番犬
舟で渡っている間に、空腹を覚えた私は、持ってきた荷物から、『豊穣の袋』を取り出した。
これは、母が作った袋で、パンや、果物が一日で三個まで、取り出せる袋である。
私は大きなパンを一つとりだして、半分にわけた。
「あの、よかったらどうぞ」
「おおっ、これはとてもおいしそうなパンですね」
カロンは嬉しそうにパンを受け取り、満足げに頬張った。
私も、パンを口にする。
「冥府にもパンはありますが、これは格別に美味しいですな」
カロンは本当に嬉しそうにそう言った。
「そうなの。でも、問題は、一人で食べるには大きいのよね」
私は笑って、自分の食べていたパンの残った欠片をまた荷物にしまった。
これから先、何がおこるかわからないし、どこまで続くのかもわからない以上、食料は大切にしないといけない。
「それでは、お気をつけて」
「ありがとう、カロンさん」
私は、カロンさんにお礼を言って、舟を降りた。
目の前には、石畳のひかれた道がのびていて、小さなかがり火が両脇に焚かれている。
天井は見えないほどに高く、闇に隠されていた。
そして、その道の中央に、一頭の大きな獣が鎮座していた。
それは、犬のようであったが、頭がみっつもあり、しっぽは龍のように硬そうである。その首にはふさふさした、たてがみがあり、大きな目でじっと私を見ていた。
とても、賢そうな子だ。私を見ながら、ほんの少し、尾が揺れた。
「こんにちは」
私の言葉をじっと聞いている。言葉がわかるようだ。
「私の名前は、ペルセポネ。ハーデスさまに会いに来たの」
三つの頭が私を見ている。なんだか可愛い。
「あ、パンの残り、食べる?」
私は荷物の中からさっきのパンの欠片を取り出した。
それをみて、急にすわっていた獣が立ち上がる。早くよこせ、といわんばかりに大きな声で吼えた。
「そんなふうに、吼えたらあげないわよ。お行儀が悪い」
私は低い声で、その子に向かってきっぱりと言う。
「すわりなさい!」
その子は、わたしをにらんで、少し唸る。でも、私は、ひるんだりしない。
しばらく私とにらみ合ったものの、諦めたように、その子はチョコンと座った。
「まだ駄目よ」
私は、パンを三つに分けて、その子に近づく。クィンと声を立て、首を伸ばしたので、私は手を引っ込める。
「待って。待てない子にはあげないわよ」
私の言葉に、シュンとなり、その子はじっと私を見つめる。
「いいわ。どうぞ」
私の言葉を合図に、その子たちは喜んでパンを食べ始めた。とてもおいしそうにあっという間に平らげてしまった。
「ね、触ってもいい?」
ふさふさしたたてがみが、とてもきれいで、私は耐え切れずにその子に話しかける。
クイン。
キラキラとした目で、6個のめが私を見る。
私は柔らかなそのたてがみに顔を埋めた。温かくて、ふかふかで気持ちがいい。
三つの頭がそれぞれ、自分の首を撫でてほしいとクインクインと声を上げる。
「あなたたち、本当にいい子ね」
思わず、時間を忘れて頬ずりしていた。
「……ペルセポネ?」
不意に、後ろから声をかけられ振り返ると、目を大きく見開いたハーデスが、そこに立っていた。




