※番外※ 寒い季節!ハァイッ!風邪を引いたらアレが食べたい!!
突然ですが、番外です。
ドゥゼ村での出来事です。スレイマン不在が続いているので、スレイマンが生きてる頃の話を……。
ドゥゼ村でスレイマンとの新たな家が完成してから暫く。季節はすっかり秋へと変わり、そろそろ冬の足音も聞こえてくるだろうという頃合い。
その前日から、エルザは妙に嫌な悪寒がしていた。
こう、あの聖なる森では無病息災元気いっぱいを貫いて、生肉だって食べられる三歳児であった彼女だが、そもそも異世界からの転生と急な覚醒。それに馬車が転落して胸を刺されるというショックに、養母となってくれたマーナガルムの消失。
手がかかる足の不自由、我が儘三昧な男の世話と、ドゥゼ村までの長い道のりを徒歩で行き、やっとたどり着いた小さな村で三度目の刺殺事件を経験し、よくよく考えてみれば彼女には過度のストレスがかかっていた。
それがやっと、色々な騒動が落ち着いて、安心して眠れる家も出来て、というところ。エルザは安心したのだろう。それで、疲労感が一気に襲ってきて、ある朝、エルザは高熱が出て起きてこれなかった。
「ぅ……っ、苦しい……からだに、なんか、くらげがのしかかってる……」
寝台の中で呻く彼女は熱が出た時特有の悪夢と頭重感に襲われているらしく、顔を顰め歯を食いしばっている。
「…………」
それをただ茫然と眺めることしかできない男がいた。
「そんなにじぃっと見ていたら、エルザちゃんが安心して眠れないと思うわ。スレイマンさん、何か召し上がったらどうかしら?」
世に魔王だなんだと畏怖され、聖王からは悪夢のように恐れられ、大国アグド=ニグルでは500年生きる皇帝が産褥で「あいつを殺すことを考えればこの痛みを乗り切れそう」とのたまったり、まぁ、世界中から恐れ憎まれているような男が、朝からずっとこの調子。
夜明け前にたたき起こされたマーサは何度目かの提案をスレイマンにするが、エルザの額に乗せた布が渇いてしまわないように何度も何度も水に濡らして絞る男は、この場を離れることを極端に嫌がった。
「おれがいない間に、エルザの容態が悪化したらどうする」
「ただの風邪だって、スレイマンさんが一番よくわかっているでしょう……?」
確かに風邪というのは恐ろしい病ではある。少しせき込んで、まぁ大丈夫だろうと思っていた人があっという間に拗らせてそのままなくなってしまうこともある。
けれどそれはきちんと栄養がとれていなかったり、休めなかったりした場合である。エルザはスレイマンが街から取り寄せた立派な寝台とふかふかとした布団にくるまり、その敷布団のシーツにはスレイマンが「寒くないように」と何かすごい魔術式を編み込んでいるため常に暖かいものらしい。
エルザはスレイマンに呼びつけられたマーサが看病すると知ると、寝込む前にあれこれと「こうすると風邪が早く治る」という方法を教えてくれた。まだ幼いエルザがどうしてそんなことを多く知っているのかマーサは不思議に思ったが、エルザとスレイマンの二人は外から来た人間。そういうこともあるだろう、と深くは考えない。
「部屋のシツド?というのは、スレイマンさんが作ってくれた、エルザちゃんがいうカシツキ?でちゃんと高くなってるし、スレイマンさんが作ってくれた氷の枕と、小さい袋で首と両脇、それに足の付け根を冷やせているわ」
熱が出た時はここを冷やすと良いとエルザが告げた場所はしっかりと覚えている。額だけではないのかとマーサは次に誰か風邪を引いたら、同じようにしてあげられると、知識が増えたことを喜んだ。エルザには申し訳ないが。
氷にしても、今の時期は手に入らないものを、スレイマンが魔術で出してくれて助かった。
自分は何もできない、というような絶望した顔で、ただエルザの苦しむ顔を見つめているが、マーサはスレイマンがどれだけエルザを心配し、看病のために役立っているのかを知っている。
「おれが呪われるべきだったのだ。エルザはまだ幼い、何一つ苦しむことのないように、このおれがいながら……」
だがこの黒髪の男性はただの風邪を、まるで自分が受けるべきだった災いだとでもいうように嘆いている。少し気になった、魔術的なもので風邪はどうにかならないのかと聞ける雰囲気ではない。
「……ぅ……」
「エルザちゃん?」
うなされ続けていたエルザが、うっすらと目を開いた。
「…もものかんづめ…が…たべたい」
熱に浮かれた目で、ぼんやりと宙を見るエルザは意識がはっきりしていない。
だが何か、食欲があるということはわかり、マーサは声を弾ませた。
「スレイマンさん!聞きました?エルザちゃんが、モモノカンヅメというのが食べたいって言っているわ!」
