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アルパカは、食べられる




「楽しそうね、エルザちゃん」


新たなジャンルの料理への扉を開きかけ大興奮する私に、柔らかな声がかけられた。この村で私がもっとも信頼する、聖女のごときマーサさんだ!


「マーサさん!私、すごいこと見つけたんですよー!褒めてください!」

「自分で言った!!?」


率先して自らの高評価を望みかけていくと、置いていくイルクが突っ込みを入れる。

愚かな…褒めて欲しい時はちゃんと自己主張する。それがやさぐれない生き方だ。


タカタカ駆け寄った私を優しく抱き留めたマーサさんは「まぁ、そうなの?どんなことかしら?」と私が得意げに話すのを待ってくれる。女神か。


そしてマーサさんに連れられたアルパカがコツンとその鼻を私に付けた。一瞬なんかビリッとしたのは静電気だろう。さすがもふもふの体毛をした生き物である。そういえばアルパカ…ワカイアを近くで見るのは初めてだった。昨日到着した時は遠目からだったし、今朝も私が森に言っている間にマーサさんがワカイアたちを専用の水飲み場に連れて行ってしまっていて見られなかったのだ。


「……あら、この子、エルザちゃんが気に入ったのかしら?こんなに鼻をつけて」

「なんかそのたびにバチバチするので、いたっ…軽くいたい…です」


ワカイアはぐいぐいと何度でも私に鼻を付けてくる。もはやこすりつけてきてるんじゃないかという程のアグレッシブさ。なんだ、餌なんか持ってないぞ。


「ずっとラグの木いじってたからじゃねぇの?」

「おいしそうな匂いがするって思われてるのかしらね?」

「え、困ります」


真顔で返せばイルクとマーサさんが笑った。からかわれているのだが、そこで私はふと思い出す。


アルパカ、食べた事あったわ、そういえば。


目の前の生き物はワカイアという魔法種で、私の知るアルパカではないのだが、そっくりなのでじぃっと見つめ、ペルーに行った時に立ち寄った町のレストラン「おいしいよ」と勧められた料理を思い出す。


残念ながら私の知る範囲、日本では手に入れられなかった食用アルパカ。高たんぱくで低脂肪でコレステロールも低く、さっぱりと食べられる。牛の赤身に近いが、牛のそれより肉の旨味が濃いように思えた。


食べ方は新鮮なものなら生もいける。薄切りにスライスし、マスタードとお酢、オリーブオイルを混ぜて乳化させたドレッシングをかけ、その上にチーズをこれでもかと振りかける。そしてステーキなら、これはもう…ぜひレアでいただいて欲しい。生そのままで食べたカルパッチョとはまた違う。レア焼きにしたからこそ、肉の油がたっぷりと口の中に広がり、噛めば牛や馬、豚や鳥とはまるで違う「……これが、ラマ科」と実感する、引き締まった肉、されど甘味があり、くどくはなく…とにかく、肉が好きな人間ならば一度は絶対に食べるべきものだと、私はペルーの店の中で絶賛した。


「………」


あの味を思い出しながらじっと、私はアルパカに似たワカイアを見つめる。

どうも、野生の転生者エルザです。


見た目は子供でも頭脳はアラサー。三歳児でも料理はできる、でも本格的に料理ができる環境を整えた時は今より背とか筋肉とかついてもらわないと困るだろうな。そう、アルパカみたいな大き目の動物解体するときとか。


「食べちゃいけないのが残念です」

「まておまえ!!なにみながら言ってんだ!!?なぁ!!?」


心から惜しむと、私の食に対しての情熱がさすがにわかってきたのかイルクが素早くワカイアを庇うように間に入った。村の住人にとっては大事なパートナーである。私は「だいじょうぶですよ」と安心させるようにイルクの肩を叩いて微笑む。


「とてもおんこうな性格らしいので、私に攻撃してきてくれることはないでしょうし…せいとうぼうえいでの正統な肉にゅうしゅが難しいかぎり……尊重します」

「なにをだ!!?やめろよお前まじで!!!!?」

「だ、だめよ?食べちゃ。この子たちは家族なのよ?」

「はい、もちろんわかっています」


宗教思想趣味嗜好。地域や国やら何やらにはそれぞれ様々な考えがあり、「牛は食べてはならない」とか「鳩は聖なる使いだから殺してはならない」とか、その民族や国、地域に行けば尊重されるべきものがある。豚が宗教的にタブーな人間に豚をこっそり食べさせたら殺されても私は文句は言えないと思っているし、この村の大事な考えを破るつもりはなかった。


