邪神召喚の生贄に、誰がなるか!
「神よ……!!!!!この出会いに感謝します!!!!」
目の前にずらりと並べられた料理の数々。その豪華さと豊富さに私のテンションはマックスだった。
案内されたなんだかバカでかいお屋敷。この街も殆どの建物は土造りなのだが、さすがは街の統率者のお屋敷!贅沢にも魔法樹を大量に使った耐魔法対策もしてあるという、立派なお家だった。
私はその中で一番大きい客間に案内された。そこは光に満ちた目の覚めるような美しい部屋で、真珠やルビーのついた調度品、良い香りのする植物や綺麗な声で鳴く小鳥など、珍しいものをたっぷりと惜しみなく贅沢に飾る、まるでどこぞの宮殿のようだった。
この一割でも、ドゥゼ村に寄付してくれないかな、と、私とアルパカさんは感動より物色する目で見てしまっていたが、まぁそれはいいとして。
どうもこんにちはからこんばんは、野生の転生者、エルザです。
ゆったりと寛げる空間で、冷やしたコーヒーに似た飲み物にたっぷりとクリームを入れて貰って飲んでいると、ばたん!と大きな音を立ててこの街の統治者の弟であるというカーシムさんが入ってきた。
私を見て幼女と侮る目がなかったわけではないが、さすがが実権を握っているだけあり、接する態度はとても丁寧で、まず彼は私が異端審問官に「魔女」として追われている状況を自分は憂いている、と語ってくれた。
「助けてくださってありがとうございます。この街は初めてで、他に頼れる方もいなく……カーシム様にお声をかけていただけなければ、今頃あの恐ろしい異端審問官に火炙りにされていたと思うと……」
私はなんとなく、猫を被った。
こう、イメージはか弱い幼女だ。実際、私はか弱い幼女なのだが、前世込みのアラサー魂だと先ほどゾットと言い争ったように、まるでか弱くないように見えるらしい。
なのでここは「保護してくれてありがとうございます」と弱弱しい聖女っぽい感じでいっておこうか。油断もしてくれるだろうしな!あ、こういう思考が駄目なのか!
三十代前後ほどのカーシムさんは女遊びが激しすぎてまだ独身。私くらいの子供がいれば父性に訴えられただろうが、独身男に父性を求めるのはちょっと難しいだろうか。
私のぶりっ子攻撃に朗らかに笑い、さぁ安心して食べなさい、と食事を勧めてくれる。
うん!遠慮しないよ!ありがとう!!!
と、がっつきたいところだが、スープを一口食べてみて、私は即座に皿を置いた。
うん、不味いなここの食事。
見かけは豪華だ。なんかこう、果物の並べられた肉料理、金色に輝く鱗の魚料理、たっぷりとミルクを使ったスープ。見事な模様が描かれている丸いパン。見かけは豪華なんだ。匂いも、なんかとても良い感じなのだ。
だが、不味い。
……果物は……添えるならお肉に詰めて一緒に焼けば、果物の酵素でお肉がやわらかくなるし、果汁と肉汁が合わさって美味しいですよ……。
魚は……うん、鱗……綺麗ですね……でも、鱗は落としましょう……。
ミルクはね……沸騰すると……分離しますよ……スープに使うなら……弱火で…コトコトと……おねがいします……あとこのミルクえぐい。
悲しい。
私は悲しい。
とても悲しかった。
食事がまずい。
これほど悲しいことなど、この世にあるのだろうか。
モーリアスさんの美味しい朝食の後にこれか。
私が本当に魔女なら、これで世界を呪うくらいの悲しみはあったかもしれない。
ことん、と器を置いて遠い目をしていると、味になんの違和感も覚えないのかカーシムさんが肉料理を美味しそうに食べながら首をかしげる。
「どうかされましたかな?聖女様」
「この街の様子について、思い出していまして……」
素直に食事が不味い、とは言えない。さすがに。
なので、そういえばマーテルさんが言っていたことを思い出し、何もわからぬ幼女の顔でカーシムさんに聞いてみる。
「カーシム様はこの街で一番偉い方なんですよね?わたくし、ここに来た時に荷物を盗まれてしまって困っていたのに、兵士さんたちは助けてくれなかったんです」
「なんと、それは酷い。職務怠慢ですな」
「兵士さんたちを罰しないでくださいね。みなさん、変な噂に騙されているだけなんです」
「ほう、変な噂?」
さて、言えばこの男はどういう反応をするだろうか。
私は美味しくない料理を何とか美味しく食べれないかと組み合わせや温度を変えて口に入れてみるが、やっぱり不味い物は不味い。諦め、パンを只管ソースにつけて食べるだけに徹し、言葉を続ける。
「逆らおうとすると、逆らえない気持ちになるのですって。わたくし、最初はカーシム様が悪い方で皆さんを上から押さえつけて逆らえないようにしてるんだって思ってましたの。でもカーシム様はわたくしをあの恐ろしい異端審問官から助けてくださるようなお優しい方でしょう?それに、人の勇気や心まで押さえつけられるわけないんですの。魔女の毒でも使わない限り」
魔女の毒、とはマーテルさんの言葉だ。
意味はわからないが、そういうものがあるのだろうと思っての発言。
兵士さんの言葉を信じるなら、この街でならず者がわが物顔で歩いていられるのはカーシムさんの後ろ盾があるからだ。だが、これだけ大きな街で、これだけ人がいて、誰もが我が身可愛さだけで暴挙を許している、という状況が奇妙だ。
私はドゥゼ村の「実はワカイアが感情操作してました」という前例があるので、この街にも、似た何かがあるのではないか。それを疑っている。
「ほう、魔女の毒」
「えぇ、不思議な話だとわたくしも思うのですが」
「この街が荒れているのは私の責任、ではありますな」
「……へ?」
あっさり認めちゃうの?
