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降臨祭(1)

遅くなりましたが新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします!

「おはようございます!本日もよろしくお願いします!!!素敵な大厨房ーっ!!!!!」


今日も元気に入り口から声をかける。

無人の厨房で返事が返ってくることはないが、そんなことはどうでもいい。


目の前に並ぶ、しっかりと手入れのされた調理器具の数々。

こちらの世界ではお目にかかったことのなかった綺麗な寸胴鍋。

強い火力にも耐えられる鉄製の片手鍋と両手鍋。それに基本的なフライパンは大小合わせて20種類以上置かれ、大きな窓の傍には大きな竈が薪と魔術式の両方で火を起こせるように設計されており、すぐそばには井戸の水を引いた手洗い場もある。


棚に揃えられた調味料の瓶は100種類以上、毎朝決まった時間に新鮮な食材が届けられるよう手配され、まさに……まさに!!私の良く知る厨房がここにはあった!


「ここを乗っ取りたい!!!」

「止めてくださいご主人さま。目的が変わっています」


おはようございますからごきげんよう!こんばんは!野生の転生者エルザです!


竜二郎シェフの厨房でお世話になっている私のお仕事は、朝一番に出勤して(あえてこの表現)他のメンバーが来る前に厨房を「整える」ことだ。


前日に水に付けて消毒・漂白しておいた食器を洗ったり、竈に火をつけていつでも使えるようにしておく。また、消毒用に使われる薬草を水につけ消毒液を作る。そこにまな板用台拭き用と用途別に色分けした布を入れて絞り、調理台に立つ人たちが使う場所にしっかりとそれぞれセッティングしておく。


もちろん換気と掃除も行う。前日の夜に水を流して床や下水は掃除をしているので、朝は掃き掃除と高い場所の水拭きがメインだ。


「このような雑用、ご主人さまがなさる必要はありません。私が全て行いますので、ご主人さまはどうか座っていてください」

「嫌です!私はとっても楽しいんですよ!?生き生きしているんですよ!?ほらアゼルさん!そっちのフライパンに油ぬってください!」

「……」


毎朝の事であるが、アゼルさんは私が雑用係として使われていることをよく思っていない。

私がいくら「雑用最高!!」と訴えても、どうやら彼の中では空元気や、心配をかけないように無理をしているように思えるそうだ。私たちの間に信頼関係がきちんと築けていない証拠かもしれない。仕方ない。


しかし、私はここ最近、毎朝とっても幸せだ!


竜二郎シェフが数年かけて作り上げたこの厨房、正直性能はスレイマンのテーブルクロスより劣るが、しかし厨房という空間が!きちんと料理が出来るよう、様々なものが整えられた空間が!私は大好きだ!!


乗っ取りたい、と言ったのはまぁ、大げさだったか。

うん、そうだ。私は自分の厨房を作りたいし、竜二郎シェフの体のサイズに合わせて造られたこの空間は、私には少し使いづらい。


「あぁあああ~!本当!毎日見てもうっとりします……この炭焼き器……うふふ、大丈夫ですよー、私がしっかり、あなたの全身を綺麗にしてあげますからね!!きちんと空気が入るように炭を並べてあげますからねー!」


この厨房で私の一番のお気に入りは、耐火煉瓦製の炭焼き器だ。日本人にとっては焼き鳥を焼くもの、としてイメージしやすいだろう。

こちらの作りは砂と灰を敷き、炭受け火床が設置されたもの。ここに串刺しにした食材を並べて焼く。


炭焼き……炭焼き…炭で焼かれた食材はとても美味しい。

何故か、というか、そもそも「焼く」というのは何かということを、今更だが改めて思い出したい。


料理は火を使うことが多い。そして、その火を使った調理法は、焼く、煮る、蒸す、炒めるといった方法があることは前にも触れている。この世界には調理法として炒める、というものがなかったが、それは今はいい。


