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あと少しだったのに…私の人生を返せ!!!

残酷な描写のある作品です、ご注意ください。




料理が好きだった。


例えば一つ挙げるとして、トンカツだ。

あれは人類の文明、文化があってこその料理だと私は考えているし、なんならトンカツを一つの宗教にできるのではないか?トンカツを崇めることは人の世を讃えることになるのではないか?とさえ思っている。


作り方はいたってシンプルだ。

スライスされた豚肉に筋切りをし、塩コショウをして下味をつけ、小麦粉を軽くまぶし、溶き卵にくぐらせてパン粉をつける。

それを160度程度の低温でじっくり10分ほど揚げて、あとはキャベツなどを添えソースや辛子をつけてたべる。


……シンプルだ。だが、なんと文明的だろう?

考えるだけで涙が出てくる。

人類万歳!


まず小麦粉だ。

文字通り小麦から作られる。エジプトから西洋に伝わり、我が国日本では中世のあたりから料理に使われるようになった。

元々日本にはなかったものが、世界が開拓され航海技術により大陸・島の間の行き来が可能になったゆえの小麦の伝来だ。


何て素晴らしい。

人類万歳!


塩・こしょうについても同様。香辛料で戦争が起きた歴史があるほど貴重だったものが、私達の時代ではもはや塩・こしょうは100円均一で棚にずらりと、なんと容易く並べられている事か!!!人類万歳!!


そして溶き卵……溶き卵だ。


卵を……一個まるまる、ただの接着剤だと言わんばかりに贅沢に使うんだぞ!!!?昔は卵は貴重で、卵一つ盗んで腕を斬りおとされた罪人だっていた。それを…接着剤に…?なんて恐ろしい発想だ…

ただ接着剤にするだけなら水になんか粉を溶いただけでもいい。人類はだが卵を選んだ。そう、ベストアンサーだ。卵は油と混ざる為、揚げた時にはねない!!!人類万歳!!


さらにパン粉!!!作製には酵母が必要になるパン!これを…すりおろし作る…パンをだぞ!?それだけで食べれるものを…パンをパンの形状からなくし…パンという概念ですらなくし…それを…衣にする!!?

なんだこれ!なんでこんな発想になったんだ!人類の発展が恐ろしい!!


元々は粉チーズの代用品として考えられた「貧乏人」の発想だとも言われている。パスタなどが主食の地域で、チーズの値段が高騰し、代わりに乾燥したパンをすりおろしたとかなんとか……ハラショー!!!!ハラショー!!!人類万歳!!!人類の食への飽くなき探求心!!!!ただパスタだけでは納得できなかった!!!工夫!!!人類に栄光あれ!!


もう、本当に素晴らしい。材料だけでこんなにも文明が感じられる。


調理方法に至っては一つの完成された物語としか思えない。

トンカツは日本で生まれたものだ。明治後半から昭和初期にディープ・フライ。たっぷりとした油を贅沢に使い、じっくりと揚げる、という調理方法の発見があった。

そして生パン粉も日本の生んだ奇跡だ。日本式の西洋料理の発展に、食パンを使った生パン粉の存在は欠かせない。食パンの水分が素早く油と入れ替わり、サックサクな食感を生み出した。


これにより、皆大好きぼくらのオヤツ・コロッケやエビフライ豚カツなどが生み出された。


感動ものだ。

ありがとう世界。

ありがとう日本。


そして最後に…添えられたキャベツ…人類愛に満ちている。

消化吸収を助け、脂肪吸収を抑えるビタミンUを摂取できる……油の多い食事に不慣れだった日本人に…なんという優しさだろうか……?涙が出てくる。


以上、長くなったがそういうわけで、トンカツ一つにしても私は人類のすばらしさを感じ敬意を持っていた。


だから子供の時から「料理人になる」ことを目指し、16の時には銀座のレストランに見習いとして入った。

肉体労働、体育会系、ブラック企業、底辺、学歴のない人間がする仕事、など、正直日本での料理人の評価というのは低い。

しかも私は女だった。

最初の三年は厨房に入る事が許されず、四年目にやっと厨房に入れても料理長に名前で呼ばれることもなかった。他の調理人たちにもいつも「女!」と怒鳴られ、包丁や鍋を投げつけられ、そんな職場だけではないだろうが、残念ながら私が入った場所はそういう環境だった。