一体モモノカンヅメなるものが何なのか、マーサにはわからないが、スレイマンなら知っているだろう。そう思って見上げると、エルザの保護者はいつも以上に眉間にくっきりと皺を寄せている。
「……なんだそれは」
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「モモノカンヅメ……うーん、エルザが変なこと言ってるのはいつもだけど、そういうのの話は、覚えがないなぁ」
スレイマンはエルザの看病をマーサに任せ、エルザと親しい村の少年イルクに話を聞きに行った。
モモノカンヅメ。
妙な言動の多いエルザで、特に料理に関してはその奇行にまるで自重がない。古今東西、人間種の有史以前からの知識を多く持ち、人の蘇生方法からヒヨコの雄雌の見分け方まで、それこそなんでも知っていると自負してきたが、エルザが口にする妙な言葉は、わからないことが多かった。
一番長く居る自分が知らないのなら、この村からの付き合い程度の子供が知っているわけもない。だが万一、という可能性を考え問うてみたけれど、やはり答えは否だった。
「そうか。貴様はどうだ、クロザ。たまには役に立て」
「これ何か答えねぇとヤバいパターンだよな?そうだなぁ……旦那が知らねェってことは、二人の故郷の料理じゃねぇ。ならあのお嬢ちゃんが考えた誰も知らない料理ってことじゃねぇかねぇ?モモノカン、がなんだかわからねぇが……何かの詰め物料理だろう?」
傭兵として各地を歩き、貧困街の泥料理から軍事用の携帯食料まで食してきたクロザも自分の記憶を探る。だが、モモノカンヅメなるものはとんと心当たりがなかった。
さてここで、読者の皆様に説明をしたい。
エルザの言葉はもちろん現地の言語だ。こちらの世界に存在しないものだけが、エルザの前世である日本人の発音する日本語になる。
だがモモノカンヅメは、妙な偶然により「モモノカン」のみが聞きなれない言葉と扱われ「ヅメ」は、腸詰や何かと同じ「ヅメ(フィート)」と発音されてしまっている。
そういう事情があって、クロザはエルザが以前息子と作った、ハバリトンの詰め物料理のようなものではないか、と想像してみた。
これが悲劇の始まりである。
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「だ、旦那ァ……そ、そのくらいにしねぇかい?」
「ほ、ほら!エルザだって病人なんだし!そんなに食べれないと思、いますよ!!!」
腸詰料理。
どの動物のものかわからないので、とりあえず森中の、内臓のある動物・魔法生物・魔獣全てを一頭・一匹づつ仕留めてくると、スレイマンが森の中に入って暫く。
同行した、というか、同行しないとまずいと危機感を覚えたクロザとイルク親子は、おっかなびっくり、森の入り口に山と積まれる狩猟の成果を見上げた。
森の主の資格を奪ったスレイマンは、どこにどの生き物がいるのかを把握できる。その能力と、持ち前のでたらめな魔法・魔術の才能を全開で使い、てきぱきと獲物を射ち落とす。
雷帝の槍を狩猟のために使うなんぞ、全くもって魔力の無駄遣いだが、スレイマンにとって魔力とは全快していれば無限に溢れ出るものなので、節約やら何やらの概念はまるでない。
「もしこの中にいなければどうする。全ての種を捕って戻るぞ」
「……これ、嬢ちゃんが食わなかったらどうするんですか?」
「あとで魔法で処理をしておいてやる。冬の蓄えにでも回せ」
さらりと言うスレイマンにクロザは遠い目をした。
去年、大量の餓死者が出た村の食事事情も、娘大事のスレイマン氏のついでであっさり解決だ。
「……でも、普通、風邪の時ってもっとこう、違うものが食べたくなるんじゃないかな……?俺、エルザに木の実とか、果物とって帰るよ」
肉の山を築いていくスレイマンとは逆に、イルクはきょろきょろとあたりを見渡して木の実を探す。
秋が深く、めぼしいものは落ちて動物たちの餌になってしまっているだろうが、樹になっている丸い果物やなんかはまだあるはずだ。
スレイマンの無差別攻撃で森の中の獣たちはすっかりすくみ上っていて、早く嵐が去るようにと震えながら隠れてしまっている。そのため、子供のイルクが一人で森を歩いても危険はなかった。もっとも、クロザ親子が同行すると知ったスレイマンは舌打ちしながらも二人に防御の魔法を展開してくれているので、何かに襲われてもイルクが怪我をすることはないだろうが。
「そういえば、エルザが森の果物を瓶詰にしてたな。なんか、砂糖と水を溶かしたやつに入れて……」
思い出しながら、イルクは熱で寝込んでいるというエルザのことを考える。