火を使う調理法はヤカンでお湯を沸かす時の「熱が水の中を移動してお湯になる対流」「コンロの火が直接当たって熱くなるヤカンは熱伝導」とこれはわかりやすい。


では輻射、輻射熱とは何かといえば、難しい言葉でいうと遠赤外線の熱線により直接伝わる熱……電磁波が物体に当たって熱を発する、というもの。


まぁ、小難しいことはいい。私も知識としては知ってるが「まぁ、電子レンジとか、そういう感じだよね」程度の理解しかしていない。


とにかく、炭焼きは輻射熱・赤外線を発している。その赤外線が肉など食材に当たると、食材が熱を発生させる。


お湯や油・蒸気での対流熱や、フライパンを使用しての熱伝導と違い、輻射熱はその間に空気しかないので、肉汁などのうまみが他へ逃げ出さず、表面を均一に……パリっと素早く焼き上げるため、外はパリパリ、中はジューシーというという結果になるのである。


長くなったが、まぁつまり。

炭焼きの焼き鳥はうまい。


「炭焼き器……もうね、ふふ、たき火で肉を焼いていた原始から……炭を作り、その赤外線で物質自体から熱を発生させるとか……なんてサイエンス……なんて文明的でしょう!!!」

「おう、ガキ、朝からぶつぶつぶっ飛んでんじゃねぇよ。支度は出来てるんだろうなァ!」


残念ながら下っ端の私がこの厨房の食材を、たとえ廃棄物とて自由にしていいことはなく、未だにこの炭焼き器を使わせて貰ったことはないが、しかし料理が作られている光景を見られて私は幸せだ!


全力で神に感謝していると、入り口の方が騒がしくなり、竜二郎シェフやその他の工房の人たちがやってきた。


「おはようございます竜二郎シェフ!」


私はきっちりと上司に挨拶をし、厨房の一番大きい火の前の丸椅子に腰かけたシェフに入れたてのお茶を渡す。

小国エルナではカップキアロというコーヒーに似た飲み物がよく飲まれていたが、聖王都ペルシアでは紅茶がメインで飲まれていた。こちらは植物の葉と芽を乾燥させて、揉み込み、酸化酵素による発酵をさせて、乾燥させる。


この植物は私の知るチャノキとは少し違うようだが、色はちゃんと紅茶色である。


竜二郎シェフは毎朝砂糖をたっぷりと入れた熱いお茶、副料理長ポジションの魔術師ペンデルさんはぬるめのお茶、と人によって好み様々で、こちらもきっちり用意している。これらを用意しておくことも雑用の仕事なのだ。


こうして朝出勤してきた竜二郎シェフはいつもなら、このままお茶を飲みながら本日の予定を確認し、それぞれに指示を出し、そして自分はファーティマ夫人の朝食を作る。しかし今日はお茶を飲むこともせず、どこか様子が落ち着かないように見えた。


私の記憶では、昨日は大量のテリーヌを作って貯蔵庫で冷やしておいたので、今日はそれらの納品とザリウス家の昼食、晩餐の準備をするはずだ。そのメニューをいつもならすぐに出してくれるのだが……。


「今日から、マダムは暫く遠くへ旅行に行かれる」


誰もが竜二郎シェフの様子を不審に思い、しかし何か言い出すまで待った。やがて竜二郎シェフはゆっくりと口を開き、工房のメンバーを見渡す。


「遠い所だ。マダムにゃ苦労をかけたくねぇ、だから、ペンデルや魔術が使えるやつ……それに、腕の立つやつ……いや、出来る限り、お前達には付いてきてもらいてぇ」


違和感を感じ取ったのは私だけではないはずだ。

竜二郎シェフやこの工房は、ファーティマ夫人の出資によって成り立っている。スポンサー、というより雇い主に近いはずだ。その彼女、そして竜二郎シェフが「来い」と命令を出せば従業員は付いていく義務がある。


