【突然ですが番外です】スレイマンとアラム=バラス王子が遭遇したらif
誰も死んでいないお遊び時空です
広い心で読んでください
自分よりも大人げなく、心の狭い男がいるとは思わなかった。
ラムス王は面前の男の態度に青筋を浮かべ、ひくりひくりと何度も顔を引き攣らせた。
最近流行の、布で覆い中に綿を入れた長椅子。ゆったりと背を預けふんぞり返っているのは黒い髪に赤い目、ボサボサと伸び放題の髭に髪のまるで浮浪者のような男。纏う服もぼろ布が辛うじて何枚も重なり防寒の役目を果たしていると言った粗末なもので、そんなものをこの、ハットウシャの王との会見で着てくる意味はこちらに対する侮りとはっきりわかる。
それだけであってもラムスの怒りは頂点に達し、今すぐこの無礼者の首を跳ねよと叫んだが、しかし、ラムスは耐えた。本当に、がんばって耐えた。脳裏には遠い本国で己らを送り出してくれた愛妾の「どうか、短気を起こさないでくださいましね」という言葉と微笑みが蘇る。
ここで叫んで色んなものを台無しにすれば、ハムシャルワの奴は「やっぱり」という顔をするのだろう。それはそれで腹立たしい。王としての尊厳と、男としての尊厳、どちらを優先すべきかと言えば、王として己が本来相応しくないと自覚しているラムス。せめて男としては見損なわれずにいようとそういう意地があった。
「……悪い、話、ではあるまい」
で、あるので、怒りや様々な感情をなんとか流し込んだラムスは、なるべく友好的に聞こえる声音をつとめた。その努力の甲斐あって絞り出された声は子の父親に相応しい穏やかでそして、子の幸福のために動いている愛情ある声だった。
「あれほどの人格者はおらぬ上に、血筋も正当なる者。唯一の短所である体の弱さも、あの娘が傍にいれば和らぐのだ。我が息子、アラム=バラムに貴様の娘を、」
「おれが今この場で貴様を殺さずにいてやっているのはこの部屋が血で汚れればエルザが怒るからでそれ以上の理由はない」
なるべく穏便に、丁寧に、がんばっているラムスの何もかもを、目の前の男、世にこれほど多くの憎悪を受けている者もいないだろう、生きとし生ける者全ての敵、死んでくれと毎晩願われ続けるランキング殿堂入りの、スレイマン・イブリーズは一蹴にした。
遥か遠き国、ハットウシャからはるばる小国エルナのド田舎、ドゥゼ村に王族がやってきたことを有り難るスレイマンではない。むしろ何で来た今すぐ帰れなんなら死ねと思っている。
機嫌が悪いのは何もラムスだけではない。スレイマンはちらり、と窓の外、キャッキャと声を上げてはしゃぐエルザを見た。
「こんなに沢山の羊とラクダ!わぁい!わぁい!マトンだ!ラクダのお肉だー!」
「ひつじ?らくだ……?シルプとウヌトというのだが……この辺りの呼び方かな」
ラムスが「土産」として持ってきたシルプ五十頭、ウヌト三十頭、それに奴隷二十人。奴隷についてはエルザが「そういう文化をうちに持ち込むのはちょっと……ワカイヤさんたちが許さないので……」と、村長代理のマーサと話あって「じゃあ村人ってことで」と受け入れた。
もこもことした毛のシルプを抱きしめ、エルザが楽し気に「どう美味しく頂きましょう!」かと話しかけている男。顔色は悪いが以前見た頃よりいくらかマシになっている、ハットウシャの第一王子アラム=バラム。死にぞこないが明るい陽の下で微笑んでいるのがスレイマンには気に入らない。
「……確かに、いずれあの馬鹿娘も誰ぞに嫁がせるつもりではある」
「どこの馬の骨かもわからぬ奴にか」
「このおれの目の黒い内はそんなことにはならん」
「赤いだろう、貴様の目は」
何が不満だ、とラムスはやや声を鋭くする。
歳は十五ほど離れているが、あの小娘の精神はどうにも幼子というにはやや達観されている部分があるので問題ないとその辺、ラムスは自分の側室が三十歳離れている者もいるので気にしない。
「……」
