聞いてたんとちゃうな?
……おかしいな?
礼儀正しく、きちんとシェーラさんに教わったとおりに振る舞っているのに、なんというか、空気が……重いな?
さて、ハットゥシャのハレムの、黄水仙の宮にやってまいりました、幼女はまずいと魔法で十五才に変身しました、日曜アニメ(少女モノ)のような目にあっています、エルザです。
黄水仙の宮は……なんというか、格差社会酷いですね?
建物の規模、働いている人たちの数と……おそらく物流の優遇差が、明らかに違う……!!
水蜜の宮は、こじんまりとしていて、きちんと掃除や整頓がされているけれど、どこか「地味」なところは否めない……!
しかしここは、高級リゾートホテルか何か?というくらい、隅々まで磨き上げられ、贅が散らされ……これが、格差……!!!
ハムシャルワさんのとのころの腰元さんや使用人の人たちは、一目で立場がわかるほど簡素な服を着ているし、腰元の中で一番偉いシェーラさんが一粒の真珠の髪飾りをしている以外装飾品を身につけていないのに対して……こちらの方々は、お化粧をして、綺麗な服を着て、宝石ではないにしても、銀細工の髪飾りや腕輪を付けている。
女主人の財力の違い……!!
いや、まぁ、そういうものだ。そういうこともあるだろうと、私は頷き、背筋を伸ばして歩く。
水蜜の宮から来た人間であるので、ここで失敗したらハムシャルワさんにご迷惑がかかる!
私と一緒に来てくれたシェーラさんだって、私が粗相をしたときに一緒に咎められるかもしれない。
こういう場は苦手だ。
まだラザレフさんの目の前に出るほうが緊張しない。
「こんにちは、ごきげんよう」
挨拶をして、反射的に頭を下げそうになる。おっと、駄目だった。それは失礼な行いだったと、ぐっと堪え、膝を軽く曲げるだけにとどめる。
「……?」
しかし、おかしいな?
なぜか、全体的に……こう、ぴりぴりとした空気になっている。
周りのひとたちは皆頭を下げている中、私一人が立っているこの居心地の悪さ……ここの女主人にして、ハレムの女王様のように君臨されているというニスリーン夫人を見つめ続けるしかない。
ニスリーン夫人は、とても綺麗な人だった。
黒髪に、褐色の肌。
ちょっと気の強そうな目つきをしているが、彼女の美貌を損なうことはない。むしろ他人へ諂わない強い女性の顔は彼女の魅力の一つになっているのだろう。
「…………」
ニスリーン様、中々頭を下げてくれない。
なぜだ。
そうか、既にここからいじめが始まっているのか!!?
なるほど、と私は合点がいく。
本来、ニスリーン様が頭を下げるまで私は動いてはいけない!!そうシェーラさんが言っていた!
なので、ここでずっとニスリーン様が頭を下げてこないことによって……私はずっと動けない!!ご挨拶がちゃんとできない!!
なんということだ!ご挨拶に来たのに、させて貰えないとは!!
しかしここで痺れを切らして私から頭を下げたり、ご挨拶の言葉を始めるのは相手の思うつぼだ!私は途端に、礼儀を知らない無礼な娘となって、そんな最低限の礼儀も教えず宮から出したのかとハムシャルワさんが叱られるに違いない!!そういう魂胆なのだ!!
なんという卑劣な……これが美しい女性のすることか!!
私はぐっと、背筋に力を入れる。
お腹を刺されたり、燃やされたりした以前に比べればこの程度!立ち続けるだけなど苦にもならない!
私は無礼な小娘にはならない!と強く誓い、ニスリーン様が頭を下げられるのを待つ。
****
……体感、1時間くらい経ちました。
実際のところはどうなんでしょう。
いや、私の陰は確実に位置が変わっているので、少なくとも三十分以上は経っていると思います。
嘘だろ、頑固だな……ニスリーン様。
そんなに私に挨拶させたくないのか……。
「ははは、これでは埒があきませんよ。ニスリーン夫人、エルジュベート姫、どちらがどちらと競い合うご婦人の矜恃には頭が下がりますが、水仙と薔薇が競ったところで優劣などつきますまい」
さすがに喉が乾いたな、と思っていると、吹きさらしの間にからかうような青年の声が通った。
「イルハム殿。そなた、いつの間に我が宮へ来たのじゃ」
「我が兄上も、いよいよ花嫁を迎えられると聞きまして、順番を待てずにこっそり見に来てしまいました。ニスリーン夫人、お会いする度にお美しくなられますね」
女性か、宦官しかいないはずのハレムの中に、どう見ても宦官には見えない青年がいる。
茶色い髪に褐色の肌、随分と背が高い。
煌びやかな衣装を着ているのにチャラ付いた印象は受けない。しかし、どこか怠惰的な雰囲気があるひとだ。
「……第四王子、イルハム殿下でございます、お嬢様」
誰だあのにーちゃん、と私が思っていると、シェーラさんが耳打ちしてくれた。
アラム・バラス殿下の弟君ということか……あんまり、似てないな?
