そういう知識はない
さて、お妃さま達への挨拶回り……衣装を用意しなければならない、ということでまずお金をどうしようかと困った。
ハムシャルワさんはご自分の宝石を売って工面してくださる気だったようで「あなたは何も心配しなくていいのよ」と微笑まれた時には慌ててなんとかそれを阻止した。
「?何をおっしゃっているのです。お嬢様は沢山お持ちになられたではありませんか」
しかし、金策をどうしようかと悩む私たちに、シェーラさんは不思議そうな顔をした。
「はい?」
「お嬢様のご実家、ザリウス家から沢山の絹や宝石類、それに金貨も頂戴しております。これだけあれば十分、相応し衣装を作り、宝飾品を用意できます」
目録もしっかりある、とシェーラさんは告げる。
「……サーシャ様」
私が養女となったザリウス家の、今の当主はサーシャ様だ。私が外国でも苦労しないようにとあれこれ持たせてくれたのか。
ペルシアの文字で書かれた目録を読み、私はサーシャ様に感謝した。
すまない……!!!申し訳ない!!!私の所為で色々あったのに本当に申し訳ない!!
「ザリウス家だけではありませんよ、お嬢様。こちらはモーティマー家からの贈り物だとか……聖王国の貴族の方でございましょうか?」
「……それは、見なかったことにします」
私への結婚祝いの品か?
嘘つけ。絶対違うだろう。
不吉な名前をちらっと目の端に入れて、私は顔を引きつらせた。しかし、一応目録は確認しておかないといけないので、物騒なものが入ってませんように、と祈りながら目を落とした。
「目録一品目、鉄の処女」
思いっきり、目録をぶん投げた。
あるのかよアイアンメイデン!!
拷問道具は異世界でも行き着くところは一緒っていうことかな!!?
というか、結婚祝いだか婚約祝いに拷問道具贈るってなんだろう!嫌がらせか!嫌がらせだね!!知ってた!!
「それで、いかが致しましょうお嬢様。ハットゥシャ風になさいますか、ペルシア風になさいますか」
「……と、言いますと?」
衣装をどういう作りにするかと、シェーラさんに聞かれた。
ハットゥシャには衣類の既製品はない。平民の家でも布を買って、あるいは布を織って衣装を作るもの。ハレムや貴族の家では専属のお針子たちがいて、主人の好みの衣装を作る。
ブランドはなく専属のお針子達のセンスと技術が流行りを作るそうだ。
外国から来た私が、自分の国のデザインの衣装をハレムの流行にできれば、私の味方になってくれる宮も出てくるかも知れないとシェーラさんは助言してくれる。
……なるほど、女性の争いモノの漫画とか映画で見たことあるやつか!
聖王都の若い女性たちのカリスマ的存在だった、ご自身がデザイナーでもあるミルカ様であれば!!ここで良い感じのドレスとかデザインしてハレムの話題をかっさらったりできたのだろう!!
大変残念だが、私にそういうセンスはない。
「折角ですから、お針子さんたちが作ってみたい衣装とかどうでしょう?」
サーシャ様が持たせてくださった布はたっぷりある。これが料理の食材だとするなら、私はかなりわくわくして、どんなものを作ろうかと一生懸命考える。
「……とんでもないことでございます」
しかしシェーラさんは眉をひそめる。
「でも、」
「お嬢様、でも、などという言葉は使ってはなりません。よろしいですか、これはただの衣装作りではありません。このハレムにおいて、どのような衣装を着るかというのはとても重要なことでございます」
ハムシャルワさんには生まれた国の記憶はなく、自分で発信できるものがなかった。しかしここで、私が聖王国という大きな国の文化を水蜜の宮から発信することができるかもしれない。
……じっと、私を見つめるシェーラさん、それにその後ろに控えるお針子さんたちの目には、これまで水蜜の宮を、ハムシャルワさんを、自分たちを蔑ろにされてきた恨みさえ籠もっている。
私としては、それならなおのこと、皆で考えた新しいドレスを、と思うのだけれど、なるほど、と気付くものもあった。
何か新しいドレスを生み出したところで、それを周囲が素直に認めるわけがないのだ。水蜜の宮は冷遇されて「当然」という立ち位置に長くいて、そこからどんなに良いものを発信しても嘲笑される。
しかし、聖王国という、蔑ろにはできない国のドレスなら?
侮辱することはできない。一定の敬意を払わねばならない。立場のある女性であるのならなおのこと。
求められるのは新しい素敵なドレスのデザイン、ではなくて、発言力。
……なるほど、こうして聖王国の公爵家、ザリウス家から届いた沢山の品々、お祝いの品。ただ形式上の養女になったくらいではここまで用意はされないはず、ならば、第一王子の花嫁は聖王国の公爵家の権力を背後につけているとはっきり告げてしまえると、そう、なるほど、そういう、腹づもり。
「と、言いましても。私は令嬢生活をきちんと送っていたわけじゃありませんし、聖王国の流行とか知りませんし……」
お針子さんたちにアドバイスできるようなものがない。
ミルカ様に手紙を書いてみるか……?いや、ミルカ様私のこと嫌いだろうし、確実に怒られる。それに、最初の宮、第二王子のご生母様という方のいらっしゃる黄水仙の宮へのご挨拶の日とやらは一週間後とあちらが勝手に決めているし、間に合わない。
しかし、私は聖王国からメイドさんとかを連れてきてもいないので、こういう助言をくれそうな人が……
「おばあさま……!!」
あ、いたわ!!
