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竜二郎シェフにプリンをお届けに上がった後、私は見世に戻って開口一番にミシュレとアゼルさんに報告をした。


「と、いうわけで転職します。竜二郎シェフのところに」


時間にすればザリウス公爵とおばあさまに熟成肉のハンバーグを召し上がって頂いた次の日。異端審問局に行っていたミシュレから、現在王都で魔族が暗躍しようとしている、そして契約している貴族の名を聞いて、私が取った行動はこの通りなのだけれど、なぜだかミシュレは額を抑え「貴方、馬鹿なの?」と、いつものように問うてきた。


「この状況だと、これが最適解じゃありませんか?」

「……どうしてそうなるのよ」


はぁ、とミシュレがため息をつく。

彼女も彼女であれこれと考えがあって動いてくれている、というのはわかっている。けれど私の突拍子もない行動でそれらが台無しになりかねない、とそういう忌々しさを感じている声だった。


「アゼル、貴方もついて行ったんでしょ?このお馬鹿が妙なことを言いだすのをどうして止めなかったの」

「私はご主人さまが望まれる事であれば、その通りにすべきだと思いますし、母上にとやかく言われる覚えはありません」

「エルザが何を考えているかなんてわかってないくせに、もう!」


息子につれなくされ、ミシュレが頬を膨らませる。

しつこいようだが、スレイマンの体でその少女のような仕草はしないでほしい、いや、なんだか最近見慣れてしまっている自分もいるのだが、まぁ、それはそれ。


「私が異端審問局に行って手に入れた情報をちゃんと聞いてたの?エルザ」

「えぇ、理解しましたよ、ミシュレ。この聖王国の王都で魔族が暗躍している、あるいはしようとしている。その主犯は、異端審問局が容疑者としているのはファーティマ・ザリウス夫人、ですね」

「そうよ。それで、その魔族と契約している女の手先が竜二郎シェフなわけ。ここであなたが取るべき行動って、あの異端審問官と手を組んで竜二郎シェフをどうにかすることじゃない?教会側の邪魔をするような料理を作ってるんでしょ?あいつら」


あちらの陣営に加わることになれば異端の疑いを、またかけられる。

どう考えても状況はよろしくならないだろう、とミシュレは眦を上げて私を睨む。


まぁ確かに。竜二郎シェフは聖王国に不利益なことをしている、というのは確定だ。


それで、私が正義の味方であれば『料理を悪い事に使うなんて!』とでも言って、竜二郎シェフの工房が出す料理より優れたものを開発して市場を奪ったり、とそういう展開をすべきなのかもしれない。


「ミシュレ、私の目的は何ですか?」


もちろん、私は平和な方が色々都合もいいし、全ての人間はお客様になる可能性があるので死なれては困る。

自分に悪評が付くのも将来のお店の評判に関わるので基本的にはNGだが、しかし、最優先ではない。


「……魔王、いいえ。スレイマン・イブリーズを生き返らせること、よね?」

「はい。そして、私以外でそれを切望しているのは、他に誰がいますか?」

「……あの異端審問官の坊や?」

「いいえ、モーティマーさんはスレイマンに愛憎入り交りまくった感情を持ってますけど、生き返る方法を探そう、とは思っていませんので除外です」


ラザレフさんも、スレイマンのお母さまのエルジュベート・イブリーズさんも、スレイマンを生き返らせることを望んではいない。スレイマンを憎んでいない人でも、生き返って欲しいと、そう思っている人はいない。


「誰も、いないでしょう?」


ミシュレはじっと、私を見つめる。何を考えているのか、何を言おうとしているのか探ろうという目から一度ゆっくりと目を伏せ逃れ、首を振った。


「いいえ、います。いるじゃないですか。ほら、魔族とか」


言った途端、ミシュレが私の肩を強く掴んだ。

床に叩きつけられ、顔を顰めると、ミシュレの怒号が降り注ぐ。


「この、大馬鹿!!!止めなさい!!今すぐに、その考えは捨てなさい!!!」

「え、嫌ですけど」


ミシュレは普段、スレイマンの地声では低いので嫌だと、甲高い声をわざと出している。それが今はそんな余裕もないのか、久しぶりに聞くスレイマンの声で私に怒鳴ってきた。懐かしいな、と思いながら、私はのしかかるミシュレの体をぐいっと押し返そうとするけれど、まぁ、幼女の力で敵うわけもない。


「大神官のラザレフさんや、聖女のおばあさま、星屑さんでさえ『生き返らせる方法はない』とおっしゃった」


この王都に来たのは、知識を得るためだ。だけど、人間種の、聖女として多くの知識を持っている先代聖女のおばあさまや、大神官ラザレフさんが「ない」と言った以上、ここで私が得られる知識に、目的のものはない。


そう見切りを付ければ、次に私がすべきなのは知っていそうな他の存在を探す事。


「人間種も、星屑種も知らない事でも、魔族なら知ってるかもしれないじゃないですか」

「あなた、まさか、魔族はスレイマン・イブリーズの味方だ、なんて思っているんじゃないでしょうね」


私が怯む様子も見せないので、脅しても効果がないとわかったミシュレは怒気をなんとか収めてくれた。


「敵じゃないと思ってますけど」


魔族について、私が知ることといえば千年前に泥を流し込んでこの世界を犯し、地の国というところで生きている種族ということだ。彼らは魔王を頂点として、神代の頃から存在しているらしい。


