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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 魔女達の舞踏会
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地雷

ラムス王は己が万能でないことを承知していた。


産まれた胎も種も、ロクなものではなかった。が、それらが理由ではなく、己という人間が心底無才の者であるということを理解していてわきまえていて、その上で、ラムスはハットゥシャの王になり、相応しく振る舞い君臨し、そしてその己の姿こそが相応しいと、それもまた承知している。


「白亜の小僧がなぜ貴様を上手く扱えなかったかわかるか、小娘」


男の大きな手で、幼女の首に手をかける。片腕だけでつり上がる無力な子供。青い瞳に銀の髪の、みかけばかりはどこまでも美しいこどもはラムスの突然の暴力にさして驚く様子もなく、ただ息苦しさに顔を顰めた。


「と、おっしゃい、ますと」


途切れ途切れに、逆に問いかけてくる。賢い言葉だ。相手がどう返すのかで自身の態度を変える猶予も出来る。が、ラムスは親切に答えはしない。答えねばこのまま首を絞めて殺すと目線で告げる。ぴくぴくと、幼女のまぶたが痙攣した。


一瞬指の力を緩めてやる。幼女は瞬時に空気を吸い込み苦しく噎せて、折角の隙間を無駄にすることはしなかった。


「わたしが、思い通りになるきが、ないから、ですよ」


言い切って、答えたのでラムスは手を離してやる。それで幼女はやっと、呼吸を整えるためにけほこほと喉を鳴らした。


「不十分だ。いいや、正しくはある。だが事実ではない。小娘、貴様は生魚の料理を知り、作る。が、それを他人がどう受け取るかを己で定めない。望まない。他人が受け入れやすいように譲歩し形を変えることを厭わぬが、同時に、根本を押しつけない。共有することを求めようとしない」


生魚の料理はラムスの口に合った。幼女は、エルザはこの品を作りたかった願望だけ、それは意地でも叶えた。が、そのあとのことをエルザは放棄している。


ラムスは見たことのない料理は異国のものであると判じ、それならば食べ方があるはずだった。それをエルザに求めたが、エルザはラムスが食べやすい形、食べ慣れたものと同じように口にできるように工夫した。ただの子供の振るまいではない。自分が異質であることを理解し、それを他人に強制するより、変化させて合わせることを選んだ。


「貴様は一見は大人しく振る舞える。平凡な村娘のように、姉思いの妹のように、聖女を目指す娘のように、一見はおとなしくしているように見えるし、そのように歩くふりができる。だが貴様という生き物は、根本が、性根が、卑しい。他人が自分に何を求めているか理解した上で、変わる気が欠片もないのだ」


人という生き物は変化するものだ。たとえば子供なら、親が、周囲がどのような姿になれと望んでいるかを感じ取って、そのように成長しようとするもの、あるいは反発しまるで違うものになるもの。


女は尚更わかりやすい。両親の言うことを聞く善良な娘であれと望まれ、良い妻であるように望まれ、良い母になるように望まれ、そうして、それが美徳であると心得て、そのように成るように努める。それが善良な者が当然におこなうことであるからだ。


「貴様は賢い。相手が何を望むか理解している。従っているように見えて、貴様は自分を変える気がないのだ」


エルザを見て、調べて、ラムス王の出した結論である。


なぜあの白亜の大神官ラザレフともあろう者が、小娘ひとり上手く操れなかったのか。上手い言葉や周囲を埋めて、エルザを良いように扱うことがなぜ出来なかったのか。


答えは単純だ。


この小娘は、悪意も善意も自分に向けられる「自分が変わる可能性」を悉く拒絶している。


人には「自分を知って貰いたい。理解して貰いたい」という欲がある。

だが、エルザはそれを求めていない。料理は作る。作って振る舞うのだろう。だが、その料理で自分という人間を他人に伝えよう、という意図はない。他人に自分自身を理解させる気がない。


だからラザレフは失敗したのだ。それは、魔王とて同じだったのだろう。


「それを指摘して、何か?」


すっ、エルザの顔から表情が消えた。幼女がする顔ではない。ラムスは自身の母親を思い出す。あの女も、こうして本質を暴こうとしたときに、こういう顔をした。長く生きて、世に飽いた女が「今更それがどうした」と開き直るような顔だ。


「成長せよ」


一言、ラムスは命じた。


エルザがただの料理好きで、妙な知識のある女、のままでいることに固執していることはわかっている。


「それでは駄目だ。それでは都合が悪い。学び、身につけ、変化し成長せよ。そうでなければ、今の貴様に価値も意味も、幸福もない」


ラザレフはエルザを成長させることができればよかったのだ。


聖女としての意識を植え付け、自覚させ。責任感を与える。ただ料理好きの子供ではいられないと押しつけるのではなく、精神を成長させ、今の視野を広げさせ、今のエルザでは想像できない未来を描けるように、歩かせればよかったのだ。


でないと、この子供は使い物にならない。


自身の経験も重ねて、ラムスはそうあるべきだと考えた。


人間というものは総じて無能で無価値で無意味である。ゆえに、努力し、思考し、行動して、様々なものを身につけて行かねばならない。


エルザが今より精神的に成長しなければ、今度はハットゥシャの宮殿が泥に沈む。


「今見える世界以外を見て望みを作れ」


告げて、命じて、宣言して、ラムスがエルザに手を伸ばそうとすると、銀の髪の美しい少女は、青い目に怒りの色を浮かべ、その手を振り払った。


「吐き気がする」




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