そもそも食べたいのはアルパカであってワカイアではないのだが、イルクとマーサさんは真に受けたようだ。あわてて私からワカイアを遠ざける。ワカイアも切なそうに鳴いた。


「食べないです、食べないです」

「本当か」

「この村の大事なワカイアにそんなことしないです」


この村にしかいない種なんだもんな、ワカイア。偶然どこかで遭遇とか、できないんだもんな。残念だ…。


「え、えぇっと…それでエルザちゃん、何か…すごいことを見つけたんでしょう?」

「あ、はい、そうです!ラグの木は!!ちゃんとおいしく食べれるかもしれないんです!」


マーサさんはパンケーキを大量に焼いて皆さまにお配りした今朝のあの場にはいなかったから小麦粉に混ぜて使う、という方法と、そして先ほどの「魔力のある食材同士を使えば違うものにかわる」ということを報告した。


「森にいる魔獣から作った油を混ぜれば小麦粉をこねるのと同じ作用になりました。みてください!これ!」


私はイルクにこねて貰ったワカイアの粉とラード、聖なる水の組み合わせの器を見せる。

これはまだ酵母も入れていないので発酵していないからパンにはならないが、私はこの状態からできる料理の心当たりがあった。


さぁ!レッツクッキング!!!


「お湯をたっぷりと沸かして、その中にこのこねたものを一口大にちぎって茹でます。ぷかぷかと浮いてくるくらいですね」


私はイルクにお湯を沸かして貰い、マーサさんと生地をちぎって鍋に放り込んだ。白くまるいそれは湯の中で浮かび沈んで、そしてゆっくりと浮かんできた。


「あとはこれを何か味のついたスープに入れて食べます。今回は残念ながら調味料になりそうなものがないのですが…」


小麦粉を使った簡単な、お腹がふくれる料理の代表、そうすいとんである。


塩でもいい、何かあればスープも作れた。

魔力食材の可能性を信じ、もしや土に含まれている塩分を引き出せないかと思いつくが、魔力がなんなのかまだ全く分かっていない私が一人で考えるよりスレイマンに相談した方がよい方法が見つかる。


うん、やっぱりスレイマンには絶対に副料理長の座についてもらおう。

あんなに魔法とか魔術とか簡単にすごいのたくさん使えるので、私の魔力料理を極めるためには必要不可欠だ。


いいよね?

洞窟に捨てられてたの、連れてきたの私だし。

捨てた人たちに怒られたら「だっておちてたんだもんー!!ちゃんとせわできるもん!」とわめこう。三歳児らしく。


「……柔らかいのね」


器によそったすいとんを口に運び、マーサさんが呟く。


「あんまり味しねぇけど、ただの木のスープよりマシだなぁ、おれは。それに腹にいれても痛くねぇし」

「思うんですけど、多分魔力のある食材ってそのまま単品で取ったら不味かったり、体が拒否することがおおいんじゃないかって」

「……えぇ、そうね」


元々独特のにおいがあるラグの木は茹でてにおいが薄まれば、口に入れた時に甘味を感じさせてくれた。匂いは味、という考え方もある。人間は舌だけではなく匂いで味を感じているのだ。乱暴な話だが、目隠しをし、鼻に魚のにおいを嗅がせて動物の脂身を食べさせると魚を食べていると思ってしまうらしい。


イルクはぱくぱくとすいとんを口に運んでくれるが、マーサさんの顔はなぜか浮かない。

考え込むようにじっと器に目を落とし、そして窓の外に待機しているワカイアを見る。


「……私、なにかまずいことしました?」

「……エルザちゃんも森に入ったのね」

「ごめんなさい」


村人たちは森を不可侵としている。それは森の獣たちの縄張りを侵し村に獣たちの報復がくることを恐れてだとスレイマンは言っていた。


あの猪たちの群れが私の所為ではないとクロザさんたちは言ってくれたけれど、私は「自分の所為だ」と思ってしまう心があった。しかし勝手に落ち込んで、それ以外の可能性だった場合の危機感知を放棄はできない。だからクロザさんの言葉を飲み込むふりをしたけれど、だけど、何も思っていないわけではない。