毎朝、女性たちが支度をする井戸でエルザがその銀色の髪をきらきらと朝日に輝かせているのを遠目で見た。イルクは男だから、その井戸は使えないし、近づいたら村の男たちに「好きな子でもいるのか?マセてきたなぁ」と揶揄われる。
エルザの看病はマーサがしているという。イルクはエルザの様子を見たかったが余計な菌?とかが入るからだめだと言われた。スレイマンに。
「あんなところに、まだ一個残ってる」
あちこち探せば、大きな樹の高いところに一つ、薄い紅色の皮の実がなっていた。樹はクロザの倍以上もある。上るには枝が少ない。
イルクは父を呼んでこようか、と考える。だが、あの実は自分がエルザのために採りたかった。そういう、気持ちがわいてくる。別に、安全に、誰がとってもいいんじゃないかと思うのに、でもイルクは妙に、無駄なことなのに、スレイマンに張り合いたかった。
村の大人が苦労して小さな動物をやっと数羽仕留めるのが精いっぱいな森での狩りを、あっという間にやってしまうスレイマンと、まだ一人でラグの木を切り倒すこともできない自分が何を張り合おうというのか。
「でも、俺はエルザにちゃんと、俺がとったんだって持って行きたい」
エルザは今苦しんでいるのだ。
いつもあれこれと、とんでもないことを言い出して、どんなこともしてしまうエルザが、今は弱っている。イルクはそんなエルザに会いに行って、それで「俺がお前のためにとったんだぜ」と、そう言いたかった。
意を決し、イルクは木に手をかける。上り方はわかってる。腰の紐をぐるりと木に回し、ゆっくりと上った。
登りながら、そういえば瓶詰、エルザは「水分がなくならないように、シロップ漬けにしておくんですよ。雑菌の繁殖と腐敗を抑えられて……果物の瓶詰は、風邪をひいたときとかの病人食になりますし、沢山作っておきたいんですけど、瓶がないんですよね」と言っていたのを思い出す。
もしかして、モモノカン詰めって、腸詰料理じゃなくて、瓶詰のことじゃないのか?
あっ、と気が付いたとき、うっかりとイルクは片手を放してしまった。
そして木から落下する。
幸いにもスレイマンの防御魔法で、イルクが骨折や打撲をすることはなかった。だがいろんなことに合点が行ったイルクはそれどころではない。
「~~~っ、とうちゃぁああん!!!!スレイマンさん引っ張ってさっさと帰ろう!!!!モモノカンヅメ、俺わかった!!!!」
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「病の時はまず薬と、人間種の中にはそのような常識はないのですか?」
目もくらむような美しい貌で不思議そうに首を傾げる星屑種は、己の愛しい乙女が高熱を出した事を村の魔法種から聞きつけ、自分の領地の花を持ってエルザの元を訪れていた。
エルザが張り直した結界により、その行動範囲は以前より広くなっている。こうして花を大量に持っていれば、村の中までは来れるらしい。まぁ、星屑種はエルザが自分を尋ねに来てくれる、ということが好きなので滅多に来ないが。
「……」
星屑種の訪問を受けたマーサは、苦笑するだけで何も言えない。かの美しい、泉の中の幻想的な存在が持ってきてくれた薬草を煎じてエルザに飲ませて見れば、エルザの熱はすぅっと引いて、先程まで静かな寝息を立てていた。
「ですよね、薬ですよね、私もすっかり忘れてました。そう、薬こそ、人類の発明品。自然に生きている生物では得られなかった進化」
よほど薬が効いたのか、目覚めたエルザの顔色は随分と良くなっている。すっきりと、いつもの通りキラキラと輝く青い瞳を受け、星屑種は気を良くしたようで満足げに目を細めた。
「あ、そうだ。星屑さん、マーサさん、実はとっておきの果物の瓶詰があるんですよ。病人は桃の缶詰と相場が決まっていますが、まぁ、桃はなかったので何かの実なんですけどね。良い具合に浸かっていると思うので、どうです?お一つ」
そう言って起き上がって用意しようとするエルザをマーサは押し留め、エルザのその瓶詰のある場所を聞く。台所の、床下収納にしまっているそうだ。
「そう……モモノカンヅメって、そう……お料理じゃなかったの」
きらきらと輝く、ガラス瓶の中に綺麗にカットされた果物がたっぷりと詰まっている。
マーサは先ほどまで森の方から聞こえた雷鳴や獣の断末魔のことを考えないようにしながら、器とフォークを持ってエルザの寝室へ戻った。
Fin
ひと月ぶりです。忘れられていないか心配です。
感想とか評価とか、その間にも頂いていて……ありがとうございました。
野生の転生者、更新再開します(/・ω・)/
※ところで、毎日更新してるなろう作家さんはソシャゲやってないんですか??いつ書いてるの??