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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 魔女達の舞踏会
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山の番人



街中に恐怖が蔓延していた。


空から降り注ぐ、白い雪。

多く、覆う、クビラの街を白くする。


それは一種、幻想的な光景ではあった。

美しい光景ではあった。


しかし、クビラの街の誰もかも。幼子でさえ、それを美しいなどと思うことはなく、ただただ恐れ、震えた。


誰もが怯え慄き、戸を固く閉ざした。


「すごいな、ラシッド。本当にそらから氷というか、綿毛のようなものが降ってくるのか」


しかしそんな街を、雪の降らぬハットゥシャの王子は物珍し気に空を見上げて歩く。

なるほど雪というのはこういうものか。実際に目にしてみて、思っていたよりずっと冷たいと感心する。掌に乗った雪はすぐに解けてしまう。とても熱に弱いのに、どんどん集まれば人を凍らせ、重さで屋根さえ潰すという。


(……悪意の類は感じない)


魔術的な目で見て、この雪には街をどうこうしてやろうというつもりがないように思える。ただの雪だ。


だが、このザークベルム領は自然に雪が降る土地ではない。


「さて、雪は山から降ってきている。山には何があるのかな?」

「もしや山に入るつもりですか!?」

「それが一番だろう?多分私の予想が正しければ、山にはザークベルム家の嫡男殿がいるよ。あの背筋の美しい女性、マーサといったかな?彼女の夫にあたる男がどんな人物か見に行こうじゃないか」


このまま雪が降り続ければどんどん動きにくくなる、それなら早く出てしまおう。準備といっても、防寒というのはヤニハの魔術式やらなんやらでどうにでもなる。必要なのは素早さだよ、とラシッドを急かす。


「……何がどうしてそうなるんです!?ヤニハ様!ご自身の頭の中のことがすっかり他人も同じように辿り着いていると思うのはやめてください!」

「簡単なことじゃないか。まぁ、雪が降るまで私もわからなかったけれど、こうして雪が降っているなら、それはもうザークベルム家嫡男、グリフィス殿があの山にいるっていうことだよ」


それくらいは誰だって辿り着くだろうと、ヤニハは首をかしげる。その顔のあどけなさ。


ラシッドは何を言っても無駄だと長年の付き合いからわかったか、観念したように溜息を吐いて、急ぎ外出の支度をするため思考を切り替えた。





「さて、とりあえずザークベルム家には我々が山を調査する、という旨の文は送った」


返事は待たなかったが、まぁ大丈夫だろう。


マーサは街の混乱をおさめるため身動きが取れない。ザークベルム家お抱えの騎士たちも、また以前のような惨劇が街を襲うかもしれないと、街の住人達の避難支援に入っていた。


それであるから、己のこの申し出は涙を流して喜ばれるだろう。何しろザークベルム家の人員は一人も損なわず街の防衛にあたれて、山の不思議は解き明かされる。ヤニハはグリフィスの存在については手紙に書かなかったが、夫である彼を連れて戻れば感謝されるに違いない。