だが、竜二郎シェフは頭を下げている。

いつも厨房で怒鳴り散らしている、私の良く知る頑固な面倒くさい料理人タイプである男が、何か、抱え込むものがあるような渋い顔で頭を下げているのだ。


私は一瞬、ここが異世界であること、自分が転生した、現在は幼女であること、そして竜二郎シェフやその後ろにいるファーティマ夫人は、私を魔族の生贄にしようとしていることなど、そういうことを一切忘れた。


ただ、自分の上司であり、尊敬に足る料理技術を持った料理人が頭を下げて頼んでいる、ということにただただ驚き、そして竜二郎シェフの元に駆け寄った。


「もちろんです、シェフ。厨房に入った時から、この身は料理長に奉げるもの。それが私の料理人としての信条で、」

「いや、お待ちください、ご主人さま。これ、ちょ……母上はどうしてこういう時にいないのか!」


全力で忠誠を誓おうとする私を、アゼルさんが慌てて引き離す。


そして部屋の隅に引っ張ってこられ、私はそこの椅子にちょこん、と座らせられた。


「明らかに、これは……ファーティマ・ザリウスが国外逃亡しよう、ということでしょう。付いていくなど言語道断です。すぐさま異端審問局に通報か、あるいは母上と合流しましょう、そうしましょう」

「っは……つい、長年の副料理長としての従属精神が……!!」


私の前世は料理長になれなかった女。長く勤めていた飲食店で料理長=絶対、というその精神がちょっと出ていた。


我に返って頭を押さえていると、私の忠誠の誓いに触発されたのかなんなのか、他の工房のメンバーも竜二郎シェフにかけよって、涙ながらに「俺、付いて行きます!!!」「おれも!!」「俺も!!」と叫んでいる。男たちの熱い絆だ。うん。


……ここで、私が「幼女で足手まといなのでお留守番しますね♡その間、この厨房は私にください♡」なんて言ったらさすがに怒られるだろうか。だめかな。


「え、どうします?アゼルさん。これ、ファーティマ夫人についてって、魔族と接触して貰うのを待ちます?」

「いけません。国外逃亡……異端審問官に追われる生活でしょう。それに、こういう連中の末路は決まっているものです」

「と、言いますと?」

「逃亡者などどうせ最期はロクな死に方をしません」


アゼルさん、結構言う時は言う男である。このあたり、ミシュレに似てるのかもしれない。

というか、アゼルさんは因果応報とかそういうものが正しくあるべきだと考えているタイプなので、魔族と契約しているような者は破滅しろと思っているのだろう。


「私としては、スレイマン復活の知識もないし、協力もしてくれなさそうな聖王都の人間より、グリシア・ザリウス公爵を生き返らせようと魔族と契約したファーティマ夫人に味方したいんですけど」

「母上の手前、ご主人さまについていくと発言しましたが、不在であるので苦言を呈します。ご主人さまはあえて破滅の道を行こうとなさるのか」


溜息をつかれ、私は気まずくなって視線を逸らした。


私たちがそうこう話をしていると、厨房では荷造りが始まっていてこれまで作ってきた保存食や今後使えそうなもの。魔術式である程度持ち運べるようにし、この厨房にあるものを殆ど持っていってしまおう、とそういう作業になっていた。


