死にかけの老人と、今後を考える私
グロい描写のある作品です。ご注意ください。
こんにちは、こんばんは、どうもごきげんよう。
狼に育てられてる野生の転生者です。名前は憶えていません。
料理のすばらしさを知り人類万歳していたけれど殺された前世。好きな食べ物にカレーがランクインしている人類は多いんじゃないかとそんなことを生前思っておりました。
そう、カレー。
カレーライス。
香辛料文化であるインドのスープ料理をもとに、インドと交流があったイギリスで開発され、文明開化により西洋料理を変化させることがもはや一つの国技になったんじゃねぇか日本。
そこで発展した、米にかけるという終着点を迎えた料理。皆大好きカレーライス。
カレーライスほど、他国の文化が混ざった料理はないのではないだろうか?いや、まぁ、あるにはあるが、一般的な料理で一番「そうだ」というのはカレーだろう。
給食でも出てくる。ご飯とルーの黄金比は人それぞれなのであえて語らない。きのこたけのこのように争いの元になりかねないディープな話題だ。
しかし、平和の象徴でもある。
夕飯にカレーが出てくれば子供から大人もにっこりだ。
仕事に忙しいお父さんもカレーが待っていると知ればご機嫌で帰宅するだろう。
元々はサラサラとしたスープ状だったものがイギリスにて海軍のメニューになった際「船の揺れに対応するため」とろみをつけられた、ソースを重視するフランス料理の手法を取り入れたとかなんとか。
日本でも「海軍カレー」と一つのブランドになっている。海軍=カレーである。陸軍にもそういうメニューはないのだろうか?昔「陸軍ナポリタン」という噂もあったが、あれは作り話だろうと私は結論を出した。
まぁ、そんなことより。
生肉・狼の乳・木の実・時々生魚、という料理人だった自分にはちょっと辛い食生活を送って二週間ほどたちました。
身体もすっかり回復し、巣の中を歩き回れるようになりました!やったね!
そして冷静に自分を観察したのですが、どうもどうやら、たぶん3歳くらいなんじゃないでしょうかね?私。
鏡がないので容姿ははっきりわからないけれど、髪は掴んで自分の視界に入れられる長さ。光を受けて輝くキラキラとした、まるで本物の銀のような髪。
瞳の色はわからない。
衣服はこの世界の文化レベルはわからないが、簡単な布で作られた大き目のシャツを腰のあたりで折って紐で結び押さえている。
まぁ、平民の子供だろう。
転生したというのなら貴族とかでそこから魔法学園やらなにやらというファンタジー展開をぜひとも希望したいところだったが、このままいけば狼バージョンのター○ンになるのではないか。
グルル、という声が聞こえたので巣の入り口に向かうと今日も生肉を咥えた狼、もはや私にとっては「母さん」と呼べる存在が戻ってきた。
「……なまにく」
私が抱き着くと目を閉じて鳴き、母さんはどさり、と生肉を置く。
「さぁお食べ」と促してくる。
「……」
毎度のことながら遠い目をし「なまにく…」とつぶやく私は、かねてからの計画を、今日こそ実行しよう、と母に向かい合った。
「母さん、生肉もいいのですが、残念ながら私は文明を愛し文化的な生活を送りたい、あわよくばこの世界でも料理人を目指したいと考える人間です」
正座しピシッと背筋を伸ばすと、母も倣ってかちょこん、と座る。前足をきちんとそろえて耳をこちらに向けてくれているのに愛情を感じる。
私が食べるにちょうどいい量の生肉だけを運んでくる母さん。その場で自分の分を食べ、そして私の分だけを持って帰って来てくれるらしかった。
そうね…巣を血まみれにはできないもんね…。
それはいいとして。
「燻製肉、作りましょう」
さて、ここで再度マイホームの紹介をさせていただきたい。
私と母さんが暮らすのは、たぶん…元の世界だと世界遺産レベルの木でも足りないだろうというほどの……地上から300メートルほどの高さまで生えている巨大な木、のてっぺんに行く少し前に空いている空洞。そこに母さんがせっせと運んだらしい乾燥した葉や柔らかい枝で寝床が作られている。
