこで待っていてほしいと告げる。
「いえ! いいえ! どうかこのままで……! 私の気がすみません!」
「そんなこと言われましても……」
「どうせ領主の献上品についての騒動に俺たちを巻き込むことになった、というところだろう」
「シモン様……! なぜそれを!!?」
え? 何?
サラダの水切りが終わり、大き目の木の器に入れ、他の皿には宿に売り込みに来た行商人から買った果物を切って並べ終えたので、スレイマンはラダーさんの向かいにどっかりと腰を下ろす。
「領主の嫡男が妻を娶る、ということならば直営の街では盛大な結婚式や祭りが開かれるはずだ。その時にどの商会がどこまで品物を扱う権利を得られるか……競い合っているのだろう?」
「ご、御存知だったのですか……」
「少し考えればわかることだ」
ふんぞり返るスレイマンは、昨日のラダー商会の様子や街の人のうわさ話などからそう予想していたらしい。
私は大量に焼いた薄く平べったいパンを高く積み上げ、とことことスレイマンの隣に座った。
先に用意しておいたジュースをコポコポと銅製のカップに注ぎ、スレイマンとラダーさんに渡す。
ここへ来るまでまさか飲まず食わずだったわけではないだろうが、ラダーさんはゴクゴクと喉を鳴らしてジュースを飲みほした。
「なんと、爽やかで……甘さもありながら喉にべたつかない。まるで体の悪いものが洗われるような、なんですこの飲み物は?」
「この街で買った果物を絞っただけですよ。薄めるのに使ったのは魔法で出して貰った聖なる水なので、浄化されてる感じがするならそれが原因だと思います」
「……は?」
ラダーさんは私の言葉に固まる。
「聖なる……水?」
「はい? そうですけど」
「……あの、神性魔法の……? 高位の神官様でさえ、扱える方は一握りしかいないという……聖なる水、ですか? 一滴で魔を払い、毒を消し去るという……」
うちでは飲み水です。
などと言ったら失神されそうな雰囲気だったので、私は何も言わずじっとラダーさんを見つめ返すだけにした。
どうも、こんばんはからごきげんよう、おはようございます、野生の転生者エルザです。
領主様の住まわれる大きな街、クビラ滞在二日目です。
私が黙って二杯目のジュースをラダーさんのカップに注ぐと、ラダーさんは先ほどの様に勢いよく飲むことはせず、恐る恐る、というようにカップの中身を凝視していた。
「……これ一杯で、昨日お買い上げ頂いた衣類の代金になりますよ」
「無駄話はいい。さっさと本題に入れ」
「これは、失礼しました」
スレイマンの言葉にラダーさんは頭を下げ、そして昨晩のことを話してくれた。
「シモン様のおっしゃる通り、現在、私の経営するラダー商会は、領主様のご嫡男であらせられるグリフィス様の婚礼のための支度の品を揃える権利を、ルシタリア商会と争っております」
ルシタリア商会というのは今ではこの街一番の商会となったやり手で、ラダーさんにとってはライバル視している存在らしい。
「シモン様たちをお見送りした後、私どもの商会へ領主様からの使いの方がいらっしゃいました。領主様のお屋敷に参りますと、領主様は二週間後の我々の勝負の品を変えたいと、そうおっしゃられたのです」
当初は花嫁衣裳の一つをそれぞれ用意し、どちらが優れたものかと領主や新郎新婦に選んで貰う、というものだったと、そのつもりでラダーさんはあれこれ準備をしていたそうだ。
この場合、花嫁ってマーサさんか。
マーサさんだろ、マーサさんなんだな?
「突然の事で私が驚いておりますと、しかし、ルシタリア商会の若造……いえ会長は慌てる事無く承諾したのです。そして私に、『せっかく黄金竜の鱗が手に入ったのに、残念だったな』と、あの小憎たらしい顔で笑ってきました」
「店の中にその商会の息のかかった者がいるな」
「どうやらそのようで、お恥ずかしい限りです。昨日、シモン様がお売り下さった黄金竜の鱗の情報を聞きつけたルシタリアの若造が……! 領主様を唆しこのような突然の変更をしてきたに決まっています!」
いや……どうかなぁ……。
だって、鑑定士のジャミルおじいさん、めっちゃハイテンションで騒いでたじゃん……別にスパイがいてもいなくても、噂になったと思うんだが……。
私は『あの卑怯者!』と息巻くラダーさんをぼんやり眺めつつ、薄いパンにたっぷりと植物オイルを塗って、瑞々しい葉野菜や果物を挟んだ。
その上からかけるドレッシングはさっぱりとした柑橘系の果汁に塩と砂糖を加え、油と乳化させたもの。
これで生クリームがあれば完璧なフルーツサンドなのだが、このままでも十分美味しい。
「それで? なぜ俺たちを巻き込むことになった」
「そ、それは……その、ルシタリアの小僧の顔があまりにも憎たらしかったもので……『黄金竜の鱗を手に入れられた御方だぞ、これ以上の品も当然お持ちだ。ルシタリア商会の揃える品など所詮、王都の二番煎じ。あの御方が取引をしてくださる我が商会の敵ではない』と……そうしたらあの若造は『それほどラダー商会が買っているのなら、この勝負の品は必ずその人間が用意したものを持ってこい』と言いまして……」
子供の喧嘩か。
というか、ラダーさん、駄目駄目な会長さんだな。
なんだその低レベルな反論は。
昨日の仕事できます男オーラは嘘だったのか。
私は色々突っ込みたい事が溢れてきそうだったので、パクパクとサンドイッチを食べてその衝動を抑え込む。
うん、実に美味しい。
「それで、勝負内容は?」
黙って聞いていたスレイマンは、目を細めて続きを促す。
おや? 勝手に巻き込まれたというのに不機嫌になる様子はない。
ラダーさんは「はい」と短く言ってから、私たちの朝食をぐるりと見渡し、そしてぐっと、拳を握った。
「領主さまはおっしゃいました。貧しい村の出身の花嫁は華美な婚礼衣装よりも、自分が多くの人に受け入れられ、祝福されることを望むだろう、と。つまり、婚礼の祝いとして領主さまが街中に振る舞う料理を作り出して頂きたいのです」
「よっしゃぁああああああああああああ!!!!!!!!!!! 来たァアアアアアアア!!! 私の幸運値はEXゥウウウウウウ!!!!!!!!!!!!」
聖なる水を惜しげもなく使える貴方がたならば勝機はある、と、意を決し、告げるラダーさんの言葉を聞き終えるか聞き終えないかのうちに、私は勢いよく立ち上がり、自分の知る全ての神々の名を讃えながらガッツポーズをした。
アポなしで領主様のお屋敷に不法侵入は出来ない。
出来てマーサさんだけ連れてこれても、肝心の魔女の種が手に入らない。
しかし、これで領主さまに顔を売れれば、婚礼まで料理をするための使用人として屋敷に入れれば……!!
堂々と屋敷の中を探れる!!
私の突然の雄たけびにドン引くラダーさんと、素知らぬ顔で朝食を続けるスレイマンを放置し、私はこの世界へ来て初の百人単位の大量料理!! 料理対決! に大興奮しっぱなしになるのだった。
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最近「本当に大丈夫か、面白いって、楽しんで貰えてるのか。大丈夫か」って不安になりながら書いてます。