「ガキ、てめぇは移動中の軽食を作れ。マダムのは儂が作るがな」


幼女なので荷造りの役には立たない。それで、指示を出され反射的に私の体が動く。


「はい!シェフ!」

「ご主人さま……!」

「アゼルさんは皆を手伝ってください。アゼルさんはとても強い騎士だし、過酷な旅になるというのなら、アゼルさんがいてくれると皆助かると思います」


アゼルさんだって口論をしたいわけじゃないはずだ。

私がお願いすると、困ったような顔をし、しかし、眉を寄せながらも笑ってくれた。


「かしこまりました。ご主人さまはお気づきでないかもしれませんが、私や母上は貴方に頼られると弱いのです」

「いや、ミシュレは違うと思いますけど」


突っ込みをいれたが、すでにアゼルさんは一礼して離れてしまっている。馬車に食材を運び込む班に加わった。


さて、私はそれじゃあサンドイッチでも作ろうか、としていると、窓ガラスが一斉に割れた。


「!!?は!?」


私はお湯を沸かすため、火元のある窓際に立っていた。自分に降り注ぐガラスの破片に咄嗟に身を小さくする。


「ぅ……な、なにが……」


うめき声は私のものではない。

同じように窓際にいた工房の人間たちが、血まみれになりながら、顔をあげる。私も破片を浴びたはずだが、硝子は私に触れることなく、何か透明な膜に当たったように滑り落ちた。


「い、異端審問局だ!!!」


何が起きたのかわからない中、外にいる人間の悲鳴じみた声が上がる。


そしてドカドカと大勢の足音がして、厨房に赤い神官服の異端審問官たちが入って来た。


先頭にいるのは仮面をつけた黒髪の、体形からして女性だった。


「異端審問局第六席、エウラリアと申します」


感情の籠らない、淡々とした声で私が初めて会う異端審問官はそう名乗った。


「こちらに異邦人がいますね?名はリュウジロウ。異端の容疑がかけられています。速やかに立ち上がりなさい」


狂信者、神の鉄槌を下す事を全てとしているモーリアス・モーティマーさんとは違う、まるで事務員のような態度の異端審問官は、その抑揚のない声とは裏腹に、仮面の奥からこの場を支配する者の自覚を持った冷たく鋭い目をしていた。


誰もが動けずにいる、そう思ったが、突然、魔術師のペンデルさんが立ち上がり、両手を翳して魔術を発動させた。


「今の内に!!魔法陣で脱出を!!!」


部屋中に魔術の風が吹き荒れ、調理道具や食材が異端審問官たちに襲い掛かった。


「っ!ペンデル!てめぇも来い!!」


立ち上がった魔術師が囮になろうとしているのを察した竜二郎シェフは、副料理長の腕を掴む。しかしペンデルさんはそれを振り払った。


「貴方は……!貴方は私のような二流魔術師を必要だと言ってくださった!その恩をここで返させてください!!」

「馬鹿野郎!!!」


どん、とペンデルさんが竜二郎シェフを移動用の魔術式の方へ突き飛ばす。いつもファーティマ夫人の元へ朝食を届けに行くために使う移動用の魔法陣。そこに竜二郎シェフが転がり込むと、魔法陣は発光し起動……しなかった。


「我が異端審問局は、異端の輩を逃がさぬよう常に魔力封じの研究をしています。このような、粗末な魔法陣を封じるなど、容易いことです」

「……っ!」


静かな異端審問官エウラリアの声に、ペンデルさんの顔が悔し気にゆがむ。せめてもの抵抗に、と、魔術ではなく男の腕力で殴り掛かろうとした。


しかし、服の上からでもわかる女性的な体形をしている異端審問官は自分に振り下ろされる暴力に怯えるそぶりも見せず、とん、とその腕に軽く触れた。途端、ペンデルさんの腕が真逆に折れ、そしてそのまま女性の細腕で掴まれ、いとも簡単に引きちぎられた。


上がるペンデルさんの絶叫に、私は起き上がり、茫然としている竜二郎シェフの腕を掴んで走り出す。乱暴につかんだが、竜二郎シェフは反射的に駆けだしてくれて、私たちはそのまま、鉄の扉の貯蔵室に逃げ込んだ。


