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野生の聖女は料理がしたい!【書籍化】  作者: 枝豆ずんだ
第四章 大神官からの依頼
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うどんといえば、狐


「そうそう、そうです!はい!こうぐっと、ぐっと!!!腰を入れて!!!ただ踏むのではありません!!こう!!!はい!もっと体重をかけて!!!」


一気に人口密度の増えたドゥゼ村。とりあえず190人の軍人さんたちは何班かに分かれ、冬を越すための家屋を作る班、村人たちと連携し狩猟をする班、食事をする班など役割分担をした。


彼らはいきなりド田舎に連れてこられることを不安や不満に思っていないのかと、道中気になって何度も聞いたが、隊長格三人を筆頭に誰もが「聖女様のお生まれになられた村を守る……まさに聖務!」と真顔で返されたので、私はもう気にしないことにした。


皆さんには国に家族がいるのではないかと聞いたときに全員が「職業軍人として生まれた我々は生涯家庭を持つことはありません」と言い切られたので、深くは聞かない。


いや、なんとなく断片的な情報を組み合わせると、どうも彼らの国では専門に子供を産む女性がいて、優秀な男性の種を入れるのだという。


しかるべき人数が決まっただけ妊娠し、出産する。聖皇庁によって管理され、育っていく。または平民の孤児などが教会である程度育てられ、軍に配属されるのだという。


「我々の使命、生まれた理由はただ一つ。人間種を守ることです」


とんでもないディストピアである。


だが、まぁ、国には国の考え方があるだろうし、とりあえず今は、労働力を手にれたってことで!!!


どうも、お久しぶりな感じがしますね、野生の転生者エルザです。


前世で一人暮らしをしていた時、ずっと順風満帆だったわけではありません。見習いの滅茶苦茶安い給料、しかし自宅から職場に通うのは距離的に、終電的に難しく都内にアパートを借りて半分が家賃と消えたあの貧乏時代。


手取りが14万円程度に対し、風呂付ワンルーム、都内の相場は七万円前後。


料理人はとにかくお金がかかる。


仕事道具でもあり、なんか持ってるとテンションが上がる包丁の数々……私のところはとりあえず最初は牛刀とペティナイフ、それに骨付き肉から肉だけを取るための骨スキ包丁、大きな肉の塊を筋にそって切り分ける筋引き包丁、刺身包丁の五本を揃える必要があった。


総額いくらだ。


そして様々な料理本が読みたい買いたい、使いたい。家庭向けの一冊千円程度のレシピ本ではない。一冊六千円代が普通の、分厚い専門書だ。


更に言えば、外食も毎月最低1回はする。一回三千円以下のランチではない。カフェやバルにももちろん行くが、覚悟を決めた一回はドレスコードのあるお店でのディナーだ。それだって、コースだけではなくアラカルトも食べてみたいから同じお店にも何度も行く。


なので慢性的に金欠だった。


しかし私は、だからといって一食抜いたり手抜きをしたり、そんなことは嫌だった!!美味しい食事を三食とってこその人生!!料理を食べれることが人間の特権!!何のために人間に生まれたんだ!!労働するためか!?違う!折角人間に生まれたのなら美味しいご飯を食べたい!!人類万歳!!


「そんなわけで、大活躍しました、うどん」

「聖女様ー!まだでしょうかー!」


昔を思い出し感慨にふける私は、顔を真っ赤にしながら足元を必死に動かす軍人さんたちに声をかけられ顔を上げる。


彼らの足元には先ほど皆で仲良く煉り合せた、小麦粉+ラグの粉+塩+井戸水の組み合わせ。水回ししたそれを革袋に入れて一生懸命踏んでもらう。纏まってきたら折り返して、また踏む。踏んでは伸ばし、畳んで踏んで、を繰り返すと段々ルツンとした表面になってくるのだ。


