それはなんだ、ニョロニョロなのかそうなのか
暑い日に食べたくなるのは冷たいもの、かき氷とかアイスキャンディー、冷やし飴。食事ならそうめんやうどん、サラダをたっぷり乗せた冷製パスタなんてのも捨てがたい。
しかし、日本人前世の記憶がある私。
幼女の身としては、そろそろ冬が来るとはいえ秋の西日の強い昨今は、この暑い日差しの中ジリジリと体力が奪われるので、ここは一つ、食べておきたい鰻丼。
鰻。ウナギ。うなぎどんぶり。
丼もの文化万歳。
丼鉢に盛ったほっかほかの白米の上に、鰻のかば焼きを乗せてたっぷりとタレをかけた日本、東京の郷土料理である。
かば焼きというのは、一種クレイジーな調理方法だ。
普通、焼き物料理と言えば生の状態で塩コショウ、あるいは他の調味料にて下味をつけてから調理する。
それは、生の状態の方が味が染み込むという考えから、というのが殆どである。
材料の臭みやクセが抜けるし、やわらかくする効果もある。
肉料理などは焼いてからは味が染み込みにくいので、必ず下味をつける、というのは西洋料理人ならば常識だ。
だが、かば焼きは違う。
まさかの素焼きだ。
素焼きとは、食材に油や調味料を一切付けず直火焼きにする、という調理方法で、これは野菜などに多く使われる。しいたけや肉厚のパプリカなどは直火で焼くと素材の持ち味が生かされ香ばしく仕上がる。
うなぎのかば焼きは、まずうなぎを捌いて串に打つのだが、あの長細い魚をまっすぐに、平行に、刃が常に中骨辺り、しかし傷つけぬように、少しずつ切り進める。動きとしてはのノコギリを引く動作に似ているが、切り口がギザギザと波上になってはいけない。
大体うなぎは小さなものでも全長50センチ程度はあり、大きなものなら80センチはあるので、これが中々難しい。
そしてやっとうなぎを二枚におろせても、まだ血合の除去や肝と中骨を綺麗に取り除くという神経を使う作業がある。
よく切れる包丁と、細かな作業を得意とする指先、そして、慎重な性格があってこそできる、長細い状態での串打ち状態。
ちなみに西洋でもうなぎは食べられているが、そちらは勢いよくぶつ切りが多い。日本人の料理に対してのスタンスは頭がおかしい。だが、それがいい。
そして素焼きしたものに、濃口醤油、みりん、砂糖、酒を混ぜた濃厚なタレを付ける。タレの糖分によって表面にツヤが出て照りが出る……つまり日本独自の調理法、照り焼きの一種だ。
何でこんな方法を思いついたのか、詳しいことはわからないのだが、西洋料理が様々な国との交流により様々な調理法、発展したことに対し、日本料理はあのクッソ狭い島国の中で引きこもりがネチネチと作り上げたような「頭おかしいんじゃないか」という調理方法が多いので、そういうものなんだと納得しておくのがいいかもしれない。
豆腐とか、日本以外にも作っている所はあるが日本でよく見る、あのどこまでも白くて柔らかい状態まで極めたのは日本くらいである。
フグなど日本料理では有名だが、海外勢からしたら「毒持ちだろ」とか「なぜ食べようと思った」などとニッポンジンクレイジーネ!というお褒めの言葉を頂ける代表だ。
そういう日本であるからこその、うなぎのかば焼き。
「スレイマン!!! これ!! ちょ、え、これ!! 鰻ですか!? 鰻ですよね!? 色白いけど!!」
どうもこんにちは、おはようございます、ごきげんよう。野生の転生者エルザです。
ドゥゼ村を出て、今度は川沿いで向かっております領主クリストファ・ザームベルクのお住まい。
詳しい地理を確認したところ、トールデ街を経由すると遠回りだったようだ。
私とスレイマンは馬に乗り、旅路は順調である。
馬での移動ならワカイアの移動速度には負けるのではないかと思ったが、そこはさすが便利なスレイマン。
スレイマンは「足が鉄で丈夫なこの馬なら問題ないだろう」と、歩いている大地に干渉して、自動的に動くようにした。
動く歩道、というわけである。
そしてあっという間に目的の五分の一は進んだようで、これならば五日後の昼には辿り着くだろうと、スレイマンは日が暮れる前に川沿いに馬を止めて野営の準備をするようにと言ってきた。
私はいつもの通りにテーブルクロスを広げて食事の準備をするため、まずは川で手を洗おうと水面を見て、大声を上げた。
「煩いぞバカ娘。何を騒いでいる」
馬に水や草をやって休めるようにしていたスレイマンは私の慌てように顔を顰めながらもやってきて、川を覗きこむ。
そこには岩陰からじっと頭だけ出して動かない、真っ白い魚がいた。
「あぁ、鰻か」
「アングーラ?」
「岩陰に生息している蛇のような魚だ。血は特殊な薬になるが毒性があるので扱いが難しく、いや―――泥臭く食べれたものではないと聞く」
薬として使用されているらしいその魚の使用方法を語ろうとしたスレイマンが、途中で諦め、私が一番聞きたい事を答えてくれる。
なるほど、川魚ならそうだろう。私の知る鰻は泥臭さがないのが特徴の青うなぎだが、異世界なので多少の差異はあろう。
「泥臭さは綺麗な水に移して絶食させれば大丈夫です」
やったー! 三日後は鰻料理だ!
