まずはパンだ!スープだ!!!
人生で最後に食べたい料理と言えば、人によってさまざまだろう。
だが私は、自分の人生最後の料理を選べるのなら…迷うことなく「ポテトサラダ」と答える。
ポテトサラダ…通称ポテサラ。マッシュポテトとは少し違う。ゆでたジャガイモをマヨネーズやオリーブオイル、そのほかお好みの野菜などを加えて作るサラダで、各ご家庭により作り方も様々。日本ではサンドイッチの具にすることもあったりする。とてもおいしい。
まず原料のジャガイモだ。これは有名な話だが、ジャガイモといえば人類史、人類の発展に大変重要な位置づけのある植物だろう。
芽には毒があることから一時は悪魔の食べ物だなんだと言われたりもしたが、ジャガイモがなければ滅んだ国の一つや二つ、絶対にあっただろう。
まず、ジャガイモは大変タフな植物だ。寒い土地でもよく育ち、基本的に土の下に育つものなので畑が踏み荒らされても生き延びる。そう、戦争で田畑が踏み荒らされても兵士たちが通り過ぎたあと、ちゃんと収穫できるのだ。
17世紀18世紀のヨーロッパは戦争が多かった。いや、少なかった時があったのかというと歴史的に首をかしげるところでもあるが、まぁとにかく。戦争=兵士がいる。兵士は食料消費がある。そして国内が荒れれば生産性も減り、飢餓が襲う。
ジャガイモは、そんな時代の救世主だったのではないだろうか。人類万歳!
日本では当初観賞用として広まっていたようだが、私の生きた時代ではしっかりと食材認定されていて、ポテトサラダと言えば人気のおかずの一つだっただろう。安いし腹も膨れるし。
しかし私にとって「最後の食事にしたい」ほどポテサラが好きだ、というのはそういった事情からではない。
単純に、母の得意料理だったのだ。
我が家は母子家庭だった。
母は忙しく、朝から夜遅く…日付が変わるまで働いていた。
母のすさまじい努力のたまもので、生活にはゆとりがあったが、母と一緒に料理を食べる、という事は希だった。
そんな母が時々早く帰って来てくれた日は一緒に料理をつくった。
その中でポテトサラダは一緒に話しながらジャガイモの皮をむいたり、エビを切ったり、アスパラをゆでたり、マヨネーズ信望者の母がマヨネーズを一本まるまる入れようとするのを阻止したりと…楽しい思い出が多い料理だった。
だから、人生最後に食べるのなら、母のつくったポテトサラダがよかった。
……実際は、叶わなかったけれど。
どうも、名無しの転生者です。
狼に助けられ木の上をマイホームとしながらなんとかベーコンを作ることに成功しました。本当によかった。
洞窟の中で死にかけているおじさん?おじいさん?を見つけました。
放って置けなかったので洞窟から連れ出しました。
私では絶対に運び出せないので、そこは大きな狼である母さんに頼むと、ものすごく嫌そうに唸りながらも母さんはなんとか男を運んでくれた。
……汚れるから嫌なんだろうな。綺麗好きだもんね、母さん。
とりあえず川辺まで運び、母さんはすぐに水浴びを始める。
私は男の住処にあった…そう、鍋とか(鉄製の道具…素晴らしい!!!!!)を地面に広げ洗浄する。母さんが出してくれた火と鍋でお湯を沸かし煮沸消毒が出来た!!素晴らしい!!!!鉄文化万歳!!!そして同じく男の住処から持ってきた布類を確認した。
腐っていたり溶けていたりしたので、ちゃんと使えそうなのは大きなシーツ程の布二枚とバスタオル程の布が何枚か。こちらも煮沸消毒し木にかけ干しておく。そのうちの一枚を濡れタオルとして使うことにし、男の体を拭いた。
「……」
先程の威勢はどこへ行ったか、男は黙ったままだ。意識がないのかと思えば、ちゃんと目は開いている。長い事洞窟にいて目が見えなくなっていたらどうしようかと思ったがその心配はなさそうだ。
バケツ代わりにしている大き目の鍋の水を何度も何度も換えて男の体を清拭する。怪我や傷の確認も同時に行った。蛆は便利な「私が燃えて欲しいものだけ燃える」特性を持った火で燃やした。いや、本当便利。蛆をひとつづつ取るのとか絶対無理だった。
男の体はやせ細っていて、もうかなり長い事なにも食べていないようだ。まずは唇を湿らし、徐々に慣らしていくべきだろう。
こんなに飢えた人間の対処方法というのはさすがにわからない。だが、断食からの回復食というのなら多少は知識があった。
まずは簡素なものから徐々に胃を慣らす。回復食の期間は食べなかった日数だけ……。
「……どれくらい飲まず食わずだったかわかんないしなぁ…」
「…水を、よこせ、ガキ」
どうしよう、と悩んでいると男が唸りながら話しかけてきた。
ふふ、ガキとか言われたよ!
