スマートにいかない
「ただ既製品のお酒をお土産にするだけでは、芸がありませんね」
さて、と私は手土産の酒瓶、それに用意された杯を前に置く。
……あまり得意なことではないけれど、まぁ、この場合、この手がきっとうまくいく。
持ってきた酒瓶は一本ではない。水蜜の宮からの手土産が酒瓶一本というのはさすがに、いくら霊験あらたかな神秘のお酒!!とかであっても、貧相だろうという判断で十数本の用意があった。
「それにしても……最も美しい宮とはうかがっておりましたが、ニスリーン様のお作りになられた黄水仙の宮は、私の想像以上に美しいところですね」
私はぐるり、と辺りを見渡す。
大理石の柱に、黄金の置物、あちこちに飾られた宝物、珍しい植物に、鳥の鳴き声。水辺には花が咲き、ピラニアなんていないだろう、まるで楽園のような場所。
「外の国を知らなかった私には何もかもが新鮮ですが、こちらはことさら、全てのものに目を奪われてしまいます。私は故郷のお酒を持参いたしましたが、きっとこちらではもっと素敵なものを飲用されているのでしょうね」
「回りくどいいい方じゃな?そなた、何が言いたい」
「水蜜の宮と、黄水仙の宮の交流を祝し、また僭越ながら、私にとっては敬愛すべきハムシャルワ様と、全ての女性の手本にして崇拝すべきニスリーン様のご多幸をお祈りさせて頂きたく存じます」
「好きにせよ。が、早う酒を注げ、そして飲め」
私が何を考えているのか、まるで興味を示さない。
結果は変えさせないと念を押される。
こちらも別に、何か奇跡でも起こして目を引いたり、ニスリーン様をどうこうしたいわけではない。
そこでふと、シェーラさんがちらり、と、控えている使用人さんたちに目をやった。
「こちらの流儀では、客に飲み物も出さないのですか?」
ぴしり、と、空気が軋んだ。ニスリーン様は感情を揺らしてはいない。周りの、この宮の腰元さんや使用人の人たちが「何を生意気な!!」とお怒りなだけだ。
「そういえば、今日はとても暑い日ですね。ニスリーン夫人、私も何か飲み物を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「好きにせよ」
イルハム殿下が便乗する。それで、王子殿下のついでに振る舞ってやるというていで、私にも飲み物が用意された。
よし!「自分の酒でも飲め」とか言われないでよかった!
助け船を出してくれたのだろうイルハム殿下にぺこり、と頭を下げると、にっこりと微笑まれる。
……スレイマンと同じ感じのする人のにっこりとした顔というのは、なんかこう、違和感しかないな。
出されたのは果物の汁だった。果汁100パーセント!
これはニスリーン夫人から振る舞われたものなので、毒は入っていないだろうが、まぁ、入っていても別に問題はない。
「この布は……魔術師であった私の父親が、私のために作ってくれたものなのですが……いろいろなことができるんです」
私は酒瓶の保冷用に巻いていた魔法のテーブルクロスを広げて、その上に酒瓶と、出されたジュースを置く。
ハムシャルワさんが塗ってくれた爪には魔力が込められていて、とん、と触れるとテーブルクロスの魔術式が発動した。
いろんな人が「なにこの布頭がおかしいんじゃないのか」という程、沢山の魔術式が刻まれているというこのテーブルクロスは、私がしたいとイメージしたことを叶えてくれる。
酒瓶と、ジュースの器から液体がふわり、と浮かび出た。
それらは金魚や小魚のような形になって宙を泳ぐ。
「まぁ……!」
「なんて不思議な……」
黄水仙の宮のひとたちから声が漏れる。
小魚たちはお互いを追うように廻って泳ぎ、ちゃぷん、ちゃぷん、と混ざっては、また小さな魚にすがたを変える。
「カクテル、という飲み方をご存知でしょうか?異国の文化ではありますが、お酒に他の液体、あるいは何か材料を混ぜ合わせて味を調えたものです」
あいにく、私の前世の女性はお酒をあまり飲まなかったので、知識としてカクテルのレシピはいくつか知っているが、詳しくはない。
お酒とジュースを混ぜてもカクテル!!と言いたい。
小魚たちは二つのカップにぽちゃん、と飛び込んで消えた。
「二つの宮の結びつき、混ざり合って、新しい味となるのは、とても素敵なことだと思いませんか、ニスリーン様」
私は杯を二つ持って、ゆっくりと歩き出し、寝椅子に寝そべるニスリーン様に近づいた。
そのうちの一つの杯を差し出す。
瞬間、ニスリーン様の目に私の無謀さ、自身の勝利を確信する色が浮かんだ。
どちらが毒入りの杯でも、この瞬間、私が終わる、とそういう確信だ。
私は一瞬、手を止めて「あぁ、そうだ」とわざとらしく杯を揺らす。
「空気中の埃まで混ぜていないかとご心配でしょうね。ご安心ください、あのテーブルクロスの魔術式は浄化、殺菌、菌も毒も一切、きちんと、きれい、さっぱり、体内に無害に、無意味に、無効化してくれるんですよ」
「でまかせじゃな。そのような複雑な魔術式、常人に作り上げられるわけがない。ただ置いた程度で、呪文もなく、儀式もなく、かようなことは起こせぬ。酒の魚は見事であったが、大げさに話す者は耳障りじゃ」
ニスリーン様は私ら杯を取り、口を付ける。
味に対する感想も、感情の変化もまるでない。ただ、自分の方は毒入りではなかったな、程度のもの。そして私が毒を飲んで苦しむのを予感し、その口元には笑みが引かれる。
私はにっこり笑って、自分もお酒に口を付けた。
ごくごく、と喉を鳴らす。
ちなみに、私の分はお酒は限りなく少ない!!
お酒は体がちゃんと成長してから!!
「ところで、私の父親の名前なんですけど。スレイマン・イブリーズって、言うんですよ」
飲み干して、カラになった杯をひっくり返す。
がたり、とニスリーン様が立ち上がる。
それと同時に、周囲から悲鳴が上がった。
「あの悪魔!!化け物!!!」
「おぞましい殺戮者!!」
「生きとし生けるものの天敵!!!」
周囲の絶叫。
その名前を誰も口に出したくないと、拒絶反応。
全身をかきむしり、恐怖と憎悪で顔を歪ませんがら、腰元さんたちが悲鳴を上げた。
…………スレイマン、ハットゥシャでも……なんかしたのかな。