右腕 -5-
「好きです! 付き合ってください!」
目の前の男子生徒が発した一声に何度か瞬きを繰り返す。
放課後の屋上。
放課後に屋上で待っています、という手紙を下駄箱で発見したのは今朝の出来事。
差出人は疎か宛名もなく、誰に出されたものなのかさえ分からなかったが、下駄箱を間違えたのではなければ自分に出されたものだろうと何の迷いも悪戯だろうかという疑いもなく従ってみれば、現状である。
告白。
夕日でオレンジ色に染まる屋上で桃模は人生で初めて告白された。
雰囲気を言えば、それっぽい。
というのは本気である男子生徒に失礼かもしれないが、まぁ告白現場だとしか説明は出来ないので勘弁願いたいところだ。
そして告白された当の本人はと言えば。
「………………………………………………………………………………………………………………………………」
息が詰まりそうな程、無言だった。
まるで自分はまったく関係のない第三者であるかのように、無反応で立ち尽くしている。
視線は確かに男子生徒の方に向けていた。
意識もあるのか、まだ瞬きを繰り返している。
告白が行われてどれほど時間が経っただろうか。
男子生徒も返答がないことに、焦りを通り越し訝しささえ感じ始めたころ。
「えーーーーっと…………」
ようやく桃模は口を開いた。
少し考えるように目を閉じてぽりぽりと頬を掻く。
こちらには緊張感の欠片もない。
「確認したいんだけど」
そう前置きをして。
「それは、あなたが私のことを好き、ってことで、いいの?」
「…………は?」
問われた男子生徒は目を点にした。
ポカンと口を開き、問われたことに思考が追いついていないのか、そのまま固まってしまう。
無論、その場に二人の他に誰かがいるわけではない。
桃模も男子生徒が幽霊の類と話しているのかと思ったわけでもない。
単純に、自分が好意を向けられているという事実を認識していないだけだ。
「そう、だけど……その反応は、ダメってこと?」
「いや……ダメ、っていうか、うーん……?」
照れているわけではないだろうが、桃模の返事は歯切れが悪い。
途切れ途切れの言葉の端々に疑問のようなものを感じる。
視線をあちこちに逃がし、戸惑っているようにも見えた。
男子生徒にもその様子がそう見えたのかその瞳に少しだけ期待の火が灯る。
「私、告白されたの初めてだから、人を好きになるってよく分かんなくて」
「だったら!」
その一言に、男子生徒が食いつき気味で答えた。
まるで、その一言を待っていたと言わんばかりの反応の速さで。
「僕と付き合ってみて確かめてみたらいいんじゃないかな?」
少し興奮した様子で男子生徒は詰め寄る。
なんとしても付き合って見せるという意気込みすら感じられた。
「君と?」
桃模に反対の意思は見られない。
賛成の意思も感じられない。
自分のことであるという理解はもうあるようだが、相変わらず反応は淡白だった。
「うん。勉強、って言うとちょっと変な感じだけど、分からないなら付き合ってみて分かればいいんじゃない?」
「そうだねー。んー…………うん。そうかもね」
今度は割とあっさりと頷く。
その返答に男子生徒は嬉しそうな笑顔を見せた。
「じ、じゃあ! 僕たちは今日から恋人同士ってことで!」
「恋人同士、ねぇ……」
いまだ実感が沸かない様子の桃模をよそに、男子生徒は抱きつかん勢いで桃模に近付く。
それには少しだけ驚いたのか、軽く身を引いて小さく距離をとった。
何を焦っているのか、男子生徒にさっきまでの遠慮はない。
「恋人同士になったんだし、名前で呼んでいいかな?」
「恋人同士って名前で呼び合うものなの?」
「一概には言えないけど、僕は名前で呼びたいんだ」
「ふーん。別にいいんじゃない?」
その程度はなんてことのないこと。
許容したところで何が変わるわけでもない。
それからいくつか取り決めのように約束を交わす。
