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だって、しょうがないじゃない



「ところで、星屑の皆さんは人間より強いのになんで捕まっちゃったんですか?」


こんばんはからおはようございます。ごきげんよう、呪いの藁人形は作ったことがあります、野生の転生者エルザです。


いきなり「誰を呪います?」なんて楽しそうに言われても、この世界に生まれてから知り合った人間が少ないしまだ少ししか生きていないため、そもそも敵意を持つ者などいない。


嬉々としている星屑さんには悪いが話題を変えようと問うと綺麗な顔の兄ちゃんはツイっと不自然に視線を逸らした。


「……人間種は恐ろしいですね」

「まさか…罠とか?」

「えぇ、巧妙な罠でした。……とても美味しい飲み物をたくさん飲んでいる内に…酔って意識がなくなって……」


……どの世界でも、どの時代でも、人間は…とりあえず神様とか鬼とかそういう自分達以上の強敵を、酔わして捕まえる、という鉄板技を持っているらしい。


「……そうですか…」

「……あんなに美味しい飲み物があるなど…食べることを必要としない私ですが、あれは…本当に……えぇ…大変なものでした」


うっとりと夢見るように語られ私もそのお酒に興味が沸く。アルコールと料理は切っても切れない仲だ。調味料としても使うし、食事の際そのメニューに合わせてマリアージュを楽しんだり、と。


「その時代ごとの聖女が結界を維持するためにやってくると、必ずその飲み物も奉納してくれるんですよ。すぐに飲みきってしまう量ですがこれも楽しみの一つでしたよ」

「囚人みたいな感じで悲嘆にくれるような顔してましたが案外楽しんでませんか」


突っ込むが私にとっては有益な情報提供に感謝もしたい。

この世界の料理についてまだまだわからないことが多いが、なるほど、どうやら美味しいお酒があるらしい。これはとても期待できる。


「でも、結界が穢れたのなら、聖女様?っていうのは早く来てくれたりしないんでしょうか?」

「結界の穢れ程度ならそれほど力の強くない聖女でも浄化を行えたでしょうが、生憎あなたの血は……それ、なんです?」


聖女様が奉納やら結界維持ができるのならこの「穢れ」うんぬんもどうにかしてもらえるのではないか。他力本願にもそんなことを考えるが星屑さんは首を振り、そして私の首から下がった笛のようなもの。すっかり忘れていたスレイマンから貰った防犯ブザー(仮)がバヂバヂと黒い光を発しながら、弾けた。


「………無事か、エルザ」


弾けた空間が裂け、その人が一人入り込める程度の隙間から身を乗り込ませたのは予想通り、スレイマンだった。


「スレイマン!!」

「……受け止めきれんわ、飛びつくな」


離れていたのは半日にも満たない筈だが、抱き着いた私は安心しぐっと額を押し付ける。文句を言いながらも受け止めるスレイマンは私の体の様子を確認し、胸の傷を見て顔を顰めたがそれには何も言わない。


「これは我が娘、我が妃。連れて帰らせてもらうぞ、墜ちた星よ」

「結ばれた誓いは果たされなければならない。これはあなたの威光の届かぬところだ、当代の夜の国の王よ」


私を後ろにやって星屑さんを睨み付けるスレイマンは、怖い。


威圧的だったり傲慢な態度には見慣れてきたはずだ。だが今のスレイマンはこれまでとは様子が違う。

今にも相手を絞殺してしまいそうな苛立ちと憎しみを感じた。


「燃えカス如きがこの俺に歯向かうか」

「墜ちようと星は星。我らは天空の眷属であり魔王の臣下や奴隷ではない。その娘は捧げられた。愚かな男の「妻を本当に愛していたのか」と、それを知りたいがために神性を持つ魔法種の術を破りたいと、そのためならば世界を守る結界が崩れようと構わぬと、そう望んでその娘は捧げられ、そして私は受け取った」


ワカイアは人の心を操る。


ただの魔法種にそんなことはできなかった。けれど、彼らには魔力を通す体毛があり、聖女の結界からあふれる力を引き込みそれらを可能にした。


妻を失ったクロザさんは、彼女を愛した自分の心が、本当に自分の心なのかとそれを不安に思ったのだろう。


ワカイアたちが憎い。けれど殺せない。殺そうとしても、武器を持って目の前にすればその憎しみを消される。妻を失ったことを悲しむこともできない。だが、覚えているのだ。

自分が失ったこと、自分が悲しんだこと、自分が憎んだことを、クロザさんは覚えていた。


私はこれまで聞かされた情報をもとに、そう結論付ける。私がスレイマンが自分を思ってくれていると、それを信じていると言った時にあんな顔をしたのは、多分それが、彼にとって一番重要なことだったからだ。


