がんばれ殿下!
大丈夫です、と言うけれど、アラム・バラスはエルザのことが心配だった。
泣いている女性というのは苦手だ。幼い頃から、アラム・バラスの周りには泣いている女性が多かった。ハレムで育ったゆえに、女性ばかりの環境。ただ一人の王の愛を得られずに泣き落ちぶれていく女性を見てきた。
父の寵愛を長く受けているとされている母、ハムシャルワでさえ、一人きりの時に静かに涙を流していたように思う。
女性が泣くと、どうしていいかわからなくなる。
声をかけても、彼女たちが欲しい言葉が見つけられず、気を紛らわせようとしてもそれは何の解決にもならない。
だから、苦手だった。
女性の涙を見ると、自分は何もできないし、彼女たちもそれを望んでいない。だから見てはいけないものを見てしまったという居心地の悪さと罪悪感、それに、何もできない、求められない自分を再三突きつけられるだけなので、アラム・バラスは泣いている女性を見たくなかった。
「いやいやいやいや、王子、殿下。アラム・バラス王子!無理です無理無理!それは無理だと思います!!」
水辺で泣いていたエルザに声をかけて、なんでもないと嘯かれ、アラム・バラスは「そう」と頷いた後「それじゃあ、せめて私が君を運ぼうか」と申し出た。
ハレムの女たちの泣き顔とは違う。彼女たちは泣く姿さえ花のように美しく、はらはらと落ちる涙は宝石のように輝いていた。
けれどエルザは、全身を震わせて顔をぐちゃぐちゃにして、苦痛と悲しみで顔を歪ませながら泣いていた。それを見て、アラム・バラスは胸が締め付けられた。いつもと同じように、声をかけても何も求められないことに気落ちしながら、それでも、このままエルザを放っておくことは、自分が嫌なのだという心が沸いた。
それで、こういうとき、他の兄弟や父なら、弱った女性を二本の腕で抱き上げて寝所に運び寝かし付けるものだろうと閃いて、自身もそのようにしようと試みた。
「王子もうちょっとです!!」
「そこです!こう、しっかり重心を両腕で支える感じで!!」
「上半身の力だけで抱き上げようとなさらないで!全身の筋肉を使って!!」
「いやいやいや!?お付きの人たち!?応援してないで止めてください!!?アラム・バラス王子めっちゃ苦しそうじゃないですか!!?」
……確かに自分は普段から寝込みがちだが、小さな女の子一人抱き上げられないわけがない。
アラム・バラスは自分をそう信じていたし、エルザは軽そうだったので大丈夫だと思った。
「すいませんすいません、成人男性に持ち上げられないくらい重くてすいません」
「……いや、私のほうこそすまない………」
エルザの体を抱き上げようとして、持ち上げられなかったアラム・バラスはがっくり、と砂利の上に膝を付く。
これしきのことで息があがり、従者たちが「宮廷医師を呼べ-!」などと叫んでいるのが聞こえる。
「きみに何かしたかったんだが、私はこんなこともできない男のようだ」
「いえあの、お姫様抱っこは実際かなり筋力がいるそうですし……気にしないでください。お気持ちだけで十分です」
ぎゅっと、エルザがアラム・バラスの手を握った。
気遣うつもりが気遣われて、なんとも情けない。これが十三番目の弟のヤニハだったなら、流れるような美しい仕草でエルザを抱き上げて、気の利いた話でもして彼女を笑わせただろうに。
「……?」
「殿下?どうかしましたか?」
「…………息が、苦しくなくなっている」
ふと、違和感。
あれほど苦しかった呼吸が、戻って、いや、いつもはどこか肺になにか引っかけたような息苦しさがあったが、それすらも消えている。
それどころか常に感じていた倦怠感や、体の痛みもない。
「?それは、よかったですね?」
手を握ったまま、エルザがきょとん、とした顔で首をかしげる。
「……」
アラム・バラスはエルザの手を離した。すると、少しだけ体が重くなる。しかしいつも感じていた体の不調はない。
もう一度手を握る。体が軽くなった。生まれてから一度も感じたことのない、当たり前に息が出来て、頭の中にもやがかかったような頭重感もない。
「殿下?」
不思議そうにエルザがアラム・バラスを見つめる。
「今ならいける気がするのだが」
「気のせいです」
急に体調がよくなったので、再度エルザを抱き上げようとする。が、体調の良さと筋力量は全く関係が無かった。
やはりエルザを抱き上げることはできなくて、アラム・バラスはがっくりと、砂利の上に膝を付いた。