「こうして私の善良さと有能さを知らしめておけば、あの美しいひとを妻にしたいという申し出も、今度は平手打ちで返されたりはしないはずだ」

「ヤニハ様はとても賢い方ですのに、どうして時々どうしようもないんでしょう」

「それは父上の血だろうね。母も祖母も知性にあふれる方だから、これは父方の血の所為だ」


本心から思ってはいないが、神妙な顔で言えばラシッドは額を指で押さえた。


二人は山道をトントン、と飛ぶように駆ける。その靴には魔術式が刻まれており、つま先だけで地面を素早くたたくと馬よりも早く走れる。


「……それにしても、随分と凄惨な光景じゃないか。氷の魔女ラングダが治めていた頃からこうなのか?それとも彼女が滅ぼされてこうなったのか?」


山を駆けあがりながら、ヤニハは周囲を眺め目を細める。木々は腐り、土は汚れ、獣たちは痩せ細り、あちこちで空腹から目を血走らせながら徘徊している。


天災の類で荒れた様子とは違う。

まるで山全体に呪いがかけられ、芯から爛れていくような醜さだ。

かつて霊峰と呼ばれた場所であるから、きっと美しい場所であったはずだが。


「ヤニハ様、あれを……廃墟、でしょうか」


進んだ先に、人工物が見えてきた。加工された石を積み上げて作られた壁や柱の残骸。


範囲から見て元々は立派な館か城でも建っていたのだろうとわかる場所。


「それ以上進むな。ここは魔女の館だぞ」


目的の場所はここではないとヤニハは通り過ぎようとしたが、壁からスッと姿を現した長身の青年がその歩みを止める。


「私はハットゥシャの王子、ヤニハ=アダ=シャザーン。君はグリフィス殿では?」


育ちが良いとひと目でわかる振る舞いに、貴族らしい目鼻立ちの青年。

元々は美しかっただろうその顔は憔悴しきっており、目元はくぼんでいた。その髪は雪のように真っ白で、彼の身に何か起きてすっかり色が抜けてしまったのだろうとヤニハに知らせた。


名乗ったのは、貴族の青年であるなら他国の王子の名乗りを受け、無礼な振る舞いはできないだろうという考え。いや、それは表向きの単純さで、ヤニハが期待したのは別の反応だった。


「王子か。王子……以前の私であればどう振る舞ったかな。ここでは地位や生まれ、人間種の関係性なんてものはなんの意味もない。私は相手が王子だろうがなんだろうが、この先には誰も通さない」

「そう命じているのは魔女かな?」


今の言葉からわかるのは、この山には主がおり、それがこうしてグリフィスをこの場の番人として留めている。その相手は人間種ではなく何か別の、上級種だ。


氷の魔女が死んだとして、新たな魔女がこの山の支配者になった、という可能性をまず出してみるが、グリフィスの表情に変化はない。


魔女ではないな。

魔女、ザークベルム家は魔女の怒りを買ったと聞く。その魔女への罪滅ぼし、贖罪としてザークベルムの嫡男がこの地にとどまっている……と、山を登る前は考えたヤニハだが、こうして山の様子を見るとそうではない。


「ハットゥシャの王子。私は何か伝えることはない」

「そうできない?」

「強制は何一つされていないし、私自身に呪いなどかけられていない。私はここを守る。なにも、教える気はない」


グリフィスが剣を抜いた。

その剣を握る腕、ドス黒く変色している。呪われていないという言葉を信じるのなら、それではその腕は腐りかけているということになる。


「笑っていいかな?そんな腕で私に勝て、」


まずは軽口をたたいて相手の一撃を受けて計ろうとしたヤニハの目に、攻撃のための剣の動きは見えなかった。


ただ、言葉を言い終わる前に自分の右耳が落ちた。


「ヤニハ様!」

「……呪われていない?冗談だろう。そんな状態でか!」


素早く、ヤニハは自分の耳に星屑種の欠片を振りかける。絹殿がその本体を削り出してくれた粉は止血をし、痛みを消した。


目の前のグリフィスは、自分のそぎ落とした耳を投げ捨てる。グリフィスの耳は地に落ちる前に泥のように柔らかくなって消えた。すると、グリフィスの右耳はまたきちんと体についている。


……なるほど、でたらめな所もあるが仕組みは何となくわかった。

グリフィスは自分の体を傷付ける。すると、相手の体も同じ場所が傷付く。それは単純な答えだが、こんな馬鹿なことがなんの条件もなしにできているらしいので、ヤニハは笑いたくなった。


相手の体に自分と同じ傷を、というのはシンプルだが、難しい。

まず相手の体と自分の体を繋ぐ魔術式、あるいは魔法が必要だが、赤の他人、それもほんの数分前に出会ったばかりの自分を「その状態」にできているなど、なんの冗談だ。ヤニハは髪や皮膚の一部だって奪われていないし、適切な距離は保って対峙していた。