昼休みの昼食はなるべく一緒に食べる、一緒に帰れる時は一緒に帰る、休みの日で遊べるときは一緒に遊ぶ、など。
あったらあったで嬉しいんだろう、あってないような約束が結ばれた。
そして最後に、提案のように男子生徒が口にする。
「それじゃあさ! その……キ、キス、とか……していいかな?」
「キス? したいの?」
「う、うん。したい」
照れつつもしっかりと頷くだけちゃっかりしている。
「恋人同士って、付き合ったらキスするものなの?」
「す、するものじゃないかな?」
言いながら少しだけ距離を詰め始めている。
視線は意識していないふりをしつつも、桃模の唇を見ていた。
「そんなものなんだ」
桃模には照れもなく、疑っているようにも見えない。
ただ、心の中で何かを考え込んでいるようだった。
或いは心の中に何かいるんだろうか。
桃模自身にしか分からない何かが。
「うーん、そういうことなら。まぁ、いいよ」
「っ……じゃ、じゃあ、するよ?」
桃模の返答に男子生徒が言葉を呑み込んだ。
おそらく反射的に出そうになった歓喜の言葉を見栄のために呑み込んだんだろう。
証拠に平静を装おうとしている顔、というより口元がニヤけそうなのを無理やり引き締められて引き攣っている。
「目を閉じてもらっていい?」
言われている素直に目を閉じる。
「も、桃模……」
雰囲気を出そうとしてか、無理に名前を呼びながら男子生徒は肩に手を置いた。
▼
翌日、大々的に報道されたニュースがひとつある。
篠宮学園の男子生徒が一人、怪死体となって発見されたらしい。
死体の状態はと言えば、バラバラだ。
一昔前にとあるマンションの一室で発見された怪死体とほぼ同一の状態で発見された。
場所は商店街から二つほど通路を跨いだ路地裏。
人通りは少なく、目撃者もいまだいない。
おそらく目撃者は期待できないだろう。
それくらい人通りのない通路だった。
死亡推定時刻は不明。
死体の状態が状態なだけに特定はかなり難しいと言われていた。
容疑者は目下捜索中。
しかし、この事件を知る誰もが確信に近い予感を感じていた。
いくら調べようとも、決して犯人を特定することは出来ないと。
数年前、迷宮入りしたあの事件のように、この度もきっと見つけられない。
犯人は地球外生命体だと言えたらどれだけ楽だっただろうか。
人間による犯行は不可能なのだから人間ではないと言えたならば。
しかしそれは許されない。
捜索中の誰もがそう思い、けれど誰一人として口に出来ない言葉。
そうして進展のないままに、一日がまた終わっていく。
▼
「え? 死んだ?」
男子生徒の訃報が桃模の耳に入ったのは、死体が発見された翌日のこと。
授業終了後の中休みの時間。
男子生徒の幼馴染であるクラスメイトの女子からの情報を聞いてのことだった。
「うん、知らなかったんだ?」
「知らなかったよー。そっか、死んじゃったんだ」
「それでさ、霜上さんなら何か知らないかなって」
幼馴染の女子生徒は迫る勢いで桃模に問いかける。
机に手をついて椅子に座る桃模にズイッと身を寄せた。
「何も知らないけど、どうして?」
「だって、二人って付き合ってたんだよね?」
その一言に桃模が少しだけ驚く。
桃模が告白されたのはつい昨日の放課後のこと。
それから男子生徒が死体で発見された昨晩までの間に、女子生徒はその情報を手に入れたことになる。
幼馴染と言っても、まさか付き合うと決まってすぐにそのことを話すとは思っていなかったようだ。
「アイツ、昨日そのこと嬉しそうに話してきてさ。夜に出かける用事あるって言ってたからてっきり霜上さんが関係してるのかと思ったんだけど」
「……残念だけど、昨日は何も約束はしてないよ」
内心で少しだけ動揺しつつも、表面上は平静を装おってそう答えた。
付き合うことを知られていたのは誤算だったが、その程度ならどうとでもなる。
「なーんか、悔しいなー」