「……急いでのむと、死ぬきけんがありますが」
「俺が寄越せと言っている!!!」
怒鳴られました。
反射的にびくり、と体が震え、水浴びをしている母さんが即座に反応したのでそれを目で「大丈夫」と止める。
私は溜息を吐いて、男の頭の下に自分の膝を当てると口元にコップを近づけた。
男は奪うようにコップを取り、ガブガブと飲んでいく。飲みきれず口からこぼれた水が私の膝を濡らしたが黙っていた。
「食い物はあるか?」
「ここにはないです」
「さっさと持ってこい」
持ってくることが前提の命令口調。ハハハ、こいつ、もっかい洞窟に捨ててきてやろうか、などと思わないわけではないが、まぁ、こんな死にかけた男に怒鳴られ脅されたところで何も怯える心などない。
理不尽に鍋で殴られ包丁が飛んできた料理人の見習い時代に比べればなんのなんの。
「だめです」
「殴られたいのか」
「私になにか酷い事なんて、あなたにはできないんですよ」
「フン、なにを…」
強がりと思ったのか男はバカにするように笑い、次の瞬間その顔は驚きに見開かれた。
「マーナガルム…だと?」
私の後ろには母さんがやってきていて、男を「娘に何かする前に食うぞ」と威嚇してくれている。
だが男は母さんに怯える、というよりは驚いているようだった。
マーナガルム、というのは母さんの種族名だろうか。私がきょとん、と首をかしげると男は「ガキには過ぎたものを…」と憎々し気に呟く。
「それで、貴様は俺をどうするつもりだ」
「どうって……出来る限り回復してもらうつもりですけど」
「なんのために」
目的か。
うーん…。考えて私はあれこれと自分の望みを思い浮かべてみる。
まずはこの世界のことを知りたいし、出来る事なら人間が他にもいる場所に行きたい。母さんとの今後も考えなければならないが、今は自分の世界は狭すぎる。
「おなじ人間なので、一緒にいてくれると心強いんですが」
「馬鹿か?」
「しかもあなたは大人だし」
「阿呆か?」
「死にかけてるので恩もうれます」
「うぬぼれ屋か?」
こちらが話すたびに悪口しか返ってこない。アッハハハハ、料理長を思い出すなあ!
