大神官の正義、私の正義
―――カドフィセス大陸神話・天地創造より―――
天の狼により食い殺された月鬼の血は大地を呪い、その断末魔の叫びは矢となり、天に輝く獅子を射ち落とした。
≪何故、得ようなどと思ったのです≫
天狼の骨や血が魔女や魔の種を産み、月鬼の血が瘴気や魔素を生み出した。
脆弱な生き物が住めぬ地獄のようになった世界を、天の獅子は最後の力を振り絞り、大地を駆けて光を照らして行った。
天の獅子の脚のついた場所は浄化され、繋がり大陸となった。力尽きた天の獅子は、その魂を空に掲げ、二度と天に己以外が君臨せぬよう、照らし続けた。
己を犠牲にされ、地上に我らの暮らせる土地を生み出してくださった。
≪あぁ、慈悲深き天の獅子よ≫
神代が終わり、生き残ったもの、新たに生まれたものたちが、光り輝く大地を我が物にしようと絶えぬ争いが続いた。
彼らは容赦なく天の獅子の領域をわが物とし、ついに魔の王が世界を二つにわけた。
魔の王、夜を統べる存在は声高く宣言した。
≪なるほど、光り輝く世界はお前たちのもの、しかし夜は、闇は、我らの領域だ≫
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「僕はね、君のような男が誰かに幸せを与えられるなんて、到底思えないよ」
スレイマンを呼びに家に入り、モーリアスさんの絶叫でも聞こえるかとおっかなびっくり部屋の扉に耳を当てれば、聞こえて来たのは軽薄そうな男の声。
この村の者ではない。
軍人さんたちの誰かがこの家に入ろうとしていたのなら、私は気付いている。
さて誰だと冷静に考えるより先に、聞こえた内容にイラッときてしまった私は、思わず扉を開けて乱入する。
「今晩はカレーうどんですよ! スレイマン!!」
どうもこんばんは、ごきげんようからこんにちは、野生の転生者エルザです。
飛び込んだ部屋の中には二脚の椅子、一つにはスレイマンが座り、向かい側には、今までとはどこか雰囲気が異なるモーリアスさんがニヤニヤとらしくない表情で座っていて私の方を見ている。
どうしたんだろうモーリアスさん、スレイマンに拷問されて性格変わっちゃったんだろうかと心配になるのは一瞬、目を細めると、モーリアスさんの顔が歪んで見え、重なるように別の男の顔が見えた。
「……スレイマン、誰です? その……全体的に灰色の、軽そうな人」
「あれ? 僕が見えたりするのかな。さすが」
「バカ娘が、入ってくるんじゃない」
はっきりと見えるわけではないが、なにかぼんやりと見える顔に、何かモーリアスさんに別人が乗り移ってるあるいはなんぞあって変わっているのではと判じた。
「こんにちは、貴方がラスボスでいいですか?」
「ラス……? 王都の大神殿を預かる大神官はこの僕だよ。名前はラザレフ。よろしくね、聖女様」
穏やかに微笑んで握手を求められるが、私はスレイマンの傍に寄って握手を断る。
「聖女じゃないです。回りくどいので本題を。スレイマンは私と一緒にレストランをするので、魔王やってる暇なんかありませんから。スレイマンのことは諦めて、ちょっかいかけないでください」
雰囲気はどこまでも軽薄なにーちゃんだが、しかし、モーリアスさんとは違う、ある種、人の上に立つことを当然とした者の威圧感があった。
だから、こうしてスレイマンと対等な口を聞いている、役職などから私はこの胡散臭い笑顔を浮かべる人を警戒した。
「……レストラン?」
「食事を提供するお店ですよ。そこで私が料理を作って、スレイマンは私が料理をするための設備とか作って貰うんです。一緒に料理もします」
この世界には外食産業が発達していない。出来合いの簡単な料理を売る文化はあるようだが、場所を整えて食事だけを専門にする場所はないようなので、私はラザレフさんにレストランについて説明する。
イメージで伝えたのはバルやカフェのような気軽に楽しめるお店から、しっかりと構えたレストラン。それらを面白そうに聞いていたラザレフさんは、聞き終わり不思議そうに首をかしげる。
「なるほどね、でも、それは彼でなくてもいいだろう?」
ちらり、とラザレフさんはスレイマンを見て、何も言わないのでそのまま言葉を続けてくる。
