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老人じゃない、髭とか痩せてそう見えただけでまだアラサーだ


卵料理、というのは世界各国に多種存在している。

なぜならば鳥というのは獣の中で比較的飼育がしやすい。繁殖もそれほど難しくなく、餌にかかるコストも低い。

人間が「食べるために育て繁殖させている」最も消費量の多いものは鳥ではないだろうか?


卵料理の発展とは畜産の発展、人類万歳。


料理人としても卵料理は重要な意味を持つ。何しろ塩加減、火加減、技術力を見習いが低コストでしっかりと学べる料理こそオムレツ、卵焼きといった最も単純な卵料理、であるからだ。


私が修行した店でも、卵料理があった。ジャガイモや玉ねぎを油で揚げ、それを卵液と混ぜフライパンでホットケーキのような分厚さで焼く。


フライパンは煙が出るほど熱し、鉄のフライパンに油を一周させる。そこへ塩コショウを加えた卵液を流し込み、ぐるぐると菜箸で混ぜるのだ。これをきちんと混ぜることでぎっしりと身の詰まったオムレツになる。この時加減を間違えると卵がそぼろ状になる。


適度な半生、適度に火を通し、フライパンを握る左手でクイッとやってひっくり返す。このひっくり返す、という技術も必要だ。慣れなければ皿を使ってももちろんいい。だが皿を使わない方が早い。あとはこれを鍋ごと窯にいれて5~7分程で完成だ。人類万歳。


こんばんは、あるいはこんにちは、ごきげんよう。名無しの転生者です。


「母さん!!!母さんー!!!!母さーん!!!!!」


私はピクニックセットを綺麗に洗って布にひとまとめにし、周囲に向かって叫んでいた。

狩りに出かけたらしい母さんが、日が暮れてもいっこうに戻ってこないのだ。


今までこんなことはなかった。

何かあったのだろうか?他の獣と鉢合わせて戦っている?何か怪我をした?

あれこれ考えると不安になり、それを打ち払うように大声で呼ぶ。


「……ちょっと寒いかもしれませんけど、がまんしてくださいね」


私は持ってきている布という布を男の身体にかけ、手の届く位置に水、干し肉、パンなどを置いた。


「ちょっと母さんを探してきます、もし私が探しに行ってる間に戻ってきたら私が探しに行ってるって伝えてください」

「貴様はバカか?」


男はフン、と鼻を鳴らした。


「あれはもう戻ってこないぞ。というよりも、もう消滅したころだろう」


わからないのか?と男が小馬鹿にした目で言う。


「…何言ってるんです?」

「あれは神代よりこの世界に残っていた数少ない「神秘」だったものだ。崇めるものがいなくなれば自然にとけて消えるだけだったものが、よくぞ今まで残っていたと驚いたが…まぁ、お前のようなバカ娘にはなんのことだかわからないか」

「でたらめを言わないで!!!」


私は怒鳴った。

いつもと立場が逆になり、男は冷静な目で私を見上げている。


「嘘なものか。それで、お前はこの後どうするんだ?俺はまぁ、死ぬ場所が見晴らしのいい場所に変わっただけだが、お前はどうする?この森から人間のいる村までは随分とかかるぞ」


男は憎たらしい程冷静だった。

母さんがいなければ私達は木の家に戻れないし、火も起こせない。男は片足が麻痺したままで歩くことができないし、私一人では獣に襲われ死ぬだけだろう。


「……」


私はあふれてくる涙を乱暴にぬぐい、ぐっと顔を上げる。


「ちょっと、待っててください」

「なんだ、俺を棄てないのか?」

「母さんを探してきます」


無駄なことをと男は笑った。その声が憎たらしい。


本当に母さんは消えてしまったのだろうか?

私に何も言わずに?

ずっと一緒にいたのに?


