粉々
感想ブクマ評価ありがとうございます!
前回の話に感想いただけてとても嬉しいです。
体の芯からすっかり冷え込むような夜は、オニオングラタンスープが飲みたい。
外食先ですぐに思い付くのは外食チェーン店大手のロイヤルホストの名物ロイヤルオニオングラタンスープ。
かの大女優マリリンモンローが来日時、当時未だ今のようにファミリーレストランの形ではなくきちんとしたホテルであったが、こちらのオニオングラタンスープをいたく気に入ったというのは有名な話。
小ぶりな土鍋にたっぷりと注がれた玉ねぎのスープ。
その名の通り入っている野菜は美しい飴色で柔らかく、その上には焼いて水分を良く吸うバケットと真っ白いチーズが乗っていて、スープを飲むというより、食べるという表現が相応しいほど、満足感を与えてくれる一品だった。
今道友信という研究家が書いた「暖かいスープ」という題のエッセイがある。第二次世界大戦後、金銭的に苦労しながらパリで大学の講師を勤めていた著者が、小さなレストランで暖かいオニオングラタンスープをおごっていただくという話だ。
敗戦後、海外で日本人がみじめだった時代、月末に食うに困っていた著者が触れた優しさ、ひとの善性を感じることのできる短い文章だが、その中のオニオングラタンスープの描写、筆者が感じたであろう、涙が出るほどの暖かさが伝わってくる。
とどのつまり、寒い冬に歓迎するならキムチ鍋でも構わないが、その描写されたやわらかなな優しさに触れたくて、オニオングラタンスープを望むということでもあるのだろう。
「……目が覚めたら、辺り一面……なんですこれ、地獄絵図?」
おはようございます、どうも、なんだか夢を見ていたような気がしますが、頭はすっきり気分爽快、野生の転生者エルザです。
さて、随分長い事寝ていた、と感じる体の重み。
自分がどこで寝ていたのかと確認しようと辺りを見渡したのはいいけれど、見なかったことにしたかった。
「あぁ、おはようございます。乙女よ、少し待っていてくださいね。今この邪魔な残骸を片付けますから」
「……あの、星屑さん……何をして……?」
私はどういうわけか、星屑さんに抱き上げられている。
そしてその、星屑さんは満点の星空のように美しい貌にやさしい笑みを浮かべて……足元に転がっている、結晶体のような女性を踏み砕いた。
「琴殿ッ!」
「おのれ……いかに星屑種といえど、このような狼藉許されるものか!!」
全身が水晶のように硬質で透き通った、人外の姿の女性が金属を震わせるような甲高い悲鳴を上げた。
え?何?なんです?どういう状況です、これ。
「許されない?人間種ごときがこのわたしの行動を咎められるというのですか」
星屑さんに向かって、魔法の矢や、剣が降り注ぐけれど、銀の髪のうつくしい星屑種は手を払う動作をすることもなく、ただの一瞥のみでそれらを霧散させた。
私たちを取り囲む兵士や魔術師たち、その中に、白い法衣を真っ赤に染めて膝をついているひとがいた。ラザレフさんだ。随分と抵抗したのだろう痕跡が、その体中にありありと残っている。
「ラザレフさん?」
「……や、ぁ。エルザちゃん。目が覚めたばかりのところで悪いんだけどね、鷹の星屑殿を説得してくれないかなぁ。何か、お互い誤解があるようなんだ」
騎士たちに支えられながら、ラザレフさんは息も絶え絶えに、それでも口元には軽薄そうな笑みを浮かべて、にへら、と私に話しかけ、そして再度星屑さんに平伏した。
「我が聖王国におわす偉大なる星屑、琴殿があなたさまの逆鱗に触れるような振る舞いをなさるはずもなし、彼女は絹殿や山百合殿のように多弁に愛を下賜される方ではないけれど、我ら人間種にとって、この聖王国にとっては母にも等しき存在。どうか、尊き鷹の星屑殿、どうか、琴殿に、我らに寛大なご処置を」
「私は常々考えていたのですよ。かつて我ら星屑は天にあり、讃えられる唯一の天狼の裾にて、かの星の威光を飾るひかりのひとつでしかなかった」
星屑さんはそっと私を下におろし、床に散らばった水晶の欠片を邪魔そうに足で払いのけ乍ら、小首をかしげる。
「この地をなぜ、他の星屑と分け合わねばならぬのでしょう?いえ、つい先日まではどうでもよかった。わたしの力を勝手に使いたいなら使えばいい。それでいくつの国を囲おうとどうでもいい。ですが、えぇ、わたしの影の届かぬところで、わたしの乙女が傷付き苦しむのは不愉快です」
「大変申し訳ございませんでしたッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
歌うように周囲に告げる星屑さんの言葉が終わる前に、私は全力で、ラザレフさん以下、この場にいる全ての方々に土下座した。
「つまりあれですね!!!!?私が星屑さんの結界以外のところに行ったり、あれこれすると星屑さんが監視できないし、ちょっかいかけられないから!!!なんならもう他の星屑さんの土地も全部自分のにしちゃえばOKみたいな!!!!本気出せば全部の国覆えるくらいチートだったっていう事実も込みで誠に申し訳ありません!!!!!」
「みすみす貴女を死にかけさせたことに対しての責任も取らせていますよ。この私が寵愛していると知りながら、そこな人間種は命をかけて貴女を守らなかったでしょう」
あ、思い出した!
