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魔王の器


「……は?」


その場に響いた、あまりにも間の抜けた声。それは誰のものだったのだろう。

確認したくても、私の体は動かなかった。


(あ、れ?)


何かしゃべろうとして、ゴポリ、と喉から血が溢れる。


首を掴まれて、宙に体が浮いてる。体に力が入らなくて、ブラン、とされるがままになる四肢。苦しいのは酸素が吸い込めないから、だけではない。


私の腹から、褐色の腕が生えていた。

いや、内から、とかそういうホラーじゃない。


後ろから、貫かれた。


ゴポリ、ゴポリ、と血を吐く。


「バカ娘め。忘れたか?貴様の血であれば聖女の結界は穢せる。鷹の結界の泉で、クロザがそのようにしただろう」


低い声が私の耳元でそっと、何か優しい寝物語でも聞かせてくれるような声音で囁く。


「あぁあああ、あぁ、あぁあああ!!!!!」


床に這い蹲っていた魔族の男が、奇声を上げながら立ち上がる。その体はぐちゃぐちゃにつぶれていたのに、瞬く間に元通りになっていってしまう。


私の体はどさりと投げ捨てられ、地面に転がる。


何が、起きた?


モーリアスさんの、ラザレフさんの、思惑の大勝利だったはずだ。


聖女の結界は張られ、魔族の男は結界の中に閉じ込められた。

この国自体にも元々の聖女の結界が存在していて、魔族は出現できないはずだ。


仰向けになったまま、私は首だけをかろうじて動かして、私を貫いたであろう何者かと、その足元に縋りついている魔族の男を眺める。


「あぁあああああああああああああ!!!あぁああああ!!!よくぞ!!よくぞ!!!魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様!!!!!!!!!!!」


魔王?


長身の、黒髪に褐色の肌の……青年だった。

大きな二本の角があり、黒い外套と、金の刺繍のされた服。魔族の男を足にまとわりつかせ、けだるそうに周囲を見渡している。


あ、やばい、目が霞んできた。


後ろから腹を破られた。

腹というか、下腹部だ。

これ、ご丁寧に……子宮を潰されてる。

サーシャ様やこれまでの聖女の話から、この世界で女性の子宮というのが特別な意味を持つものであることは理解している。

偶然ではなくて、故意に狙っての事。


「エルザ……ッ!」


誰もが動けないでいる中、ミシュレだけが私に駆け寄ってきてくれた。

私が魔族に会いたい、なんて言ってから妙に気まずくなっていたのに、ミシュレ、そういうところが、まったく……。


「どういうことよ……スレイマン・イブリーズの体はここにある……!私が使ってる!夜の国の魔王の本体は地上へは出てこられない……!なら、あれは何!?」


私の止血を試みるミシュレの姿が一瞬で消えた。

何かが壁にぶつかる大きな音がした。


「ぐっ」


ミシュレの安否を確認する暇もなく、私は髪を掴まれて、ずるずると引き摺られた。

四度目の刺殺事件になるのかな、これ。


「あぁあ!!あぁあああ!喜ばしいことでございます!なんとも素晴らしいことでございます!!王都を泥に塗れさせた甲斐がございました!!!あぁ素晴らしい!!素晴らしい!!!」


私を引きずっているのは魔族の男だった。鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌で、血まみれの幼女の髪を引っ張ってるとか、血も涙もないな。


「さぁ!!さぁとどめを!魔王様!その手でこの小娘を殺してやっと!貴方様はお目覚めになられるのです!!さぁ!魔王様!」


今度は両腕を掴まれて宙づりにされる。手首の骨がバキバキと音を立てて、うん、まぁ…砕けたな。


先程から痛みが麻痺しているのか、寒いとか熱いとか、そういうのは感じるのに全く痛みを感じない。


目の前には褐色の肌に、金色の瞳の、それはもう綺麗な顔の青年だ。

私の良く知る顏があと十年若くて、髭がなくて、他人を小馬鹿にする表情を浮かべてなければ、きっとこういう顔になるのだろうと簡単に予想できる。


魔王、と、魔族の男が呼んでるその青年は私がぼんやりと見つめると、その目を伏せた。


「愚かしく、泣き叫ばぬのか?私を説得しようと、何か言う気はないのか?いつもの威勢はどうした?」


その腕は先ほど私を貫いた時の血で濡れている、というのに、今度は指一本触れようとしてこない。


黙っていると、ずっと黙っている。


「魔王様……?」


それを不審に思った魔族の男が、私をどさりと床に落とし、再び青年に縋りつく。


「どうなさったのです!?どうなされたのです!!!?何故!!!何故!!!その娘を殺してしまわぬのです!!!?あの小娘は我らが魔族にとって害悪!貴方様のお力を奪う忌まわしき聖女です!!さぁさぁ!!!さぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあ!!!!!!!!!!!!!!!!殺せ!!!!殺せ!!!!!聖女を殺せ!殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!!!!!」


