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出会い

 穏やかな日差しの中、私は、花に彩をつける。

 私は、豊穣の女神デメテルの娘で、ペルセポネという女神のはしくれ。野原に咲いたたくさんの花たちに、鮮やかな彩を与えるのが私の仕事だ。

 白い小さな花に、淡いピンクを少し染めてみて、私は大きく伸びをした。地味な仕事だけど、この仕事は、それなりに神気を使うから疲れるのだ。

 暖かな日差しの中、つい、草原に私は横になる。

 甘い花の香りに、眠気を誘われて、私は、うとうととそのまま眠ってしまった。

ヒヒヒーン

 大きな馬のいななきに驚くと、私の真上に、黒い馬がいた。前脚をあげて、今にも踏みつけられそうである。

 私は悲鳴を上げ、目を閉じて身体を小さくする。

 が――何も起こらなかった。

 ゆっくりと目を上げると、黒い影は後ろに下がり、私の足元でトンと足を下ろしている。

「大丈夫か?」

 馬から、長身の男性が飛び降りて、私の方へやってきた。

 そのひとは、黒衣をまとっていた。

 闇のような、黒い髪。そして、どこか陰りを帯びた黒い瞳。心配そうな端正な顔。

 胸がドキリとした。

 その時、私は、自分が野原で大の字になって寝ていたことをはじめて思い出す。

「すまなかった。まさか、ひとがいるとは思っていなかったので」

「い、いえ。こんなところで寝ていた私が悪いのです」

 かあーっと頬が熱くなる。どう考えても、私が悪い。

 あわてて起き上がろうとしたのだが、びっくりしすぎたのだろう。身体に力が入らない。

「きみは……デメテルの娘だね?」

 優しく微笑み、彼は私をそっと抱き上げた。お姫さま抱っこである。

「あの……重いですよね? おろしてください」

 私の言葉に、彼はくすりと笑った。

「心配しなくてもいい。私はデメテルの弟のハーデスだ。驚かせたお詫びに、送っていこう」

「あ、ありがとうございます」

 近すぎる距離にドギマギしながら、私は彼に肩を支えられて、馬に乗る。

「馬に乗るのは初めて?」

「はい」

 触れたことのない硬い男性の腕が、不慣れな私が馬から落ちないように、優しく支えてくれている。

 馬が疾駆するたびに揺れるので、私はつい、彼の胸に身体を埋めた。

 広くて硬い胸は、とても温かく、なぜだか安心できた。

「ハーデス?」

 家の前までやってくると、母が慌てて出迎えた。

「けがはしていないと思うけれど、馬でびっくりさせてしまってね」

 言いながら、ハーデスは私をゆっくりと馬からおろしてくれた。

「まあ、ごめんなさいね、ハーデス。だめじゃないの、ペルセポネ。あなた、また野原で寝ていたのね?」

 母は、私の方を見て目をつり上げる。

「また?」

 びっくりした顔でハーデスが私を見るので、私は顔が赤らむのを意識した。

「す……すみません」

 穴に隠れたくなりながら私は頭を下げる。

「仕事熱心で疲れるのだろう?」

 穏やかに彼はそう言った。見上げると、柔らかに微笑んでいる。

「……でも、君のような若い女性が、あのような場所で、無防備に寝ているというのは、やめたほうがいい」

「本当よ。もう。ハーデスだから良かったものの、他の奴らだったら、何をされるか」

 母は、ふうっと呆れたように息を吐いた。

「では」

 ひらりと、ハーデスは再び黒い馬にまたがる。

「あら、お茶ぐらいしていけばいいのに」

 母は、珍しく引き留める。父のゼウスが来ても、お茶なんか出そうとしないのに。

「仕事が待っているので」

 ハーデスはそう言って、地平の果てへと消えていった。

 それが、私と、ハーデスとの初めての出会いであった。


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