思わず間の抜けた声が出た。慌てて口にパンを押し込みなかったことにするが、カーシムさんは穏やかに微笑み、私の失態に気付いて流してくれるという大人の態度。
「先代である父と比べれば我が兄は統治者に向いている性格ではない。それゆえ、私が補佐していますが、私はマーテル商会と懇意にしていた父とは違う商会や有権者と親しくしています」
「なぜ、先代様と同じようになさらなかったのです?」
これまで街がそのような流れで栄えていたのなら、後を継いだものもそれを習うべきだ。改革するにしても突然ではなく、ゆっくりとすればいいのではないか?
だがカーシムさんは首を振った。
「マーテル商会は教会と通じています。教会はこの街の実権を握ろうとしている。私は神の教えを人々に伝えることや、教会が人の心の救いとなることなど、とても素晴らしいことだとは思います。ですが、宗教によって街を治めてはならない」
この人、本当に悪役か?
私はまっすぐに自分の思想を語るカーシムさんを前に、思わず居住まいを正した。
カーシムさんの政策は教会にとっては都合が悪い点が多いらしかった。だが、もちろんそれが分かっているカーシムさんはゆっくりと改革を進めていこうとしたそうだ。
教会で神の教えを子供たちに伝えるだけではなく、誰もが平等に無償で学べる学校を作ったり、貧困街で死にかけている子供たちを引き取る孤児院を作り、そこである程度の教育をして、街の店に奉公に出させたり、道路を作ったり、水を通したり、彼なりに計画があったらしい。
だが、そううまくはいかなかった。
「魔女の毒、えぇ、魔女の毒とは皮肉な言い方ですが、えぇ、そうですね。まるで魔女の毒のようでした。私の後ろ盾となってくれていた有権者たちが、なぜか私の名を利用し街で狼藉を働くチンピラを囲ったり、街の者がそんな彼らを容認したり……」
私は犯行して牢に入れられた者がいると聞いたと話すが、カーシムさんはその噂は自分も聞いているが、実際に牢に入れられた無実の者などいない、ときっぱり答えた。
「なんなら牢を周って貰ってもいいし、記録を調べて貰ってもいい。噂はあるのに、実態がない、そんなことばかりだ」
気付いたらカーシムさんは「街の悪」となっていて、誰も彼もに怯えられる君臨者となっていた。
……確かに、この街の状況はカーシムさんにとってプラスになるものがないだろう。
街の支配者になっている、としても、街では日ごろ諍いや小競り合いが絶えない。そんな街を今は「善良な市民」たちが声を出せずにじっと耐えているにしても、不満がないわけではないだろう。
得をしているのは誰だ?
カーシムさんが悪役になって、被害者は街の人々だ。
では誰が正義の味方になる?
「だが、この状況も今日限りだ。私は聖女様が手に入ったのだから」
考える私の耳に、何やら興奮したカーシムさんの声がかかる。
いや、私に言った言葉ではない。独り言だ。
「聖女の生贄ともなればあの御方はお喜びになるだろう」
ガッ、と私は腕を掴まれた。
悲鳴を上げる間もなく、そのままずるずると部屋の最も豪華な飾りのある場所。良く見れば玉座のような立派な椅子が金銀財宝によって飾られている。
その玉座の下には巨大な魔法陣のようなものが描かれている。
私、邪神にでも生贄にされるのか!!!?
玉座の前にはいかにも生贄を捧げます、というような祭壇。
そこに縛りつけられ、アルパカさんに助けを求めるがアルパカさんはカーシムさんの放った犬のような動物四匹に脚を噛まれて悲鳴を上げている。
「おぉ!我が窮地をお救い下さり、叡智を授けてくださった偉大なる闇の御方よ……!貴方様の示された場所にいた聖女、お望みの娘をお受け取り下さい」
魔法陣に魔力が込められ、仰々しい音や風、闇色のモヤが当たりを覆う。
私は縛られた態勢のままじっと玉座を見つめる。
また胸を刺されるのか!?四度目の刺殺事件か!!?
だが仰々しい儀式で現れたのは、四つの角を生やした牙のある毛むくじゃらの恐ろしい偉大なる闇の帝王……などではなく。
「怪我はないか、バカ娘」
それは実態ではない幻だった。
相変わらずボサボサの髪に伸び放題の髭。真っ黒いローブを着た長身の男が、玉座にてふんぞり返っていた。
「…………って、何してんですかーーーー!!!!スレイマン!!!!」
私は思わず全力で突っ込み、がっくりと肩を落とした。
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