「うん、うん、はい。良い感じです。あと何度も言いますが、私のことは料理長と呼んでください」

「わかりました!聖女料理長様!」


なんだその長い名前は。


私たちはうどん生地を完成させ、寝かせている間にスープを作る。


彼らと交流をしていくうちに、私はこの世界の常識など学べる事が多くあった。

一番驚きだったのは、この世界には料理を専門に作る、という人間がいないらしい。


神殿では若い神官たちが持ち回りで料理番をし、軍でも一番階級の低い者たちが皆の食事を作る。


貴族でもそれは同じで、使用人たちの中で料理が美味い者が料理以外の仕事がメインであるけれど、食事の時間になれば料理をする。


神殿では食事が一つの儀式的な役割を持つこともあるそうだが、それ以外では、食事とは生活の一部であり、それ以上でもそれ以下でもない、とそういうらしかった。


「うどん、うどんは素晴らしい食べ物ですよ。簡単な材料に調理方法。しかし胃にしっかり溜まりますし、あったかいのでも冷たいのでも美味しい。一年中食べられます」

「聖女様は不思議な食べ物を御存知なのですね。このスープは何というものですか?」


中隊長さんは私の護衛ということで傍をぴったりついてくる。それなので体重の軽い私の代わりに生地を踏んで貰ったり、鍋をかき混ぜて貰ったりと大変役に立っている。


「カレーです。うどんといえば狐ですが、今日は皆さんに活躍して頂きたいので、カレーうどんがベストアンサーなのです」


大鍋はだいたい10リットルくらい入るようなので、20リットルで約100人分と経験則から考え、200人分で4つ。しかし体格の良い男性軍人たちである。みなさんのいつもの食事量を聞いてみて最終的に6つの鍋を使うことにした。


調理担当を6班に分け、一つの鍋に三人で担当してもらう。


彼らには簡単にカレースープの作り方をレクチャーし、普段から食事を作っている若い兵士たちは要領が良くすぐに作業に取り掛かってくれた。


そしてあたりに漂う、カレーの良い匂い。


彼らの国ではスパイスを使った料理が多いようで、扱い方も慣れている。私が伝えたのはポイントのみ。きちんと私の理想通りのスープを作りたいと懇願されたが、私は「カレーは千差万別。素晴らしい、貴方がたの信じた味を……待っています」と応援し見守った。


そうして、彼らが悪戦苦闘しながら一時間弱。6つの鍋にはそれぞれ異なるカレースープが出来ていた。


「せ、聖女さま!どうでしょう!!」

「料理長です。成程……干しブドウを入れたんですね、素晴らしい……!」

「聖女様!うちの班のも見てください!!」

「料理長です。水分を出来る限り飛ばし……可能な限り材料を細かく……!!?これは……キーマカレーか!!!天才か!!!」

「恐縮です!!!」


などと出来上がるカレーを試食しながら、私はうんうんと満足げに頷く。


イイネ!カレー。

うん、カレーは十人十色……色んなカレーが出来上がる。


いや、何も趣味というだけではない。こうして様々なカレーを皆に作ってもらうことにより……広まれカレー!そう!陸軍カレー!!まだお米ないけどね!


などと、密かな野望はさておいて、私は「あとはうどんを伸ばして切って茹でて……」と中隊長さんに指示を出し、始終ずっとこちらを胡乱な目で眺めているイルクを振り返る。


「なんです?イルク」

「……なんでマーサ姉ちゃんを見捨てたんだよ」

「見捨ててません。感情のままに何の準備もなく飛び出したら火刑台に上げられたので、学習して足場を固めているんです」

「変なスープ作るのがか?」


変なスープではなくてカレースープなのだが、まぁいい。


私は私に対して完全に信用を失っているイルクに近づき、その隣にしゃがみこむ。


「今度はスレイマンも一緒に行きます。だから、スレイマンがこの村からいなくなっても、この軍人さんたちが、イルクたちを助けてくれます」


この村は弱い。

トールデ街に利用されたまま、それを今後も続けさせるつもりは私にはなかったが、今優先すべきはマーサさんのこと。それであるから、ワカイアたちにより感情を制限されることがなくなった村人たちが、何か困ったことになった時は、軍人である彼らの存在が助けになってくれるはずだ。


「聖女様の御身を異端審問官殿がお守りし御供されるということであれば、我らは聖女様の故郷をお守りし、憂いの無きように致しましょう」


話を聞いている中隊長さんが、請け負ってくれる。


「しかし、聖女様は不思議なことをお考えになられる。我ら職業軍人に、魔物を殺させることや敵と戦う事ではなく……農作業や建築仕事をさせるとは」

「私にとってはこれっぽっちもおかしいことではないんですよ。だって、皆さんは人のために生まれて来たとおっしゃっているのですから」


私の前世は日本人だ。日本には自衛隊というものがあったが、彼らは戦争の為の存在ではない。他国が侵略する気持ちが起きないよう、未然に防ぎ、防衛している。


そして、何より印象的だったのは、彼らは災害時や困難な環境下にある人命を救助する組織である、ということだ。この認識が正しいのかはわからないが、私には彼らは武器を持って駆けていく存在ではなくて、瓦礫の下にいるか弱い人間を助け出してくれる、そういう存在に思えていた。