「余の命ある時は余の全てを持ってあれを守るし、王宮のハレムは安全である。ハムシャルワをはじめ余の側室らはあの小娘を好いておるゆえな。余の死後はアラム=バラスが王となりハットウシャを治めるその傍らに聖女としていてくれるだけでよい」
「あの馬鹿娘は世に消費されず自分の好きなように生きさせる」
出来るわけがないだろう、馬鹿なのかとラムスは呆れた。
持ってきました、お見合い話。
ラムス王の大切な跡取りアラム=バラス第一王子と、スレイマン・イブリーズの養い子エルザ。聖女であり、そしてその血筋はどうもアグドニグルの皇帝に連なる者。聖王国や他の国々の王族貴族が狙って仕方ない。で、あれば、今の内からハットウシャの王族と婚約させておけばいらぬ騒ぎもないだろうと打算が浮かばぬスレイマン・イブリーズではないだろう。
確かにエルザは聖女や為政者の器ではない。どうしようもなく覚悟もなく庶民的な思考回路しか持ち合わせようとしないこざかしささえある。が、当人が望まずともその血、そして能力が世の養分となるべく運命づけられている。
「その運命、逆らおうとすれば貴様の命一つでは足りぬぞ」
例えば、同じく人の世に必要な「魔王の魂」を持つこの男の命をかけ、たとえばあの小娘の代わりに命を投げ打ったとして、まだまだ足りないだろう。そこまでやってもエルザが「ただのいきもの」として生きることは無理なのだから、色んな感情に折り合いをつけてある程度の型にはめ込んでおいたほうがマシなはずだ。
ラムスが忠告してやると、この世の災いの元凶はフン、と鼻を鳴らしただけだった。
*
「うーん、大丈夫かなぁ……スレイマン、大丈夫かなぁ……王様のことキレさせてないですかねぇ……」
思いもよらず大量の食料をゲットして喜び遊びほうけていたエルザ。はたり、と気付いてチラチラと家の様子を気にし始める。お肉の山(加工前)ですっかりハイテンションになってしまっていたけれど、そういうことをしている場合ではない。
「父上はお心の広い方だから大丈夫だよ」
「うーん、うーん……でも、アラム=バラス殿下……スレイマンはガンジーも助走をつけて殴りたくなるレベルの属性悪人なんですよ……」
「がん、じー?」
「とても素晴らしい人徳者です」
「そう。私もまだまだ勉強が足りないね」
病気がちだったアラム=バラスは本を読み知識を蓄えることくらいしか自分はできなかったという。エルザと出会い、ここ半年やっと十メートル歩いても倒れないようになったらしい。遠くハットウシャからドゥゼ村までやってくることは命がけだったに違いない。
まぁ、事前連絡は何もなく、突然ハットウシャが誇る飛行船が見えてきて「撃ち落とす」と物騒なことをいうスレイマンを宥めていたら、あっという間に上陸された。しかし招かれざる客、というわけでもない。せっかく遥々来て下さったのでエルザとしては歓迎したいし、高齢化の進むドゥゼに移住する人間を連れてきてくださったので今夜はパーティ!などと思っている。
「ところで王様、何の用で来たんですか?殿下もご一緒なんてよっぽどでしょう」
こんな辺鄙な村に王族がやってきてどうするのか。村人には友好的だが思考がおかしいワカイヤさんたちとラムス王が仲良くやれるわけがない。よほどの理由があるのだろうな、とその件で今スレイマンとお話しているのはエルザにもわかるが、さて、何のご用件か。
「……」
同行しているアラム=バラス殿下は当然御存知なのだろう。エルザがじぃっと見上げると、黒髪の青年はにこりと微笑んだ。穏やかでいつも笑顔を浮かべている好青年。つられてエルザもにこり、と微笑んだ。
「実は、縁談の話があってね」
「あぁ!なるほど!そういうことですか!!」
「君はどう思う?」
「そうですね……協力は惜しみませんよ!」
えぇ、全力で!とエルザは請け負った。
「そう。ありがとう、ところで、きっと誤解しているんだろうなぁと思うのだけれど、今何をどう「なるほど」と?」
「誤解はしていない自信がありますね!つまり、殿下に良い縁談、それもあのラムス王がGOサインを出すほど良い感じのお嫁さん候補が見つかった……殿下はつまり、奥さんをお迎えできるよう、このドゥゼ村でしっかり療養する、そう、そのために来たのですね!!」