なるほど、地雷踏んだな、私。


「聖なる結界を己の願いのために穢してもいいという、その人間の思いの強さはその娘の特殊な血により「呪い」となった。おそらく当の本人は、無垢な血で穢すことで結界が崩れる程度を考えたのでしょうが」

「私なんかヤバイ血なんですか!?」

「馬鹿娘が、お前には関係ない」


いや、関係あるだろ。私の話してるんだよね今?


「人間種の娘さん、あなたとあなたを刺した男は選べます。この聖女の結界を崩壊させることで、あなたとその男はどんなものでも呪うことができます」


聖なる力は穢され真逆のことをできるようになるそうだ。

いや、別に呪うとか…いらないんですけど。


「クロザを呪え」

「スレイマン?」


クーリングオフってできないのかこの世界と悩んでいると、スレイマンがしゃがみこみ私の顔を覗き込んだ。その顔は真剣だ。


「泉のほとりにいたあの男は殴って魔法で眠らせたが、あの男は目覚めればワカイアを呪うだろう。エルザを攫ったのはワカイアたちだと思わせ俺に殺させる気だったようだが、自分で復讐を果たせるのならあの男はそうする」

「……いや、でも」

「ワカイアを失えばあの村はどうなる。操られていたとはいえ、その性根は善人そのものの連中が魔法種の体毛という収入源もなくあんな環境下で生きていけると思うのか」


クロザさんを呪い殺せばそれが止められる。


私の頭の中にマーサさんが浮かんだ。

怖いと逃げ出してしまったが、それでも、私に優しくしてくれたマーサさんに対しての気持ちは悪いものではない。

まだ私はマーサさんにケーキを作っていないし、それに、美味しい料理を食べて貰って、笑顔になってもらっていない。

村の人たちだって、私のパンケーキを美味しいと言ってくれた。


「……でも、呪い殺すなんて」

「星屑に捧げられたお前は誰かを呪う権利があり、それは放棄すればお前を呪うものだ。その取り決めが果たされぬ限り俺はお前の魂に手出しができない」


それってやっぱり私、死んでないか?

今、やっぱり死んでるのか…そうか。刺殺事件…三度目。


「……死んだのか、私…」


思わず声に漏らすとスレイマンが首を振った。


「この俺がお前を死なせるものか」


そしてもう一度「クロザを呪え」と言われる。


「おまえは魔獣や獣の命を奪うことにためらいがないだろう。それと同じだ。あれはお前と同じようにしゃべるが、お前と同じような姿をしているが、お前がためらう必要のある命ではない」


私は頷けなかった。一人を殺して他を救う。そういうのは、救世主や英雄が決めるものだ。

私のような、ただ料理をするだけの人間、ただの子供が…決められるわけがない。


怖いというものではない。そんな風に感じている余裕などない。

ただ「嫌だ」と思うだけだ。そんなこと決めたくない。


だけど死にたくもない。


私が死ななければならない理由などどこにもないし、クロザさんは私を憎かったり、私が何かしたから私を殺した、なんてことで刺したのではないのだ。


前世で刺された、あの時を思い出す。


あの時も私は「自分が悪いのか?」と考えた。

殺されるのも仕方ないことなど、今も、昔も私はしていない。


だが、だけど、それでも。


「クロザさんと、お話しちゃったんです」


料理人になるために、様々な勉強をした。色んな調理法を学んだし、それに、魚から、肉の裁き方もたくさん学んで、実践した。

生きている兎をしめて解体したこともある。一番大きいのは豚だ。そこに一瞬の憐憫はあったけれど、抵抗は最初のうちだけで数をこなしていくうちに慣れて行った。


それでも、そんな私でも、駄目だったものがある。


「だめ、なんです、私、だめなんです。話をしてしまったり、目を見て、あぁ、って…私のことを覚えてくれてる…私を、ひとつの命として見てくれてるものは、駄目なんです」


子豚を育てていた。


授業の一環だった。自分で、赤ん坊のころから育てて、一緒にいて、名前を付けて、散歩をしたり、昼寝をしたり、した。


その子を食べられるか?


