意地の張り合い
「私はあなたを絶対にスレイマンと混同しません。あなたの言動、あなたの姿、あなたの声の何もかもがスレイマンと“一緒”あるいは“類似”していたとしても、私は絶対に、あなたに欠片も、私が好きな人を重ねずあなたを別の生き物として肯定します」
取引。申し出。あるいは契約。
私は私の言葉が、目の前の魔王にとってどういう価値があるのかわかっていた。
「……」
男が思案し、黙る。赤い目が細められ、僅かに眉間に皺が寄る。
馬鹿なことを言っていると呆れる色は浮かんでいない。違う姿、違う声である魔王相手になぜそんな提案、取引、申し出をと、ここに別の人間がいたら不思議に思うだろうことだけれど、私は、今すぐぐちゃぐちゃに泣き出したい気持ちを堪えた。
「怖いんでしょう?」
「……」
「私だけが、あなたを弱くできる。私があなたをスレイマンだと思って、見て、扱って、触れれば、あなたは、“そう”なる。なってくれる。スレイマンはあなただった。だから、私が望めば、あなたは引きずり落とされる」
別の存在。であったとしても。混ざりものにすることはできる。
「私だけがあなたを魔王の座から引きずり降ろせるし、あなたを魔王として肯定できる」
「貴様を今ここで殺せばよい」
「不純物のままで?」
「……」
泥人形。その他の、なんだか湧いて出るスレイマン候補というか、魔王候補。この男は「自分は違う」と仰っているが、私に会って、見て、触れて、「自分は違う」と確信したらしいが、本当にそうなのか。
「聖女の胎の中で繰り返し弱められ続けた魔王の魂が、あなたに戻ったとして、本当に。あなたはあなたが自覚する自分自身であると確信が持てますか?」
「……」
「私はあなたの全てに注目します。あなたの姿、あなたの声、あなたの考え、あなたの行いを見て、あなたがスレイマンとは違う、唯一無比の“魔王”であると証言します」
だから殺さないで、これから先、私とずっと、一緒にいてくれと言外に告げると、魔王が顔を歪めた。
「なぜそうする?貴様にとって利点があるか?」
「……と、仰いますと?」
「貴様の言う通り、貴様の言葉が、眼差しが、指先が、私をあのくだらない男と同期化させることができるのだとしたら、今ここで、貴様がすべきことは私をあの男の名で呼び、王の玉座から引きずり下ろすことであろう。だというに、なぜ――自ら、あの男の可能性を、痕跡を、須らく殺しつくそうというのか。世に魔王を解き放つ厄災になろうという貴様の性根がわからぬ」
まぁ、そういうことだ。
私は私自身で、スレイマンと「もう一度」という可能性を潰そうとしている。
「紛い物ですし、それに、コピーはコピーで、オリジナルじゃないっていう、結論が出ているので」
「……人間種の中には死者を弔うための儀式を行う者たちもいる。貴様のこれは、貴様にとっての、葬送ということか」
「そうですね。それは、そうかもしれません。あなたがスレイマンではないと確定させることで、スレイマンは魔王とはまた別の。私と一緒にいたあの人は、私だけの人だったと、これは弔いなのかもしれませんね」
「……」
私が笑って頷くと、魔王は顔を顰めた。
一度ぱちん、と指を鳴らす。
すると、姿が変わる。
「これでも、貴様は私が別の存在であると思い続けられるか?」
「……」
黒い髪に赤い瞳、背の高い、人間の男性の姿。
角と、ヒゲがないだけでスレイマンとまったく同じその姿。
「その目」
「?」
「その目が、私を見る目に、スレイマンと同じ色が浮かんでいないので。スレイマンはもっと、優しく私を見ていましたよ」