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サーシャ様のお部屋にて

誤字脱字が多い、とのご指摘を頂きました。

ご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません。


「わたくしの父、グリジア・ザリウス公爵は立派な方でした。高位貴族としてのつとめ、三人の子供の父としてのつとめもはたし、先代……砂の聖女を守る聖騎士であり、そして国を支えた宰相です」


サーシャ・ザリウス聖女候補生は私と話をするため、彼女が個人的に使える塔の一室に案内してくれた。


序列一位の聖女候補生となれば多くの特権が与えられ、この部屋は防音のための魔術式が壁に埋め込まれた、発声練習に使える便利な場所らしい。


座り心地の良い布張りの椅子に腰かけ、サーシャ様は真っすぐに私を見つめる。


「わたくしの父のことは知っていましたか。いいえ、あの男から何か聞いていましたか」

「私が前宰相、グリジア・ザリウス公爵の存在を知ったのはこの王都に来てからです」

「そう。わたくしがこの世で最も尊敬した父は、貴方が父と慕う男によって殺されました。そのくらいは知っていますね?」


偶然ではあるが、サーシャ様のお父上の兄だった、現グリジア公爵(メリダさんの前ではグリジアと弟の名で会っていたので、なんだかややこしいが)からその話は聞いている。


頷くと、そこでやっと、サーシャ様は私を睨んでいた目を伏せてくれた。


これ、うっかり聞いてません、知りません、とか言ったらどうなったんだろうか。

知っててよかった、と、私は場違いにもそんなことを思いながら、サーシャ様の次の言葉を待つ。


けれど中々サーシャ様が口を開かずに、五分程経っただろうか。


「謝罪もしないのですか」


と、咎める様な声音で言われ、やっと私は自分がどういう態度を彼女に取るべきなのかわかった。


「何に対しての謝罪をすべきなのでしょう」

「貴方の父が、わたくしの父を殺めたのですよ。あのおぞましい男は、恐れ多くも聖王様のお命を狙い、わたくしの父が身代わりになった。貴方に少しでも、恥を知る心があれば、あの男を慕う事を悔い、あの男の犯した罪を償うべきです」


アゼルさんたちの訓練の時に話しかけてきてくれたサーシャ様は、随分と冷静でしっかりした人に見えたけれど、こうしてみるとその印象が随分と変わる。


今、目の前にいるのは大好きな父親を殺された憎しみでいっぱいになっている若い娘だ。


ここは粛々と大人しく、序列一位の聖女候補生である彼女に謝罪をすべきか……?


その方がお互い今後とも、それなりに上手くやれるような気はするし、それに話に聞く限り……まぁ、100%、この件に関しては絶対にスレイマンが悪い。


それに、竜二郎シェフを足掛かりに、ファーティマ夫人の背後にいる魔族を引っ張り出すにあたって……ファーティマ夫人の実の娘であるサーシャ様は利用価値がある。


親の行いを子供が償う必要性があるのかどうかは、私の判断基準だと「いや、ないだろ」と思わなくもないけれど、スレイマンの罪は私の罪と、そうトールデ街でスレイマンに言ったのは私自身だ。


ここは素直に謝って心証を良くしておこう。


「私がスレイマンを好きなことと、貴方がスレイマンを殺したいほど憎んでいることは関係ないですよね」


そう、思っていたのに、私の口からついて出たのは、どう前向きに聞いても言われた方の神経を逆なでするような言葉だった。


……ごめんなさい!!猫も被れなくてごめんなさいッ!!!!


「あぁあああああごめんなさい!!!!ごめんなさい!!!最近色々面倒なことが多くて若干ストレスも溜まっていて!!そんな中にいきなり「お前のとーちゃん悪人だから謝れ」と言われてちょっとイラッとしました!!でもスレイマンが悪人なのは本当のことです!!!悪人どころか極悪人です!!すいません!!!」


美しいお顔にうっすらと青筋を浮かべたサーシャ様に、私は慌てて床に額を押し付け謝罪する。


「あの男がしたことを懇々丁寧に教えて差し上げましょうか。でも、わたくしが知っていることだってほんの一部よ。本当はもっとおぞましいことを、いくつもしているのですよ」


