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外道料理人(8)


卵を使った料理、あるいはお菓子というのは世界各国に広く存在する。


簡単なものなら、目玉焼きから卵焼き。それだって、半熟にするか固ゆでか。出汁で作るか砂糖を入れるか、古今東西様々な姿になったことだろう。


茹で卵一つにしたって、ひき肉で包んだスコッチエッグ、酢漬けにした卵のピクルス、大理石のような模様のついた茶葉たまご、日本で言えば煮たまご等、食べ方だって様々だ。


江戸時代には「卵百珍」という、卵の食べ方を、その題の通り100種ではなく、なぜか103種の、その当時の珍しい卵の食べ方が記されているとても興味深い書物だ。残念ながら私の前世の日本人女性は、その実物を読んだ事がなくインターネットで調べた情報からその内容をある程度把握している程度だったが、まぁ、今となってはそれはもはや関係のないこと。いや、正直読みたかった。思い出すと悔しいから蓋をしておこう。


どうも、ボンジュールからこんばんは、野生の転生者、エルザです。


卵百珍、様々な食べ方、調理方法のある卵。その卵を食材の一つとして「調理」したお菓子、カスタードプリンを、私は名刺代わりとして持参しました、えぇ、神崎竜二郎シェフの魔術工房。


色々ありまして、エルジュベート・イブリーズさんにハンバーグを作ったりなんやかんやで、えぇ、私も色々思う事がありました。


それで、まぁ、とりあえず私は竜二郎シェフの工房見学をすべきではないのか?というか、そもそも、なぜ一度諦めた?私の料理への熱意はその程度か?とすら思いました。


それでアゼルさんの獅子に乗せて貰って、竜二郎シェフの工房の屋根までやってきました。


「《緋色の空》でも儂を呼んだが……なんだァ、小娘。儂を知ってるのか」


私は工房の応接間に通され、飾り気のない机を挟みソファによく似た家具にどっかりと座り込む竜二郎シェフと向かい合った。私の後ろにはアゼルさんが控えており、身分としては騎士を伴った聖女候補生、ということで無碍には出来ない。


「それについては、こちらを食べて頂くのが一番かと思いまして」

「……」


氷を詰めた箱の中に入れて持ってきたのは、そこの浅い土瓶に入れたカスタードプリンである。その表面に砂糖をまぶし、アゼルさんに魔力を使って熱くした鉄のヘラを押し付ければカラメルの層が出来る。


「どうぞ、食べ方はご存じですよね」

「……まさか」

「どうぞ、どうぞ」


ぎょっと、驚いた顔の竜二郎シェフはプリンと私の顔を交互に見つめ、探るように目を細める。それで何がわかるわけもない。わかるのは食べてからだ。


硬くなったカラメルの層をパリッとスプーンで割って、竜二郎シェフはプリンを掬う。そしてぱくりと一口食べ、味わうようにゆっくりと口内で舌を動かしているのがわかった。


「……クレムブリュレ、じゃァねぇな。この舌触り、湯煎されたモンじゃねぇ。生クリームも使ってねぇ、牛乳……いや、それより濃いが、成分としちゃ牛乳に近いモンだ。それにこの風味は、シナモンと柑橘系の果物だな」


じっくりその味やにおいや硬さも全て味わい尽くし、竜二郎シェフの黒い目には確信の色がはっきりと浮かんでいた。


「―――スペイン料理人、それもカタルーニャの出の、いや違う、それにしちゃァ砂糖が少ねェ。儂の舌に合う。日本人か、お前」


理解が早くて助かる。さすがは料理人。


プリン、プリン、カスタードプディング。


その誕生は航海士が適当な材料をぶちこんで蒸し焼きにしたら何か良い感じに出来たとか、あるいは腸詰の派生料理であると所説あるけれど、ようするにカスタードをプリン型につめて蒸し、凝固させたものだ。


基本的なレシピは卵に砂糖と、何かしらの液体(牛乳であったりココナッツミルクであったり練乳だったり)を加えて熱を加える。


主にフランスやイタリアなどで食べられているイメージだが、世界各国、様々な地域で似たような菓子が存在している。有名なのはブラジルのキンジンという巨大なドーナツ型のプリンや、ベトナムのバインフランがある。