私が一週間前から木の枝や葉、蔦でカゴやザルのようなものを編んでためているので、それらもその辺に落ちている。
水はといえば、なんと、この空洞の中を流れていた。
壁際に少しくぼんだ場所があり、上から下にチロチロと絶え間なく水が流れある程度溜まっている。そのまま下に染み込むらしいので一定量以上溜まり溢れることはない。
素敵マイホーム。これで生肉・木の実生活じゃなかったら花丸だ。
夜は母さんと寄り添い眠るので温かく大変快適。
ちょっとにおいが気になるが、まぁ、慣れた。
ノミでもいるかと思えば、母さんは綺麗好きなのかノミもおらず、毛もふわふわとしていた。
「火をおこしたいんです。なので樹の下まで連れて行ってくれませんか?」
母さんは私を「自分の子」だと思っているらしい。
なんでそうなったかはわからないが、とても大事に育てられている自覚はある。
なんとなくだが意思疎通も出来ており、身振り手振りでこちらの考えを伝えることはできていた。
火が伝わるとは思えないが、とにかく下に行きたい、と伝える。
この樹は外敵から身を護るには最適だと思う。
だが私では降りられない。
三歳児(推定)が300メートル下までどう降りろというのだ。
だが私の訴えに母さんは首を振り、そしてぺろぺろと私の頬を舐める。
まだ子供のお前は巣から出ては危ないよ、というように。
「でも生肉は…ちょっと。いや、なんか、あんがいこの体は生肉に拒否反応とかないんですけど、衛生的な問題もなんか大丈夫そうなんですけど、でも精神的に…生肉はちょっと!!!」
下に行って火を起こせれば燻製肉を作ることができるし、焼くこともできる。
塩とかないのが辛いが、まぁ、まずは脱生肉。
「母さんの愛情はとても嬉しいのですが!!!ですが!!!食べたい焼肉!!なんならベーコンにもしたい!!!いのししっぽい肉が多いからね!!!!プリーズファイアー!!火こそ料理への第一歩!!!!」
必至に訴える。
すると母さんは困ったような顔をして少し考えるそぶりを見せた。
そして私に少し離れるように、と鼻で私を押しやってから、フゥーと息を吐く。
そして起こる、火。
「……マジか!?」
火だ。
母さん、火ィ吐いた!!!
「母さんすごい!!!!」
この世界の狼って火、吹けるものなのか?
「……あれ?でも、何で燃えてるんだろ…」
母さんの吐いた火はメラメラと拳サイズに燃えているが、床は無事だ。
そしていっこうに収まる気配もない。
不思議に見ていると母さんは私用の生肉を咥え、それを私に押し付けてくる。
「ハッ、そうだった!レッツ、クッキング!!!」
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生肉のカットには折って貰った母さんの爪の先(洗浄済み)を使う。細かい作業は無理だが、スライスはできる。ありがとう母さん!鋭い爪だね!!!
それに塩分の強かった木の実を乾燥させて砕いたものをまぶし、大き目の葉っぱに包む。
自作したカゴの中に入れ、風通しの良いところに置いておく。
今回はこちらの肉は使わず、以前食べずに半量取って置いた、同じように処置しておいた肉を燻製にすることにした。
燻製肉の要点は塩漬けにし水分を抜いて乾燥させ、燻る、というもの。塩がないので水分が抜けるか心配だったが、母さんが持ってきてくれた木の実の一つが信じられないほど「乾燥させて潰すと塩」なのである。ありがとう異世界。本来の塩ではないのでうまくできるか心配だが。とりあえずクッキング。
そして煙だ。
チップとして使うのはこのマイホームの小さ目の枝をぷちぷち地道に小さくして乾かしたもの。火が起こせるまでの準備をこの一週間していた私をどうか褒めて欲しい。
「……これ、ちゃんと燃えるかな…」
母さんの吐いた火は床は燃やしていない。
ただ掌に乗る炎が固まりとしてある。
「いいや、迷うな!レッツクッキング!!!」
お願い燃やして!!と半分祈りながら枝で組上げた燻製道具に葉っぱで編んだ座布団サイズのものを乗せ、チップ変わりの枝を…燃やす…燃えろ!!!