色々あって同行してもらった、竜二郎シェフとファーティマ-様がいた!
ファーティマ様はかつて社交界の華と呼ばれたほどのお方で生まれ持っての貴族令嬢で奥様だ!!
こういった時……「異国のコーデで差をつけろ!」に相応しいデザインもきっとご存知に違いない!
思い至って、私はすぐにシェーラさんに手紙を代筆して貰った。王宮のハレムで、ペルシア風のドレスを着たいのだけれど、何かこう、良い感じのデザインはないですか?と聞く内容である。
ファーティマ-様はハットゥシャの首都の一角に土地を買って暮らしているそうで、三日でお手紙の返信がきた。そこには丁寧に「ペルシアの貴族風で、絹で作るに相応しいものならこれだろう」と、衣装の型が書かれていて、お針子さんたちはそれを見てすぐに衣装作りにとりかかってくれた。
「いいですか、お嬢様。相手が頭を下げるまでけして自分から動いてはなりませんよ」
さて、そうしていよいよ本番の日。
正午の、太陽が少し傾いた頃に黄水仙の宮を訪れるようにと時間指定までばっちりされました。(シェーラさんがここでまたお怒りです)
私はお針子さんたちが作ってくれた、絹の衣装を着させてもらい、髪も丁寧にすいて貰う。
幼女の体からこの十五才バージョンになっている理由は一つ。
『さすがに五才児が第一王子の花嫁はまずい』
とのこと。
そりゃそうだ。
あれこれ言われるネタはできる限り減らそうと、こうして指輪の魔法で成長した姿(仮)で過ごすことになっている。
思えば王様も、私を他の王子の目に触れないようにして連れてきたり、国民へお披露目をしていなかったり……幼女はまずい、という常識はあったんですね。やはり。
「わたくしも、小さいけれど魔術が使えるのよ」
支度を終えた私が外出の挨拶をしにゆくと、何か小瓶や筆を広げているハムシャルワさんが私の手を取った。
促されるままハムシャルワさんの向かいに腰掛ける。
「わたくしの魔力は少ないけれど、毒に反応するの。だから、わたくしの魔力を込めたこの液体を爪に塗って、向こうで何か出されたら、まずこの爪に触れさせなさい」
爪化粧。マニキュアのようなものらしい。
ハムシャルワさんは私の手、指先を何で塗りたかと問うてくる。
小瓶は沢山の色の用意があった。青、紫、緑、白、淡い色から濃い色までさまざまだ。
「赤がいいです。この、黒っぽい赤がいいです」
私はその中で、私の知るワインレッドに近い色の小瓶を手に取る。
「とんでもないことでございます。お嬢様の髪や瞳の色に、赤は似合いません」
「私、赤が好きなんです」
確かに、私の今の装いや色合い的に赤は派手だし、似合わない。
「赤がいいんです」
「とんでも、」
「そうね。エルザさんの好きな色にしましょう。この色が貴女を守ってくれるもの」
私が強く言うと、また反対しようとシェーラさんが口を開き書けるが、それをハムシャルワさんが遮った。
「いいわね?シェーラ」
「……かしこまりました」
普段シェーラさんがきびきびと他のひとたちへ指示を出しているけれど、やはり水蜜の宮の主人はハムシャルワさんなのだ。強い口調ではないが、これ以上を許さないという空気にシェーラさんが引き下がった。
そして、そのままシェーラさんが私の爪を塗ってくれる。
マニキュア、爪化粧。前世では縁がなかったものだ。何しろ料理人だった日本人の女性。マニキュアなんてできるわけがない。
しかし、自分の爪がこうして綺麗な色をつけられていくのは、なんというか、心にきらきらとしたものが沸いてくる。
とても綺麗な赤だ。
「ありがとうございます、ハムシャルワさん」
「どういたしまして。――エルザさんの、そういう顔は初めて見たわ。あなたにとって、赤は特別な色なのね」
「お肉とか林檎とか良い物はだいたい赤ですからね!」
「ふふ、そうね。そういうことにしておきましょう」
なぜか含むようないい方をして、ハムシャルワさんは道具を片付け始めた。これは大切なものなので、ご自分で整理整頓しているそうだ。
さて、そうして準備はOKだ!
いざ黄水仙の宮へ!
私はシェーラさん一人をお供として、水蜜の宮を出るための小舟に乗った。
「良いですか、お嬢様。何度も申し上げますが、黄水仙の宮ではまず女主人であるニスリーン夫人がお嬢様に挨拶をするまで、頭を下げてはなりませんよ」
「はい。まず私がきちんと挨拶をして、それに頭を下げて挨拶を返してくれるまで動いちゃだめなんですよね」
池の上で、シェーラさんは再三、ハットゥシャのマナーを念押しして確認してくる。
ハレムでは自分の頭のてっぺんを先に見せるのは失礼なことらしく!
相手が頭のてっぺんを見せてくるまでじっとしていないと失礼なのだと、この一週間きちんと何度も教えられている!大丈夫ですちゃんと覚えています!
「えぇ、さようでございますお嬢様。けして、先に頭をさげない。まずはそれさえしっかりとお守り頂ければ、水蜜の宮は安泰でございます」
ほほほ、と珍しくシェーラさんが笑った。
うんうん、私は不出来な教え子だと思うが、このくらいはきちんと守ってみせる!
意気揚々と、自信満々に私は黄水仙の宮へ挑むのだった!!