だが、だからなんなのだ。

私は料理人になりたかったし、料理長の料理は素晴らしかった。


そこでさらに5年働いた。苦しかったこともあったが、楽しかったことも多かった。

初めて料理長に「おまえ、グランドメニューのあれを作ってみろ」と言われガチガチに緊張しながら作り、食べて貰って「よくやった」と言われた時はそのまま大泣きした。


料理の大会にもたくさんでた。

日本だけではなく海外のものも。

応募のレシピを送っただけで終わったものが大半だったが、中には選考を抜け実際に料理し入賞したこともある。


楽しかった。

何もかもが楽しくて、そして、一年、銀座でホステスをやった。


きっかり一年と決めて、レストランの常連だったママさんのお店で雇ってもらった。

独立資金と、いずれ出すお店の宣伝のため、そして厨房という閉鎖空間にいて足りなかったコミュニケーション能力、自分より頭がいい、お金を生み出すことにたけた人間との会話の仕方を学ぶため。


(あぁ、それなのに)


お金はたまった。

場所も、神保町のあたりにある4坪程度の小さなところを借りれた。

小さなバルから始めようと、ずっと考えてきた。各地を回りながら集めた、食器。店内で流す音楽、テーブルやカトラリー、一つずつ一生懸命考えて、宣伝用のSNSやホームページ、チラシも作った。


あとは始まる、ここから、私の人生が、やっと、やっと……。


(まだ、なにも…誰にも、恩返し、できていないのに)


店の戸締りをして、帰路についた。

明日からオープンだった。

だから準備は念入りに、最後まで、終電ギリギリまで店にいた。


(刺された?誰に?なんで?)


自分の体が地面に倒れていることはわかった。

身体をまさぐる感触も、衣服がはぎ取られるのも、わかったがどこか他人事だった。

急速に寒くなっていく体。


もの盗りか、変質者か。


(お金なんかないよ。むしろ赤字だらけで、がんばらないと)


私が悪いのか?

夜遅くに一人で歩いていたから?

自衛能力が足りなかったのか?危機感が足りなかった?

そんなバカな話があるか。

女を弱いものだと、料理人の世界でさんざん差別されてきたが、それでも、生きてきた。


女だから狙ってよかった。そんなバカな。


厨房で「女のくせに!」と殴られる度に「そういう相手の価値観がある」と自分を卑下はしなかった。


私が私であることに、悪性など、汚点などあるわけがない。

どう考えても、相手が悪いに決まってる。


薄れゆく意識の中でそんなことを考える。

あぁ、駄目だ。ダメだ。こんなことを考えたって、もうどうにもならない。

なら何か楽しいことを。


冷蔵庫の中に、卵があったっけ。


(初めて、片手で割っても殻が入らず、黄身もつぶれずきれいにできた時、うれしかったなぁ)


うれしくて、うれしくて、写真を撮ったっけ。


(卵、そう。オムレツ、ジャガイモと玉ねぎを入れて、ふっくら、パンケーキみたいにやいて)


私の意識は、そこで途切れた。






=====





ウアァアアアアアアアアアと、大声で泣く声に目をあける。

大粒の雨が自分の頬、いや、体中を打っていた。


泣いているのは私だった。


「うるせぇ!!!!黙れ!死にやがれ!!!」


グサグサと、私の体をナイフのようなもので刺してくる男がいる。顔は見えない。大雨の中、どこかで明かりがあるのかうっすらとした輪郭はあった。


なんだこれ。

なんだ……?


私はまた殺されているらしかった。


「おい!子供相手に時間を取るな!こっちの夫婦はちゃんと死んでる!いそいでズラかるぞ!」

「チッ、馬車が落ちてそのまま死ねばこんな手間を取らなかったのによぉ!」

「運よく子供だけ助かったってしょうがねぇだろうにな」

「母親が咄嗟に娘を庇ったんだろ。どうせ確認にきた俺らに殺されるだけだったがな」


男たちが数人で話している声が聞こえる。


子供、というのは私か?私だろう。


……これは夢?


