派遣神官
(はぁ、どうにも面倒なことを押し付けられた)
己が一体何をしたというのか。これといって特徴のない貧乏貴族の六男。せめて三番目以内ならそれなりに良い目に合う機会もあっただろうが、六番目になるともはや生まれた祝いの日に甘いスープさえ出されない。そういう不遇の身の上は、なるほど生まれ持った運が己は乏しいのだろう。
そんな事を考えながら派遣神官は揺れる飛竜の背の上で大きく溜息を吐いた。
年若い、まだ幼さの残る顔には明らかに不平不満の色が浮かんでいる。だがそれでもそんな顔をするのは一人きりの時だけなのだから、それなりに分別は付いていた。
聖なる王の住まう都ペルシアにある大神殿。そこに仕える神官たちにはいくつかの階級があった。その中で最も低いものが派遣神官であり、彼である。
「ねぇちょっと!!どうしてこのまま引き下がるのよ!!!」
あぁまた始まった。
派遣神官は自分の前を行く、ひと際大きく立派な体格の飛竜へ顔を向ける。その銀の鱗の見事な竜に乗っているのは白銀の甲冑の騎士と、彼の腕に抱きかかえられている美しい乙女だった。それだけであれば子供の頃寝物語に母が読んでくれた騎士道物語の挿絵のような光景だ。
「何度も申し上げた筈ですが」
「あんな小汚い村人たちの言い分を信じるっていうの?!嘘に決まってるじゃない!!」
「と、申しますと」
「結界は破られていたのよ!ラザレフ様がそうおっしゃったのに間違いなんてあるわけないじゃない!」
キンキンと甲高い声に派遣神官の乗る飛竜が嫌そうに首をこちらに向けてきた。うんざりするのは彼も同じこと。だが身分の低い自分があの乙女に声をかけることは許されていないし、何より関わりたくなどない。
同乗する騎士は立派なもので、そんな乙女のヒステリックな様子を前にしてもまるで動じず冷静だ。
「しかし現に結界はこれまで通りに清らかに美しく、ドゥゼの魔法種が守る泉に張られ発動しておりました。村人たちもここ数日何か変わったことなどないと。泉の星屑殿もそのようにおっしゃられていた」
「だから!皆が皆嘘つきなのよ!!わかるでしょう!?」
なんでそうなるんだよ、と派遣神官は突っ込みたかった。
彼らは聖王都から、はるばる辺境の村まで使いに出された。大神官殿があの村の結界に何かあったかもしれないと、そう珍しく感情を表に出されて呟いた。それを聞きつけたこの乙女が「それならわたくしが!ラザレフ様の憂いを絶ってまいります!」と名乗り出て、貴重な飛竜を何体も連れ出したのだ。
聖女の結界。ドゥゼ村の魔法種。神官たちの間では有名な話だ。
あの小さな村には魔法種に守られた穢れない魂を持つ人間だけが住んでいる。その彼らが嘘などつけるはずがないし、つこうものなら魂が穢れたとされ魔法種たちに見限られるだろう。
派遣神官は村での出来事を思い出す。
当初は彼も、結界が破壊されたのではないかと焦っていた。もし万一にもそのようなことになっていれば沢山の人間が死ぬ。折角王都では数年前に魔王の魂を持つ男を追い出せたというのに。
だが訪れた村は平穏そのもの、なんの変事もなくのんびりとしていて、飛竜に乗って現れた一団を「こりゃぁおったまげたなぁ」と阿呆な顔で見上げていた。
「実際に結界が破られていたとしても、村人たちは何も知らない、という可能性もある。ですが星屑殿が変わらずあの結界におられているのです」
騎士は何度も何度も説明したことをまた根気強く乙女に言い聞かせようとする。だが自分の都合の良い言葉しか普段言われなれていない娘には不快でしかないのだろう。
「あの化け物の言う言葉を信じるっていうの?」
「星屑殿は結界になくてはならない大切な御方。聖女が誰よりも慈しみ労わらねばならない存在です」
「私が?!冗談でしょう!星屑は聖女に恋して仕えるものよ!」
ふん、と乙女……聖王都の魔法学園において聖女育成コースを主席で卒業したミルカは鼻を鳴らす。
あぁ、なんでこんなのが当代の聖女候補なんだと派遣神官は頭を抱えた。
村に行った。村に変化はなく、結界も変わらずそこにあった。
ラザレフ様の杞憂だったのだとミルカ以外の誰もが納得したのに、この聖女候補殿はわめき散らし結界内の星屑を呼び出せと言ってきた。そんな暴挙ができるわけがないが、念のための確認は必要だからという建前のもと、騎士殿がその代々受け継がれていたという大切な宝剣を供物とし、星屑殿にお声をかけさせていただいた。
そして誰もが平伏す神性と星の威光、人間種にはありえない美しさを持つかの方が泉より現れ、派遣神官たちに「恙なく聖女の祈りはこの胸に」と微笑んでくださった。
それで一同がほっと胸を撫で下ろしたというのに、聖女候補殿は無礼にも星屑殿に歩み寄り「ねぇ!困ってるんでしょう?私が助けてあげる!」と何を勘違いしたか馴れ馴れしく声をかけた。
一体あのバカ女は魔法学園で何を習ってきたのだ?