「お店が欲しいっていうなら、僕がいいところを見つけてあげるし、人手ならいくらでも貸そう。彼より見た目が良くて礼儀正しくて君の望む通りのことをしてくれる者ならいいだろう?」
「イケメンですか。ありがとうございます。私の好みは黒髪短髪筋肉質で軍人風の人なんですけど、いますか」
タイプドンピシャなのは高倉健さんですが、似てる人は似てるだけで高倉健さんではない。
ラザレフさんの話題に乗るように嬉々として自分のタイプを語れば、ノって来てくれたんだねと嬉しそうにしながらラザレフさんが大きく頷く。
「もちろん。それに君は聖女だからね、聖騎士のかっこいい護衛を付けてあげるよ。うん、普段はその『れすとらん』とやらをやってくれていて構わない。けれど必要な時は僕らに協力して結界を張ったり、聖女の奇跡を齎して欲しい。僕らはとても良い友達同士になれると思うんだ。君もそう思わないかい?」
「いえ、全然。全く?」
再度差し出される手を一瞥し、私はばっさりと言い切った。
いや、確かに素晴らしい提案だ。
とても魅力的だ。
パトロンは大歓迎だ。
でも残念ながら、私の目指すものとは方向性が違うようなので、心惹かれることはない。
「そう? どうして?」
「私が目指しているのは個人店。雇われシェフになんかなりませんし、いきなりお店なんか構えて、潰すに決まってるじゃないですか」
「利益なんてどうでもいいだろう? 君は料理が好きで、それを仕事にしたいんなら、利益なんて求めなくたっていいはずだ」
などと言う。
なるほど、ラザレフさんは神殿お墨付きの、料理を出す、少し変わった教会、というつもりで考えているのだろう。
料金の代わりにお布施をとでも思っているのか、いくら外食店の概念がないとはいえ、私はこれには悲しみしか抱けなかった。
確かに、元々の「外食」という言葉は戦時下に食料統制の一環として導入された配給制度が元となっている。
配られた外食券で食事が出来る食堂、外食券食堂、というわけだ。
だが「食事をする空間を提供する」ということが行われたのは日本初のファミリーレストランが開店した1970年、それを外食元年として私は崇めている。
なので外食産業のないこの世界、まずはラザレフさんの言うような形態から始めるのは自然な流れなのかもしれないが、しかし、私はボランティアをする気はない。
きちんと価格を設定し、その中で無理のないメニュー展開をする。お店を運用する。
「料理がしたいだけ、ではないです。おままごとなんかする気はないんですよ」
外食店の何が素晴らしいか、それは、お金を払って食べに行く場所であるということだ。
ただ味だけではない。お店の場所、店の内装、食器、かかる音楽、働くスタッフ、様々なものが、そのお店を作っている。
そこへ足を運び、食事をする。
そのために相応しい服装、相応しい日時、自分の人生の中の限られた時間、使えるお金を切り取って、食事をする。
何かを食べることは、命ある者全てがしていることだ。
だが、これらのことは動物にはできない。
人間以外にできる行動ではないのだ!
人類が文明を持ち、そして文化を!!
誰もが平等に受け入れているからこそ発展した!それが外食産業!!
「私には夢があります。えぇ、いつの日か賑わう街に大きなレストランを開いて、いろんな料理を作って、色んな人に食べて貰うことです。ですが、全く、いいですか? それには順序があります」
この世界にはどのような料理があるのか、どんな国にあるのか、地域によって望まれる味は何かそして自分はその中のどんな料理で勝負をしていきたいのか。
まだまだ考えなければならないことは多い、なんて楽しいのだろうか!
「長いですよ、少なくとも十年は見てます。長いです。それを一緒に歩いてもらうのはスレイマンがいいんです」
私はまだ、あの森からの時間を考えても四年くらいしか生きていないだろう。四歳の幼女が出来ることなどたかが知れている。
私は焦っていない。
十年かけても十四歳。
また十年かけて二十四歳。私が死んだ年齢よりずっと若い。
私がお店をオープンするために学ばなければならないこと、身に付けなければならない事、それらを歩く道は、スレイマンと一緒が良いとそう決めている。
スレイマンに拒否権なんてありません!だって私が拾ったんだし!!
