大事な戦力です、えぇ本当に
「アンタがこのガキの保護者、あの布に魔術式を刻んだ魔術師でいいんだな?」
どうも、こんばんは、ごきげんようこんにちは、野生の転生者エルザです。
早速ですが、引き続きカーシムさんのお屋敷です。
私とスレイマンの会話に割って入って来たのは、なんか勝手についてきたチンピラコンビのゾット。年上なので敬称を付けてもいいのだが、荷物を盗られたこと、私まだ怒ってます。でもまぁ……呼び捨て、よくない、か?
怪しい魔法陣やら玉座やら威圧感に冷や汗を流しながらも、これを逃せば一生片腕だと悟ったのか、ゾット……さん、は、スレイマンを見上げる。
部屋に飛び込んでくるゾットさんをスレイマンは即座に魔力で威圧して床に這い蹲らせたのだけれど、ゾットさんは根性で口だけ動かし『ゴーラの腕を返してやってくれ』とそう言った。
もちろんスレイマンが承諾するわけもない。そしてゾットさんの存在なんぞ蠅がいる程度にしか思っていなかった。
一瞥する事もなく私との会話を続けようとする。
それに、吠えようが何だろうが、私を脅して荷物を奪った、それをやってしまった以上、それは仕方のないことだ。
あとまだ謝って貰ってもないしね!
私は助け船を出す気もなく、スレイマンと今後のことを話したかった。
教会がカーシムさんを異端者とするためにあえて街の人間たちに『カーシムは悪者』と刷り込ませている。
それについての対処方法はどうするべきか。
それに私はこのままだと異端審問官に魔女認定されてしまう。
なのでゾットさんには早く諦めて貰いたいのだが、その時ふと、これまで傍観していたアルパカさんがスタスタとゾットさんに近づき、その鼻をぐいぐいと押し付けた。
「おい、なんだよ!やめろ!汚ぇな!」
「アルパカさーん、何してるんですか?」
鼻を押し付けるしぐさと言えば、ワカイアが聖女の結界の力を利用し相手の負の感情を消す、という術がある。しかしここに聖女の結界はない。ドゥゼ村から遠く離れ、一頭きりのアルパカさんにできることはないはずだ。
私は不思議に思いつつアルパカさんをゾットさんから離そうと近づくと、アルパカさんは『邪魔するな』とばかりに私を睨む。
「え、酷い」
地味にショックだ。
ドゥゼ村からここまで一緒に来た仲じゃないか……。
寒い時は一緒に寝たし、アルパカさん……私の手からラグの葉を食べてくれたじゃないか……そんな、私たちの間に友情が芽生えたと思ったのに……。
などと悲しみに襲われていると、ぼそり、とスレイマンが呟いた。
「……求愛行動、か?」
「アルパカさん雌だったんだ!!!!?」
惚れたんか。
昨日私たちを脅して荷物を奪ったチンピラに惚れたんか。
さすがに驚いて、唖然として、信じられないものを見るようにアルパカさんと、くっつかれて嫌そうにしているゾットさんに顔を向ける。アルパカさんはこれまで私が聞いた事もないような、なんか甘い声を出している。
「…………え、えぇぇえぇ……」
「……村から離れ、エルザが名を与えたことで個としての自覚が出てきたゆえだろうが……そんなみすぼらしい男をつがいに選ぶなど、村のワカイアたちが泣くぞ」
っていうか、そもそも種族違い過ぎないか。
スキスキオーラを出しているワカイアさんに何を言えばいいかわからず、スレイマンも顔を顰めている。
アルパカさん的に……どこが良かったんだろう。
顔か?顔なのか?ちょい悪三下小物がいいのか?