学校で子供たちが豚を育てて食べるか食べないかと決める、そんな映画もあったから、それに影響されてのことかもしれない。


私は駄目だった。

殺して肉にしなければならない、というその日に「殺さないで!」と叫んで泣き崩れた。


私が殺さなくても誰かが殺した、わけではない。

その子は結局10年ほど生きて亡くなった。


食用なのだから、肉になるために生まれてきたのだから、それは違うのではないかと何度も言われた。でも無理だったのだ。本当に、無理だった。

わかっている。それは違う、と、きっと私のこれは自分勝手だと、ペットにしただけではないかと、わかっている。乗り切れなければ未熟だと。わかっているが、無理だった。


まっすぐに自分を見つめる目。

呼べば返事をする。

心があった。

生き物だと、心のある命だと、思ってしまったら、もう駄目だった。


その子以外、それ以来はもう心のあるものだと思わないように、最初から食材とそう見た。


「私はっ、自分が、じぶんが…!!奪われたら、いやです…っ、だから、他のひとだって、嫌だって、誰だって、奪われたく、ない、です」


涙腺弱いなこの体。


泣くつもりはなかったが、こらえきれずボロボロとみっともなく涙が出てきてしゃくりあげる。


私は、自分の中では「割り切って奪える」ことは正しいのだと、それがきっと良いのだと、強いのだと思う心があった。だからそれに、自分がそうはなれないことが悔しかった。わかってるのに、どうしてもだめだ。できない。


「……バカ娘が」


大泣きする私を、スレイマンが憎々し気に見つめる。なぜできないのだと、子供を叱ろうとする親のような顔だ。子供が、子供だからできないことを嫌だと言っているのを、わからないという顔だ。


「……ごめんなさい、ごめん、ごめんなさい」


私はみっともなく泣きじゃくり、スレイマンの服に顔を押し付ける。もうしょうがないとばかりに、スレイマンは私の顔を乱暴に拭いてから立ちあかった。


「どうするつもりです?」


そんな私たちを星屑さんは眺めていて楽しそうだった。

何を選んでも構わないのだろう。楽しみの少ないこの場所で、星屑さんにとってはこれは滅多にないお祭りのようなものなのか。


「エルザが嫌だというのなら、仕方ない」

「それでは誰も呪わず、自分が呪われることをお許しになるのですね?」


私はそれでよかった。


呪いって何なのかとか、痛いのかとか。それどうなるんだとか気にならないわけではなかったし、クロザさんのことや村の事も考えなければならないことはあるが、しかし、とりあえず自分のことはこれでよかった。


別に今すぐ呪われるわけではないだろう。

クロザさんをもう少し魔法で眠らせたままにして、村のことを決める。ワカイアたちと対話が出来そうなら、彼らがこちらの話を聞いてくれるのなら、もう今後は村人の感情を奪わないようにしてくれるなら、別の場所に移り住んで貰う事も出来る。


クロザさんも私と同じく誰かを呪わないといけないらしいが、それなら私を呪ってもらえばいい。一つも二つも同じようなものだろう。


スレイマンはワカイアを失った村はやっていけないというけれど、私はそうは思わない。


命さえあれば、人間はしぶとい。


ワカイアたちは悲しみや怒りは不要としたが、私はそうは思わない。人間の歴史は感情の歴史だ。怒りや悲しみ、憎しみがあって進化してきた。


だから、悲しむことを取り戻した村人たちは今まで通りでは生きて行けないが、だからこそ、違う風に生きていけるのではないか。


私が勝手に決めていいものではないけれど。


「フン、誰がそう言った?」

「はい?」


さぁこれからやる事がおおいぞ!と意気込む私と、物事がもう決まってしまってつまらなさそうな星屑さん二人に向かい何やら偉そうにふんぞり返るスレイマン。


「なるほどこのバカ娘はやはり大馬鹿だ。愚かで愚かで仕方がない。この俺が、このスレイマン・イブリースが死なせないと言ったことをもう忘れたか」


なんでこんなに偉そうなんだろう。

この状況下でなぜそんな態度が取れるのか、私の涙も引っ込む。


そして私が何か言う前に、スレイマンはゆっくりと星屑に近づき警戒している彼の肩を、それはもう長年の友人のように親し気に叩き微笑んだ。


「結界を呪いごと破壊するぞ?」


ちょっとお前んとこの庭でバーベキューするわ、というような気安さだった。



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うん、まぁ、仕方ない。

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[良い点] ちょっとお前んとこの庭でバーベキューするわ 好き……
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