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オルフェウス 1

 その後。私の行動は常に制限を受けるようになった。ガイアだけでなく、ヘラに狙われる可能性があるとなれば、仕方ないところである。

 そのかわり、二日に一度、ハーデスとともに、ステュスに近いところにある、ケルベロスの間へ行くことが日課となった。こもっていては精神上よくないだろう、というハーデスの配慮である。

「きゃきゃ」

 私の腕の中で、アドニスが声を上げて喜んでいる。やっぱり、部屋の中にずっといるより楽しいのであろう。

「お外、うれしいねえ、ワンワンにあえるよ」

 私がアドニスに話しかけるのを、ハーデスは優しい瞳のまま、やや苦笑した。

「ケルベロスをワンワン呼ばわりするのはすごいな」

「そうでしょうか? かわいいですよ」

「アレを可愛いと言うのは、君が初めてだよ」

 クスクスとハーデスは笑う。目がとても優しくて、ドキドキする。

「ハーデスさまは可愛いと思わないのですか?」

「……いや、私には懐いているけどね。あれは、冥府の番犬だ。生と死の規律を守っている。そのことわりをやぶるものに対して、容赦はしないことになっている。たいていの神、生き物は、あれを見ると恐怖を感じるものだが」

「そういうものですか?」

 つやつやの毛並みのケルベロスは、意外とこわもてで売っているらしい。

 みっつのあたまについている六つのまなこは、とてもプリティなのに。

 私たちが、ケルベロスの間に近づくと、ポロンポロンという美しい竪琴の音色が聞こえてきた。

「誰だ? 生きているモノの気配がする」

 ハーデスは私を背に庇いながら、歩みを進めると、一人の人間の男が、ケルベロスの前で竪琴を奏でていた。

 ケルベロスはうっとりとした目をしている。

聞いたことがないような、美しい旋律。透き通るような音。本当に素敵な曲だ。

 私とハーデスは、思わず彼の演奏に聞きほれた。心が陽に包まれたような温かい気持ちに満たされた。

 やがて、彼の指が止まって、静寂がおとずれる。

 しんとした空気は、いつもより柔らかだ。

「何者だ、君は?」

 明らかに、死者ではない。血色の良い肌艶をしている。

「私の名は、オルフェウス。死んだ妻に会いたくて、ここに参りました」

「生きている人間が、ステュスを渡れるわけはないのだが……」

 ハーデスは大きくため息をついた。

 今の美しい演奏を聞いた後ならば、カロンが思わず舟を出してしまったのだろうということが容易に想像できる。

 冥府の王としては、頭の痛いことだろうとは、思う。

「ねえ、今、弾いていた曲、素敵ね」

 私は、ケルベロスの頭をなでながらそう言った。アドニスは、すやすやといつの間にか寝息を立てていた。

 色彩の少ない冥府に、鮮やかな光をもたらすような音色だった。

「今の曲は、私が妻のために作った曲です」

 オルフェウスは悲しげに告げながら、ポロンと竪琴をつま弾く。

「素敵。あなたの演奏、もっと聞きたいわ」

「ペルセポネ」

 ハーデスがふうっとため息を吐いた。顔が厳しい。

「生者がここにいるのは問題だ。ほかの死者に示しがつかない」

「でも……」

「お願いです! 妻にひとめ、ひとめでいいから会わせてください!」

 オルフェウスは必死に訴える。その想いはとても真摯で、胸がギュッと痛くなる。

「ハーデスさま」

 冥界というのは、死者の国。生きているものが立ち入ることが出来ない、閉ざされた国なのだ。

 しかし、その禁を犯し、彼はここまでやってきた。

 あの日、ただハーデスにひとめ会いたいと願って、冥府に下りた自分と重なる。

「あの……」

 なんとかしてあげたい――でも、私は、これ以上、ハーデスにわがままをいうわけにはいかない立場で。

 言いかけた言葉を引っ込めて、私はうつむく。

「しかたない」

 ハーデスは私の肩をポンと叩いた。

「とりあえず、宮殿へ連れて帰り、彼をどうするか、審議することにしよう……ついてこい」

 そう言って、ハーデスは背を向ける。

「行きましょう」

 私は、オルフェウスに声をかけた。



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