暫く桃模を見つめていた女子生徒は、大きく溜め息を吐いてそう言った。
「今だから言うけど、あたしアイツのこと好きだったんだよね」
そして聞かれてもいないのに告白を始める。
それはおそらく桃模に対する苛立ちからの行動だろう。
「そうなんだ」
それに対する桃模の反応はやはり淡泊なものだった。
動揺を表に出さないようにした結果だったのかもしれない。
それが女子生徒にどう伝わったのかはわからないが、まぁそれはいいや、と自分で話を打ち切ってしまう。
「霜上さんじゃないとするとアイツ、どこに行くつもりだったんだろ?」
問いかけたような、自問するような言葉に桃模はなにも返さない。
女子生徒は一度だけ桃模を一瞥して、何になっとくしたのか、うん、と頷いた。
「何も知らないなら、何か分かったら教えてあげるよ」
女子生徒は一方的にそう言い残して去ってしまった。
桃模の返事など最初から聞く気はなかったような足取りで教室を出ていく。
「うーん、教えてもらっても何も出来ないんだけどなー」
首を傾げる桃模の仕草はなぜ自分に教えるのか本気で分からないといった様子だった。
犯人を捕まえるのは警察の仕事。
ならば情報の提供は警察へするべきではないのか、と。
本来ならばその通りなのだが、それはあくまで効率の話でしかない。
桃模の思考は根本的なところからズレていた。
出来る出来ないの話で言えば、桃模は真っ先にするべきことがあったのだ。
それは男子生徒の死を悼み悲しむこと。
桃模が恋人だと言うならば、付き合っていた男が無くなれば悲しむものだ。
しかし二人の関係が普通の恋人同士ではなく、お試しの関係だったというのもまた事実。
それにしても桃模の反応は淡白過ぎではあった。
だから女子生徒は感付いたのかもしれない。
二人は、いや少なくとも桃模は、男子生徒のことを全くと言っていいほど想っていなかったという事実に。
そしてそんな桃模に告げても、きっと薄い反応が返ってくるだけだと。
押し殺した感情の内側で、気付いていたのかもしれなかった。
▼
同日の深夜。
それは、深夜徘徊という言葉が妙に似合う時間帯の出来事。
場所は男子生徒の遺体が発見された路地裏のすぐ近く。
ローブを纏った何者かが、唸りながらコンクリートの壁を引っ掻くように指を動かしていた。
朽ちているわけでもないのに、それだけの行動でボロボロと壁が剥がれ落ちていく。
大きく上下する肩は呼吸をしているようだが、少し苦しそうにも見えた。
「ア……ア……アァ……ウゥゥウ…………」
口から発せられる言葉はもはや言語ではない。
例えるなら言語を発そうとして言葉にならず、口からただ漏れただけの音のようだった。
壁を削り続けている右手にどんな意味があるのか。
何かしらの痛みを堪えての行動なのか、それともただ無意識に動かしているだけなのか。
「誰か、いるの……?」
恐怖を抑えて問いかけるような、少し震えた声が壁を反響し路地裏に響いた。
ピタリと腕の動きが止まる。
チラチラと明かりが揺れ動いている。
前方を警戒しながらローブ姿の方に近付いてきているようだ。
やがて、明かりがローブを照らすとその人物の顔も暗闇に浮かび上がる。
男子生徒の幼馴染みだった。
手に持つ懐中電灯の先を目を凝らして確認している。
逆の腕にお供えと思われる花束を抱えていた。
「あなた……誰?」
光がローブを照らす。
暗闇から黒い姿が浮き上がった。
本来ならば立ち入り禁止の場所にいるそれに問いかける声は、疑問と少しの怒気が含まれていた。
幼馴染みの亡くなった場所に無断で立ち入っていることに対する苛立ち。
もしかしたら犯人なのではないかという、微かな疑念。
そして黒いローブ姿という怪しい格好。
それらが合わさり、それに対する警戒心は跳ね上がった。
しかし、同時に恐怖心が生まれる。
