デュオニソス
「私にいったい何の御用ですか」
弟とはいうものの、私とデュオニソスとは面識は全くない。しかし、びしょ濡れ状態で立ち話はためらわれ、王宮に戻り、彼は服を着替えた。髪が渇くと、父と面差しが似ているな、と感じる。
彼が話をしたいのは私だけのようだったが、面識もない相手だったので、ハーデスが同席してくれることとなり、私たちは、ハーデスの執務室の椅子に座った。
デュオニソスはハーデスが同席することが気に入らないようであったが、素直にそう言っては冥界にいられないこともわかっているからか、口に出しては何も言わなかった。
「あなたのお力を借りたい」
デュオニソスはそういって、手にしていた白い花を差し出した。五つの花びらは白く、とてもたくさんのおしべが花束のようになっているギンバイカだ。この花は祝福の力を持っている花で、女神に力をもたらすものである。
「母を、助けたいのです」
「お母さま?」
デュオニソスの母親は、セメレーという。ゼウスに愛されたがゆえに、正妻のヘラ様に、父の真の姿を見るようにとそそのかされて、それゆえに死んだらしい。
「育ての母であるイノも、ヘラ様のせいで死にました。イノは父ゼウスによって神となりましたが……母は、ヘラ様の意向でタルタロスへ落とされたままなのです」
「タルタロス……」
セメレーは、ゼウスの心を疑い、その真の姿を見たトガで、タルタロスに幽閉されているらしい。
「……悪いのは、浮気な父上でしょ。どうして、タルタロスに」
「大神ゼウスの真意を疑ったという罪で、ヘラが厳罰を下したのだ」
ハーデスが苦い顔をした。
酷い話である。セメレーが父を疑ったのは、ヘラ様のせいなのに。
「彼女をタルタロスから出すには、赦免の証が必要だ」
「赦免の証」
それは、罪人が罪を償った時、与えられる神の加護である。たいていは男女二柱の神の力が必要だ。
「父であるゼウスの赦免の証はここにあります。しかし、当然、ヘラ様からはいただけません。ヘラ様に匹敵する神気を持つのは、オリンポス広しといえど、ペルセポネ様だけ」
「……私?」
どうしてそういう結論に至るのか、よくわからない。
「父がそう言っておりました。あなたは、『光』の乙女だと」
「何ですか? それは」
私は間抜けに問い返した。
「残念ですが、私の持っている力は花に彩りを与えるだけのモノですよ」
「お願いします。どうか赦免の証をください」
デュオニソスは、私の話を聞かず、頭を下げる。
あまりにも必死で、とても断れない。実際、セメレーは気の毒すぎる。
「力が及ばなかったら許してくださいね」
「ペルセポネ」
心配そうなハーデスに笑みを向けて、私はギンバイカを受け取る。
白い花弁に力を注ぐと、花が金色の輝きを放った。
デュオニソスは懐から白金に輝く花を取り出して、私のそれと重ね合わせると花が虹色に輝いた。
「お願いします」
「わかった」
ハーデスは、デュオニソスから、花を受け取ると、立ち上がり床に円を描いた。
「タルタロスの門よ、開け」
床に奈落の穴が開くと、ハーデスは、花を投げ入れた。
冥府とは思えない眩い光が、生まれて。
薄暗さが戻ってくると、床に女性が倒れていた。