「………イエェエエアアアア!!!!!」
ドキドキしながら見守れば、不思議炎は私の意図を汲んでくれたかチップをチリチリと燃やし……素晴らしい按配の煙が出てきた。
思わず両ひざを突き、上半身をエビぞりにして拳を握ったまま両腕を天高く突き出す。
しかし勝利に喜び浸っている場合ではないし、まだ完全勝利ではない。
私はすぐさま気を取り直し、ベーコンになるべく仕込んだ肉を燻製すべく組上げた燻製道具のてっぺんに置き……気付いた。
それに気づいたのは私だけではないようで、母さんは素早く私を背に乗せ、タッタと巣から飛び出し、一段下の幹に逃げる。
「………………………室内で、やったら…そりゃ…部屋中煙になる、よね…」
私は巣の穴から出る白い煙を眺めながら反省した。
三時間ほどして、煙が収まったので母さんは再び私を背に乗せて巣に戻してくれた。ちなみにこの三時間は私が自分で自分の髪を編み込んだり、母さんの長い首回りの毛を編んだりと時間を潰している。一度母さんが下に降りてベリーのようなものを持ってきてくれたので口寂しくもなかった。
「………エェンダァアアアアアアアアアアイヤァアアアアアアアアア!!!!」
そして戻ったマイホーム。
炎は収まっているようで、そして不思議に他に燃え移っていることもない。
そこには無事に燻られた肉…そう、ベーコン(仮)が!!!!できていた!!!!
私はベーコンを掲げ巣の中を飛び回った。
部屋中が燻製されたので、私的には消毒にもなってよかったが、狼の母さんが嫌がるか心配だった。だがとくに嫌そうにしなかったので大丈夫だろう。
やったぜ!ベーコン!!!クッキング終了!!!
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母さんの火について、そのあと色々実験をしたが、どうもどうやら私が元の世界で知っていた火とはちょっと違うようだった。
まず、母さんが吹いた火は私を傷付けない。私が「燃えて欲しい」と思った物だけを燃やしてくれるようで、残念ながら火力調整はできないが、そこは高さを変えればなんとでもなる。
そして炎が出ている時間はだいたい三時間ほど。消してほしいと母さんに頼めば消して貰えることもわかった。
母さんは私が火を怖がらない、というのを知ると背に乗せてあちこち連れて行ってくれるようになった。そのため私は母さんと一緒に木の実や葉っぱ、そのほか食材に使えそうなものを集めることができるようになった。
胡椒の実らしいものを見つけた時は自分の知る全ての神の名を唱え全力で感謝したものだ。
「……ふ…ふふ…この森、すごい…」
母さんの縄張り内だけだろうが、一か月ほどして私はこの森の中にある殆どの植物を試食してみた。
毒性のあるものは私が口に入れる前に母さんが止めてくれる。
時期的になっていない実などもあるのだろうが、調べた結果…塩になる実、こしょう、豊富な果実、強度の様々な木々、大きさや香りの違う葉、枝など…食材の宝庫か?