こんな時間にこんな所にいる謎の存在に対して、それと遭遇し対峙している現状に対して、自分の息遣いまでもが聞こえてしまいそうなほどの静寂に対して。
身体が恐怖で竦んでしまった。
震える腕が明かりを揺らす。
遭遇してから微動だにしないそれは、揺れ動く光源を見つめ、やはり動かない。
大きく繰り返されていた肩の動きは収まり、一風吹けば旗めくであろうローブの裾ですら停止している。
どれくらい時間がたっただろうか。
互いに動かず、一言も発さずに。
身体の震えが治まりかけて、呼吸すら忘れそうになったころ。
懐中電灯の明かりがチカリと一度、点滅した。
電池が切れかけたのか、内部で接触不良でも起きたのか。
分からないがとにかくほんの一瞬、僅かな明かりの元にいた二人の視界が暗闇に包まれた。
そんなホントに僅かな間に。
ドチャッ。
という、鈍く生々しい音が鳴った。
その他には声も音もなく。
いや、もしかしたらあったのかもしれない音たちは、その異音に全てかき消されてしまった。
「…………え?」
何が起きたのか理解するのに要した数秒はもしかしたら救いだったのかもしれない。
パサリと少し離れた位置に花束が落ちた。
見覚えがある。
供えるために持ってきたものだ。
けれどどうしてあんなところに。
体のバランスが取れず左によろめく。
壁に手をつこうとしたが叶わずに、ふらついて背中を預ける形で止まった。
どうしてそんな簡単なことも出来ない。
それが何故なのかを確認するため左半身に視線を落とす。
疑問はすぐに解消された。
ない。
なにもない。
なにもついていない。
なにもつながっていない。
なにもなければバランスなどとれない。
なにもなければ手などつけない。
なにも。
なにも。
なにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにも。
「ギ」
食い縛った歯の間から言葉が漏れた。
食い縛れたのはそこまでだった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
声を上げた。
奇声を発した。
それが自分の上げたものなのか、疑わしいような、おぞましい声だった。
喉を枯れそうになるほどに震わせて、大声を上げる。
目の前が真っ赤になった。
ならずとも元々なにも目についてはいない。
何かを見る余裕などあるはずも無く。
認識出来る思考力も無く。
血涙でも流れたのかとおもえるほど目の前は赤い。
頭の中はただ一つの文字一色。
言葉にも出せない一文字が無限に湧いて埋まっていく。
「ア……ガ、ァ…………カ、ハ……」
叫び続け、声が枯れて尚音を搾り取るように喉が動いた。
意思に反して奪われる音に声が乾く。
意識が持ったのはそこまでだった。
それでも長い方だっただろう。
腕が千切れた瞬間に気を失っていてもおかしくはなかった。
女子生徒が倒れるまでその様子を見守っていたローブ姿はつまらないものを見るような様子で倒れた体に近づく。
放っておけば出血多量で勝手に死ぬ。
しかし、そのままにしておくわけにはいかない。
これでは人間に可能な殺人となってしまう。
関連性を持たせるなら、これは不可能殺人でなければならない。
つまり女子生徒の体はバラバラでなければならないのだ。
放っておいてもいずれ死ぬなら今死んでも同じこと。
「ばいばい」
構えた右拳を軽く持ち上げる。
「はぁ~今夜も~、酒がぁうま~い~、あーどっこいどっこい」
聞こえてきた訳の分からない歌声にピタリと動作が止まる。
人がくる。
そう思い軽く顔をしかめて握った拳を解いた。
その場を離れようとして壁にぶつかって潰れたトマトのように張り付いた腕を一瞥する。
あれがあれば、最低限人間には不可能だろう。
そう妥協して、その場から姿を消した。
▽
「――――嬢ちゃん。嬢ちゃーん、おーい」
聞こえてくる声に、僅かに意識が反応する。
ここは…………どこ…………?