生暖かい気持ちになり、この男の頭を地面に叩きつけてやりたくなるが堪える。
「俺の体を見たのならわかるだろう」
「…と、いいますと?」
「呪われているのだ。ただ横になっているだけでも体中が腐っていく」
ちなみに男は現在、大きな布を敷いた上にまっ裸で寝かされている。男の方に羞恥心はないのか、相手が幼い私だからか何かかけろ、という要求はない。
男の体にはあちこち傷、というか…これは。
「体中を見えない悪魔が舐めて溶かしていくのだ」
「いや、褥瘡ですよね?これ」
男の体、仙骨のあたりや肩口、踵、頭といった体重がかかりやすい場所は確かに皮膚が爛れていたり、何かこう腐っているように見えたりしている。骨が見えている個所もある。
「じょくそう、いわゆる床ずれ。長時間ずっと同じ態勢でいて同じ部分が圧迫され血液のじゅんかんなどが正しく行われず、壊死がおこるじょうきょう。栄養不足とかでもおこりやすくなるので、なるべくしてなってますよね、これ」
高齢者や寝たきりの人間にできるものだ。看護師や介護士からは自分の患者に褥瘡が出来ることは「恥」とされているとか、そんなことをナースの友人に聞いたことがある。
「呪いじゃないです」
「では治せるというのか?貴様なんかが?」
「私じゃなくても。誰にでも」
明らかに重度で骨まで壊死してるものは難しいだろうが、出来ることは多くある。
「馬鹿な。でたらめを言うな」
だが男は信じず私を罵り、顔を背けた。
でたらめではない。
床ずれはまず、予防として寝たきりの人間に2時間に一度身体の位置を変えてもらったり、体にかかっている圧を抜くことでできる。
そして患部の炎症に効く薬を塗ったり、保湿し皮膚や組織が作れるよう栄養のある食事をとってもらうことで少しずつ治していけるものだ。
一応自分の知っている治療方法を話してみたが、男は「ふん」とか「くだらない」「これは呪いだ」と取り合わない。
まぁいいけど。
私はとりあえず男の体は綺麗にしたので、母さんにもう一度頼んで背中に乗せて貰い、マイホームに運ぶことにした。
=====
「俺が呼んだらすぐに起きろ」
「喉が渇いた」
「体が痛い、さすれ」
「熱が出たようだ。氷を持ってこい」
「ちゃんと布団を上までかけろ、グズ」
男を巣に連れてきて一か月。
何度母さんが男の頭を噛んで木から落とそうとしたことか。
私は遠い目をしながら、男用の柔らかい粥をよそった。
粥というか、米ではないので、それに近い何か、ではある。ゆでると甘くやわらかくなる細かい実があったのでそれを小鍋にたくさんの水と一緒に茹でた。塩で味付けもしているし、細かく刻んだベーコンも入れている。
男の住処にあった道具は私の作れる料理のレパートリーをかなり増やしてくれた。やっぱり鍋、大事。
できればまた洞窟に行って他にめぼしいものがないか探したいところだが、死にかけていた男の介護はまだまだ必要で、目が離せない。いや、身体の問題を言えばだいぶ良くはなった。
相変わらず体は細いが上半身くらいは起こせるようになったし、自分で器を持って食事をすることだってできる。
だが、回復した分だけ口うるさく要求が多くなった。
「はいはい、わかりました。今やりますからちょっと待ってくださいよ」
「この俺に待てとはなんだ」
「すぐにできるわけないでしょう。他のことだってあるんですから」
ちなみに今やっているのは男の汚物の処理だ。
寝たきりの男の排せつ介助も当然してるよ!!!紙おむつとか便利なものないからね!!!布で作ろうとしたら「俺を赤ん坊と同じように扱う気か!」と怒鳴られたよ!ハハ!ぶん殴りたい!!
私たちの排せつしたものは、私が樹の下の土を耕して作っている畑の肥料にしている。上手くいくか不安だったが、小さな畑はなんとかそれなりに…そのうちなんか収穫できるだろう。
汚物の処理をし、自分の手や体を綺麗にしてから男の所へ行く。希望通り布団を上まで上げた。
熱が籠ってしまうのであとでどうせ下げるが。
「顔色、けっこうよくなってきましたよ」
「……」
「母さんが狩りから戻ってきたら下におろしてもらって、川辺にいきましょう。今日はお天気もいいので少し汗をかいてみてください。体温調節ができるようになってれば、食事のないようもちょっと変えられます」
男は一方的に怒鳴るか命令するかで、あとは私と会話しようとしない。私とは話すだけ無駄だとでも思っているような態度である。いや、というか、この男、貴族的なのだろう。私を使用人と思い、自分とは対等と見ないようにしてるところがある。
もっとこう、会話ができればこの世界のこととか色々聞けるのだが…残念だ。
「でも私はくじけない!!なぜならば!!そう!ついに酵母が出来たからーーー!!!!!人類万歳!」
男の住処からパク…ちょろまか…いや、男の介護のためにお借りしてきたあれこれの中には、なんと瓶があった!!なんか中に入ってた葉っぱは母さんが「これ毒じゃね?」的な反応をしたので燃やして貰って、煮沸消毒した瓶に!!私は森になってたレーズンっぽいものを水と入れて放置しておいた!!!いや、一日一回はちゃんと開けて発酵具合確認したけどね!!!