残念ながら他の獣には出会わなかった。
たぶんだが、私を背に乗せている時の母さんは周囲に何かこう…「近づくな」というオーラを出している気がするので、そんな大きな獣を皆避けているのだろう。鳥くらいは見たかったなぁ。
「じゃあ母さん、このあたりで採集してるからね」
日課の水浴びをしている母さんに声をかけ、私は手製のカゴを抱えながら繁みの中に入っていく。
今日は天気もよく母さんの毛も早く乾くだろう。
私の草や蔦の作品も随分と増え、最近は母さんの爪で頑張って櫛とか木で削って作ったりもしている。
どうにもならないのは布や鉄だ。
調理道具は便利な火のお陰でなんとか木製のものを使えているが、熱の伝導で作る料理などは逆に火の特性上できずにいる。
枝を編んだ網で焼く、煙で蒸す、ということはできても煮る、炒める、ということができない。
木の器を造ったらスープに挑戦したいという夢もある…。
あと小麦を見つけて小麦粉にして…パンとか作りたい。ベーコンをパンで挟むだけでもいい。蜂蜜は見つけたので十分ごちそうでは?パン、大事。あ、酵母がまだだったか。
そんなことを考えながら、私はとぼとぼと歩いていく。
このあたりは何度も採集に来ていて迷うことはない。だが、実は前から気になる未知の場所が一か所だけあった。
「洞窟……」
この森、というか、山?全体図は未だよくわからないが、私と母さんが暮らしている周辺は大きな山と森である。崖から馬車が落ちて、という身の上であるので道もあるのだろう。
そして洞窟、というのは母さんにとってはあまり好ましい場所ではないようで、入ったことがない。たぶん湿度が高いので嫌なのだろう。
だが洞窟、湿度が高い場所には食用になるコケや藻、キノコなどがある可能性がある。
ファンタジーらしく光るコケとかあって持って帰れれば巣をさらに快適なマイホームにすることもできるのではないか。
母さんに黙って行くと何かあった時にまずい。
肉体年齢は好奇心いっぱいの三歳児だが、精神年齢はアラサーである。
母さんの水浴びが終わり、毛が乾いてから洞窟に行こうと提案してみるのがまず第一だ。うん、そうしよう。危機回避能力、大事。
さてさて、と私はカゴの中にベリーや食べられる葉っぱ、生活に使えそうなものを入れていき、そして、ハタリ、と動きを止めた。
「………」
何か、唸る声が聞こえる。
動物のものではない。人間の、男の声のように聞こえる。
苦しんでいるような、呻く声?
洞窟の中からだ。
……聞かなかったことにする?
危機回避能力、大事?
「………」
少し考え、私は大声で母さんを呼んだ。
すると風が一陣吹き、一瞬で母さんが私をぐるりとその長いしっぽで包む。ぐるぐると喉を鳴らし、何かあったのか、と心配そうにあたりを眺める。
「大丈夫なんだけど。母さん、もしかして、あの洞窟に誰かいるんじゃないかって思って」
ほら、あそこ、と指させば母さんが唸った。
知ってる、というそぶりだ。
「前からいるの?私が母さんと暮らすより前から?」
男の唸り声は聞こえなくなっていた。今まで聞こえなかったのはタイミングの問題だろうか。
私が聞くと母さんが「そう」と言うように頷く。
「私と同じ人間?」
こくり、と頷く。
「……そっか…」
人間。
それも男性か。
少し考える。母さんが知っていて放置しているのだから自分もそうするべきなのだろう。だが人間。
自分と同じ、人間らしい。
悩んでいる私の頬を母さんが舐めた。見上げると、どこか不安そうな顔をしている。
「…………そんな顔しないでよ、母さん」
母さんは私を子狼だと思っていると、思ってたけど、ちゃんと人間だとわかってた。だから、洞窟の人間を隠してたのだろうか。
たったひとりで、大きな樹の上で生きている母さん。
仲間はいないの?
どうして一人なの?
そんな疑問はずっとあった。でも聞いても、私の言葉は母さんに通じるが、母さんは私に言葉を話せない。だからわからないままだ。
「大丈夫だよ、私は母さんと一緒にいるから」
ぎゅっと抱きついて、でも本当に?と思う自分がいた。
母さんと一緒に暮らしていて、このままずっと、いるのだろうか?
それはしない。そうはならないと、わかっていた。
私は人間だ。
文明が何なのか知ってる人間だから、ずっと、木の上では暮らせない。
料理だってしたい。
そして、できればこの世界でも料理人になって、自分の店を持ちたい。今度こそ。
グルル、と母さんが鳴いた。抱きついたまま顔を上げると、母さんがぐいっと私の体を洞窟の方へ押しやる。
行け、というのはわかった。
だが一人で?