「嫌だったら、それは申し訳ありません」

「いいえ。そのようなことはありません。ただ、驚いているのです。命を奪うことなく、我々のようなものが、人間種の役に立てるものなのか、と」

「この村は去年、大量の餓死者を出しています。皆さんのような強くて力があって、行動力もある人達が一緒に冬を越してくれる、こんな心強いことはないと思います」


言えば中隊長さんが困ったような顔をした。

なんという表情を浮かべるべきかわからない、そんな顔だ。


しかし、何か言いたいという思いが沸いて出たのだろうか。そのまま沈黙を貫く事はせず、一度、二度、と口を開きかけ、閉じ、長い間をあけてやっと、言葉を発した。


「……では、期待に添えますよう、開拓を急がねばなりませんね」


言って、中隊長さんは一度私の傍を離れると申し出て、駆けて行った。


「で?イルクは私にどうして欲しいんです」

「……どうって、何がだよ」

「すぐにマーサさんを連れ戻せなかったことは謝ります。一度戻ってきてしまったことも。でも、一つの目的のためだけに一人で突っ走っても、状況が悪くなるってことを私は学べましたので、この二週間は無駄ではありませんでしたよ」


ただの通過地点だったはずのトールデ街が真っ黒過ぎたのでまさかの足止めだったが、逆に考えればバリスタ候補もゲットしたし、学ぶことも多くあった。


あの広場で、アルパカさんが一瞬、街の中の良くない空気を浄化したようだったけれど、カーシムさんは立て直せるだろうか?


「……お前は、なんだってできるじゃねぇか」

「えぇ、できるように努力してますからね」


実際なんでも、というわけではないが、まぁ、ここで否定してもイルクは怒るだけだろう。


私はなぜイルクが不機嫌なのか、半分はわかっているつもりだった。

単純に、私がおめおめ戻ってきたことへの不満。そして私がそれを気にしていないことも不満なのだ。


私は火刑台から眺めた街の人々や、私に親切にしてくれた兵士さん、教会の人たちの顔を思い出す。そうする度に、心臓がぎゅっと締め付けられるように、呼吸が早くなり、今すぐ何もかも忘れて自分は何も悪くない!と大声で叫びたくなるが、そんなことをしてもなんの意味もないのでしない。


「私はマーサさんに絶対にしてあげたいと誓ったことがあるんですよ」

「……なんだよ」

「ケーキを作ります。残念ながら、今の私が手に入れられる物では、私がマーサさんに、いいえ、この村に作りたいケーキは作れないのですが……必ず作ると決めています」


妥協してケーキのようなもの、はいくつか作れるだろう。だが、私は料理人である。料理人とは、完成されたレシピを再現する者でもある。


私はマーサさんに、冬の家の中、暖炉の前でケーキを渡し、彼女に笑顔になって貰いたい。


そう決めている。しかし、それは、その為だけに突っ走っても意味がない。

たとえば真剣な話合いをしている会議室でいきなり踊り出しても、当人の踊りたいという欲求は満たされるだろうが、周りにいた人間はたまったものではない。


ケーキを作れる環境を、状況を、きちんとあつらえなければ意味がない。


その為には、今は解決しなければならない問題が多すぎる、それだけだ。


不服顔のイルクは私の言葉に「どうせお前は特別だよ」とだけ吐き捨てて、行ってしまった。年頃の男の子は難しい。


とりあえず私はイルクのフォローは父親であるクロザさんがしてくれるだろうと信じ、食事が出来たことをスレイマンに知らせようと家へ向かった。



Next

最近暑いので冷やし中華ばっかり食べています。

辛子めちゃくちゃ入れて温泉卵落とすと、割いた蒸し鶏と絡まってめちゃくちゃ美味いし、千切りにしたキュウリさんがいい仕事します。トマトは嫌いです。

沸騰したお湯に常温にした卵を1分入れ、火を止め15分、その後氷水で冷やしておくと温泉卵が簡単にできます。ミョウガもいいよ。

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