そうそう、私、そういえばあれか!なんか、ファーティマ夫人とザリウス公爵の騒動に巻き込まれて、泥人形にお腹刺されたんでした!!
「生きてるし、現在無傷なんでその件に関しましては再考しましょう!」
「駄目です」
「そこをなんとか」
「乙女よ、なぜ止めるのです?力のない星屑種が土地を守るより、私が守った方がはるかに土地は豊かになり実りも多い。他の星屑たちは砕いて溶かして金鷲の治める国の土にでもすればいいのです」
さて、おさらい。
この、泥が流し込まれ土地が少なくなった世界で、聖女の結界が残された土地を守っている。第一結界時代は聖女の結界のみで発動されていたが、現在の時代では既に張られた結界、回路のようなものを職業聖女たちが星屑種という、内部電池を発動させて維持している。
実は、この星屑さん……鷹の星屑と呼ばれてる星屑さんの結界……私が「張り直して」いる。
これまでの、結界を張る事ができる聖女がいないから、既存のものを頑張って維持し続けていたところから……私が新たに作った結界は、なるほど、違うのか。
星屑さんはこうして他の結界を浸食し、自分の領土にしてしまえるらしかった。
それ絶対、私の所為ですね?
なんか頭痛がしてきたので私は額を抑える。
「どうなんでしょう……うぅん……まぁ、星屑さんもただ善意で結界の電池やり続ける必要はないですし……やりたいことができたなら、応援したい気持ちもあるんですけど」
「エルザちゃん!?」
ラザレフさんが信じられないものを見るように私を見る。
いや、まぁ……星屑さんにぼろぼろにされてる琴の星屑さん?も……まぁ、縄張り争いに負けたってことだろうし……星屑種は私たちとは考え方も違うだろうから、あんまりこっちの基準で口出しするのも気が引ける。
うん……確かに、星屑種の信仰的なものもあるらしく、授業で習ったが、聖王国の琴殿は聖王国のみを守る孤高の存在だとか、神格化されている。
だからこうもあっさり負けてしまうのはまずいだろうし……ラザレフさんは、琴の星屑さんと親交もあるのだろうけど……。
「でも結界が一つにまとまるならその方がよくないですか?」
「君が死んだあとはどうする。そうだね、エルザちゃん。君は結界を張れるし、鷹殿は君に協力的だ。君が生きている限り、世界は一つの結界で豊かに生き延びることはできるだろうが、ただ一人の聖女に頼る世界はいずれ滅びるから、僕たちは職業聖女を作り出したんだよ」
なるほど、確かに、それはそうだ。
絶対音感を持つ女性を訓練して職業聖女にする、という流れを絶対的なものにすれば世界は泥に沈まない。結界にいる星屑の力によって土地の差は出るだろうけど、それでも、いつ現れるかわからない救世主に世界を任せるよりずっと、確実だったのだろう。
「なぜわたしが、あなたがたの都合を聞かねばならないのです?」
私も聖女やるより、料理人をやりたいので頼られても困る。
ラザレフさんの意見を尊重しよう、と星屑さんを振り返ると、美貌のひとは私には優し気に、それ以外にはまるで路傍の石が音を立てているのが不思議だといわんばかりの表情を向ける。
「乙女よ、何も心配はいりません。かの王はあなたを守り続けられず消滅しましたが、わたしは違います。あなたを守り、あなただけを愛します。待っていてくださいね、全ての星屑を砕き、この牙の大陸全てにわたしの影を落としましょう」
「いや、ちょっと待っ」
話がまるで通じていない。
私は慌てて星屑さんに手を伸ばすが、美しい笑みをひとつ残し、その姿は小さな光の粒子となって消えた。
「………………これ、まずいやつでは?」
顔を引きつらせて辺りを見渡す。
半壊した宮殿、無残に砕け散った琴の星屑種、騎士や兵士たちの大半は動かなくなっていて、大神官であるラザレフさんも重傷のようだった。
「自分に責任があるって自覚しているかい?エルザちゃん」
私は無意識に腹部を抑える。
ここで私が頷いたら、ラザレフさんは私に何をさせようとするんだろうな……。
ポケモン新作買っちゃった(/・ω・)/