サーシャ様にとって、私の態度は不真面目だ。

ふざけているのか、という目で、私がもっとこの事実に真面目に向き合えるようにしてやろうという意図でもって提案される。


サーシャ様の大切なお父様が殺された。その犯人であるスレイマンは既に亡くなっていて、その娘であるとされる私が聖女候補生としてサーシャ様の前にいる。


まぁ、確かに……私がサーシャ様の立場だったら、加害者の親族が開き直った態度をしていたら、それは違うのではないかと、そのように顔を顰めるかもしれない。


ただ……もう少し、厚顔無恥にも客観的に判断させて頂くとすると……4,5歳程度の幼女相手にそんなこと言って、お前も恥ずかしくないのか、とも思うし、聖騎士の任にもつかれていたサーシャ様のお父上が、聖王様を庇って亡くなられる、というのは……本当に、申し訳ないが……それは、覚悟の上ではないのか。


いや、私がそんなことを言ってはだめなんだろうが……。


「……わたくしは、貴方が聖女候補生となったと聞いた時、あの男の罪を償うためだとそう思いました。ですが、貴方の行動を見る限り、そして今、あっさりと聖女候補生の立場を放棄しようという姿を見て、それがわたくしの勘違いであったと気付きました」


そういえば、以前お会いした時、サーシャ様は私を他の聖女候補生から助けてくれた。


成程、その時は、まだサーシャ様は私を「魔王の娘と周囲に罵られながらも、父の罪を償おうと幼い身の上で、聖女候補生になった憐れな娘」と、そのように認識してくれていたのか。


だから、あの時に魔王の器を次に産むのは自分だ、とそのように発言し、憐れな娘が父親の存在に罪悪感にかられて苦しまないようにと、そういうつもりだったのかもしれない。


ところが、私は授業に不真面目だし、サーシャ様のお父様の愛人の娘という触れ込みで、まさかのファーティマ夫人お抱えの使用人に近づくし、母子揃ってザリウス公爵家に身受けされるしで、うん、確かに、そりゃ……サーシャ様も怒る。


「エルジュベート・イブリーズ聖女候補生。あなたは何のために、この聖王都へ来たのですか」


聖女になる為でも、父親の罪を償う為でも、人並の幸せな生活を送る為でもないように見える。


そう問うサーシャ様の目には、私に対しての憎悪だけでなく、何か得体の知れないものを見るような不信感があった。


「最終的な目標は、もちろんレストランを開くことですけど」

「……れすとらん?」

「数多くの食材を常に揃え、訪れたお客様に食べたいものを決めて頂いてから料理を作って、提供する場所です。素晴らしいですよ。ゆっくりと親しい友人と話をしながら美味しいものを食べれる空間であり、特別な時に利用して、思い出を作ることも出来る空間……!!誕生日とかプロポーズとかぜひ当店で!!あっ、それ考えると音楽家も必要ですね私のお店!!!ピアノがないこの世界ッ!!!」


王都という大都会にやってきたお陰で、どの程度の食器類、飲食店に必要になる調度品が流通しているのか知ることができた。


外食産業の発達していないこの世界で、唯一の例外と言える花街に引き取られたのは、さすがは私の幸運値はEXである。


「……女性を侍らせ、お酒を飲む場所のことですか?」

「いえ、それはキャバクラかクラブです」 


楽しい話題になって弾む私の声に眉を顰めながら、サーシャ様はなんとか理解をしようとしてくださる。

良い人だな、サーシャ様。


元々、私が加害者の娘なだけの哀れな存在、とそのように思って庇護しようとしてくれた優しい気質の人だ。私を問い詰めて泣かせたいわけでもなかったのだろう。


「……貴方と話していると、母が大切にしているあの使用人と話している時のような、奇妙な感覚になります」

「竜二郎シェフですか。お会いしたことが?」


ファーティマ夫人と娘のサーシャ様は疎遠になっていると聞いたが、竜二郎シェフと会う機会などあったのだろうか?