「お、おい……ガキ」

「ここの扉は押して開くタイプなので、急いでバリケードを!!私じゃそう重いものは運べません!!」


元々ここに鍵はない。急ぎずるずると重そうな小麦の袋を引きずって扉の前に起き、竜二郎シェフに声をかける。


「立てこもってどうする……それより、ペンデルだ……助けねぇとならねぇ!」

「異端審問官はその場で殺すようなことはしません!ちゃんと裁判にかけるか火炙りにするので、命は取られないでしょう」


私はすぐさま異端審問官が追いかけてこないことを不思議に思った。だがその理由を考えている暇はない。


異端審問官がきた。

完全に包囲されていると考えていいだろう。

異端審問官エウラリアがどういう人物なのかわからないが、モーリアスさんを基準に考えて……この後、ロクなことにはならない。それは間違いないだろう。


「竜二郎シェフ」


私がこの場に竜二郎シェフを連れてきた理由は、このまま立てこもっていればいいと、そんなことを考えたからではない。


竜二郎シェフが聖王都にとって都合の悪いことをしている、ということはとうにバレていたはずだ。だが、それでも泳がされていた、あるいは見逃されていたように思える。


それがこうして、異端審問官がやってきて捕えようとしている。

ついに腰を上げた、ということか?いや、それにしては……突発的な印象を受ける。


おばあさまや現在の宰相、ザリウス公爵はファーティマ夫人が魔族と契約していることまで知っていた。それなら、下手に藪をつついて蛇を出すような真似はしないはず。例えば、ファーティマ夫人を依代にして、高位魔族がこの王都に降臨するようなことにならないよう……万全の耐性を整えてから行動するのではないか。


そこまで考えて、私はなぜザリウス公爵が私に砂の聖女、おばあさまに料理を作るように言ったのか、その理由に気付いた。


聖女は魔族に対抗できる神性を持っている。砂の聖女のおばあさまが万全の状態であれば、結界を強化し、たとえファーティマ夫人を捕えて契約している高位魔族を刺激したとしても、対処しきれると、そう考えたのではないだろうか?


「竜二郎シェフ、貴方はこの後、必ず捕まります。そして拷問を受けます」


私は竜二郎シェフの顔を覗きこみ、はっきりと告げた。


「……あぁ、そうだろうな」


事実を告げると、老人は一度大きく目を見開いたものの、冷静さを取り戻しその場に座り込んだ。


「どうしますか?」

「どう、ってなんだ」

「シェフの優先順位についてです」

「ガキがガキらしくねぇ事を言うんじゃねぇよ」


そういう事を言ってる場合でもないだろうに、苦笑と共に言われ私は肩を竦める。


「大事なことですよ。ちゃんと確認しておかないと、と思いまして。一応、貴方は私の上司なので」

「元日本人の料理人か……今時、って言い方もこっちじゃおかしいが……料理長なら立てるってぇ考えは珍しいな。あぁ、雑用なんざさせねぇで、てめぇにゃ料理をさせりゃよかったよ」


竜二郎シェフはゆっくりと息を吐く。


「腕がいいのはわかってたし、テメェは楽だった。何しろちゃんと基礎が出来てる。儂にとっちゃあたりまえのことも、こっちじゃイチから教えこまねぇとならなかった。教え込んでもわからねぇって顔をされることも多かった。儂は学はねぇし、あれこれ丁寧に説明してやれる人間じゃねぇから、テリーヌ一つ仕上げるのだって、そりゃあ苦労したもんだ。だが厨房には順序や序列ってもんがある。飛び入りのてめぇにいきなり火元をやるわけにゃいかねぇし、何より、これまで苦労してついてきてくれた連中に悪いと思った」


包丁を水場にそのまま置いてはいけない、とかゆで汁を捨ててはいけない、とか、生臭い魚はそのまま使わず湯通しする、とか、そういう基本的なことをあれこれ教えるのは骨だった、とそう語ってくる。