顔に感じるのは固く冷たい地面の感触。
鼻に付く鉄の匂い。
私は――――――。
覚醒しかけた意識が先ほどのことを思い出させる。
千切れ飛んだ腕。
枯れる喉
赤い世界。
白く染まる意識。
「あああああああああああああああああああっ!!!!」
「どわあああああああああああああああああっ!!!!」
枯れた筈の喉からめいっぱいの声が出た。
そして重なるように野太い悲鳴が聞こえる。
両腕を着いて体を跳ね起こした。
……………………あれ?
両腕を、着いて?
疑問の後すぐに視線を落とす。
そこに、千切れ飛んだ筈の左腕があった。
確かに感じた先ほどまでの出来事は、まるで夢だと否定せんばかりに。
何事もなくそこに腕はある。
確かに繋がっている。
ゆ、め…………?
本当にあれが夢だったのか。
あのローブ姿の存在は本当に、夢だったというのか。
その感覚に安堵などなく、後から後から疑惑が生まれる。
寧ろ、あれが現実で今が夢だと言われる方が現実味があった。
それほどまでにはっきりと、全てを覚えている。
頭で、心で、体で、全てで覚えていた。
「お、おい。嬢ちゃん? でぇじょうぶか?」
「え……?」
問いかけられたことで今までずっと意識の外だったその人物をようやく認識した。
そう言えば誰かと一緒に悲鳴を上げた気がする、と思い至る。
女子生徒は、そこで初めてその人物に視線を向けた。
見た目四十代と思われる少し髭の濃いスーツのオジサンだった。
あんまり似合ってない、と少し失礼なことを考えながら再度状況を確認しようとしたところで。
「横矢。どうしたのですか?」
今度は少しおっとりした、女性の声が聞こえた。
おっとりはしているが芯がしっかりしているのか、弱々しくはない。
声の方を向くと、タキシード姿の女性が立っていた。
「あぁ、いや。この嬢ちゃんがここで寝てた見てぇですから、起こしたんですけど、急に悲鳴を上げやしてですね」
「ふむ……」
一度だけ頷いて目を閉じ、もう一度静かに頷いて。
「分かりました」
と、何に納得したのかそう締めくくり微笑んだ。
そのまま女性は女子生徒に手を差し伸べる。
「立てますか?」
優しげな笑顔に頷くことも忘れて見惚れてしまう。
そのまま暫くジッと見つめていた女子生徒はハッとして慌てて手を握った。
それを確認して引っ張り起こすと流れるような仕草で服に付いた土を払う女性。
「貴女はどうしてここにいたのですか?」
「え? あ、えと……ここで亡くなった、幼馴染のお参りに……」
「なんだってぇ! ここで死んだ奴ぁおめぇさんの幼馴染だったんか!」
「……横矢」
「あい、すんません……」
窘められるような声に横矢は口を噤んで一歩引いた。
「貴女、お名前は?」
「は、はいっ、瀬戸祈です」
「瀬戸さん、恰好を見るに篠宮学園の生徒ですね。学生が一人でこんな時間に出歩くのは感心出来ませんよ。今日はもうおかえりなさい。――――横矢」
振り返り名前を呼ぶと横矢は一礼して女性の隣に並んだ。
「辺りも暗いので彼に責任を持って貴女を家まで送らせましょう。気を付けて」
「は、はい。ありがとうございます……」
歩いていく祈の姿を見送って女性は辺りを見回した。
何かを確認するように視線を動かして、その動きが壁の一部を見た時止まった。
近づいてそっと壁に指先を当てて軽くなでるように動かす。
砂か埃か、少しサラサラした何かが指先に付着した。
「これは…………」
そのまま近くの地面で同じことを繰り返す。
壁とは違いザラついた砂の感触だった。
思考を巡らせるように動かしていた視線を最終的に二人が歩いて行った方向に向けた。
「違う……。あの子、まさか」
そう呟くと、もう一度だけ周りを見回し、二人の後を追うように歩き出した。