「……私、余計なことしてますか?」


私の作った料理を、マーサさんはとても悲しいもののように見ている。食べてはくれたが、その顔はどこまでも、辛そうにしている。


私にはこれが何よりも堪えた。

これまでスレイマンに怒鳴られたこととか、生肉を食べないといけないことだとか、ここへ旅の途中だって、けして楽しいことだらけだったわけじゃない。


でも、多分この体に生まれて今が一番、私には辛かった。


少し浮かれていたのを認めないといけない。


異世界転生。自分の知る料理の知識が全力で使える場所。


スレイマンという、この世界では強者の部類に入る存在が自分を庇護してくれていて、私はきっと、いろんなことを自由にできるのだ。


「は?余計なことってなんだよ」

「だって、イルク以外の村の人たちは「別にいまのままでも」って、そう思ってるんですよ?でも、私は美味しいものを知ってるから、みんなが食べてるものが…おいしくないって思ってしまったから、だから」


勘違いしていたのではないだろうか。異世界転生をして、この世界の人とは違うことを知っている自分だと理解していて。


前世の自分は、そんなにすごいのか?

今の自分、前の自分。私は、何者だと、自分で思っているのか。


「マーサさん、言ってください。なにがたべたいか。そうしたら、作ります。私まだ、誰かが私に望んでくれたものを、作っていないんです。お願いです、わらってください」


この村を「救いたい」などと!

私は、ずっと料理人でしかない。

勇者や聖女。すてきな物語の主人公ではなくて、どこもかしこも、料理人だというのに!


マーサさんの膝につかまり、見上げて懇願する。


自分の自慢の料理を「どうして食べてくれない」「どうしてわかってくれない」などと思いあがる料理人は店を出しても潰れる。

あぁ、そうだ。私は、自分で店を持とうとして、そして、開けなかった。だから、だからわかっていなかった。


どんなにたくさんの料理が作れても。

どんなにいろいろな料理の知識があっても。


相手が何を望んでいるのか、何が必要なのかわかっていない。


(そうか、お店、あのまま開いてても潰しちゃったかもしれないんだね、私)


「………エルザちゃん」


マーサさんが私の顔を撫でる。優しく、穏やかだ。でもこの人は、私が作った料理を食べて悲しい思いをしているのに、やさしい。


「……考えていたの。もし、もしもっと前に、これが食べられたらって。これは、とてもすてきなものだと思うわ。本当よ?」

「でも、」

「私ね、エルザちゃん。小さいころ…エルザちゃんくらいの頃までずっと、ラグの木のスープが食べれなかったの。身体が受け付けなくて吐いてしまって、いつもお腹を空かせてたわ」


優しい声音で私の髪を漉きながらマーサさんは語る。


昔、昔と言うのは最近だけれど、それでも十年以上前。この村に生まれたマーサさんは村長の孫娘で、それはそれは皆に祝福されて生まれた。村長の娘夫妻の初めての子供。


けれどその子供は、村で生きるためには飲み込まねばならないラグの木のスープをどうしても受けつけなかった。


「お母さんはいつも泣いていたわ。泣いて、泣いて、言っていたの。「どうしても食べてくれないとならない」って。だって、じゃないとこの村の子供は死んでしまうもの」


300年、そうして生きてきた。

途中で死んだ子供はどれほどいただろうか。育ってしまえばあとはラグの木の魔力が、病や怪我に強い体にしてくれる。小柄だから小さな家でも生きていけて、少ない食べ物でも肉がついた。


「私もね、がんばったのよ。息を止めたり、井戸のみずでいっぱいにして飲み込んでみたり。でも、駄目だった。必ず全部、戻してしまった。だから、村の皆は私が食べれるものを少しずつわけてくれたわ。貴重なものなのに…皆我慢をしてるのに…悪い子ね」

「でも、それは、マーサさんが悪いわけじゃないです」


聞いていて私は段々と自分の体が寒くなってきたように感じた。実際に温度が下がっているのではない。何か、何か得体の知れない、恐ろしさに気付いてしまいそうな、そんな予感があった。


なぜ、そんな状態であったのに今でも村人たちは「俺たちは別に今のままでも」なんて、そんな顔ができるのだ?