「魔族にとってスレイマンは王様なんですよね?だったら、スレイマンが生き返ることに、手を貸してくれると思うんですけど」

「なんでそうなるのよ。魔族は、魔王を取り戻そうとはするでしょうけど、この体、人間の器の中にもう一度閉じ込めるわけないじゃない」

「そこは重要でしょうか?」

「重要よ。異端審問局に行ったついでにあれこれ記録も見てきたけど、聖女の産んだ子供が白の塔から出て生きたなんてことは、スレイマン・イブリーズが初めてのことだった。だからあれが人間種なのか、それとも魔王そのものなのか、誰にもわからないのよ。スレイマン・イブリーズが魔王であれば、確かに魔族たちはあの男に平伏するでしょうね。でも、魔王の魂を閉じ込めた人間の器、であれば、スレイマン・イブリーズは魔族たちにとって敵ではないの?」


魔族が取り戻したいのは魔王そのもの。であれば、私とは目的が違うとミシュレは釘をさす。


「魔族と手を組もうなんて、まともな人間の考えることじゃないし、あの連中は必ず破滅を齎すわ。冗談じゃないわよ、エルザ。私はあなたの結末が魔族に利用されて終わり、だなんてつまらない最後を観るために、付いて来たんじゃないのよ」

「心配してくれてありがとう、ミシュレ」


あれこれ言ってくるが、つまりはミシュレは私を心配してくれているらしかった。


私にはピンとこないのだけれど、この世界で「魔族と関わる」ということはとても、それはとても、危険で恐ろしいことのようだ。このあたりの感覚が私にはわからないが、普段あまり驚かないミシュレがここまで怒気を露わにしている。私はちらり、と沈黙しているアゼルさんを見た。


「アゼルさんはどう思いますか?」

「私はご主人さまがなさろうとすることに異論はありませんが……魔族と関わる。いかにご主人さまが尊き聖女のお力をお持ちであろうと、危険はあるかと」

「危険、なんて可愛いもんじゃないわよ。死ぬならマシな方ね」

「もしかしてミシュレは魔族に会ったことがあるんですか?」


ミシュレの生前の体験はある程度私も把握しているが、細かい部分は省略されてもいる。私が知らないだけで、氷の魔女ラングダの館で過ごした頃に、魔族との接触もあったのかもしれない。


「いいえ、魔女と魔族は相性が悪いし、お母さまは結界内で過ごされている方だったから魔族とのかかわりはないわ。でもあんなものと関わるべきじゃないっていうのはわかる」

「会ったら案外、ノリの良い魔族もいるかもしれませんよ?」

「ノリ良く笑いながら、相手の一番大切な人間の首を切るノコギリを握らせてくるようなタイプならいるでしょうよ」


そして再び、ミシュレは私に魔族と関わろうとするなと言い聞かせてきて、しかし私も譲れない。

最終的にミシュレが「このわからず屋!」と私を怒鳴って出ていってしまった


それでも、結局、私は竜二郎シェフの見習いということで引き取られることになる。そして、その手続きにはちょっと問題があった。


私の借金は竜二郎シェフがまさかの肩代わりをしてくれて見世的には問題がなかったのだが、メリダさんが騒いだ。私がいなくなるのなら死ぬとまで言って騒ぎ立てるもので、その騒動はザリウス公爵の耳に入り、ついに公爵がメリダさんを身受けする、という事態になった。


元々、弟が懇意にしていた高級娼婦。前から引き取ってどこか屋敷を与えたいと考えていたらしく、メリダさんの身受けは案外うまくまとまった。


火災やら異端審問官の介入で暗くなっていた花街は、貴族に身受けされるというメリダさんのニュースで華やいで、その身受けのために使われた金額がどれ程なのかと、下世話な想像で盛り上がった。


メリダさんは一先ず、公爵家の離れ(元々は隠居した先代夫婦が使っていた)に住むこととなり、私はそこから竜二郎シェフの工房に通うことになる。


そして、私はもう聖女候補生という身分に用はないので学校を辞めようと手続きをしに行ったのだけれど、私の退学届けを受け取ったルス・タヴェリ先生(一度、講師に預ける決まりがあるので)が休学手続きにしろ、とおっしゃった。


もう戻ってくるつもりはないけれど、一度ラザレフさんにも話をすべきだと思っていたので、何やら聖王様の容態が優れず多忙な大神官様に会えるまで保留ということになった。


ルス・タヴェリ先生との話を終えて、アゼルさんの待つ広間まで歩いていると、今は授業中の筈なのに、サーシャ・ザリウス様が声をかけてきた。


「貴女の姿が見えたので追いかけてきました」


授業は途中で抜けてきたのだとさらりと言うサーシャ様は、私に話がある、とのことだ。


私はてっきり、ザリウス公爵に身受けされたメリダさんの事でも聞かれるのかと身構える。


サーシャ様にとっては、亡き父の愛人だ。


私の身分は一応、メリダさんの子供、ということになっているので、サーシャさんがどこまで知っているか知らないが、もしかすると、私はサーシャ様をおねえさま、と呼ばなければならないのだろうか……。


「母が妙な男に投資していることは知っています。何かしようとしているということも。けれど、わたくしが貴女に聞きたいことは別のことです」

「と、言いますと?」

「あの魔王は本当に死んだのですか」


そういえば、前ザリウス公爵。メリダさんの恋人であり、サーシャ様のお父様であるグリジア・ザリウス公爵は、スレイマンに殺されたのだったか。





Next

更新が滞って本当に申し訳ありません。

22日から……ガチャ○ンが、ルーレットを回させてくれるので…ちょっと。

サンバでサンタの方は無事に終了しました!尻は引けませんでした!!

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