「君はまだ子供だからね、世界が狭いんだ。だから、他にもっと魅力的な男性はいるよ。歳の近い、そうだなぁ。うちの騎士団長の息子なんてどうだろう? 歳も近いし、紹介しようか? 女の子は好きだろう?自分を守ってくれる騎士様とか」
この男は、君が好きになる価値なんかないよ? と、言外に言いラザレフさんは提案してくる。
先程から、なにかと私に逆ハーレムを作ろうとしてくれているのだが、女性に対して先入観が強すぎないか。
いや、好きだよ、逆ハーレム。
自分が中心じゃないやつを黙って見てたい。
実際自分が逆ハーレムの中心にいたら疲れるだろう……人間関係とか。
私が悩むのは職場の人間関係だけでいいので、そういう提案はお断りである。
「人を好きになったこと、ないんですか、貴方」
「僕が愛した人は僕を階段から突き落として殺そうとしたよ」
なんとなく、他人の感情に対して軽く見過ぎているように感じたので問うてみれば、ラザレフさんはこれまで以上の、力いっぱいの笑顔でとんでもない過去を教えてくれる。
「だから知ってるつもりだ。幼い子供は、その価値がない人間にも心を許してしまう。だから、大人がきちんと、それを教えてあげるべきなんだ」
なるほど、確かに私がただの幼女ならそうだった……だろうか……?
明らかに悪人っぽくて、人ひとりどころか大量虐殺だってやってんじゃねぇかと思うような目つきの……性格が悪すぎるスレイマンを……ただの幼女が信頼するだろうか。
普通は泣いて怯えて、見なかったことにして洞窟から逃げ出すぞ。
「なるほど、ありがとうございます。あなたは優しい方なんですね」
「彼はしないと信じている、のかい?それとも、そんなことをされてもいいと受け入れていると?」
いや、私はそんなに心が広くはない。
どちらでもなくて、ただ、私は自分の性格を良く知っている。
「私はスレイマンにそんなことはさせないので」
言い切ると、ラザレフさんが笑った。
いつかバカを見るぞ、と嘲笑うような顔だった。
「君の気持はわかったよ。でも、僕らにも僕らの事情があるし、僕は大神官として守らなければならないものがある」
「まぁ、そうでしょうね」
「僕はその男は一生涯封じ込めておくべきだと思ってるし、そうするつもりだ。君は彼を憎む全員相手にできるかい?」
私はラザレフさんがじっと、私の瞳を覗き込み何かを暴こうとしているようだと感じた。
一瞬息が詰まりそうになり、目を逸らすべきなのだと頭の隅でわかるが、なぜ私が逃げなければならないんだと妙な意地が沸いて、睨むように見つめ返す。
「たとえば、君は聖女だから、人間種全てを人質にとって僕に要求することもできるだろう。けれど君はできないね」
「私が慈悲深いとでも思ってるんですか?」
「いいや、違うよ」
ふわりと、ラザレフさんは微笑む。大神官として神殿の頂点に立つ男らしい、人への理解に満ちた笑みだった。
「君のその夢は、人間種の平穏あって叶えられるものだ。君は大勢の犠牲を出してまでその男を庇う性格であったとしても、君の夢の為に、君は我々を混乱させることはできない」
言われて、私は顔を顰めて笑い返す。
まぁ、そうだ。
それは、そうだ。
私のレストランは、平和で平穏で、誰もがある程度の豊かさを持っている世界でのみ受け入れられるものなのだ。
そして、私のレストランのために、外食店という概念が広まって貰わなければならない。
人々に、食事への関心や理解、欲を出して貰わなければならない。
料理は一人でも出来るし、食べることができる。
けれども料理人は、レストランは、一人でも、一店でもだめなのだ。
「我々には大義がある。なるほど君の目から見たら、君の世界では我々が悪いやつで、確かに君の望みを邪魔する迷惑な存在なのかもしれない。けれど、いいかい? つまり、そういうことだ。君は幸福になることを望む人間なのだろう。それはとても素晴らしい。素敵なことだ。僕は大神官として君のその未来を祝福してあげたい。だけれど、君が、スレイマンという男との未来を望むのならば、その途端、君も我々にとっての都合の悪い存在となる」
押し黙り何も言えない私に、畳みかけるようにラザレフさんが続ける。
「君は真の聖女だ。願わくばその事実を受け止め理解し、全ての人間種のために生きる事を、それを幸福だと信じなさい」
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