じっと私はマーサさんの顔を見る。

過去を思い出し沈む彼女の顔、だが、どうしてだろうか。不思議と彼女の顔に、過去を思い出したゆえの悲しみは浮かんでいない。その事が、私には拍車をかけて恐ろしかった。


「大雪の日だったわ。お父さんが、私の手を引いて村を出ようって言ったの。大雪だから獣も魔獣も、まだ巣から出てこない。どこかでやり過ごしているだろうから、ただの日よりもマシだって。お父さんはラグの木を食べれたから、大雪の中でも走れたの。だから、私の手を引いて、それで」


かまどの火を落とした室内は暗い。土の壁は天井に近い上の部分に穴があり、そこからワカイアが顔を覗かせている。語るマーサさんをじっと見つめて。


バチバチと私とマーサさんが触れた部分が、静電気のようにはじけた。一瞬の接触で発生していない。これは、静電気ではない。


「マーサさ、」

「どうしてかしら。どうして、とても悲しかったはずなのに。お父さんとお母さんがいなくなってしまって、悲しかったのに。私の所為でいなくなったって知ってるのに。どうして私は、悲しかった気持ちが今はもうどこにもないのかしら」

「イルク!!!!!走って!!!」


ぼんやりと語り、微笑むマーサさんを見て恐怖で体が震えた。


私はイルクの手を掴んで駆け出し、家から飛び出る。


「エルザ!!どうしたんだよ!!?」

「説明なんかできませんけど!でも!!スレイマンのところへ!!」


イルクと私ならイルクの方が背も高いし足も長い。だから歩く速さもまるで違う。私は掴んでいたイルクの手を離しすぐ近くにいるだろうスレイマンの元へ急ぐようにと叫ぶ。だがイルクは首を振った。


「おまえ残して行けるかよ!!なんかあったら、おれスレイマンさんに殺されるだろ!」


それは確かにそうだが!

だが今は二人全滅ルートをまず回避すべきなのだ。


というかスレイマンはどこにいるのだ?

村長さんたちと話し合いをしていたと思ったが、私たちがすいとんを作りに村長さんの家に行った時には誰もいなかった。どこか別の場所に移ったのだろうか。


「っ、と…どうした?お嬢ちゃんたち…追いかけっこでもしてんのか?前みろよ、あぶねぇぞ?」

「とうちゃん!!!」


どこへ逃げるのが最適かと私が考えていると、クロザさんの姿が見えた。ぶつかりそうになる私の体を受け止め支えてくれる。


「クロザさん!!スレイマンは!?」

「あぁ、村の連中と森に行ったよ。魔獣たちは俺たちを待ち構えてたんじゃなくて…村に入ろうとしてたんじゃないかって、皆で話してなぁ。魔獣が森を逃げなきゃならない理由が何かあるんじゃないかって、まぁ、旦那一人でも大丈夫だろうが」


片足が不自由なので一人よりほかに数人、何かあった時に手を貸せる者がいた方がいいだろうとクロザさんが提案したそうだ。


「え?大丈夫ですか…同行者のひとたち…ほら、スイレマン…人間関係構築する気ないから…」

「村でもかなり人の良いやつらについてって貰ったから大丈夫だろ」


まぁ、この村の人なら…と思いかけて私は首を振る。


「そうじゃなくて!クロザさん、助けてください!!」

「助ける?なんだ?今度は何を食べる気だ?」


笑うクロザさんは好感が持てるが、今はそれどころではない。マーサさんやワカイアが追いかけてくる様子はない。私もなぜあの場から逃げ出したかったのか、今も、どこか安全な場所に隠れなければと思うのかはわからない。けれど、なんだか私は、この村が怖くなった。


「……なぁ、父ちゃん」


ぐいぐいと腕を引く私に、「おいおいなんだよ」と苦笑するクロザさん。

はやくここから離れたいのに!と焦る私が一瞬で冷静になるほど静かな声でイルクが父親を呼んだ。


「うん?どうした、イルク」


クロザはそんな息子を優しい目で見つめ、首をかしげる。じっと、イルクは父を見つめ、見つめ、目を凝らし、そして、ぐしゃりと顔をゆがめた。


「父ちゃんは今まで何回、あの森に入ったんだ?」


マーサさんは言っていた。

悲しい顔で。言っていた。


『エルザちゃんも森に入ったのね』 と。



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