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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 魔女達の舞踏会
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私を忘れないでください

「お話はわかりました。それでは、殿下はザークベルム家との婚姻を結びたいという申し出をするために、このようなことをされたということですね」


言葉の響きは甘く優し気であったが、ぴしゃりと子供の悪戯を叱り付けるような響きがあった。


元々はただの村娘だったと聞くが、彼女の身に起きた何もかもがすっかりと彼女をただの慈悲深い乙女ではなくしてしまったらしい。


別段、会う前から見縊っていたわけではないけれど、もう少し愚かで無知な村娘のままでいてくれたら楽だっただろうなぁ、と、思わず背筋を伸ばしながら苦笑する。


どうもどうにも、かの魔王とそのご息女に関わった女性というのは、妙な変化を遂げるようだ。繭の中で少女が夢見て、望んだ姿であればいいが、蝶になるはずだったたおやかな乙女が、かの魔王たちと関わったために蛾になっているんじゃなかろうか。


さて、目の前の優しい眼差しのお嬢さん。

髪や目は平凡な茶色。顔立ちだってとりわけ目を引く美貌ではない、というのに妙に目を引く。

そういう女性が相手だ。ヤニハはとろけるような微笑みを浮かべ、ゆっくりと優雅に頷く。


「えぇ。小国エルナと我が国ハットゥシャは結界こそ異なりますが土地続きだ。これまで中々縁を結ぶ機会に恵まれませんでしたが、ご当主が代わられたと聞きましてね」

「わかっていらっしゃると思うから言いますが、殿下のなさっていることは、脅迫ですわね」

「必死さゆえと好意的に捉えてください」

「ザークベルム家の借用書をあちこちからかき集めることが?」


もちろん好意の現れです、とヤニハは嘘偽りないという顔で答えた。


確かに、これはちょっと紳士的ではないなぁと思うこともできる。


先代当主が事故死だかなんだかで亡くなり、跡継ぎ予定の長男も行方不明。それで広大なザークベルム家の土地を任されたのが二十歳にもならぬ世間知らずの長女と、長男の嫁。

人心掌握に長けているという噂は聞いたが、それだけで領地の運営が上手く行くほど甘くはない。


あ、いや、もし状況が何の問題もない平時であればなんとなかったかもしれない。

だがザークベルム家は魔女の襲撃を受けて領主直轄の街が壊滅状態になった。


そこへ聖王都の介入があり、最初は上手く行っていたはずの復興が、あれよあれよという間に負債を抱える地獄のような状態になったのは、なんともまぁ、気の毒だ。


ヤニハの相手をしているのは長男夫人だが、本来は貴族の血を引く長女、現当主が相手をするのが筋である。けれど当主殿は親戚筋やら縁のある貴族たちへ金策やらなにやらで駆けまわっていて、殆ど屋敷に戻れない。


そんな時に、金だけはあるハットゥシャの王子が哀れな乙女らの借金を全てチャラにしてやるから誰か結婚して親戚になろうぜ、と申し出るのは……まぁ、紳士的ではない。


だが考えようによってはヤニハは自分の行いは英雄的だと思うし、困窮する女性に救いの手を差し伸べているし、感謝されてもいいのではないか。


「残念ですが、殿下。ザークベルム家には殿下のお申し出を受けられる者はおりません。私は嫁いできた身、御当主セレーネ様はこの家の主人として婿を迎えねばならない身ですから」

「あぁ、誤解を解かねばなりませんね。私はただ、言葉の通りこちらとのご縁を頂ければいいのです。つまり、ザークベルム家の血筋の方でなくとも、近しい肉親の方であればいいのです」

「……それは、養子を迎え我が家から嫁がせる、という形式でのことでしょうか?」


初めて、長男夫人、名をマーサという素朴な娘の顔が素のものになった。

不思議そうに小首をかしげ、理解が及ばぬことを訝る様子。こちらの顔の方が愛らしいのに、どうして蛾のような女の顔をするのか残念だ。


ヤニハはマーサのそんな人間らしい顔をもっと見ていたかったが、そうもいかない。彼女が蛾に戻ってしまう言葉を吐かねばならない。


「いえ、例えばそうですね。――貴女の妹君を私の妻に」




=====




「で、ロリコンって殴られたんですね、ヤニハ様」


何やってるんですか、と呆れられたがヤニハは笑い声を止められず、腹を抱えていた。

成程、例の美しい彼女はまだ幼いのか。姿はわかるが、歳のころ、人間での年齢は見えなかった。


烈火の如く怒り「恥を知りなさい!」と憤慨するマーサに追い出された情けない王子になった自分がどうにも面白い。


「あぁ、おかしい。さて、この街をよく見ろよ、ラシッド」


ひとしきり笑い終え、ヤニハは宿から見えるクビラ街を見下ろした。


王族のおしのびであるので、それなりに良い宿ではあるが、王都での高級宿には程遠い。あちこちの壁、見事な絨毯がかけられているが、裏をめくってみれば壁にはヒビが入っていて、隙間風をなんとか遮ろうと蝋のようなものが詰められている。


その宿の窓から眺める街。


「小国エルナ、ザークベルム家の治める領地といえば氷の魔女の加護を得て土地は豊かで作物はよく実り、鷹の結界を擁する山から流れる水は生きとし生ける者に明日への希望を抱かせるという。まぁ、後半の真偽はさておき、このクビラ街はその辺の領地よりよほど恵まれてモノが溢れ、簡単に言えば勝ち組だったはずだ」


泥の浸食から土地を守る聖女の結界。泥に沈みかけた大地の欠点のひとつが、大地そのものの「劣化」と「死」だ。


結界のない神代は土に種を撒けば容易く芽吹いたというけれど、それは神話の中だけで、少なくともどの結界内の土地であっても、作物を実らせるには神官の加護、魔術式での儀式、もしくは神代の獣の死骸など何かしなければ作物は実らない。


