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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 魔女達の舞踏会
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森の中(2)


森の中をあちこち歩き回って温泉を探す。


湧き水とか、それなりに水が溜まっている池のようなものとかはあるけれど、残念ながら温泉は湧いていない。


「うーん……温泉は、火山の地下マグマであっためられたものじゃなくても……地熱で地下水が過熱されてできたりもするから……火山がなくてもあるんじゃないか、とか思ったんですけど……地層とかその辺、私に知識はありませんからねぇ……」


あるんじゃなかろうか、というただの妄想と希望で探し回ったが、まぁ、なかった。


そういえば、私の望む物を燃やしてくれる母さんの不思議な炎。あれは水の中に入れたらどうなるんだろうか……。


「母さん、あれ?どこに行っちゃったんだろう」

「ねぇ、そんなことより。何か作ってよ。お腹すいちゃったわ」


いつも私と一緒にいてくれる母さんがいない。

気付いたらいなかった。

あれ?でも、母さんがいなくて、私が木のマイホームから一人で降りれるはずもない。

私が呼べばすぐに来てくれるんじゃないかと思い出して、よぼうとすると、ミシュレがくいっと、私の手を引いた。


「なるほど、オーダーですね!あ、ちょっと待ってください!」


私はうきうきと、その辺の木の棒を拾って、土の上に文字を書いていく。


「メニュー表です。今ある材料ですと、ベーコンを挟んだ自家製酵母のパンに、木の実のサラダ、果物とお肉の包み焼とかですね!」


そう言えば天然酵母は完成したし、パンも作っていたんだ。


「そうそう、お皿もありましたよね!……なんで?」


あれこれ思い出してくる。

そうそう、無事に酵母も出来てパンも焼けた。それに食器類や鉄製品も見つけたからお鍋もあるし、あれだ。そうだ、小麦もあるんだ。

燻製肉もあるし、面白おかしく料理ができるこの環境……。


「ずっと、ここにいればいいじゃない」


何かを忘れているような気がする。

私は一緒にいる友人、ミシュレを見上げた。


彼女は何を考えているのかわからない、笑っているような怒っているような表情でじぃっと私を見つめている。


問いかけられ、私は忘れていることはまだ忘れたまま、自分が考えなければならないことを考えた。


なるほど、ここは夢の中だ。

私がかつて過ごした森とよく似た、だけどあの現実の森より「都合のいい」夢の世界。


ここを夢の中だと自覚しても、体感はまるで現実のように感じる。

風の感触も、音も、匂いもなにもかも、ほんとうのようだ。


「……」


私は無言で歩き出し、その足は洞窟の前で止まった。


この向こうに何があるのか思い出せない。だけれど、洞窟に向かって風が吹き込み、そして中から何か、よくないものが呻く音が聞こえる。


「ずっとこのまま、何も変わらないでいればいいじゃない」


ついっと、ミシュレが私の手を掴んだ。


「何か困るの?何が違うの?ここが現実だっていいじゃない。眠り続けている間中見ている夢で、何か問題があるの?何か意味が違うの?」


洞窟の中には進むなと、そうその目が告げてくる。


「わかりきった事なんですけど、まぁ、言いますね、ミシュレ。     がいなくても、母さんが消えてしまわなくても、私はこの森を出て行きましたよ」

「あら、覚えているの」

「なんとなく」


今思えば、私はずっと、あの森の中にいるべきだったのだろう。

そうしたら死なない人、不幸な目に合わないひとは多くいたし、私は私が「自分の所為だ」と考えて、息苦しくなる何もかもを感じずに済んだ。


「あの男が貴方を『   』と呼んだから、貴方は   になった。それなら、今のあなたは日本人の×××××なの?」


いやぁ、懐かしい。私の前世はそういう名前だった。

思い出し、けれどそれが自分に浸透するかと思えばそういうこともなかった。


『   』になる前の私が×××××でもないと思うのなら、さて、私というこの人格は一体何者なのだろう。まぁ、それはどうでもいいとして。


「この森から出なければ、私はずっとここで、自分のためだけの料理だけしていれば、よかったと言わせたいんですか」

「ドゥゼ村」

「私の代わりにマーサさんがクロザさんに殺されました。結界は穢れて、まぁ、ちょっとした被害は出たでしょうね」

「ミルカは聖女候補生のままでいられたわ」

「どのみちサーシャ様やザリウス公爵に失脚させられましたよ」

「トールデ街」

「あの兵士の男の人は死なずに済みましたね。ただ、モーリアスさんが、聖王国がトールデの自治権を手に入れるために、カーシムさんは殺されていたと思いますし、どのみち、誰かしらを魔女と仕立てあげたのではないでしょうか」