おまけにヤニハには絹の星屑種の加護があり、並大抵の呪いはきかない身である。


「足は落とさない。帰らせるのが目的だからな」


グリフィスは呟くと、自分の片目をえぐり出した。


「……ラシッド、これはお前が身代わりになるという展開かな?」

「それでヤニハ様が助かるなら構いませんがね!どのみちヤニハ様も死ぬなら身代わりはご免です!」


人間種の使う魔術であればいくらでもヤニハは対抗できたが、なるほど、なるほど。あれこれと、ヤニハは指で魔術式を書くし、口でも呪文を唱える。だが、いったいどうして自分の体がグリフィスの攻撃を受けるようになったのかはわからない。


わからないが、ヤニハは考える事を止めなかった。


周囲をよく観察し、考える。


今も街には雪が降っている。

このまま振り続ければ、また街では命が奪われるかもしれない。

それは不味い。とても、不都合だ。ヤニハは自分の目的のためにクビラ街が必要だし、マーサに恩を売っておかなければならない、とても忙しい身だ。


魔術も魔法も、神秘の道具も、腕力も今のこの状態を脱出するには力が足りない。


ヤニハは考える。

周囲をよくよく観察し、これまで見聞きしてきたものを思い返す。


魔術も魔法も、神秘の道具も、腕力も無意味になった今、それなら何をもってヤニハは自分の命を守れるか。


この呪いだか魔法だかわからないもの。


使い手はグリフィスではない。


たとえば東に沈んだ土地に、藁で人形を作ってそこに釘を打ち込むという呪いがあった。


グリフィスは藁人形に過ぎない。

自分の意思や考えを持っているが、この状態の作り手ではない。


魔女でもない。


この山の主人。

雪を降らせた者。


グリフィスはこの地では地位や身分は関係ない、と言ったが、それなら、ザークベルム家の嫡男がこの場所にいる必要がない。


だから、グリフィスは、ザークベルム家の嫡男がここにいなければならない。


なるほど、当初の想像通り贖罪……ではない。


この陰湿なやり口、ヤニハは“女”のしわざだと感じた。宮廷でもよくこういう感じのものがある。


考える。考えて、思い出す。


女の嫉妬。陰湿な、八つ当たり。

この山の主の身の内の毒のような感情が山を腐らせ、雪を降らせた。


そしておそらく、もう一つ。


「よし、降参だ。ラシッド、帰ろうか」


ヤニハは両手を上げてくるりと踵を返す。


「……なんのつもりだ?」

「言葉の通りだよ、グリフィス殿。私は君の言う通りこれ以上進まないし、山をおりる。だからもう恐ろしいことを私にしないでおくれよ」

「臆病者には見えないが」

「美しい妻を迎える予定があってね。幸福のためには少し臆病なくらいが丁度いい」


じぃっと、グリフィスの目がヤニハを探るように見つめているのが背中越しにもわかった。だがヤニハは振り返らない。


トン、とつま先で地を蹴って、ラシッドと共に飛ぶように、来た道を戻った。


「……何を企んでおいでです?ヤニハ様」

「とりあえず、街に戻って、そうだな。ラダー商会に行こうか」




Next














お久しぶりです、この二か月ほど、第五人格っていうゲームにドハマリしました。あれめっちゃ楽しいっすね。


さて、10月31日に野生の聖女の2巻が出ます。ヤッタネ。

初期から読んでくださっている方は覚えていらっしゃいますか…エルザの髪色事件を…(設定上赤に変更したけど読者さんに止められて銀に据え置きになった)2巻……是非、本屋さんでお手にとって帯だけでもいいから見て!!!(こいつ諦めてなかった)


内容はイルクがメインの前半と、エルフの一段とエルザが泥に埋もれた土地を浄化しに行くお話です。あとエルザの実の母親出てきます。

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