ザークベルム家は氷の魔女ラングダとの縁があり、彼女が毎年冬になると雪を降らせ、その領地全ての土地を「蘇生」させてきた。


だから、少なくとも領主の治める街は常に満たされていたはずなのに、今はあちこちの建物が破壊されたままになり、街には浮浪者や汚物が目立つ。


まぁ、魔女を怒らせたらしいし、それは仕方ないが、窓の外から見える街の無残さ、それがヤニハには一寸引っかかる。


「ザークベルム家のご婦人たちは見事に失敗したようだが、この街、何か一つ「在れ」ば復興どころか発展する。そういう壊され方をしている。わかるか?ラシッド」

「聖王都の企みですか?」

「いいや違う。もっと前からのものだ」

「……ヤニハ様は、そういうものを気付かれるのが病的にお上手ですね」

「ありがとう、私も自分の特技だと自負しているよ」


軽口をたたいて、ヤニハは自分のみつけた組み木細工の正しい開け方を披露した。


「雪の踊り子たちの襲撃で街には雪が落とされた。そこではまず子供が狙われた。これは踊り子たちの意図だろうからいいとして、その後だ。聞けば巨大な氷の塊が落ちてきて、民家を直撃したそうだよ」


街には「奇跡的に」無事な場所がいくつかある。

広場や、商会の集中する区域。

犠牲者の多くは子供や、母親だ。


「例えばだ。例えば、この悲劇のあと……誰かが始めるんだ。必要なのは炊き出し、配給じゃないと気付いた誰かが、食事を出来る場所を開く。あるいは、母のいなくなった家に出来合いの料理を届ける事業を始める。――この街の壊され方はね、まるで誰かが……誰かの望んだ『仕事』が必要とされるような壊され方をしているんだ」


ただ残念ながら、その仕事を望んだ本人はこの街に留まらなかったようで、一つ欠けたものに気付けず他所からの悪意に引きずられて借金地獄に陥ったらしいが。


「しかし殿下、ただ壊しただけでそんなに都合よくいきますか?そもそも、その場合は商会の協力が必要だったはずですよ」

「この街の有力な商会といえばラダー商会とルシタリア商会か。今潰れかけてるのはラダー商会だったか?」


街でラシッドが拾ってきた話題をヤニハは思い出す。


「はい。雪の被害で、ラダー商会の奥様もお亡くなりになられたとか。それで、ラダー商会の代表は酷く落ち込まれ仕事をすることもなく、舵取りのいない混乱したラダー商会を助けたのは敵対していたはずのルシタリア商会だとか」


若き才能あふれるルシタリア商会の代表はよくやったらしい。

ザークベルム家の婦人たちと協力し合い、街の復興に尽力した。


だが、足りなかった。

ヤニハが計算したところ、もし街を意図的に破壊した者の思惑通りに『新しい仕事をする者』が現れずとも、ラダー商会とルシタリア商会の双方が揃っていればまだマシな結果になったはず。


「あ、そうそう。ヤニハ様。これはそれほど重要ではない、街の噂話なんですが」


先程広場へ水を買いに行ったときに仕入れた情報とも言えない些細なものだが、何か新しい話があるそうだ。ラシッドは言うべきかと迷うそぶりをみせ、ヤニハが「言ってみろ」と促すと口を開いた。


「ラダー商会の人間たちが代表に新しい奥方を迎えるようすすめて、ご結婚されたのですがね。この半年で既に八人の花嫁が亡くなったそうです」


ラダー商会の代表に嫁いだ娘が、暫くすると病気になって床から上がれなくなり、あっという間に亡くなる。


はじめは雪の名残かと、食料が足りない所為かと、魔女の残滓を恐れた。

だが、半年で八人などあり得る事か?

街の人々は噂した。


これは、ラダー商会が魔女の呪いを受けているのだろうか。


いやいや、それならば、添い遂げられる娘を得ねばラダー商会は呪われたままではないか。

そういう噂、考え、埒もないことが並べたてられて、あちこちから健康な娘、神官を親類に持つ娘、あらゆる出自の娘がラダーの妻となり、誰もひと月持たなかった。


「ラダー商会を呪う理由は?」


嘘かホントかわからないが、まぁ、他人の不幸は面白おかしく話されるもの。ヤニハはラシッドの言葉を話半分で危機ながら、自分なりに「ラダー商会は呪われているのか」と考えてみるけれど、魔女の怒りはザークベルム家に向けられているそうだし、商会でもルシタリアの方がザークベルムに近い。


なぜ廃人と化していたラダーの方に不幸があるのだろう。


「………は?」


まぁ、今自分が考える事ではないと頭を振って窓を見たヤニハは、間の抜けた声を出して目を見開いた。


窓の外、空から、降っている。


白い、白い、小さな雪が……はらはらと、ゆっくり静かに落ちてきた。


「……誰が、雪を降らせている?」


氷の魔女は死に、その種は大神官ラザレフの管理下に置かれた。


街から見える山、霊峰ムイルシュから雪が降る。


氷の魔女のいないはずの山で、誰が雪を降らせている?






真面目な話なんですけど、SNSの普及により人は「自分と他人」の距離が近くなったと思うんですよね。例えばSNSで皆がピックアップされた星5キャラの画像とかあげまくってると「自分も引けるんじゃないか」って陥るし、なんか「皆が持ってる」から自分も!って、なんでしょうね……Twitterやってない頃はソシャゲになんて手を出さなかったし、ガチャに課金なんかしなかったのにな。

※FGOの方も深追いしました。何も出ませんでした。星3すらな!!!!!!!!!!

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