派遣神官たちは青ざめ、地面に頭をのめり込ませそうな程必死に頭を下げた。何も知らぬ乙女の無礼により星屑殿の怒りを買うことを恐れた。だが寛大な星屑殿は聖女候補殿を一切無視し、優し気な声のまま「良い」と言って下さった。
それが聖女候補殿には気に食わなかったらしい。その後も何かギャアギャアと喚いていたが、聞くに堪えない。これまで聖女とチヤホヤされて誰かに無視をされたことがないのだろう。
「……では聖女様、もし万が一あの村の結界が破られていたとして、それは誰が行ったのです?」
「そんなのわたくしが知るわけないじゃない。わたくしが知っていたら重罪でしょう?誰かが破った。だから大変なのよ。わからないの?はぁ、やっぱりただの騎士なんて駄目ね。どうしてこんな頭の悪いのが私の騎士なの?本当なら聖女には聖騎士がつく筈じゃない」
そりゃまだアンタが聖女じゃなくてあくまで聖女の最有力候補だからだろ、それにその御方は聖騎士でこそないが国内では聖騎士に並び最強とされる竜騎士様だ、などと心で突っ込みを入れる派遣神官は、もはやミルカに対しての敬意が微塵もなかった。
騎士はその勘違いには触れず続ける。
「結界は変わらず発動している。それは間違いないことです。ならば、破られてから誰かが張りなおした、ということになりますね。結界を張れるのは聖女様だけの筈ですが」
「そうよ、結界は私しか張れないの」
「では誰があの村の結界を張りなおしたのです?私は武骨な軍人で結界について寡聞にして存じ上げません。どうぞこの憐れな男にお教えください。聖女様の他にどなたかが結界を張られたのですか?それならその方こそが当代の聖女様なのでは、」
「無礼者!!!!」
パシン、と乾いた音がした。
もうあの女、ここから落として帰ろう。だめか。ダメだろうな。なんであんなのが聖女候補なんだろう。派遣神官は頬を叩かれた竜騎士殿を、せめて見ない様にと顔を伏せふつふつと込み上げてくる怒りを抑え込んだ。
「このっ、この……っ!!!無礼者!私は大神官ラザレフ様が後見人となっている乙女よ!その私に……!!ただの騎士が!!!」
聖女は真っ赤になって震えていた。自分の思い違いを受け入れる事もせず、ただ自分の我が儘を通す事しか考えていない頭の弱い娘。
(こいつここから落として帰ろう。駄目か、駄目だろうな、やっぱり)
それが出来ないから全員、じっとこの女の暴言に耐えているのだ。
派遣神官は思い出す。
あぁ、あの村……穏やかで皆笑顔で、それに美味い食べ物もたくさんあった。
森で仕留めたとかいう大きな蛇、最初は蛇!?と驚いたけれど、香ばしい香りに何やら珍しいソースをかけて粒の粗いパンに挟んで出してくれた。聖王都では真っ白でふわふわとしたパンが好まれているが、あの素朴なパンだからこそソースがしっかり染み込み蛇の肉の弾力に負けない歯ごたえを出していた。
思い出すと腹が減ってきた。
階級の低い派遣神官では普段腹いっぱい食べることができない。
だからなおさら、あの村で小さな子供が「たくさん食べて大きくなって偉くなってください!顔見知りの出世!つまりそれはこねくしょん!!てんぽさがしにゆうり!」などと言いながら甲斐甲斐しく世話をし出してくれた料理がおいしく感じたし、それにどれほど食べても嫌な顔をされなかったことが、嬉しかった。寧ろガツガツとたくさん食べてしまった派遣神官をその少女はとても嬉しそうに見つめていた。
村長の家にいたので孫娘の一人だろう。姉の方は歳が近い同性ということで聖女候補殿の世話をするよう命じられていたはずだから、姉を真似て自分も皆のお世話を!と子供ながらに思ったのかもしれない。
(あの子供、そういえばただの村人とは思えないくらい綺麗な顔をしていた。あそこが街から遠く離れていて良かったな。近頃、子供を攫う犯罪が増えてきていると聞く)
「もう嫌!なんでこのわたくしがこんな揺れる獣に乗ってあんな田舎に行かないと行けなかったのよ!手ぶらで帰ってラザレフ様に失望されたらあんた達をクビにしてやるんだから!!」
思考に沈む派遣神官を聖女候補殿の悲鳴が呼び戻す。
あぁ、まだ喚いているのか。
行きたいって言いだしたのはあんただろ。
一同は同じ思いを心の中で呟いた。
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