母親役がいっぱい
新年明けましておめでとうございます。
今年中には野生の聖女を書き終えたいと思いながら他の作品書き始めました。落ち着きが欲しいです。
「あなたは少し、落ち着きを持つべきですね」
「ぐぅの音も出ません。いえ、私は立派な淑女を目指してはいませんが、やはり年相応の落ち着きというのは持ちたいと思っています」
ガラス張りの温室にて、お説教タイムまっただ中です。
どうも、野生の幼女、改めましてザリウス家の養女になりました。エルジュベート・ザリウス公爵令嬢です。
私をお説教されているのは、つい先日まで同じく聖女候補生、いわゆる同級生だったサーシャ様。彼女は現在ザリウス公爵であり、私の義母になった。もうわけがわかりませんね。
思えば崖から転落してから、狼の母さんに、エウラリアさん、アグド=ニグルにいる実母疑惑の皇帝に……ここに来て同級生がお母様役になりました。
私の母役ということは、父親役のスレイマンの妻ということになるのだろうか。もれなく夫婦設定にされるのだろうか。それは駄目だぞ。スレイマンは私のなのでそれは駄目だと思う。
まぁ、それはいいとして。
「なぜハットゥシャ行き、ということになったのです。なぜそうなるのです」
サーシャ様は問いかけというより、責めるような響きでお尋ねになられる。責めているわけじゃないんだろうが、そういう気持ちになって、私は顔を逸らした。勢い、だなんて答えられない。
「話を整理しましょう。まず、あなたの目的はレストランという場所を作ることだったと記憶していますが?」
「仰るとおりです。でも、サーシャ様。実は私は、それに関してはもう無理なのかなぁって、そう思っているのです」
「諦める、と?」
「できれば貫きたいところですが、どうにも私の状況やら立場が、それを赦してくれなさそうで」
「星屑種の暴走、魔王の消滅、いえ、魔王に関しては、その力の譲渡の権利をあなたが所持することとなった……消滅するより悪いですね。そして、その上、あなたは聖女で、アグド=ニグルの皇女かもしれない、と」
「何なんですかね、これ。本当に、何なんでしょうね?」
料理人に、料理長に必要な要素が何一つない。どれもこれも、一つだってあったら、その立場と責任を果たさないといけないくらい重いものばかりじゃないか。
いやぁ、大変ですね、と苦笑するとサーシャ様がじっと私を見つめてくる。
「つまり、自分の立場や責任を自覚し、今後はそのように生きると?」
「えぇ、そのつもりです。ただ、ラザレフさんの思い通りにっていうのは良い気がしませんでしたし、ハットゥシャの王様、正確には魔族の侵攻を防いでいる国に興味がありまして」
「……そう」
私を見つめたサーシャ様の視線は次に、温室の周りを監視している異端審問官たちに向けられた。ザリウス公爵にして最上位の聖女候補生であるサーシャ様を見張ってのことではなく、彼らの監視対象は私だ。
「そうですか」
もう一度頷いて、サーシャ様は目を伏せた。私も愛想笑いを浮かべて、目を伏せる。
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コトコトと、鉄製の小鍋が音を立てた。一晩砂糖漬けにした果物を火にかけ暫く。果物から出てきた水分が膜を張る。
苺、林檎、イチジク、桃。
ザリウス公爵家の権力を使ってあちらこちらからかき集めた果物の山は、同じだけの砂糖と一緒に合わさって、鍋で煮られていく。
いろんな事がいっぺんにあったから、季節を感じている暇がなかった。
屋内や魔術で管理された場所で過ごしていて、そういえば雨だって久しく見ていない。
落ち着いて見れば、もう季節は秋になっている。
クビラの街で雪が落とされ、そのあと王都で半年過ごし、私が眠り続けて数ヶ月。
一年くらい経っていたのかと、今更ながらに知った。
「儂の厨房で、気に入ったモンがあったら、なんでも好きなだけ持って行け」
ザリウス家の厨房。以前異端審問官たちに破壊された工房はそのまま土地を没収されたらしく、彼らにはがらくたでしかないからと厨房の道具や設備は回収することが出来た。