あれこれ疑問が浮かんでくる。

だが、男の言葉を自分が信じてしまっている、ということに絶望して振り払うように頭を振った。


違う!違う!まだ、そうと決まってない。母さんは、私の声が届かないところにいるだけ。聞こえていればすぐに駆けつけてくれた。だから、聞こえないだけ。


名前を呼びながら、あちこち走り回った。

自分の小さな体、短い脚ではいける場所など限られている。けれど、じっとしていられなかった。


「母さん!!!母さん!!!ねぇどこ!!!?母さん!!!!!私は、私はここにいるよ!!!!!!!!」


森のことは良く知っていた。

いつも、母さんの背に乗って、あちこち走った。


だが今、私は広い森にたった一人で立ち尽くしていた。


あぁ、怖い、怖い、なんて、恐ろしいのだろう。

自分が一人だと気付いた。

今まで自分の庭のように思えていた森は、急に巨大な、得体の知れない恐ろしい場所に感じられた。


母さんをどれだけ呼んでも返事がない。

何の反応もなく、ただ、日の暮れた森の中は不気味な鳥の鳴き声と、がさがさと揺れる葉の音がするだけだった。


「…ぅっ…う……ぐっ…」


涙があとからあとから流れてきた。

転生した世界で、いきなり孤児になったし、殺されかけた。でも、何も不幸だとは思わなくて、今日まで面白おかしく、幸せに生きてきた。


だっていつでも、強くて大きくて優しい母さんがいてくれたから。


それが今はいない。

いない、いなくなった、もう、戻ってはこないのだということが私の中に段々と染み込んでくる。


どうして、なぜ、なんで、という疑問はある。だが、その疑問はわからぬままに、ただただ「もういない」ということだけが分かった。答えだけが、私に突きつけられ、飲み込ませられた。


しゃがみこむと、ぽつり、と頬を濡らすものがある。雨だ。

大粒の、森の木々で遮れぬ雨が、降ってきた。


母さんが助けてくれたのも、こんな雨の日だったっけ。


思い出しながらしゃがみこむ。

歩かなきゃ、あの男を、迎えに行かないと。歩けないから、私が肩を貸せるサイズじゃないから、何か手頃な杖になりそうな木の棒とか拾って、迎えに行かないと。


わかっている。だが、気力がわかなかった。


ちょっとだけ休んだら、行こう。

ちょっとだけ、ほんの少しだけ、泣いて、そしたら、また歩いて行かないと。





=====




男は苛立っていた。

生まれた時からずっと、男は腹立たしいことが多かったが、この数か月が自分の人生の中で最も「苛々させられる」日々だった。


洞窟に捨て置かれ腐りながら死んでいく己を、貧相な子供が助けた。まだ5つにもならないだろう小さな体に細い手足で、瞳ばかりは知性を宿した賢い色をしている。


そういう子供が、男は大嫌いだった。


子供は弱い生き物でいればいい。

大人である自分に怒鳴られれば萎縮し、泣き出し震えればいい。


なのにあの子供は男がどんなに罵声を浴びせても、脅して見せても馬鹿にしても「あぁ、はいはい、そうですよね、わかってます、ちょっと待ってください」とまるで取り合わず、むしろ男の方を癇癪が抑えられない幼子のような眼で見る。


『それで、あの、この世界にはどんな料理があるんです?主食は?調理方法は?地域によって特産物がありますよね?』


子供は時々、目をキラキラさせてそんな妙なことを聞いてきた。食事というものに特別な思い入れがあるらしかったが、それこそ男には理解できない。食事など、ただの体を動かすために必要な作業の一つだ。できるだけ手早く、出来るだけ少量で用が足りればなんと効率がいいことか。


それが当然なのに、あの子供はスープ一つ作るのにも手間暇かけた。


馬鹿なのか、と馬鹿にすれば「おいしいものが出来ると嬉しいし、おいしいものに時間をかけられるほど幸せなことはありません」と賢そうな目で愚かなことを言った。


本来、頭は悪くないはずなのだ。

呪いだとしか思えなかった、この体中に現れる傷や、動かなくなった体、麻痺した四肢を子供はなおした。まだ片足だけは麻痺したままだが、杖を使えばゆっくりと歩くことができるまでに回復している。


子供のいない間に壁を使い練習していたので、男は自分の体が子供が思っている以上に回復していることを知っていた。


そして、男を最も苛立たせたのはそういう自分の存在なのだ。


死ぬと思った。死ぬはずだった。

それが、子供ひとりに助けられ、随分と回復している。魔法も使わない、薬草も使わずに、だ。


子供は男の世話を嫌な顔一つしなかった。

まだ幼い子供が、だ。大人の男の下の世話や、暴言になぜ付き合えるのだろう。そこが腹立たしかった。男は、自分があの子供の善意によって生かされていて、そしてそれがいつでも容易く打ち切ることが出来るのだ、ということを内心自分が怯えていることが嫌だった。


だから冷たく当たり、子供が己を「嫌って」捨てるのは当然だと思うようにした。

嫌いな人間、嫌な人間ならそういう結果になっても当然だろう。自分だったらそうだ、と男はそう思ったし、そうだったから、自分は人に捨てられ裏切られ、あの洞窟で死ぬはずだったのだ。