狂人の嘆願は、脅迫めいていた。


「……何の、茶番、です?これ」


放って置けばこのまま愛憎劇のようなものが繰り広げられそうだったし、私もこのまま放置はつらい。


お腹を裂かれたけど、まぁ!致命傷かもしれないけど慣れてるね!!

今更この程度で私が死ねるわけがない。


「何を言っている、バカ娘」


私は血を吐きとぎれとぎれになりながら、なんとか言葉を発すると、黒衣の青年は眉を顰めた。


そういう顔は、本当によく似ている。

錯覚してしまいそうになる。


「貴方、だれ?」


口に出す前はただの疑問だった。

だけど、言葉にした瞬間、目の前の青年の表情を見た途端、私は自分のこの言葉がどんな意味を持つものか、理解した。


「ス、」

「あぁあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!この出来そこないの泥人形がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」


私の言葉は「拒絶」だった。

その言葉が吐かれた瞬間、青年の顔に浮かんだ表情は諦めだった。


私が彼を「スレイマン」と呼ばなかったから、彼は「スレイマン」にはなれなかった。


それを理解する。


そして、同時に、私の中で一つの絶望が生まれて、私は自分の発言を取り消そうとしたけれど、その声は魔族の男の絶叫にかき消える。


「なぜさっさと聖女を殺さない!!!この泥人形!!!できそこない!!!!!!あぁあああ魔王様!!!!!魔王様!!!!何故です!!!!!何故このような小娘に寵愛を!!!!!!!!!!」

「このバカ娘を殺すなど、土台無理な話だろうさ。例え、殺さねばこの娘の拒絶によって、私の存在が泥で出来た魔王の器で固定されるとしても、そんな事は不可能だ。スレイマン・イブリーズの記憶を書き写されている私がエルザを殺せるものか」

「あぁあああ、魔王様……魔王様、このわたくしをなぜお傍に置いてくださらなかったのです……!!!貴方様の為ならばわたくしは何だって致しますのに……なぜわたくしを置いていかれたのです……!!全てはこの人間種どもの所為だ……!!わたくしの魔王様を捕え、薄汚い人間種の器に閉じ込めた……あの魔女のお陰でやっと魔王様の魂が開放されたと思ったのに……!!!今度はこんな小娘が、魔王様の力をわが物のように!!!!!」

「聞こえていないか。色々と面倒な男だな、アニドラ・アルファス」


青年が私の体を抱き上げた。発狂する魔族の男と相対する。


「どうして、私を殺さないんです?」

「殺すつもりだったし、殺せると思っていた。容易い事の筈だった。が、私には不可能な事だった」

「貴方はスレイマンじゃない、でも、魔王の本体でもない、ですね?」

「あぁそうだ。私は泥から作られたただの人形。地の国にある魔王の体は玉座より動かせない。ゆえに、魂や力を私たち泥人形が運び込む必要がある。私の体を作った泥はこの聖王都を穢したもの、お前が私を『スレイマン』だと肯定すれば、私は魔王になれたのだがな。その機会は失われた。お前は今後どうやっても『泥人形』を『スレイマン』だとは思いこめない」


あ、駄目だ。


聞いてはいけないことまで聞いてしまった。


たぶん、これが唯一の方法だったのだ。


私は考える事を止めたかった。しかし、自分の中で気付いてしまった事はどんな蓋をしても、気付かないふりをしても、それは存在を主張する。


「スレイマンは、もう、いないんですね」


忘れていた痛みの感覚が戻ってきた。

ドクドクと流れ出す血と、痛み、心が押しつぶされそうになる程の絶望が、一気に押し寄せる。


体中が焼けるように熱くなって、バキバキと骨が軋んだ。


喉から自分のものではないような、獣じみた咆哮が上がって、私は目の前の青年の首に噛み付いた。







その日、聖王都の異端審問局に神代の獣であるマーナガルムが現れた。


伝説にある天狼を噛み殺したとされるそれよりも、一回り以上小柄ではあったが、その銀色の毛と、青い瞳は紛れもなく神の力を宿しており、反逆者セルゲイ・ザリウスによって召喚された魔族2体をいとも簡単に噛み殺した。




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