私が今回作ったのは、フランスはカタルーニャ地方で愛されているクレマカタラーナ。⇒スペインはカタルーニャ地方


生クリームを使わず、卵の黄身と牛乳、砂糖、それにスパイスを加えて手鍋でじっくりと温めて作ったクリームで作る簡単なデザートだ。


プリンと違いオーブンにかけたり鍋で蒸し焼きにしたりせず、小鍋の中でクリームの硬さを決め、冷やすのでプリンやブリュレとはまた舌触りが異なる。


「プリンこそ料理人の名刺ですよねぇ。えぇ、人類万歳」

「プリンじゃねぇだろう、こいつァ」

「卵の熱凝固性を利用して固めて冷やしたデザートなので広い意味ではこれもプリンです」


私が肩をすくめて言えば、ぎしり、と椅子を軋ませて老料理人は口元に手を当てる。


「有り得るか?目の前にゃ、どう見ても日本人にゃ見えねェ銀髪のガキだ。それにこっちの言葉を流暢に話してやがる」


ぶつぶつと独り言のようであるが、私にその説明をしろと求めているのはわかった。

しかし、私は自分が異世界転生した理由やら何やらを詳しく説明できない。


「私は貴方と同じ国の知識を持っている。そして貴方と私はこの世界で今生きている。それで良くありませんか? あなたは故郷に帰りたい、と切望していなさそうですし」

「まぁ、そりゃあなァ。懲役中だしなァ」


あ、やはり刑務所に入ってはいたのか。

そこから異世界転移した、というのは中々……興味深くはある。


私がじっと見ていると、竜二郎シェフは「大して面白い話でもねぇ」と前置いて、そしてさらりと言った。


「儂は病持ちだったからな。毎朝毎晩、処方される薬がある。それをその場で飲まにゃならねェんだが、まぁ、飲み込んで吐き出してためとく。80粒ほどためて、まぁ、一気に飲んだわけよ。死んだと思ったら言葉の通じねェ妙な所に寝てなァ」


刑務所は懲役中、死んでは困るわけで薬が必要な受刑者にはきちんと薬が出される。健康管理もされているので、法で定められた刑期をそこで過ごし償いを、ということだろう。


「自殺しようとしたんですか」

「なんだ、気に入らねぇか。ははは、なんだ、善人の類か?ちゃんと罪は償えってか」


馬鹿にしたように笑われて、私は負けじとにっこりと笑い飛ばした。


「私を雇いませんか?」

「あァ?」

「いえねぇ。竜二郎シェフのされていることに大変感銘を受けました。ここはとんだデストピアですよ。人の嫉妬や嫉み、欲望だって人類の文明を発達させるための大切な原動力です。他人よりも、隣人より、他国よりもっともっと豊かに、便利に手軽に豪華に、昨日より明日はもっと良いものをと、そういう心が人には必要だと私は思います」


つらつらと、私は持論を展開する。


「私は前世が日本人の料理人なのです。それで、この国の、この世界の料理文化に物足りなさを感じています。竜二郎シェフが流行らせている、少し特別な料理……聖王国が密かに流すガニジャの効果を薄めて、人がより人間らしくなる、えぇ、素晴らしいじゃありませんか。ぜひとも私にも協力させてくださいよ」


竜二郎シェフはその話を黙って聞いてくれたが、その皺のある顔、その目はじっと、私の言葉がどこまで本当かと探っている。


全て嘘だとは疑わない。


けれど、どこが本心で、いや、その本心がそっくりそのままその通りだとして、その上で何を企んでいるのかと、人を騙してきた男は自分が騙されるかもしれないというニオイに敏感だ。


「昔が同郷だろうと、今のてめぇは聖王国が大事大事にする、聖女サマってやつの見習いだろ?」

「えぇ、まぁ」


職業聖女としての必要な絶対音感はないが、まぁ、聖女コースを受講しているのは本当だ。


「……」


押し黙りながら、竜二郎シェフは私を再度、値踏みした。


私のことを不審に思ってはいても、自分の方が一枚上手だと。(これは私の外見が幼女ということも手伝っていると思うが)同じ日本人の小娘ならば思考も知れる。


何を企んでいようと最終的に上手くやるのは己だと、そういう侮りがあった。


いや、それだけではない。


何か閃いたような、ここで私が竜二郎シェフの手駒の一つになるということが、この老料理人にとっては「降ってわいた幸運だ」というような、彼にとって何かしら悩みの種であった問題を、私という存在を利用することで解決できると、そう気付いた瞳をした。


たぶん、私も竜二郎シェフの後ろにいる貴族の女性を知った時、同じ目をしたのだろうと思う。




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どろっとしたブリュレってなんか苦手で食べれません。プリンはスプーンが立つくらい硬いのがいい。

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