「くそっ、うっとうしい!近づくんじゃねぇ!なんだこいつは!」
ゾットさんは乱暴に腕を払ってアルパカさんから離れる。キュィンと悲し気な声を上げたものの『そんな所もすてき』などと言うような目をするアルパカさんは完全に恋する乙女だ。
そしてそのまま、私とスレイマンに向かい合うと、ゾットさんの失われた腕の方を鼻で指し、そしてキィイと抗議するように鳴いた。
「……えぇっと……つまり、返してやれ、と?」
「……なんだこの茶番は」
一応この場で、スレイマンは闇の帝王!夜の国の王!悪の親玉!みたいな感じで呼び出されているわけだが……。
なぜワカイアの恋物語が始まっているのだろう。
「アルパカさんは私の大事な旅の仲間なので……うーん、どうしましょう?」
「俺に振るか」
「私としては、荷物盗られた事は怒ってるんですけど……でも、まぁ……アルパカさんが好きな人なので……うーん」
胸をぶっ刺して星屑さんの供物に勝手にしやがったクロザさんも、私はイルクの父親だし知り合いだからなぁ……という自分の優柔不断さ+情状酌量の余地があるとして、五体満足で村にいる。
そういう事を考えれば、無事に荷物も返って来たし……腕を返してあげるよう、私からもスレイマンに頼むべきなのか……?そうなのか?
「おい、オッサン。アンタはそのガキの為にあんな恐ろしい魔術式を編んだんだろ?なら、俺がそのガキの役に立つなら……ゴーラの、弟分の腕は返してやってくれねぇか」
私が悩んでいると、ゾットさんがスレイマンの玉座に近づき、頭を下げた。
小悪党とは思えない真摯な姿だ。
スレイマンは少し考えるように口元に手を当て、そして試すように問いかけた。
「命を捧げる位の事はするか?」
「あぁ。構わねぇ」
「兄貴!やめてくれよ!そんな、俺なんかのために!」
まっすぐにスレイマンを見つめ返すゾットの瞳に迷いはない。さすがに私も感じ入るものがあり『さすがアルパカさんの惚れた男』となどと感心していると、部屋に入ってくるなと言い含められていたのか、これまでオロオロと扉の前に立っていたゴーラが声を上げる。
「てめぇは黙ってろ!ゴーラ!」
「嫌だよぅ!なんでだ!兄貴の腕が戻るならまだしも……なんで俺なんかのために!」
「俺の命だ!どう使うかは俺が決める!てめぇはしゃしゃり出てくんじゃねぇ!引っ込んでろ!!」
「大変、なんか始まりましたよっ!これ、私たち完全に悪役ですねっ!」
男同士の友情か。兄貴分の意地か。
私は眺めながらワクワクとスレイマンを振り返り、その眉間にくっきりと皺が寄っていることに気付く。
「いい加減にしろ」
瞬き一つ。
それでゾットさんとゴーラさんが床にめり込んだ。
ぐぇっ、と押しつぶされ呻く声が聞こえるが、幸いすっごく痛かった程度で外傷はないらしい。
「そもそも貴様らのようなゴミ屑、何の役にも立たん」
ど田舎の街のチンピラ。小さな子供を脅して荷物を奪うような三下に何が出来るのかと、スレイマンは見下す。
「俺は平民だが、王都の魔術学園を出てる。今は落ちぶれたが、王都の蒼の魔術師の工房にいた」
威圧され、見下され、それでも負けぬようにと、挑むようにゾットさんがスレイマンを睨み付ける。
「蒼の魔術師?」
なんです、それ?とスレイマンを見上げる。
「優れた魔術師には王より色が贈られる。蒼の……昔、俺に『目つきが悪い』などと因縁をつけて来たバカが……確かその色を持っていたような……気に入らなかったので身ぐるみ剥いで広場の噴水に逆さ吊りにしたような、いや、それは碧の、か?……忘れた」
後半はぶつぶつと自分の記憶を探るような独り言と化しているので、私は聞かなかったことにした。
ゾットさんが落ちぶれたのって、そのお師匠さんだか上司だかがスレイマンに喧嘩売って返り討ちにされたからかもしれない、などと、そういうことは今は考えないでおく。
「と、とにかく、へぇ、有名な方のところにいたんですね」
「蒼のやつの所にいたというのなら、それなりに魔術式は扱えるのだろう」
「あぁ、第八式まで修めた」
自慢げに言うゾットさん。
私は魔術関係のことはわからないが、スレイマンが珍しく驚いた顔で「第八式、だと?」と呟いたので、凄い事なのだ、と思った。
「エルザ」
「なんです?」
玉座の幻のスレイマンが、眉間に皺を寄せたまま私を呼ぶ。それに返事をすると、スレイマンは一度頷いて、そして口を開いた。
「お前に渡したあの布があるが」
「魔法のテーブルクロスですね。とっても便利です」
「あれに編み込んだのは第142式だ」
魔術式というのは、事象を起こす為の指示と導線と答えである。設計図ともいえる。
たとえば「火を起こす」というのは第4式で発動させることができる。
①熱を生み出す魔術式②魔力を引火する性質に変化させる魔術式③燃え続ける為の酸素を発生させ続ける魔術式④それらをコントロールする魔術式、と合計4つ使う。なので第4式、と呼ぶそうだ。
スレイマンの魔法のテーブルクロスには、つまり142種類の魔術式が編み込まれていて、私の求める用途により組み合わせが変わり、魔術が発動する、ということらしい。
「つまり……」
「つまり、その男はその布以下だ」
言い切られ、ゾットさんは「ぐっ」と唇を噛んだ。
悔しまぎれに「142とかふざけてんじゃねぇぞ!魔王かテメェ!」などと叫んでいるが、私もスレイマンも無視する。
っていうかゾットさん、王都で魔術師やってたのにスレイマンのこと知らないのか?