そして五日目……完成していた。そう…パン作りとか、そのほか色々使える…天然酵母。
ずっと使用できず貯まっていくばかりだった小麦粉を…ついに使える時がきた…。
ちなみに小麦粉の作り方だが、小麦を臼でひいてふるいにかける、という簡単なものを採用。臼なかったので地道に細かくすりつぶした。ふすまとかちゃんと分けたかったがそんな細かい作業はできなかった。網目細かいふるいもなかったよ!!!
なので立派な小麦粉、ではなく、もうなんちゃって小麦粉だ。
食べたら絶対ザラッザラしたパンが出来る。わかってる。でもパン食べたい。
「さぁ!レッツクッキング!!!!」
鼻歌を歌いながら、私は小麦粉と水、塩っぽいもの、頑張って作った天然酵母などを合わせて混ぜ、こねていく。上手くいくだろうか?失敗したって最初はいい。なぜなら料理は何度もチャレンジしていくものだから!
まとまった生地を丸くして整え、一次発酵が上手くできますように、と願掛けして濡れた布をかける。
この間に巣の掃除や洗濯もの(布が増えたので!!洗濯できるようになった!!!)をしてしまう。時々男に「水」「汗を拭け」など命じられたのでそれもこなしながら。
さて、一次発酵は無事に終了し、ガス抜きも終えた。そのままどんな形にするかと迷ったが、ここは平凡に丸パンにしようと形成していく。
さて、ここで普通ならオーブンの出番だ。だが生憎ここにはない。本当に残念だ。だが、男のところから持ってきて今では私の料理になくてはならない…そう!鍋がある!!!
母さんが出る時に出しておいた火を鍋に弱く当たるように高さ調節をし、成形したパンを鍋の中に敷き詰める。そしてじっくりと両面を焼けば……。
「簡単!!!ふっくらできました!!!!!やったね!!!!!人類万歳!!!!」
元の世界の神々を讃えながら私は出来上がったパンをカゴの中に入れ高く掲げる。
できた。パンだ。パンダだじゃない。パンだ。
「……聖なる炎を…このバカ娘はなんという使い方をしている…」
喜びハイテンションになりながら巣の中を踊りまくる私を男が冷たい目と声でなじっているが、そんな言葉は聞こえない!!!!
出来立てのあっつあつのパンに私はオリーブっぽい実から作ったオリーブオイル(仮)をつけてみる。
「……ふ……ふふ…ふ、ふはははははっはっはっは!!!!計画通り!!!!粒の荒いパンになることは想定していた!!だからこそ!!だからこそにオリーブオイルが合う!!!」
私の勝利だ!!!!
不安はあった。
小麦粉、うまくできなかったから…。
だが…だが…!!!できた!!!ちゃんとパンだ!!パンダ、じゃない、パンだ!!!!
「ふわっふわの白パンじゃない!!でも!だからこそそれでいい!!!ベーコンだ!ベーコンを焼こう!蜂蜜をたらして!ピクニックだ!!!あ!お帰り母さん!!!」
私が貯蔵用にしている石を積み上げて作った四角いスペースからごそごそと食材を漁っていると、巣の入り口に母さんが立っていた。私は飛び上がって母さんに抱き着き、パンの成功を報告する。
「これでまた作れる料理が増えたよ!そう!パンがあれば…ふふ……今まで断念していた…トンカツも!!!!まぁ肉多分豚じゃないけど!!なんかのカツも!!できるのだよ!!!!!」
卵はその辺の鳥の巣から貰ってこよう!ごめんね!!
私が大喜びしていると、母さんも「よかったな」というように喉を鳴らしてくれる。それが嬉しくてぎゅっと抱き着く。
そしてその興奮のまま、男の寝床にスキップしてその手を掴んだ。
「やっぱりあなたを助けてよかった!ありがとう鍋!ありがとう鉄製品!」
「……あの場所には他にいくらでも金目のものがあっただろう。宝石や魔道書も。価値がわからん愚か者めが」
大喜びの私を「馬鹿が」と男は冷たく見下ろすが、そんなことはどうでもいい。
私はさっそくピクニックだ!と準備をすべく踵を返した。
Next