「この大陸のどの種族とも違う、変わった顔立ちの異邦人。あの男が一度、わたくしを訪ねてきたことがあるのです。わたくしと母の仲を、どうにかしようとしにきた、と、隠す事なく言ってきましたね」


手土産としていくつか珍しい料理を持ってきてくれたらしく、その話を交えながらサーシャ様は竜二郎シェフを「わたくしたちと違うものを信じ、わたくしたちの当たり前とは違う振る舞いをする」と評価した。


「けれど、不思議なことに、あの男には妙な……愛嬌のようなものがありました。わたくしは貴族の娘として、母に近づく不審な、見るからに身分の賤しい品のない男を叱責せねばならない筈なのに、気付けばあの男の話に喉を震わせて笑い、あの男が熱心に母との和解を懇願するのであれば、少しは歩み寄ろうかと、そういう気持ちにさせられました」


人心掌握に長けている者は貴族として生きていれば多々目にするが、竜二郎シェフはそういう連中とはまた違う、とサーシャ様は言う。


それ、手土産の料理で何か盛られてないか?と私は突っ込みたかったけれど、サーシャ様は聖女候補生のお一人で、そうそう毒やら薬やら、特殊効果のある料理の影響もないだろう。


「貴方と話していても、同じ気持ちになりますよ。エルジュベート・イブリーズ聖女候補生」

「……いえ、あの、私は人に好かれる才能はありませんよ」


急に穏やかな目を向けられ、私は戸惑う。


ドゥゼ村では、割と良い人間関係を築けている自信がある。だがトールデ街では私の所為で一人息子を失った母親はいるし、カーシムさんは私の所為でお兄さんに刺されるし、クビラ街じゃ、最初は街の女性たちと料理を作ったりして印象は良かったかもしれないが……この世界に産まれて、生きてきて、はたして私を好きになってくれた人は何人いるだろうか?


「わたくしは今日、貴方を追いつめるつもりで話しかけました。聖女候補生の……いいえ、聖女として既に完成された能力を持ちながら、義務を果たそうとせず、魔王に執着するような者ならば、幼かろうと人間種にとって害悪です」

「……私を殺す気だったのですか?」

「父を殺された娘が逆上したとすれば、人は納得するでしょうし、わたくしは次代の聖女として最も有力な身です。貴方が死ねば、なおの事その価値は高まるでしょう」


かたき討ち、というのはこの国ではどのように扱われているのか知らないが、確かに、理由にはなる。


うっかり立っていた死亡フラグを、しかし私のこれまでの言動は回避できるものだとは思えないが……。


「例えば、英雄や名君は人を惹きつける才能があります。愛らしい姫君や聖女は誰からも愛される才能。どんなことをしても肯定され、称賛され、成功する天分があります。けれど、貴方やあの異邦人の男はそういった類の才能ではありませんね」


人が憎めないタイプの人間だ、とそうサーシャ様は私と竜二郎シェフのことを、そう感じたらしい。


なんだか微妙な才能じゃないか、それ。


どうせなら逆ハーレムかというほど、好かれた方が思い通りにあれこれ進んで楽できそうなのに、残念だ。そこは仕事しなかったのか、私の幸運値。


私が微妙な顔をしていると、サーシャ様は一度にこり、と笑った。


「貴方があの異邦人に近づいたのは、わたくしの母が契約している魔族に近づくためですね?」

「……サーシャ様、色々御存知なんですね」

「兄があれこれ手紙で知らせてくれますから」


サーシャ様のお兄さまは、お会いしたことはないが現時点で聖騎士の位を頂いている唯一の騎士だ。母親との仲は良くないが、兄妹の間は良い関係らしい。


「魔王の娘である貴方が魔族に近づこうとしているなら、それを阻止するという意味もありましたが……れすとらん、というのは、生きとし生ける者にとって不都合な場所ではなさそうですね」

「不都合どころか最高の場所にするつもりです」

「それは一寸、よくわかりませんが……。わたくしの母が魔族に支払う対価について教えましょう。貴方が魔族に近づくにあたって、知っていれば役に立つかもしれません」


魔族と契約した者は、必ず対価を払わねばならない。それは宝石だったり、土地だったり、様々だが、サーシャ様はファーティマ夫人が魔族に差し出すものが何か知っているらしい。


「母が差し出した対価は、わたくしの子宮です」

「……はい?」

「聖女候補生、序列一位のわたくしは現状最も、次の魔王の器を産む胎に相応しい。スレイマン・イブリーズ亡き後、魔族たちは次の器を手中にできるわたくしの子宮を欲しているのですよ」