なのにあの子供は男を捨てなかった。

嬉しければ笑い、それに男も混ぜようとする。全力で笑って、あたりまえのように男にも笑いかけてきた。


あぁ、やめろ、やめてくれ、と男はその度に顔を覆い、あの洞窟に戻りたくなった。なぜ死なせてくれなかったのだ。なぜ、己に教えたのだ。


「俺のような人間が傍にいても、笑ってくれるものがいるなど」


ぽつりとつぶやけば、雨が降っていた。ここは木陰だが、大粒の雨で風が強く吹けば意味もないだろう。


「あのバカ娘は戻ってくるのか、こないのか」


母と慕っていた存在が消えたことを、受け入れられはしないだろう。

なぜあの神代の存在が今の時代まで生き延び、そして人間種の子供を育てていたのか、それは男にはわからない。だが、これまで近くで感じていた巨大な神性がすっかり消えてしまったことは感じ取れた。だからあれはもういないのだろう。


あれは消えた、と告げた時、出会って初めてあの子供の瞳が年相応の子供に見えた。


深く傷つき、悲しみ、そしてそんなことを告げた男を憎む目をしていた。


そういう顔を、目を見れば自分は清々するだろうと男はずっと想像して待っていたが、実際は酷く気分が悪くなって、そしてあの子供にそんな顔をさせた自分の舌を噛んで今すぐ死にたくなった。


「……」


だが、今自分が死ぬことはできないと、男は思う。

自分が死ねばあの子供、あんな小さな子供がこの森の中で生き延びれるものか。

己のような死にぞこないでも、それでも傍にいれば守れるものもあるだろう。


「まだ、傍にいてくれると思うのか」


考えて自嘲する。

バカな考えだ。どう見たって、あそこまで傷つけられた子供が、また戻ってくるものか。いや、その前に、戻ってこれるだろうか?


男は一つの魔術式を発動させる。

周囲の気配、脅威を探る魔術だ。

体力も魔力も回復しているので使うのは容易かった。3つの頃から使ってきた魔術はすぐに展開され、男にこの聖なる森が急激に闇に侵されていることを知らせた。


「…マーナガルムが消えたから、か?それにしては早すぎるが……」


ドロドロと汚泥が神性な泉を穢していくような不気味さがあった。男は子供の気配を探る。あの子供は高い神性を持っていた。マーナガルムが命を分け与えでもしたのだろう、探知しやすい。


「………まさか」


汚泥のごとき穢れはあの子供に向かって進んでいる。

あの子供の神性を穢そうというのか?


気付き、男は体を動かした。歩けはしない。なので無様にも四つん這いになり、動かぬ片足を引き摺りながら進むということしかできない。


雨が体中に打ち付けられて水を吸った服がずっしりと重くなる。だが速度は落とさぬように、と体中に力を入れた。


あの子供が穢される。

その事が男には、想像しただけで恐ろしかった。


己のような者にも笑いかけたあの瞳が、闇に染まり閉じられることを考えるだけで体中が凍り付くように冷え切った。


そんなことはさせてはならない。

そうはさせない。


無理に動き、動かぬ膝が地面に擦れて皮膚が破れたがそれでも構わず進む。


あぁ、あの子供。

名前も聞いていない、呼んでいない。

男は自分の名も、子供に告げていないことに気付いた。


あの子供は、呪われた己の名も、呼んでくれるだろうか。呼ばせて、いいのだろうか。


進み、進み、何度か上半身を泥水の中に沈めた。口の中が泥だらけになり、葉や枝が男の体を傷付けたが、それでも進んだ。あの子供の元へ。早く、早く、と手足を動かす。


そして、たどり着いた先。

闇の穢れに侵された泥が木々を枯らし、死と滅びを撒き散らしながら眷属たる闇の獣を歩かせている。その獣たちが赤黒い息を吐き、黒い煙を体中から立ち上らせながら白く輝く子供の体に牙を向けていた。


その一頭が子供の体に噛み付き、子供の細い白い喉から悲鳴が漏れる、それを聞いた瞬間、男の体が怒りで支配された。


「さがれ!!!この愚かものどもが!!!!!!」


血を吐きながら大声で怒鳴りつけ、男は地面に手をつき魔法を発動させる。


王国にて「魔王の魂が封じられた呪い子」として産まれ、30年以上疎まれながらも最大の魔術師となったスレイマン・イブリース。

彼の展開した最大規模の浄化魔法はその日、聖なる森全てを包み込み、存在する全ての穢れを浄化した。





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