魔法すげぇ!
さて、王様との酒盛りから一週間。水蜜の宮での生活にも慣れてきました。
朝は早くに起きるのは身分の低いものの行いとかで、正午まで寝所でのんびり過ごさなければなりません。ゆっくりのんびり、豪華な天蓋付きのやわらかい布団のなかで本を読んだりお菓子を食べたりして過ごすのがハレムの身分の高い女性の過ごし方だとか……。
三日で飽きて、布団の中に丸めたクッションを入れて身代わりにして調理場に入り浸っていました。
おはようございますから、ごきげんよう、こんにちは!ハットゥシャの第一王子の婚約者です、エルジュベート・ザリウスです。
今日も今日とてシェーラさんの小言を聞きながら昼食の平パンにたっぷりとバターとジャムを塗っていると、同席しているハムシャルワさんが、一寸ためらうようなそぶりを見せてから、私に一枚の羊皮紙を見せてきた。
「……これは……」
シェーラさんの教育の中にこの国の貴族達が使う独自の文字の習得も入っていますが、残念ながらまだ長い文章は読めない。
「簡単に言えば、招待状でございます。お嬢様はこのハレムでは新参者……それぞれの宮を周り挨拶せよ、ということでございます」
私の語学力は承知のシェーラさんが羊皮紙に書かれた内容をわかりやすく教えてくれる。
なるほど。招待状。
「全く無礼なことでございます。とんでもないことでございます」
シェーラさんは目尻をつり上げて怒りを露わにする。
「……ごめんなさい、エルザさん。本来なら……わたくしの宮に、皆さんを集めて貴女を紹介するだけでいいはずなんだけれど……」
第一妃であり、第一王子の生母であるハムシャルワさんは、普通に考えればハレムで最大の権力を持つ女性である。
が、どうにもご実家がない事やら、当人やアラム・バラス殿下に野心がない所為か、あるいはアラム・バラス殿下が病弱だからか……水蜜の宮に権力的なものは一切ないようだ!
本来なら、第一妃の宮にいる他国とはいえ貴族の令嬢、それも第一王子の婚約者として迎えられたご令嬢を「お前が挨拶に来い」と呼びつけるのは明らかに立場をわきまえぬ振る舞い。しかし、私をお茶会にご招待くださった宮の女主人様がたは、それが許される!!
なんでだよ!!!?
健康で有能な男児を産んだ名家の生まれ、あるいはハレムの宦官たちを買収して勢力を強めている……などなど、理由は色々あるが、それら全てを、ハムシャルワさんは持っていないらしかった。
なので、他のお妃さまたちの言いなり……である、と。
……まぁ、私としては、別段呼び出されて腹が立つ、とかそういうのはないのだが、身分の高い女性達からすると、こうして呼び出されるのは勘に触るのだろう。
ハムシャルワさんは同行してくれると言ってくれるが、この調子だとおそらく、いや、確実に、行った先で嫌がらせを受けるに違いない。善良なひとがそういう目に遭うのがわかっているのなら、できる限り回避したいというのが私の気持ちだ。
私はその申し出を丁寧に断って、シェーラさんに同行をお願いした。
「もちろん、当然のことでございます。わたくしがお傍に控え、お嬢様が嘲笑されるような隙を与えぬよう目を光らせます」
「お手柔らかにお願いします」
シェーラさんは長くこのハレムにお勤めの方なので、しきたりやあれこれとても詳しい。私が他のお妃様の前で粗相をして、それがハムシャルワさんを攻撃する良い口実にならないよう注意してくれるのはとても心強い。
「……そうね、エルザさん。これは、余計なことかもしれないけれど……この指輪を使って頂戴」
「指輪、ですか?」
「えぇ。わたくしが、アラム・バラスを産んだ時に、絹の星屑種様より賜ったものなのだけれど……魔法が込められているの」
ハムシャルワさんが自分の首にかけていた細い鎖を外すと、そこには紫色の宝石のついた銀の小さな指輪がかかっていた。
鎖から外して、私の指にはめてくれる。私の手には大きいだろうと思ったが、魔法の指輪だからか、それはしゅるり、と私の指のサイズになった。
「おっ、あ、っと……?」
ぐん、と、視界が揺れる。座ったままなのに、視界が高くなった。
「……あ、れ?」
指輪をはめた手、いや、視界から見える自分の体が、違う。
おや、と驚き、立ち上がってみると心得た腰元さんたちが大きな鏡を持ってきて、私の前に置く。
鏡に映っているのは、銀の髪に青い目の、年の頃なら十四、十五歳くらいのお嬢さん。私が来ていたゆったりとした貫頭衣はぴったりと体にはりついている。
「……でっかくなった!?」
「成長した、と言うべきでございます。お嬢様」
魔法の指輪すげぇ!!
五歳児の体から一気に十代のお嬢さんのボディに!
鏡の前に立って、私は感動した。
「この姿なら……!この体の筋力なら……!!ピザ生地が伸ばせる……!!」
小麦粉と水を用意してください!!と、叫んで走り出した私は、次の瞬間、シェーラさんに拘束された。
「とんでもないことでございます。お嬢様はこれから採寸が控えているのでございますよ」
「採寸」
「第一王子殿下の婚約者様にみすぼらしい格好をさせて他の宮へ向かわせるなど、わたくしどもの恥でございます。お嬢様にはこれから、ご招待状の期限までに間に合うように衣類の採寸、試着、最低限のお茶会での礼儀作法をたたき込ませて頂きます」
私をがっしりと捕まえたシェーラさんは、有無を言わせぬ声音で一気に、容赦なく告げた。