それは嫌だという顔をすると、母さんは困ったような顔をしてから、私を舐めて歩くように、とまた推す。
仕方なく歩き出せば後ろからついてきてくれるようだった。
それにほっとして、私は洞窟に入る。
やはり湿っぽく、じめじめとしていて、中は見えない。
すると母さんがふぅっと息を吐き、私の掌に火を乗せてくれた。闇の中でも母さんは見えているのだろう。私のためらしかった。
時々キィキィと何かが鳴く声が聞こえるが姿はない。そのたびに母さんが唸るので威嚇し追い払ってくれているのだろう。
どれくらい進んだだろうか。長い長い洞窟の、一本道を歩く。この先に自分と同じ人間がいる。そのことに段々心臓が高鳴って来た。
この世界で私が知る人間は、私を殺した盗賊?らしき男たちだけだ。
どんな人間だろう。
苦しんでいる声がしたので、怪我でもして動けなくなっているのかもしれない。
なら襲われる心配も低いだろうか。それに母さんがいるのなら大丈夫なはず。
あれこれ考えながら進むと、次第に嫌な臭いがしてきた。
ものが腐った……汚臭だ。
その臭いがどんどん強くなり、そして広い開けた場所に出た。
「………生きてるの?」
薄明りでよくは見えないが、その六畳ほどの広さの場所には、三つの木箱と宝箱のようなものが一つ。それに汚れて虫の集っている布や食器、そして寝台らしいものが壁際にあり、そこには悪臭を放つ塊…横たわった人がいた。
顔を顰めそれ以上進みたくないほどの強烈なにおいだ。
私の声にもぴくりとも動かず、眠っているのだろうか。
怖い。
怖い、怖い。
恐ろしくて足が動かない。だが、それが人間であることはわかった。だから、近づきたかった。
私は自分を奮い立たせ、なんとか寝台に歩み寄る。
寝台はあまりにも酷い有様だった。
糞尿は垂れ流しになっており、蠅やその他の虫が集っている。布団らしい布もかかっておらず、その体には蛆がたかっていた。
だが生きている。
ゆっくりと、呼吸をしているのが分かった。
「あ、あの…聞こえますか?わかりますか?」
赤黒い液体で汚れた男の顔を見る。髪はぼさぼさで髭は伸び放題だ。恐る恐る声をかけ反応を待つ。
「……モーティマーか。今更金目の物でもないかと戻ってきたか」
暫く待つと、ヒュウヒュウと喉を鳴らし男が口を開いた。
目は見えていないのだろう。あけることも出来ないらしく、唇だけが動く。
「あぁ、あぁ…卑しい裏切り者どもめ。呪われろ…呪われろ、あぁ、一体どうして、この俺がこんな目に」
朦朧としている中、男が呪詛のように低い声でつぶやく。
「あの……」
あまりにも苦しそうな声に私は手を伸ばした。
「そこか!!?」
すると、弱っていたとは思えない強い力で、男が突然私の手首をつかんだ。
「!!?」
そうして強引に引き寄せ、カッと目を見開き私を睨み付ける。だが、その目は濁っていて見えているようには思えない。
「悪魔め!!!そこか!!!モーティマー!この裏切り者に鞭をくれてやれ!!!この俺の命を奪いに来た死神だ!!!俺は名誉や人生を奪われたが!この命まで誰かにくれてやる気はないぞ!!!!さぁ!モーティマー!!俺が抑えている間に鞭を取ってこい!!!!」
怒りに満ちた怒号。あまりの恐怖に私が悲鳴を上げる事も出来ずにいると、母さんが男を噛み、壁に叩きつけた。
「母さん!!!」
私は母さんに飛びついて、体を震わせる。安心させるように私を舐めて、母さんは男を威嚇した。
壁に叩きつけられた男は暫く動かなかったが、やがて低い笑い声をあげる。
「ふ、ふふふ……はははは!!!なんて…なんてザマだ…この俺が……こんな…こんな惨めに死ぬのか…こんな……腐りながら…クソにまみれながら……死ぬのか」
低い笑い声は、次第に嗚咽へと変わっていった。
「ちくしょう……ちくしょう……俺が、いったい…俺がなにをした……?」
男の嗚咽に、前世の私の最後が重なる。
(どうして、死ななければならないのか)
「………母さん、大丈夫、うん、平気」
私は意を決し、ゆっくりと男に近づいた。自分の服の裾で、男の顔を拭く。痩せはて水分不足でカサカサになった肌に、くぼんだ目。骸骨のように不気味な顔だった。それが絶望に染まった瞳でじっと私を見つめている。見えては、いないのかもしれないが。
「一緒に、いきましょう」
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