いや、私は極力スレイマンの名を呼ばないようにしているし、スレイマンも髭と髪が伸び放題のホームレスのような恰好だ。気付いていないだけ、という可能性の方がある。
「俺は布以下……」
「げ、元気だしてくれよぅ、兄貴……魔術のことは、俺よくわかんねぇけど……兄貴は誰よりも美味いカップキアロを入れられるじゃねぇか」
がっくりと膝を落とすゾットさんを、なんとか励まそうとするゴーラさん。だがその励ましはちょっとズレているようで、ゾットさんは力なく笑い「バカ野郎」と弟分の額を小突いた。
……うん?
「なんです?カップキアロって」
「この国で好んで飲まれているものだ。暖かい南の方で栽培されている豆を深煎りし、細かく挽いて湯で溶かしたものに草食動物の乳を泡立てて加える。モーティマーの食事の後や、ここで食事の前に出なかったか?」
「出ました。あれか。ミルクいれたやつがすっごい美味しかったです」
カプチーノみたいなやつですね!
コーヒー豆あるんだなぁという感動もあり味も良かった。ここの食事は残念だったが、最初に出たあれは美味しかった。思い出して、うんうんと頷き、私はゾットさんをビシっと指す。
「バリスタ候補として実技試験です!!!」
「は?」
レストランに必要なものとは何だろうか?
美味しい料理?もちろん。
行き届いたサービス?もちろん。
美味しいお酒?もちろん。
快適な空間?もちろん。
そして、食後の飲み物!!!!当然だ!!!!
料理を食べる。
食事を楽しむ。
その後に、ゆったりとコーヒーや紅茶を飲み相手と語らうひと時。
私はコーヒー派だ。
コーヒー。コーヒー。
コーヒーはいい。
コーヒーこそ人類の文明と文化、進化の歴史(以下略)
その実は甘く、昔から食べられていたが、豆からなんか出たものが飲める、というのは発見されても一部の修道者が用いる宗教的な秘薬として扱われていたそうだ。
それが……そう!それが!焙煎によって趣向品となった!!そして宗教関係ないよ!一般民衆も飲めるよ!と認められ!広められた!!!人類愛だ!美味しいものは皆で共有!!人類万歳!
中東、ベトナム、オスマン帝国からバルカン諸島……頑張れ広がれ!17世紀にはヨーロッパ!おいでませ日本は18世紀だが……14世紀から……実に400年近くかけて……日本にもコーヒーが渡って来た。
「……ここにもコーヒー文化が……」
ぐっと、私は目元をぬぐう。感動の涙だ。
この世界はどうやってコーヒー豆が発見され、どのように今のスタイルになったのだろうか。
モーリアスさんの作ってくれた料理なども紐解きたかった。この世界にはこの世界の料理の文化が!文明が!!進化があるのだ!!!
と、まぁ、脱線したが、とにかく。
「美味しい料理には食後のコーヒーor紅茶。ゾットさん、私にカップキアロを入れてください。美味しかったら、バリスタとして採用します」
私はゾットさんの片手をぎゅっと握り、笑顔で宣言するとそのままスレイマンを振り返った。
「いいですよね!副料理長!」
「……勝手にしろ、料理長」
なんだか疲れたように溜息を吐き、スレイマンは額を抑えていた。
Next
私は紅茶派です。