馬車で、転落…こいつらは強盗か?


思い出そうとしても思い出せない。自分がわかるのは、日本という国で生きて殺されたことだ。


どちらが夢だ?


混乱しながら、私の体は動かない。


(あぁ、また死ぬのか)


そんなことを思う。

男たちの気配がなくなっていった。

雨に打たれながら、あちこち刺され、そのうちに死ぬだろう。


なんだこれ。

なんなんだ。


「………おおかみ?」


ふと生暖かいものが自分の頬にかかった。


ゆっくりと目を開ければ、大きな犬…ではなく、たぶん狼だろう。大きな耳に太い首、金色の鋭い瞳がじぃっと私を見下ろしている。


「……」


食べられて死ぬのか。


せめて意識がなくなるまで待ってくれないものか。生きたまま食われるのはさすがに、嫌だと祈るような気持でいると、ぺろり、と狼が私の頬を舐めた。


「……?」


そしてペロ、ペロ、と狼がゆっくり、ゆっくりと私の体、刺された箇所を念入りに舐めていく。


「………なんだ、これ」


冷え切っていたはずの体が暖かくなってきた。

痛みが薄れ、次第に消えていく。

自分の体が少しだけ動くようになたことに気付き、私は狼に手を伸ばす。


「……助けてくれるの?」


狼が舐めた場所の、傷が治っていく。

なんだこれ。


狼はグルッと一度喉を鳴らし、目を細めた。器用なものだ。


そして狼が体を這わせてぐいっと動かすと、大きな狼の背中にうつぶせになるようにして私の体が乗り上げた。


なんだろう、これ。


わからないが、食われはしないらしい。

私の体を乗せたまま、落とさない様にとゆっくり狼が歩き出す。


「……」


私は両親、だろう人たちのことが気になった。

あまり実感はない。自分の意識が、日本で暮らした人間のもの、のように思える。

だからその場に戻りたい、と思うこともなく狼の背に乗せられるまま、目を閉じた。




====




その狼は雌らしかった。


住処は大きな樹の上の方に出来た空洞。並の獣では上ってこれなさそうな高さにある。そこに柔らかい草を敷き詰めて、私はしばらく寝かされた。


傷は治ったがまだ起き上がる事が出来ず、狼はそんな私に木の実や柔らかくした肉を持ってきてくれた。


「……生肉」


贅沢を言える身ではないが、さすがに生肉…それも狼の口で細かくやわらかくされたもの、を……ちょっと勇気がいる。


ためらう私に狼は不思議そうに首をかしげるようなしぐさをし、ぐいぐいっと食べるように押し付ける。


「……せめて…こう……加工したい」


火とかないのか。ないか、ここ木だし燃えるもんな、うん。

塩やこしょうなんかあるわけもない。

なので腐敗防止をして干し肉にするのは難しいし、多分それまで待ってくれないだろうこの狼さんは。


じぃっと私が食べるまで待っている狼の視線にこれ以上耐えられそうになく。


「……いただきます」


覚悟して私は生肉を食べた。


……うん!わかってた!!肉の味、だね!!!あとこれなんの肉だろうね!!まぁいいや!!!食べた感じイノシシっぽいね!!


「あ、ありがとうございます」


私が食べ終えお礼を言うと、狼はコクンと頷いた。そして私の体をその大きな体で包み込むように横になると前足を私の胴体に置く。ぺろぺろと毛づくろいをするように顔を舐められくすぐったくて笑う。


……子狼だと思われている、のだろうか?


巣の中を見渡せば、他に狼のいる痕跡はない。私と、この狼だけ。

一頭だけで生きているのか?そういう種なのだろうか。


っていうかそもそもここどこだ。


わからないことは多くある。だが、小さな自分の体。

絶対に日本には存在していない、巨大すぎる狼。あと、大木。


……たぶん、どこか違う世界に転生したのだろうとぼんやり思った。




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