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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 魔女達の舞踏会
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なかったことには、するな


努力は報われないことが殆どだけれど、だけれど、だけど。


報われてくれないと、あまりに惨めだ。


ラムス王の手を撥ね除けて、私は母屋から飛び出した。追ってくるとか、声がかかるかとか、そういう事を気にしながら、走って、水蜜の宮を囲む池に出る。


夜だからか、水面付近に近づいても、ピラニアたちは寄ってこなかった。魚が眠るのかどうかは知らないが。


「……ミシュレ!」


水面に自分の顔を映す。銀色の髪に青い目のこども。酷くうろたえた顔をしている自分を見て、私はミシュレと話したくなった。


けれど、水面に映った私に変化はない。ミシュレが私の中からいなくなっていることにはとっくに気付いていたのに、こういうときに呼ぶのは彼女なのだ。


ラムス王の言葉を思い出す。


変われと。今のままでは、だめだと。

成長しないと。

変化することを望んで、今よりもっと「良いものに」成れば、幸福になれると言う。


思い出して、思い返して、ぐるぐると、私は胃がひっくり返るような、不快感、吐き気を催した。ごぽり、と、実際に嘔吐する。吐瀉物は、泥だった。


ラムス王のそれは、何も悪意というわけじゃない。それはわかる。わかっている。どういう思惑があるにせよ、それは私に対する悪意ではない。善意ですらある。今のままでは足りないからと。不十分であるからと。努力せよ、身につけよ、そうすべきだと、そうする手助けは、しようという、援助の申し出ですらあった。


「でもいやだ……!!」


奥歯を噛み締めて、吐き気を堪える。これ以上泥を吐かないように、喉に力を入れた。


「私は今の私のまま幸せにならなければ、嫌だ!!」


意識が、引っ張られた。

前世の自分の妄執に引っ張られた。


今の自分はエルザだと。前世の日本人の自分は、ただの前世だと割り切れるつもりでいて、引きずり込まれる。


(たとえば、そうだ。前世で無学で貧しい生まれの女。必死必死に勉強して稼いで、やっと、やっと夢の一つを叶えられると、みごとに「よくやった」と幸福のひとかけらに手を伸ばせるところで、無意味無残に殺された。終わらせられた。あと少しだったのに何も得られなかった。足りなかったのか。自分が悪かったのか。結果として、幸福をつかめなかったのだから悪かったのか。悪かったのだ。いや違う。いいや違う。だから、たとえばそうだ。異世界転生した。二度目の人生。これはチャンスではない。聖女の力を得られて。見目麗しい容姿になって。幼い子供の姿で異世界知識を持って生まれてチャンス。ではない。そうではない。そんなものは何一つ、何一つ、利用せずとも受け入れずとも、以前のままの知識と心と価値観だけで、だけで、それだけで、幸せになれると、間違ってはいなかったと。私は何一つ悪くなかったとそう!!証明しなければならないこれは義務だった!!)


(何も変わるな変えるな昔のままの性格。昔のままの言動。昔通りの知識で成功しろ掴め。報われろ!!!!!!!!!!!!)


(でなければ惨めだ。あまりに、惨めだ)


胃の中が焼けそうなほど熱い。きつく閉じたまぶたの裏はチカチカと火花が散る。蹲って、唇を噛み締める。


ミシュレ!


ただ一人私の全てを知る彼女を呼ぶ。ミシュレさえいてくれたら、私は前世の自分に引き寄せられずに済む。彼女がもう私の中にいないことはわかっていて、それでもこの苦しみから逃れたくて必死に呼んだ。


応えは無い。反応は無い。


どろどろとした泥が自分の中に溢れていく。どうしようもなくなって、堪えきれなくて、どんどんと、ただただ苦しい。


「エルザ?」


名前を呼ばれた。


「……父上が、きみを母上に預けたと。今日は母の宮へ行くと、聞いて。どこか具合が悪いのか?父上に、なにかされた?酷い顔をしている。エルザ、泣いているのかい?」


アラム・バラス王子。


青ざめた顔はお互い様だろう。月明かりにも体調が優れぬとわかる顔色の悪いひとが、気遣わしげに私の顔をのぞき込むため砂利の上に膝を付く。


「……私にできることは?」


……小さなこどもが、見た目の綺麗な女の子が、涙に濡れた顔で苦しんでいたら、きっとどんな人でも、助けてあげたいと思うのだろうな。


誰でもいいから、助けて欲しい。

そういう心が、湧かないわけではなかった。


「ありません、なにも」


ぐいっと、私は顔を拭った。


「アラムバラス王子!こんばんは!!池の魚で料理を作ったので!!食べてください!」



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