冥府の庭園
冥府の宮殿の庭園は、不思議なものであった。
花や木々が、鈍い光を帯びて、てらてらと闇を照らしている。きちんと色はそれぞれあるのであるけれども、どこかモノトーンじみた色合いだ。
「時間に応じて、放つ光のいろが変わるのですよ」
エウドキアはそう言って、庭園を歩いていくと、庭師がひとり、剪定作業をしていた。
「綺麗な垣根ですね」
私がそういうと、はさみを持った庭師は、びっくりして手を止めた。
「ペルセポネさま、彼は庭師のアスカラポスです。アスカラポス、こちら、デメテルさまのご息女のペルセポネさま」
「おおっ、神の門からいらしたという、女神さまですね。お目にかかれて光栄です」
彼はあわてて道具を置き、頭を下げる。
「お仕事の邪魔をしてしまって、ごめんなさい」
「いえ、もうすぐ終わるところでしたので」
アスカラポスはそう言って、微笑んだ。
「地の底でも、こんなふうに木や、花は育つのですね」
「地上の花は光を浴びて育ちます。反対に、冥府の花は、光を放って育ちます」
アスカラポスはそう言って、近くに咲いていた白い花を一厘、私に差し出した。
「冥府の木々や花が放つ光は、死者の思い出の光なのです」
エウドキアが愛おしそうに、木々の葉にふれる。
「思い出?」
「そうですわ。天の星々が、栄光に満ちた英雄たちの輝きであるように、冥府は、死者の想いがひとつひとつの光を生むのです」
「綺麗ね」
私は白い花に顔を寄せた。香しいかおり。ほんのりと心が温かくなるかおり……きっと、これは優しい思い出のつまった花なのだろう。
「不思議」
私は花びらを見つめる。
「この花に、彩をつけてはいけない気がするわ」
花に彩りをつけるのが、私の仕事。
冥府の花のいろは淡く、ぼんやりとしている。でも、はっきりとした色彩を他の誰かが加えてはいけない、そんないろだ。
「冥府の庭園は、美しい光に満ちていますが、この光は、場所によって違うのです」
アスカラポスは剪定した木々を拾い集める。
「地上にたくさんの想いがあるように、冥府の光もひとつではないのです」
「私の仕事を必要とするような、花もあるのかしら?」
「どうでしょうか……たとえあったとしても、そのような場所に行かれるのはおやめください」
アスカラポスは首をすくめた。
「なぜ?」
「そのような場所は、あなたのような方にはふさわしくない。私が陛下に叱られます」
アスカラポスはそういって、頭を下げ、仕事に戻った。
「私は、この世界を知りたいのに」
ポツリと呟く。
「ペルセポネ様は、地上の女神。あなたはこの世界には『眩しすぎる』方ですから」
案内してくれると言ったのはエウドキアなのに、彼女は私を諭すようにそう言った。
でも。
よく考えたら、私は招かれてここに来たわけではない。勝手にやってきて、物見遊山にあちこち回られては、迷惑であろうとは思う。すぐに地上に追い返されてもおかしくはないのだから。
エウドキアは、さらに庭園の奥へと導いた。
宮殿そのものが高い位置にあるのだろう。大きな泉が眼下に広がる場所に出た。
例によって、水面が淡く光っている。泉の向こうに、民家と森の木々が見えた。
全体に薄暗いことと、ものが発光していることをのぞけば、地上の風景と変わらない。
「ここは、一番眺めの良い場所でございます」
エウドキアはそう言って、微笑んだ。
「本当ね」
私が頷くと、エウドキアは、「それでは、宮廷の中のほうをご案内しますね」と、来た道を戻っていく。
「あ」
私は、庭から仰ぎ見る場所にあるテラスに、ハーデスの姿を見つけた。
黒衣の服をまとった、ハーデスは、傍らに、美しい女性を従えている。
「あのかたは?」
「彼女は、コキュートスのニンフのメンテ―さま」
私の視線に気が付いたエウドキアは、表情を消して答える。
「……王妃候補のおひとりですわ」
「王妃候補」
私は息をのむ。
メンテーはハーデスに艶然と微笑み、仲睦まじく部屋へと二人で入っていく。
胸がギュッと冷たくなった。
※コキュートス 冥府に流れる川の名称