「と、聞いたんですけど、それだとちょっと……情報が前後するんですよね?」


所変わって、私はザリウス公爵が用意してくれた子供部屋にアゼルさんと二人でいる。ミシュレは、先日の言い合い以降、なんだかお互い気まずくなって顔を合わせなくなった。


アゼルさんには行き先を告げているらしく、異端審問局に入り浸っているそうだ。モーティマーさんがんばって。


メリダさんはザリウス公爵が毎日招く商人たちに、あれこれ新しい衣装や宝石を見せて貰っている。


身受けしたはいいものの、物欲もなく窓の外をぼうっと見ているだけのメリダさんを心配してあれこれと世話を焼いているつもりらしいが、手段が贈り物しかない、というのはどうなんだろう。


私とメリダさんが暮らすお屋敷は元々、先代夫妻が隠居用に使っていたとかでそれなりの大きさに、調度品も豪華だ。


使用人も大勢入れてくれたのだけれど、メリダさんは「娼婦」そして私は「メリダの私生児。父親は不明だが、銀髪なのでザリウス家の男ではない」と、まぁ……あまりいい印象ではない。


夫の愛人になんぞ会いたくないだろうファーティマ夫人とは、当然だが顔も合わせていない。


「確かに、ご主人さまの大切な方……あの魔術師殿が亡くなってから魔族が夫人に契約を持ちかけてきた、というのは、辻褄が合いませんね」

「竜二郎シェフがファーティマ夫人に引き取られてあれこれがんばって工房を盛り立てて、テリーヌとか作ってたのはスレイマンが死ぬより前ですもんね。魔族関係なしにあれこれしてたって考え方も出来ますけど……」

「夫人が魔族と手を組む理由は、母上曰く、殺された夫を生き返らせるため、ですよね?」


であれば、もっと早く……スレイマンが死ぬより前から、夫人は魔族と手を組んでいるように思えるのだ。


あの雪の落とされた街、あの山でスレイマンが私を庇って死んでから、半年も経っていない。


「サーシャ様が次の魔王の器を産む聖女候補生、序列一位になったのはミルカ様が、うちのとこの星屑さんに嫌われてからで……そうなると、確かに、魔族がサーシャ様の子宮を寄越せって言ってきたのは、ここ最近っていうのもおかしくないんですけど」


しかし、私はもっと前から、ファーティマ夫人は魔族と契約している気がするし……しかし、サーシャ様が私に嘘を言っているとも思えない。


「……ご主人さま、これは……私の、あくまで想像なのですが」

「はい?」

「お気を悪くされないでください。私は……ザークベルム家に仕え、魔女の娘の呪いについて幼いころからロビン卿に聞かされておりましたので……その、いくつかの、惨い可能性というのも、想定してしまうのです」


言いづらそうにするものだから私は、絶対に怒らないから言ってみて、とそう促す。


しかし、それでも何度か口を開いては閉じ、決まりが悪そうにしながら、やっとアゼルさんは口を開いた。


「……魔族たちは、元々スレイマン・イブリーズを殺して次の魔王の器を、自分達が手に入れて魔族の側に引き込もうとしていたのではないでしょうか?」


300年間、一度も白の塔から出されず管理されてきた歴代魔王の器と違い、自由と意思を得て、人間種の中で生きてきたスレイマンは都合が悪いと。


どうせ手に入れるのなら自分達に都合の良い魔王の器を手に入れようと、元々考えられていた事だとしたら、辻褄が合うのではないか、とアゼルさんは申し訳なさそうに話した。


「それを考えますと……ご主人さまが、魔族に接触し、スレイマン・イブリーズの蘇生の協力をさせる、というのは難しくなってまいりますが……」


沈黙する私を、恐る恐る、というようにアゼルさんが伺い見る。


私は片手で口元を抑え、あれこれと考えた。


「……とりあえず、このまま接触する方向は継続します。でももし、魔族がスレイマンの敵だと判明したら、その時は、そういうつもりで対応しましょう」

「……対応、とは?」


問うてくるアゼルさんに、私はフン、と鼻を鳴らして胸を張った。


「私の邪魔をするなら、聖女らしく魔族には滅んで頂きます」




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