「クビラ街」

「あなたがそれを言うんですか?ミシュレ」


私がクビラ街に行かなければ、ミシュレがザークベルム家を滅ぼしたし、クビラ街は雪に覆われ凍り付いて消えた。それくらいはわかる。


「じゃあつまり、あなたは自分がたまたま、色んな悲劇の当事者になったってだけだって言いたいの?」


そんなつもりはもちろんない。

ないけれど、私は「私さえいなければ!」と思い悩んでぐるぐると吐きそうになるような、そういう、たぶん、そういうことは今更だ。


洞窟の中に入る。


真っ暗だと思ったが、やはり夢の中というのは都合の良いもので、うっすらと視界が明らかになる。


歩きながらミシュレも私の隣を歩く。私たちは手をつなぎ、中へ中へと進んでいった。


「夢の中が嫌なの?」


ミシュレが言う。

私は首を振った。


「なんでしょうね。たとえば、現実世界をただ電気代とかあれこれ生活費を稼ぐだけの時間や場所だと割り切って、オンラインゲームの世界が自分の人生だって考えるようなものでしょうか」

「一寸違うんじゃない?」

「そういう生活も素敵ですが、とても重要なことなんですけど、私、自炊がしたいんじゃなくて、飲食店をやりたいんですよね」


まぁ、つまるところ、そういうことだと私は納得する。


この夢の中、たぶん調理道具とか調理器具とか思いのままだ。

だけれどメニューを地面に書いてみて、たぶん、お客様はミシュレだけだ。

そういうのが一寸、私の望むものとは一寸、違う。


「泥に沈んで領土争い、食料不足が表面化してないだけで外食産業が盛んにできるほどの自給率のない世界……あの世界で、望むような飲食店ができるとは思えないけど」

「飲食する他人がいる限り、どうとでもなります」


夢の中ではミシュレ以外は、私の思い通りになる想像でしかないのなら、それはお客様ではない。


いいか!飲食店というのは……営業時間内にどれくらいくるかわからないフリー!ランダムの客からのオーダーをしっかりこなし!ご予約を頂いてはその方へ最高の料理とサービスを提供し素敵なひと時をお楽しみ頂く!!!


「ただ料理を作ってワーイしたいだけじゃ満たされない!!!bot戦よりオンラインでの対戦ゲームの方が緊張するし自分も高みへ行けるじゃないですか!!」


イェッス、と私は暗闇の中ガッツポーズをし、更に奥へ奥へと進んでいく。


この先には何があったか。

覚えていない、思い出せない、忘れている。


洞窟の奥に進むにつれて、獣のうめき声のようなものがはっきりと聞こえてきた。


それと同時に耳鳴り。


これ以上進むなと、進まない方がいいと体が重くなる中、一歩進むごとに、ゴホリ、と口の中から泥が溢れてきた。

ごしごしと口元をぬぐい、ミシュレを見上げる。


「怒ってます?」

「馬鹿じゃないって思うわ。ここにいたらいいのよ。私はお母さまの城にずっといたかったわ。いたら、何もかもうまくいってた。そう思ってる。この井戸の中にいれば、あなたはそれが一番いいのよ」


夢の中、ではなく井戸の中というのは一寸わからない表現だが、まぁ、そうなのだろう。ミシュレがいうのだからそうなのだろう。


吐き出す泥の量が多くなり、私は膝をついた。背を丸めて、むせ続ける。

腹部の痛みが強くなり、ゴホゴホと溢れる泥が膝を汚した。


この先に何があるのか、思い出さないといけない。





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