しかし、ラムス王に似ていると言えば、とても似ている。妙なことだ。アラム・バラス殿下と王様に血のつながりは感じるし、ラムス王とこの第四王子も親子だと感じるのに。
「第四王子、イルハムと申します。…………ところで、聖王国の姫君、どこかでお会いしたことはありませんでしたか?」
イルハム殿下は丁寧に腰を折り、挨拶をしてくれる。よし!目上の人っぽい王子殿下が頭を下げた!これなら私も頭を下げて挨拶をしていいということですね!?
「ごきげんよう、殿下。エルジュベートです。ハットゥシャに来たのは初めてなので、お会いするのは初めてだと思いますけれど」
飛行船の中でも私は他の王子さま達に会わなかったし、私にちょっかいをかけようと部屋を覗こうとした王子の一人は強制スカイダイビングを楽しまれたはずだ。
「手を握っても?」
「え、嫌です」
「イルハム殿、その姫はアラム・バラス殿の嫁御じゃ。心得よ」
「失礼しました。あまりにお美しい方ですので、つい」
ニスリーン様に咎められ、イルハム殿下は引き下がる。
ナンパだったのか?いや、それにしては……なんだか、本当に私のことを知っているような、確認するような目つきだった。私に覚えはないが……どこかで会ったのか?
……それに、なんとなく、なぜだろうか。私は王様に感じた「スレイマンに似ている」という印象を、なぜか、イルハム殿下からも覚える。
アラム・バラス殿下からそういう感じはしなかったのにな。
「して、聖王国の姫よ、妾に用向きがあって参ったのだろう?」
イルハム殿下の登場で、すっかりうやむやにされつつあったが、そうだ。私はニスリーン様にご挨拶に来たのだった。
「はい。この度このハレムに入りました、エルジュベート・ザリウスと申します」
季節の挨拶、王様をたたえる言葉、ニスリーン様の健康と幸福を祈る言葉を告げて、私はニスリーン様への贈り物の品を掲げる。
「それはなんじゃ」
「聖王国ではやりのお酒です。肌を美しく、髪に艶を出すよう、特別な祈りを神殿の巫女が捧げたものです」
まぁ、嘘です。
金銀財宝に見飽きたであろうハレムの人に贈る物。お金で買えるようなものでは意味が無い。となれば、やはりここは水物だ。
人に贈って失敗のないものと言えば……ジュース、コーヒー、カル○ス、それにお酒だ。消え物だし、価値は言いようでどうにでも変えられる!!
一応私は聖女候補生だった少女!!その少女が「これは特別な祈りを捧げたお酒です」と言ったら、そうなんです!!
お金に困ったら……水でも売るか。
などと思いつつ、私が真面目な顔で酒瓶を掲げていると、ニスリーン様はにっこりと微笑んだ。
「ほう、さようか。それはそれは、良き贈り物じゃな」
お、好感触か?
喜んで頂けたご様子。
よし!と私が内心ガッツポーズをしていると、ニスリーン様が腰元さんへ何か合図をした。
「では今日の出会いを祝そうではないか。そなたが杯に注ぐがよい」
と、私の前に宝石をちりばめた杯が2杯、用意される。
……
…………
…………これ、ハムシャルワさんの爪で確認しなくてもわかりますね?
どっちかに毒が塗られている。
これに私がお酒を注ぎ、私がどっちかを選んでニスリーン様に渡す。
ニスリーン様に毒入りの方が渡った場合、私はニスリーン様を毒殺しようと企てたということで……うん、これは、ハムシャルワさん共々投獄とか処刑かな?ニスリーン様は解毒剤を用意されているだろう。
私が毒入りを飲んだ場合……まぁ、私はハレムの中で「良くあること」として片付けられる。もちろん私に解毒剤は使っていただけない。
外交問題とかそういうのを、黙らせられる権力を、ニスリーン様はお持ちなのだろう。
私がいきなり無礼なことをしたとか、ニスリーン様の地雷を踏み抜いたとかならともかく、いきなり、何の非もないのに、初っぱなからこの仕打ち……。
「どうした、はよう注がぬか。喉が乾いて仕方ない」
さて、どうしようか。
催促するニスリーン様の美しい顔を見つめ返しながら、私は口を開いた。
「折角ですから、一つ、面白い物をごらん頂きましょう」
苦手だが、あの手を使うしかなさそうだ。
年内に完結させるぞー!(寝言は寝て言え)