いや、今、そういう時間じゃないでしょう。私はそわそわしたが、竜二郎シェフは妙に落ち着いている。


「儂の優先順位を聞いたな?そりゃあ決まってる。マダムだ。あの方を守る。儂がここでつかまりゃ、マダムのお立場を悪くするんだろうなぁ……」

「もしかして、自決しようとしてます?」


まぁ、それが一つの手であることは私にもわかる。

竜二郎シェフが全ての黒幕で、ファーティマ夫人は何も知らぬ存ぜぬと、そうトカゲのしっぽ切りではないが、貴族ならそういう方法も使えるだろう。


諦めたような雰囲気なので、私が問いかけると、しかし竜二郎シェフは首を振った。


「儂が死んだら、誰がマダムを守る?死んで守れるのは一度きりだ。生きてりゃ、何度でも守れるだろう」


守る為でも、死なれたら……こっちは悲しい。

私はふと、そんなことを思った。


「……貴方のことが好きになりましたよ、竜二郎シェフ」


生きてさえいてくれたら、どんなにいいか。


「……?」


不思議そうな顔をする竜二郎シェフに、私は首を振り、その手を取った。


「つまり、死ぬ気はないんですね?」

「あぁ、そうだ。それで、どうせ何か案があるんだろう?ガキ。こっちはもう手詰まりだ。だから、てめぇの案に乗ってやろうって、そう腹を決めたわけよ」

「私を魔族に差し出そうとした件についてはどうします?」

「……」


あ、別に責めるつもりで言ったわけではない。


私は私を殺そうとした、というか、殺したクロザさんとも仲良くアイスクリームを作れるほど、こう、他人を憎むのが苦手だ。最近はもう、憎めないなら許そう派である。


「何が言いたい」

「魔族をおびき出せますか?」

「儂が直接会ったことはねぇ。ただ、マダムは別だろうが……」

「私は魔族に用があるんです。協力してくれるなら……ファーティマ・ザリウス夫人を助けるために私も協力しますよ」


私の目的はスレイマンを生き返らせること。異端審問官に協力したってその方法はわからないだろうし、私にとって有益なのはファーティマ夫人の方なのだ。


「てめぇに何が出来る?ここにいるってことはテメェも異端審問官に捕まって拷問を受けるだろうよ。連中は女子供にも容赦しねぇ」


まぁ、このガサ入れの指揮を執ってるのがモーリアスさんなら何とか説得というか、少しは融通も利いたかもしれないが、あの異端審問官はこう……「規則です」とかそういう感じで、色んな訴えを却下しそうである。


「私も竜二郎シェフとこのまま捕まります。竜二郎シェフ、拷問とか平気ですか?」

「マダムが助かるってんなら、なんでもねぇよ」


私も捕まっても、どうせ異端審問局の火刑は効かないし、私が捕まったとラザレフさんの耳に入れば、まぁ、釈放して貰えるだろうという打算があった。


ほら!私!これでもちゃんと結界張れる聖女だしね!!利用価値はあると思う!


それに、試す気はおきないが……もしかして、先ほどのガラスの件から考えて、もしかして、スレイマンが私にかけてくれた防御の魔術式とかあれこれって、今もしっかり有効なのか?そうなると、多分……私は誰からも物理的に傷付けられることはないだろう。


そういう打算もあって、ここで捕まってもトールデ街の時よりはマシだろうとの判断。竜二郎シェフには拷問を耐えて貰うしかないが、まぁ、そこは頑張って欲しい。


そして、今後のことをあれこれ話し終えると、まるで頃合いを見計らったように扉が破られ、私と竜二郎シェフは異端審問官たちに捕えられた。


アゼルさんが表の異端審問官を全て倒してしまって、異端審問官エウラリアが直接アゼルさんを気絶させた、というのは、捕えられ運ばれる馬車の中で教えられた。

年末年始、皆さまいかがお過ごしでしたか。

私はしっかりソシャゲ三昧でした。良いイベントがたくさんありました。

爆死もしました。とてもしました。正直、吐きそうになりました。課金はほどほどに。

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