私はにっこり笑い、いそいそと自分の長い髪をブジッと一束引っこ抜く。
「おい、何をしている」
「何って……鰻をとるんです」
髪をねじねじと回し、紐のようにして、先っぽに丸い輪を作る。引っ張れば輪が締まる結び方であるので、じっとしている川の中の鰻に引っ掛ければそのまま引っ張れる、という寸法だ。
「よしっ、上手くひっかか…………イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
こんな簡単な手段で釣れるとは思わなかったが、良い具合に引っかかりそのまま引っ張れ私! と、腕を引き、私は絶叫した。
頭は鰻だった。
丸いつぶらな目に、両サイドにひょっこりと生えた水かき。その頭部分だけ見えていて、白いが鰻っぽい魚だろうと判じた。
「なんか頭以降の、胴体にちっちゃい手(五指あり)がびっしり生えてるゥアァアアアアアアアア!!!」
私に釣られた鰻もどきはギチギチと手を動かしながらキィキィと鳴いていた。
「それでも釣り具は放さんのか。食い意地もここまでくると見事だな」
「イヤァアアアスレイマンンン!!! 見てないで助けてください!!!!」
尻もちをついた私と、私の傍でうごめいている鰻もどき。
何かこっちに近づいてくる!!
「やめて! こっちくんな!! ばかぁああ!!!」
夕暮れの川沿いに、幼女の絶叫が響いた。
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「あ、美味しい」
散々泣き叫んだ私が、幼女の少ない体力の限界が来て寝落ちしてしまったので、スレイマンが夕食を作ってくれた。
「お前の見様見真似だがな」
例の気持ち悪い鰻もどきさんは綺麗に皮を剥がれ、胴長の身だけにされたようで、それをぶつ切りにし、下味をつけたものにラグの木の粉、溶き卵を付けハバリトンの油でソテーされている。
下味には香辛料も多く使われており、スパイシーなパン粉焼き風だ。
流石魔法とか魔術で火を扱ってきたスレイマンは火の扱いもよく心得ているようで、表面はパリッパリ、しかし中は鰻の独特のふっくら柔らかジューシーが守られている。
ナンのような平たいパンと一緒に食べると、粗い粉が油を吸ってとても美味しい。
「いや、ものすごく美味しいです。これ、暑い日にこの辛さはちょうどいいし、しかもちゃんと泥抜きもしてある」
「聖なる水で泳がせたら大量の泥を吐いた。体の毒素も抜けたようだな。念のため浄化魔法もかけてある」
「さすがスレイマン! 抜かりありませんね!」
「フン、当然だ」
さすがは副料理長である。
私は全力褒め称え、パクパクと鰻料理を食べていく。
スレイマンはそんな私を目を細めて眺めながら自分もゆっくりと食事を進める。
本当に美味しい。
見様見真似だなどと言っていたが、素質あるんじゃないだろうか。
私はその後、お礼にとドゥゼ村までの道中でゾットさんに教えて貰ったコーヒーの入れ方を実践し、スレイマンに振る舞った。
そしてスレイマンがひっちゃかめっちゃかにした調理道具やら、殺人事件現場のような血まみれの川沿いを後で発見し、再びの悲鳴を上げた。
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鰻が食べたいです。高いよね!!!




