まだ見ぬ力
倒れていた女性は、間違いなくセメレーであった。
デュオニソスは、母親であるセメレーを伴い、私たちに礼を言うと、アルテミスを頼っていくと告げ、去っていった。
「しかし、やっかいなことになった」
ハーデスは、デュオニソスを見送った後、私にそう言った。
「君の力が、図らずもヘラに匹敵することが証明されてしまった」
「……偶然、ですよ」
どう考えても、女神の長であるヘラ様と、花に彩りをつけるだけの私の能力が釣りあうはずがない。
「君は、デメテルと、ゼウスの子だ」
ハーデスはそう言って、私を見つめた。胸がドキリとする。
「君の名は、『目もくらむような光』という意味がある。君のなかには、未だ眠っている神気がある」
「眠っている?」
「おそらく、君の伴侶となるべきものが見つかった時、その力が顕在化するに違いない」
「私の夫……」
胸がキリリと痛んだ。今、私に力がないということは、目の前のハーデスは私の運命の人ではないのだろうか。
「なんにしても、君は気をつけたほうがいい」
ハーデスは眉を曇らせた。
「君を手に入れ、ゼウスに取って代わろうという輩がいない訳ではない」
「父と?」
ゼウスは、自分の父であるクロノスを倒して、神々の玉座についた。
父を倒して、玉座を欲する神がいたとしても、不思議はない。
「……私、争い事は嫌いです」
「君はそうでも、ゼウスに勝つために君を欲するものはいるだろう……もっとも、それよりも、当面は、ゼウスの御世を守ろうと、ヘラが何かしそうな気がする」
「ヘラ様が?」
先ほどのセメレーへの仕打ちを想い、私は思わず身体が震えた。
「大丈夫。ここにいる限りは、私が守る」
誠実な責任感から出ただけの言葉だとわかっていても。
その優しい笑みに胸が熱くなる。
「そういえば、ペイリトゥスは、ヘラのお気に入りのテセウスの親友だったな……」
ハーデスは、考えすぎならいいが、と、小さく呟いた。