「うん、そうか。うん」
やっぱり誤解しているね、とアラム=バラス殿下は微笑んだがエルザは自分の考えに一生懸命だ。
「そうですね、確かに陰謀渦巻くハレムでネチネチと他のお妃様にイビられたり、他の王子……あのクソ第二王子とか第二王子とか第二王子とか第二王子の御機嫌伺しているより、この(見かけは)平穏なのどかな村でゆっくりじっくり過ごした方がいいですよ!」
村の外れには星屑さんという、神性な存在もいる。殿下の体に蔓延る呪いを完全に消し去ることはできないが、軽減することもできるだろう。
「私も体に良いごはんとか沢山作りますからね!」
「うん、そう。それは、ありがとう」
贅沢はさせてあげられないが、不自由はさせません!とエルザは背伸びをしてアラム=バラス殿下の手を取った。
「エルザは優しいね。私のお嫁さんになってくれる?」
「なるほど、それも良いですね~」
側室か。王族の側室……ラムス王のハレムを見た感じ、寵愛のないお妃様も良い感じの暮らしをしていたし、自由気ままにのんびり生きる分にはいいかもしれない。と、エルザは頷くが、アラム=バラス殿下の社交辞令のようなものだと受け取った。
「……なん、だと」
が、本気にする男が一人。
カラン、と何かものが落下する音。スレイマンの杖である。
ラムス王との話は終わったのか、強制的に終わらせたのかわからないが、とにかくスレイマンがこちらへやってこようとして、先ほどのエルザの発言を聞き、停止した。
「やぁ、こんにちは。スレイマン・イブリーズ。エルザと少し話をさせて貰ったよ」
「呪われ者めが。気安くこれの名を呼ぶな。エルザ、こっちへ来い」
「自分で落としたんですから、自分で拾ってくださいよー、もー」
杖を拾えという意味だと解釈したエルザはぶつぶつ言いながらスレイマンの側に行き、杖を拾って手渡す。
「エルザ」
「はい、スレイマン。なんです?」
「お前の嫁ぎ先はおれが決める」
「殿下は御冗談をおっしゃっただけですよ。第一、私はまだ幼女ですよ!話が早い!!」
「ばか娘め。貴様くらいの年齢から、縁談の話は出てくるものだ。娘なら持参金の用意も始めねばならんだろう」
「じさんきん」
スレイマンが自分の将来を考えてくれていることにエルザは若干感動しかけたが、そもそも自分はお店を持つことが将来の夢である。立地的に、今のところ最有力候補は聖王国の首都で、ミルカ様のブティックの近くに良い空き家はないかと常にお手紙でお伺いを立てているがミルカ様は「どの面下げて聞いてくるのですか」とにべもない。
「持参金とか用意してくれている……のは、大変ありがたいのですが、スレイマン、それ、お店の開店資金にしてくれませんか」
おいくらぐらいか知らないが、確か持参金というのは嫁いだ女性がその先でお金に困らないようにしてくれるひと財産なはず……それで是非、聖王国の一等地を……即金で……。
「聞くけれど、スレイマン・イブリーズ。君の考える……エルザの嫁ぎ先、どんな条件を満たせばいいのかな?」
エルザのじぃっと真剣にお願いする眼差しを無視し、スレイマンはジロリ、とアラム=バラスを睨み付けた。眼力だけで人を呪い殺せるような男の殺意も、呪いまみれの王子には全く効かない。病弱で一年の大半を寝所で死にかけるようなアラム=バラスだがスレイマン・イブリーズにとっては天敵と言えるかもしれない。
にっこりと穏やかな微笑みさえ浮かべてしらじらと聞いてくる様子に、チッ、とスレイマンは舌打ちをしてから、フンと鼻を鳴らして答えた。
「おれより強くてラザレフより権力があり、星屑より顔がよくて、モーリアスより行動力がある男だ」
「あっ、スレイマン、私をお嫁にやる気がない!!これっぽっちもない!!!!!父親役の役目だからって持参金貯めてるだけで、実行させる気がこれっぽっちもない!!」
堂々と言い切った尊大な男に、エルザは全力で突っ込んだ。