それをそっくりそのままザリウス家に移して、今に至る。
私は踏み台に乗って、竜二郎シェフは慣れぬ義足にふらつきながら、火口の前に立つ。並んで、互いに鍋の中でぐつぐつと煮立てられていく果物の、灰汁を取る。
「え、いいんですか」
「マダムもそれをお望みだ」
「ファーティマさんはまだ?」
「……当分出ちゃこれねぇだろうと、お嬢様、いや、今は公爵様か。難しいと言われたよ。魔族だか、なんだかよくわからねぇがな。そういうモンが入ったから、色々調べるって、ずっとだ。こうして差し入れはさせて貰ってるが、どんどん細くなっていきやがる」
ちゃんと、こちらの差し入れは彼女の口に入っているのだろうか。
そう疑う心があるけれど、それでも差し入れ続ける。
「……儂は、マダムが何をしようとしていたのか、何が起きてるのか、さっぱりわかっちゃいねぇ。あれこれ考えなきゃならなかったんだろうな」
「……すいません。その、」
私は竜二郎シェフに、ファーティマさんを助けると約束したが、現状はあまり良くない。謝罪して赦されたいわけではないけれど、私がちゃんと、うまくやるべきだったのだと、そう思う。
……私はいろんな事を、もっとうまくやる必要があるのだ。
「っは。ばかかテメェは」
鍋の火を止め、竜二郎シェフは私の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
待とうか!?髪の毛が抜けて異物混入したらどうするんだ!
「止めてくださいよ!?」
「はは、バカなやつだなぁ。マダムは死んでねぇだろう。儂もな。誰がテメェを責めてるよ。そんなつもりはねぇさ。年寄りの泣き言くらい黙って聞き流せ」
嫌がる私を鼻で笑い飛ばし、竜二郎シェフは次の果物を火にかける。日持ちする大量のジャムはファーティマさんのところへ無事に届けられるだろうか。
私はラザレフさんのことを考えた。
あの人は、本心がどこにあるのかわからないけれど「何もかもきみのせいだと自覚しろ」と、そう言う。そうすれば、私が思い通りに、はならなくても、身動きが少しでも取れなくなるだろうと、そう考えている。
だけど、竜二郎シェフも、サーシャ様も、「お前のせいだ」とは言わない。
どうしてだろう。
「ほら、あら熱が取れたやつから順に、ちゃんとやれよ」
「あ、はい、シェフ!」
調理作業を続けないと。
私は慌てて手元を動かす。
「で?何を持ってくか決めたか」
「今の今ですよね!?焼き鳥焼き器くらいしか思いつきませんけど!?」
「大物狙いだな……荷物に積んでいけるのか?」
「そこはほら、嫁入り道具ってことでがんばって頂きたいところですね」
話題は私の嫁ぎ先のハットゥシャについてになる。
竜二郎シェフはこちらの世界に来てから随分立つが、まだあの国には行った事が無いらしい。
「聞いた感じじゃ、エジプトみてぇなところだな。暑いし砂まみれ、おまけに王族は金で身を飾ってる。ピラミットがあるかどうか知らねぇが、でっかい墓があるらしいぜ」
「王子様がたくさんいらっしゃるらしいので、よりどりみどりですよ、わぁい」
嫁ぎ先の国は決まったが、相手は行くまで決まっていないってどうなんだろうか。
現在王子様は何人かこちらに来られていて、その中から選べと言われるかと思ったら、王様は国に帰ってからだと念を押した。
つまり、選べ、といいながら王様としては、私をどの王子に嫁がせるか決めているのかもしれない。そしてその王子はこちらには来ていない。
「結婚相手ですか……」
「お前は儂と違って、こっちで生まれたんだろ?前はしてなかったのか」
「厨房での出会いは皆無でしたからね……いえ、いなくもないですが、鍋を投げつけるような男性はちょっと」
「お前の腕からして、いい歳だったんだと思うが、見合いの話なんかは?」
「止めましょう、年齢とか結婚とかの話題は。もう過去の話です」
お見合いね!お見合いパーティとかは行ったけど!?行ったけど!止めよっかこの話!
私は煮沸消毒した瓶にジャムを詰め込んでいく。美味しくなりますように、美味しく食べて貰えますように。
……祈りすぎると殺害道具になる危険性があるのでほどほどに。